KAIZEN須藤CEOはリクルート時代にも働き方をカイゼンしまくっていた!(前編)

須藤憲司(すどう・けんじ)。1980年生まれ。2003年に早稲田大学を卒業後、株式会社リクルート入社。同社のマーケティング部門、新規事業開発部門を経て、アドオプティマイゼーション推進室を立ち上げ。株式会社リクルートマーケティングパートナーズ執行役員で活躍の後、2013年にKAIZEN platform Inc.を米国で創業。

 

設立1年ほどで、破竹の勢いで伸びている「KAIZEN platform」という一風変わった名前の元気なスタートアップ企業がある。WebサービスやモバイルのUIを、いわゆる「A/Bテスト」を使って手軽に改善できるサービスだ。最近グロースハックと呼ばれることもある注目ジャンルで、日本の大手企業を中心にユーザーを増やしている。

この分野を世界的な構図でみると、企業向けのサービスとしてアドビシステムズが握っていた市場を、米国発のスタートアップ企業のOptimizelyが使い勝手の良さと低価格攻勢で奪いつつあるところ。Optimizelyは2009年創業で、すでに合計3000万ドル(30億円)以上の資金を調達していて、今も新機軸のサービスを打ち出し続けている。

このジャンルに、ちょっと違ったアングル、そして日本市場から切り込んでいるのが2013年6月末にリクルートを退社した須藤憲司氏が率いるKAIZEN platformだ。これまでに合計5.8億円ほどの資金も調達。今はエンジニア中心に52人体制となり、世界へ打って出ようという意気軒昂なチームだ。現状、顧客は日本企業中心だが、本社は最初から米国においていて、世界を狙う若手起業家の注目株だ。

KAIZENの特徴は、UIデザイナ400人がクラウドの向こう側にいて、A/Bテスト自体も含めて顧客側に改善案を提案してくれること。すでに大手企業50社ほど相手に、3000弱のパターンを試して改善しまくっているという。

2013年、日本のスタートアップ界に彗星のように現れ、収益性の高いビジネスモデルと優れたプロダクト、よどみないプレゼンテーションで次々とスタートアップ系のコンテストで優勝をかっさらって行った須藤憲司とはナニモノなのか? リクルート卒業生ということで、HRナビでは、早速新宿にあるKAIZEN platformを訪れてお話しをうかがった。話を聞いて分かったのは、歴代最年少で執行役にまでスピード出世を遂げてリクルートで伝説的人物となった須藤氏は、リクルート時代にも会社や仕事を「KAIZEN」しまくっていたアツい男だったということだ。

リクルート史上最年少の執行役は、新卒面接9回のボーダーラインだった!?

新卒の就職は2003年でリクルートですね。就職氷河期で、新卒が50〜60人と少なかった時期。リクルートは毎年100から200人採用するのが当たり前で、多いときは300人ぐらいなんですけどね。

リクルート以外だと受けたのはバンダイとか、Web系企業とかですね。どこと社名は言いませんけど、面接で良く覚えているのは、「うちの会社、株価が低迷してるんだけど、キミだったらどうする?」って聞かれたことですね。「ぼくだったら新卒で受けに来る学生にそんな質問しないです、絶対しない」とか答えてましたね(笑)

リクルートを選んだ理由はすごい簡単です。ヒトが面白かったんですよ。

リクルートだけで全部で6人ぐらいOB訪問しました。今みたいにFacebookとかないんで、大学のOB名簿を使って連絡して会いに行くんですよ。電話したら、「ああ、そう、じゃあ今から来れる?」みたいに気軽に会ってくれて。いろんな会社の人に会いましたね、全部で60人ぐらいかな。えっ? 多いですか? でも、ほら、ご飯ごちそうになれるから(笑)

リクルートの6人は、みんな全然タイプが違ったんですけど、話をしていると、とにかく仕事について楽しそうに語ってくれたんですね。

「オレ、ケータイのリクナビ作ったんだよね。そのときの企画書が4コマ漫画なんだよね。日常のこういうシーンにリクナビがあったらいいのにっていう情景をマンガで描いたんだ」。

