12年勤めたApple Japanを辞めてカジケンさんが会社を立ち上げた理由

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梶原健司(かじわら・けんじ) 株式会社チカク代表取締役社長
1976年生まれ。大学卒業後、Apple Japanに入社。ビジネスプランニング、プロダクトマーケティング、新規事業立ち上げなどに従事。 2014年、株式会社チカク創業。

創業して間もないスタートアップが、「Wantedly」でエンジニアを募集したところ、クラウドワークス、クックパッド、Yahoo! Japanなどの有力企業の募集を抜き去り、PV数・応援数ともに、全1300社中1位を獲得した。それは元Apple Japanのカジケンさんこと梶原健司氏が創業した株式会社チカクのことである。世界的な超優良企業を辞めてまで、カジケンさんがやりたいこととは、いったい何なのか。くわしく話を聞いた。

最初は、3年でAppleを辞めるつもりだった

—— カジケンさんがAppleを辞めたのはいつですか?

2011年の10月です。ちょうど時価総額が世界一になるという時期で、偶然ジョブズが亡くなるタイミングでもありました。1つの節目だったと思います。

—— 辞めると言ったら、周りから反対されませんでしたか?

されましたよ(笑)。

ぼくが就職活動をしていたのは1998年です。当時、Appleはまだ苦境から抜け出し切っておらず「ソニーに買収されるかも?」とか、「倒産するかも?」とうわさされていた時期でした。あと、一部のマニアを除いては、知名度も今とは比べ物にならないぐらい低かったので、田舎の公務員の両親はAppleへの就職には猛反対でした。「なんでそんなところに行くんだ!」って。日本の大企業にも内定を頂いていたので、なおさらだったと思います。

それなのに、辞めるって言ったら、今度は「なんで辞めるんだ!」って…どっちだよって感じですよね(笑)。

ほんとは3年で辞めるつもりだったんです。会社が嫌とかじゃなくて、ぼくが入ったときのAppleの平均勤続年数って3年ちょっとでしたし、外資系ってみんなそんな感じだと思っていたんで。でも、素晴らしい上司や先輩に恵まれて、入社してすぐに今から考えても信じられないぐらい優秀な人たちにがんがん鍛えていただいて、この会社でがんばりたいと思うようになりました。 ジョブズ自身もAppleは世界最大のスタートアップだと言っていましたが、自分が入社してから辞めるまでにAppleの時価総額って20倍ぐらいになっていて、まさにスタートアップのような急成長の真っただ中で、何物にも代えがたい貴重な経験をいろいろと積ませていただいたと思います。そんなこともあり、結局12年もいました。

心からやりたいことを見つけるための、2つの行動規範

—— Appleではどんなお仕事をされていたのですか?

新卒で入ったときは、ビジネスプランニングという製品のプライシングや需要予測をする仕事をしていました。その後はiPhotoの最初のプロダクトマーケティングや、ビジネスデベロップメントという部署で、当時Apple Japanの社長だった原田泳幸さんのプレゼンを作らせてもらったりしました。ほんとにペーペーの頃だったので、全く役に立ってなかったと思いますが(苦笑)。その後社長に就任された山元賢治さんにもめちゃくちゃ鍛えていただき、マネージャー、シニアマネージャーと昇進していく中で、新規事業立ち上げやiPodのビジネス側の責任者を担当しました。

ほんとにいろんな経験をさせてもらって、今でもお世話になった方々、そしてAppleという会社にとても感謝しています。

—— 起業するというのはAppleを辞める前から決めていたのですか?

