ジョブズを超える男!? イーロン・マスクの半生から学ぶ、3つの教訓

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2013年、ビジネス誌『フォーチュン(Fortune)』の「ビジネスパーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、かのスティーブ・ジョブズを超える天才起業家とも評されるイーロン・マスク氏(Elon Musk)。現在、宇宙ロケット開発会社「スペースX(SpaceX)」の最高経営責任者(CEO)と電気自動車メーカー「テスラ・モーターズ(Tesla Motors)」の取締役会長兼最高経営責任者を務め、宇宙ロケット、電気自動車、太陽光発電の3つの分野で、革新的な取り組みを展開しています。

マスク氏は、1971年、南アフリカ共和国で生まれ、17歳のとき、単身カナダに移住。その後、米国へ渡り、1995年、名門のスタンフォード大学院に入学します。しかし、ここに在籍したのは、わずか2日。早々に自らの学生生活に別れを告げ、起業家への道を本格的に歩み始めました。

弱冠12歳でソフトウェアを開発。子ども時代からエンジニアとしての頭角を現す

マスク氏のキャリアの原点は、弱冠12歳。商業ソフトウェア「Blaster」を開発し、500ドルで販売していた「子ども起業家」の時代にまでさかのぼります。スタンフォード大学中退後は、弟のキンバル・マスク氏とともに、オンラインコンテンツ出版ソフトウェア開発会社「Zip2」を創業。さらに、1999年には、Zip2の売却で得た資金を元手に、オンライン決済サービスPayPal(ペイパル)の前身となる「Xドットコム(X.com)」を創立しました。数多くのネットベンチャーが生まれ、活気に満ちていた1990年代後半のインターネット・バブルの時期、マスク氏もまた、インターネット業界のわらしべ長者のごとく、次々と成功を収めていったのでした。

IT業界の長から異業種への「華麗なる転身」

そんなマスク氏のキャリアに転機が訪れたのは、31歳の年を迎えた2002年、ネットオークションサービス「eBay」にPayPalを売却した後のこと。地球温暖化、気候変動、食糧危機など、地球規模で取り組むべき重大で深刻な課題が顕在するにつれ、マスク氏は、人類と地球の未来を変えることこそ、自らの使命と強く感じるようになりました。そして、これらの課題の解決に向けて彼の導きだした方策が、二酸化炭素排出量の軽減を目指した電気自動車の開発と、再生可能エネルギーへの転換を推進する太陽光発電インフラの整備、そして、人類の火星への移住を想定した宇宙ロケットの開発だったのです。

 マスク氏は、同年6月にスペースXを設立し、宇宙ロケットの研究開発に着手。また、2004年以降はテスラ・モーターズに継続的に投資を行い、電気自動車の開発にも注力してきました。いずれも、巨額の投資を必要とする上、収益モデルも確立されておらず、リスクの高い事業ですが、マスク氏は、これらの事業に未来を変えうる力が宿っていると信じ、インターネット事業で得た多額の資金を惜しみなく投じていきました。

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スペースXのロケット「ファルコン9」

失敗を恐れず邁進した先にこぎつけた「ロードスター(Roadstar)の販売」

華々しく、おおむね順風満帆だったインターネット長者の時代に比べ、宇宙ロケットや電気自動車の研究開発に着手してからのマスク氏のキャリアは、山あり谷あり、試行錯誤の連続。会社経営や資金調達に奔走するかたわら、研究開発の陣頭指揮にあたるも、成果が現れるまでには、相応の努力と時間を要しました。民間ロケットで初めて地球軌道の飛行に成功したのはスペースXを創業してから6年後、テスラ・モーターズが高級スポーツカー「ロードスター(Roadster)」の発売を開始したのはマスク氏が会長に就任してから4年後のことです。

失敗に一喜一憂することなく、本来の目的の達成に向けて地道な努力を積み重ねてきたことで、「成功者」として認められたマスク氏。20代の頃掴んだインターネット長者としての地位や名誉に拘泥することなく、異ジャンルに挑戦し、その成果を出し続ける彼の人生は示唆に富んでいます。

そして恐ろしいことにこれほどの偉業を成し遂げてきたマスク氏は、42歳を迎えたばかりのアラフォー世代。20代の若手プロフェッショナルのみならず、アラサー・アラフォー世代も、マスク氏の今後の活躍からよい刺激を受けられそうですね。

※main cut:Creative Commons: Some Rights Reserved. Photo by pestoverde

※sub cut:Creative commons: Some Rights Reserved. Photo by Phil Plait

 

(松岡由希子)