とか。学生のぼくからしたら、えー、企画書がマンガなんだーみたいなね。仕事の話はワケが分からないんだけど、楽しそうに話をしている姿が印象的で、60人ぐらい会った中で圧倒的に楽しそうだったのがリクルートの人たちだったんですよ。ほかの企業で、「きみ、いいねぇ。白いワイシャツ来てきたら人事に会わせてあげるから」とかいうところとかあったんですけど、白いワイシャツとか言うぐらいだったら会いたくねぇ、みたいなね(笑)

結構迷ったのがバンダイ。ガンダム好きだったんですよ。でも、ガンダムが好きで仕事をやるっていうんじゃなくて、仕事を好きな人になりたいになりたいなと思って、途中でお断りしたんです。

心の距離をぐっと詰めて踏み込むリクルートの文化

リクルートで内定者アルバイトを始めてすぐに「すげえな」って思ったのは、なんていうんですかね、心の距離が近いこと。みんな土足でこちらに踏み込んでくるんですよね(笑)。「おぃ、すどー」って感じで、リクルートの人たちって、みんな基本的には距離が近い。心の距離をすっと埋めてくる。その人のことを思ったり、考えたりするあまり、ぐぐっと迫って心に入ってくる。

当時はそれが嫌でしたね。20代とかだと、もう少し距離を保って欲しいなって、あるじゃないですか? なのに、みんな、もうズカズカ来る(笑) 「えー、まじですか」「いやっ、まじですかじゃねぇよ、おめぇのためを思って言ってんだよ!」とか。本気で言ってくれてるのが分かるので、あーなるほどな、しょうがないなってだんだん思うようになって。

だんだん免疫がついて、自分もズカズカ行けるようになりました。元々あんまり社交的じゃなかったんですけど、この人たちに触れたら、しょうがないなという感じでしたね。最初はホントにイヤでしたけど、徐々にそういうところがいいなって思うようになりました。

あと、リクルートってアナーキーな人たちがいるなって思いましたね。いま某社投資担当のTさんとか、胸のボタン3つ開けてて、それをフロアの女の人たちから「セクハラです」って言われたことがあったんですね。そうしたら「お前らボタンをしめろ」っていうお達しが出たりして、ホントどうでもいい説教をされて、なんだかすげえ会社だなって思いました(笑)

アサヒスーパードライのCMのようなアツい仕事観

本格的に働きはじめてからは、仕事が楽しいなって思いましたね。仕事ってもっとつまんないものだと思ってたんですね。だって、会社員って、つまんなそうにしてるじゃないですか。通勤の電車ってまじめに観察してみると、ワクワクしてる人ってあんまりいないよねって。月曜の朝に電車に乗ると、言い知れない「どよーん感」ってあるじゃないですか。会社に行きたくないなっていう。

学生のとき、そうなりたくないなぁって思ってたんですよ。

どういう仕事がしたいのって聞かれたときに、いつも馬鹿なことを言ってたんですよ。アサヒスーパードライのCMで、ビールジョッキを掲げてカンパーイ!!みたいなイメージ? あるじゃないですか、うぉー、ハイタッチ! みたいな。あれですよ、あれ(笑)

もともと大学生活があんまり面白くなかったんですね。サークルの幹事長でチャラチャラいろいろやってたんですけど、なんで面白くなかったというと、たぶん打ち込めるものがなかったからなんですね。早く大人になって仕事とかに打ち込みたいなと思っていました。そのイメージが、アサヒスーパードライのハイタッチ(笑)

ホントぼく、リクルートに良く採用されたなと思いますね……。

リクルートの人の中には、ビールジョッキで乾杯の図の話は「いいね、悪くないね」って言って頂ける方もいましたが、ぼく、リクルートで9回ぐらい面接されたんですよ。内定した中でいちばん遅かった。「こいつ、大丈夫なのか?」ていうことだったんじゃないかと思うんです。

面接で納得いかねぇみたいな回があったんですよ。「あなたの人生でつらかった経験を全部聞かせてください」って言われたんですね。

いや、意味ワカンネって(笑)

