アプリで福島から恩返し、26歳起業家の菅家氏に聞く「マジコレ」の原点とは

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(プロフィール)
菅家元志(かんけもとし)1987年福島県郡山市生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)修了。大学院に進む直前に東日本大震災に遭遇し、SDM在学中に任意団体「Link with ふくしま」を設立。その後2013年に故郷・郡山市で株式会社Plainnovation(プレイノベーション)を起業。

東日本大震災から3年が経過した。被災地のいくつかは復興が進み、少しずつではあるが震災前の平静を取り戻しつつある。一方で、原発事故のあった福島県では、今もなお復興の目途が立っていない地域があるのもまた事実だ。現在も、子どもたちが外で遊ぶことに抵抗のある親御さんたちが少なからずいる。それが一因となり、子どもたちの体力・運動能力の低下や肥満児の増加といった問題が顕在化している。

子どもにとっての“遊び”とは、そのプロセスの中で、様々なことを学ぶ大変貴重な機会だ。そういった機会が減ってしまうのではないかという問題意識から、郡山市出身の菅家元志氏は「幼児向けコンテンツの・企画・開発・販売」や「子ども向け運動施設や保育施設等のマーケティング支援」などを手掛ける株式会社Plainnovation(プレイノベーション)を起業した。今では地元・郡山を拠点にしながら、同じ福島県の会津発ITベンチャーである株式会社デザイニウムと連携し、アプリ開発などを行っている。近日中にお絵描きコミュニケーションアプリ「おえかきマジックコレクション“マジコレ”」のリリースを控えており、クラウドファンディングサイト「ShootingStar」でアプリ開発・運営のための資金5調達を開始している。

なぜ子どものアプリ開発なのか

もともと高校生のころから起業や会社経営に興味があったという菅家氏。福澤諭吉の「実学」の精神や学科のプログラムに共感し、慶應義塾大学に進む。大学2年生のときに「ちよだプラットフォームスクウェア」にて初めてインターンに参加。ここで多くの経営者に出会ったことが子どものアプリ開発事業を立ち上げる大きな影響を与えたという。

菅家:インターン先で、夜な夜な「ビジネスで千代田区を活性化するためにはどうすれば良いか」を議論する熱い50代・60代の起業家・経営者たちに出会いました。そこで自分もいつかこういった50代・60代になりたい、と思うようになりました。

しかし、このときはまだ、どの領域で起業するか決めきれなかったという菅家氏。ソーシャルデザインに興味を持ったことで、大学院への進学を志す。2011年3月11日に東日本大震災が発生したのは、大学院に進学するその直前のことだった。

菅家氏は大学院に通いながら、復興関係の団体を立ち上げるなどして現地に赴いた。ボランティアとして仮設住宅や避難所に通いながら、地元である福島の子どもたちの現状だけではなく、彼らの将来を考えるようになり、福島の子どもが元気になるようなサービスを、テクノロジーを使ってアプローチしようと決意する。そうして、お絵描きコミュニケーションアプリ「マジコレ」が作られた(リリースは近日予定)。

プロジェクトを進める推進力・源泉は?

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「マジコレ」の開発は、アプリ制作会社が会津、社長は郡山在住、ディレクターとイラストレーターは東京在住という、まさに遠隔地を結んでのプロジェクトだ。このような離れた人とチームを組んで仕事を続けるコツを菅家氏に伺った。

菅家:意識しているのは「多様性と、それをつなぐコミュニケーション」です。このアプリを開発するにあたって本当に多くの方々に協力していただいています。知り合いの親御さん方のインタビューを通じて聞いた生の声、屋内遊び場・保育園で子どもに遊んでもらった様子などを踏まえ、ディレクターやエンジニア、デザイナーなど、それぞれの視点から意見を出し、チームでブラッシュアップしています。そのためオンラインやリアルでの打ち合わせ、打ち合わせ以外のコミュニケーションすることが非常に大切です。それ以外にも弁護士、コンサルタント、テック企業の営業やプロデューサーなど、共感してくださる力も借り、自分たちの力を2倍にも、3倍にも広げてもらっている実感しています。もう1点意識しているのは、「このアプリが子どもに楽しんでくれるのか」、「保護者の方に喜んでもらえるのか」を突き詰めて考えることです。そのため、仕様を変えることも何度かあって、結果としてエンジニアから「また変えたんですか」と言われたりもするのですが、そのときは「変更したほうが子どもや親に喜ばれるから」と伝えます。顧客満足を第一に考えるべきなので、そのあたりは丁寧に説明するよう意識していますね。