聞かれてることがしっくりこなかったんですよ。それがフラストレーションになって、もう露骨に「えぇぇー?」みたいな顔しちゃって。それで面接後に人事の人に「どうだった?」って聞かれたので、「いやっ、ぜんっぜんダメです。納得いかないです。もう1回やらせてください」とかいって(笑) そしたら「あ、そう。じゃあ、また受けたら?」って。それで9回。入社後10年で最年少で執行役員になったやつは、実は面接9回のボーダーラインだったという(笑)

「平積み」と「刺し」、雑誌販売方法でA/Bテスト

入社して最初の3年間はマーケティング局というところにいました。リクルートの出す情報誌の流通とか、広告宣伝作り、問屋とのやりとり、販売促進が業務。今の立場からは想像もつかないところにいましたね。ぼく、ネットがやりたかったんですけど、まあなんでもいいやって。なんでもいいからやりたかった。だから配属はどこでもいいですって言ったら雑誌を売る仕事になた。

これが、やってみたら、「おもしれぇな」って、めっちゃ仕事したんですよ。そこでの経験はすごく良かったですね。

たとえば、じゃらんがコンビニ並ぶじゃないですか。それを手に取る人が見えるじゃないですか。「めっちゃ面白いな!」って(笑) えっ、分かりづらいですか? いや、ほら、おー、手に取ってるやん! みたいな。

たとえば関西じゃらんだと「カニの特集」が鉄板なんですよ。カニをやってれば売れるんですよ。ホントかよー、と思うんですけど、現場に行って見てみると、ほんとそうなんですよ。売れる売れる(笑) いやー、これは面白いなって。

コンビニに置いて、それで店頭で何万部とか売れるじゃないですか。最後の工程が見れるところがスゴいなと思いますね。店頭に行けば商品が並んでるし、買う姿が見れる。おお、おお、おおって、売れていく。逆にいまインターネットになって、最後が見れないんですね。ユーザーが使ってる姿が見えないんですよね。

住宅系の雑誌を担当していました。住宅系雑誌って基本は本屋で売れるんですよ。本屋での本や雑誌の並べ方って、「平積み」とか「フェイス」とか「刺し」というのがあるんですけど、それぞれどれくれいの割合で売れるのかって、ふと疑問に思ったんですね。平積みにすると、どのぐらい売れるのかなって。

それで実験したことがあるんです。本屋の店主にお願いして、平積みにしてもらったりして。「インテリア雑誌とか住宅雑誌とかそんなに売れないよ」と嫌味を言われて、内心では「余計なお世話だ」とか思いながらも拝み倒したりして(笑)

それで1カ月やってもらったら、平積みがめっちゃ売れるわけですよ。で、その差がだいたいどのくらいだというのが計算できた。えっ? ああ、今で言うA/Bテストですね、確かに。

その計算をもとに何をやったかというと、アクリルで雑誌を立てかけるヤツを作ったんですよ。今は当たり前になりましたけど、当時はなかった。今みたいに既成品がないので中国で金型を起こして作ってもらったんですよ。1個2000円ぐらいかかったかな、それをめっちゃたくさん作って、千何百店舗に配った。

あれって要するに雑誌が売れてなくなっても平積みのところに置いてくれるわけじゃないですか、そのまま置いてくれる。そしたら、もうすっげえ売れたんですよ。

マーケティングって面白いなって思いましたね。チマチマとがんばってることが、サッと拡大して結果が出るタイミングがあって、面白いなって。

入社したてですけど、社内ではすごい評価されてましたね。肩書き? いや、リクルートって肩書きってあんまりないんです。ランクは全部でも4段階ぐらいしかない。マネージャー、チーフ、エグゼクティブ。それに後は取締役。部長とかも一応あるんですけど、何かに毛が生えた感じなんですよね。

自ら抱えた「3倍」の仕事から見えてきたもの

良い評価をたくさんもらって、グレードも高かったし、楽しかったですね。今の労働法ならアウトでしょうけど、最初の3年間はめっちゃ仕事したんですよ。その結果、量が質に転化する瞬間を感じることが良くありました。

ponder無茶苦茶な量をこなすようになったのはワケがあるんです。

同期にめちゃくちゃ優秀なヤツがいたんですね。入社して、たった半年で特許を5個ぐらい取ったりするようなヤツ。その彼は「アリーナ」(All Recruit Innovation Award)という社内賞まで取っちゃったりしてたんです。アリーナって、リクルートの全社員を対象に年に1度、10人ぐらいに授与するスゴい賞なんですけど、それを入社半年で取っちゃったって、歴代何位みたいな記録なんですよ。

そういう優秀な同期がいると……、悶々とするわけじゃないですか。しかも、すげぇ、いいヤツなんですよ。勝てるところが1個もないじゃんって(笑)

どうすればいいんだって悶々としてるとき、先輩が飲みに連れていってくれたんですね。それで、言われたんです。

「お前どうせ気にしてるんだろ?」
「いや、そりゃ気にしますよー」
「あ、それ、お前ヒマなんだよ。気にするほどヒマなんだろ? もっと仕事できんじゃね?」

それで次の週、さっそく上司のところに行って、「ちょっとぼく、仕事増やしてほしいんすけど。3倍ぐらいにししてもらえませんか?」って言ったんです。

「じゃあやってみる?」って感じでやってみたら、ものの見事に家に帰れなくなった(笑) 2時とか3時に帰る生活ですよ。当然ですよね、終わんないですよ。

最初の1カ月は、もう死にそうでした。「やっばいなー、これ」みたいなね。でも、2カ月目になったら、ちょっと早く帰れるようになってきた。多分、たくさんやって仕事が速くできるようになったんですね。

仕事の速さが上がったのと、工夫の積み重ねの両方だと思うんですよ。10が30になるじゃないですか。すると、交渉ごとは30個全部まとめてやらないと、オレもう帰れないし……、みたいにね、30個まとめてやらせてくれという話になる。追い詰められ方も半端じゃないんです。締め切りが決まってるから、これって1個でも出し戻しがあると2時に帰れないよ、という緊張感がすごい。

で、だんだん仕事が速くなって、普通にこなせるようになったんですよ。「あれ、オレ、もう合コンとか全然いけるじゃん?」みたいな。

その頃は仕事量もめちゃくちゃでしたけど、結構自由にやってましたね。会社の受付から「女の人が怒鳴りこんできてます」っていう内線を受けたこととかもあって。すぐにサササってG8(リクルートGINZA8ビル)の受付に降りて行って、小声で「会社はダメって言ったじゃん」とか言って、「なんで! 付き合ってるコがいるなんて聞いてない!」と騒がれたり。そういうのを違う女性で2回やって「業務にならないんでやめてください」って受付で怒られたりしてましたね。スミマセンって(笑)

phoneあと、ある男性社員が池袋でダビンチコードって映画みて女性とイチャイチャして出てくるのを見かけて、これは一刻も早くシェアしないとっていうことで、翌朝7時とかに出社して、本社4階のフロアから、あらゆるところに内線をかけたりメールしたりする。当時はSNSとかなかったので、「聞いて!聞いて!」って感じで電話して。で、「昨日さ、池袋にいたでしょ」ってその男性社員にメールしてって、みんなに頼んだりしてね。すると、ツルルーって内線が来て、「こういうことやるのってスドケンさんしかいないですよね、分かってるんですよ。やめてほしいんですよね、ガチャ」って(笑)

のどかな時代ですよね。ぼく結構ちゃらんぽらんだったな(笑)

ともあれ、「量をこなすと質になる」というのを経験できたのは本当に良かった。しかもイヤじゃなかったんです。結局こういうことですよ。3倍やったら3倍失敗できるし、3倍工夫できる。1個うまく行ったらほかに展開できるじゃないですか。だから社内の評価でぼくが得をしていたのは、失敗も成功も、その機会がほかの人の3倍あったからじゃないかなって思うんですよ。今にして思うと、「より速く、たくさん失敗して学べ」というスタートアップみたいなもんですよね。ひとりスタートアップ。

最終的に3年経って異動するとき、ぼくの仕事って、3人に引き継いだんですよね(笑)

リクルートの新規事業開発で失敗しまくる須藤氏の話の後編はこちら