また菅家氏は次のようにも言っている。

菅家:「福島のために」という目的意識もありますよね。単にアプリを作るんじゃなくて、それが福島のためになるということは、特に福島出身や在住の方にとっては強いモチベーションになるんじゃないでしょうか。僕としても「なぜ福島のためになるのか」をしっかりと筋を通すよう心がけています。それが、自分自身の強いモチベーションになりますし、だからこそ多くの人に応援していただけるのだと思います。

会社名のプレイノベーションは「プレイ」と「イノベーション」の造語である。これには、(1)「遊び」にイノベーションを起こすという意味と、(2)遊びながらイノベーションを起こすとの意味が重ねられている。楽しみながら、しかし真剣に子どもたち豊かな遊びを届けられるチームでありたいと、菅家氏は語る。

イノベーションとは?

イノベーションとは辞書的な意味では「革新」とか「新機軸」といった意味を持つ言葉だが、菅家氏にとってのイノベーションとは何なのだろうか?

菅家:イノベーションって単なる技術革新だけではなく、組織だったり考え方だったりと様々なものが対象になりえると思います。私は、遊びにテクノロジーを用いることは、デザインを活かして伝統工芸を新しい価値を生み出したり、盛り上げるのと似ていると思うんです。遊びにテクノロジーを混ぜて化学反応を起こすことによって、もっと遊びが豊かになるんじゃないか、と。「遊びテクノロジー」は、遊びがより豊かで、楽しくなるイノベーションを生む一つの切り口になると考えています

テクノロジーはあくまでも「遊びを補完するためのもの」

最近の知育アプリの発達は目覚ましい。しかし、菅家氏はデジタル化自体が目的化しているサービスが多い印象を受けているという。テクノロジーありきのものやプロダクトアウト的なものが、今の知育アプリ市場なのではないかと話す。

菅家:伝統工芸と同じように、昔ながらの遊びってあるじゃないですか。塗り絵とか、点つなぎとか。私たちの世代だと、磁石で何度もお絵描きができるボードとかもですね。私はそういったシンプルな遊びでいいと思うんですよ。その遊びの本質的な魅力をきちん捉えて、そこにテクノロジーを添えてあげるというのが大事な考え方だと思います。現在、私たちが開発を進めている「マジコレ」は、一言で言うと「子どもが伸びる、家族とつながる、福島とつながる」を実現するアプリです。アプリ内では塗り絵や点つなぎなど、昔ながらのお絵描き遊びコンテンツを豊富に用意しています。また、お絵描きをFacebookやメールで簡単に親戚や知人にシェアできたり、子どものお絵描きデータがプリントされた衣服などのオリジナルグッズを製作できます。グッズは、福島第一原発の事故の影響によって大熊町から会津若松市に避難している女性たちとの製作を予定しています。

お絵描きの部分はアナログでも、遠方にいる祖父母や親戚に描いた絵を送れるようにする部分はデジタルで。テクノロジーはあくまでも遊びの本質を補完するためのものだというのが、菅家氏の主張だ。

菅家:理想論ばかりではなく、経済性も考慮しなければなりませんよね。ユーザーにとっての「有用性」、技術としての「実現可能性」、ビジネスとしての「持続可能性」、これらを時代や価値観の変化に合わせてバランスをとりながら新しい価値を創出する。それがイノベーションを生み出す上での重要な考え方だと思っています。

福島からアプリを作る意味

最後に、菅家氏に5年後、10年後のことを聞いてみた。

菅家:福島から日本や世界中の子どもが元気になるようなサービスを作り出したいですね。福島は全世界のいろいろなところから応援してもらっていますが、私はそれに対して福島から恩返しがしたい。遊びの意義や必要性を、非常に強く感じる福島で生まれたサービスだからこそ、本当に子どもの遊びを豊かにできると信じています。

福島は原発事故の影響により、予断を許さない状況が続いている。菅家氏は次のように締め括った。

菅家:「福島は原発事故があったけど、(マジコレのような)福島から新しいサービスも生まれたよね」というエピソードを、一つでも僕たち福島人が作っていくのは大事ですよね。シビックプライド(都市に対する誇りや愛着)みたいなところにもつながると思いますし。私の個人的な原動力にもなっているのです。