実は、そうじゃないんです。入社時には想定もしていなかった12年という長い在籍期間を通して、おかげさまで、やりたいことはほとんどやらせてもらって、ちょうど一区切りということで辞めることを決めましたが、では外に飛び出して次はこうしよう! という明確で具体的なやりたいことというのは、当時ありませんでした。

ぼくはインターネットが大好きなのですが、ネットを通して人と人がもっと広く、深くつながる世界になってほしい。そのために自分も何かしてみたい、という漠然としたイメージだけがありました。会社を辞め、Apple時代で一番優秀だった友人が始めたスタートアップを少しお手伝いさせていただいたり、TechWaveというIT系のブログメディアを立ち上げた元時事通信社の湯川鶴章さんや周りの仲間たちと親しくさせていただく中で、起業という手段が遠い世界の話ではなく、現実的な選択肢として視界に入ってきました。

結果として、起業したくて辞めたというよりは、辞めた後にこういうことがどうしても実現したい! という具体的なイメージが固まってきて、そのためには起業がベストっていう、逆算で決めた感じですね。

ある方のアドバイスだったのですが、会社を辞めるときに行動規範として決めたことが2つだけあって、1つは「今までやらずに後悔していたことは、全部やろう」ということと、もう1つは「おもしろそうなことがあったら、すぐに飛びつくこと」ブログを始めたり、アメリカの経営書の翻訳をしたり(翔泳社刊『USERS 顧客主義の終焉と企業の命運を左右する7つの戦略』)、他にもいろいろとありますが、それまでの自分からは想像すらしていなかったことにどんどんチャレンジしてみました。

かつての自分自身がそうでしたが、多くの人は自分が何をやりたいかよく分からなかったり、漠然としていたりすると思います。ほとんどの場合それは、それまでの日常の中にとどまっていて、自分が普段いる世界の外に対する絶対的な経験量が足りないからなんですよね。何でも自分で経験しない限り、本当のところは分からないじゃないですか。だからこそ、この2つをひたすら実践していく中で、新しい経験が増えていって、その中から自然とやりたいことが具体的になっていった感じです。とにかく、何でもいいからコンフォート・ゾーンから外に出て、興味があるところに一歩踏み出してみるって、ほんとに大事だと思います。

外から見たら何をやるかもまだよく分からないスタートアップですが(笑)、「Wantedly」でPVや応援数が全1300社中1位になるなど、本当に多くの方に支えていただいています。1つの理由としては、会社を辞めてから2年間毎日ブログを更新していたのですが、意外なほど多くの方が読んでくださっていて、リアルの友人・知人に加えて、お会いしたこともない読者の方々からも応援のコメントをたくさん頂戴しました。

また、やりたいことを模索していく中で、毎日きちんと内省の習慣を持つという意味でもブログはとても有効でした。内容が公開されていることもあり、言ったからにはやらないと! というコミットメント効果もあるんですよね。以前書いた記事がネット上で3500いいね! をもらうぐらいちょっとバズったことがあるのですが、こんな記事を書いてしまった以上、口だけではなくて動き出さねば! と背中を押してくれた記事になりました。

先ほどの行動規範に従って始めたブログですが、応援してくれる人に出会い、また自分の行動が加速するという意味で、本当にありがたい存在でした。

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人と人とがもっとつながる仕組みを創りたい

—— カジケンさんがやりたいことっていうのは、何ですか?

デジタルで世の中が便利になってきていますが、そこにアクセスできない人っていうのも、やっぱりいて。ぼくにとっては、それがすごく嫌なんです。

Appleも昔、コンピュータを使える人がごく限られていた時代に、“コンピュータは素晴らしいものだから、みんなが使えるようになるべきだ”って、“The Computer for the Rest of Us”というビジョンを掲げて、マウスやGUIを実用化することで誰でも操作できるMacintoshを作った。その延長線上にあるのがiPhoneやiPadですよね。10億人がスマホのようなネットワークにつながるコンピュータを手にするって、まさにジョブズが30年前に掲げたビジョンが実現するわけで、愚直にそのビジョンの実現にまい進してきたAppleってほんとにすごい会社だと思います。

でも、その一方で、ボコボコ抜け落ちている部分もいっぱいあるよなと思っていて。そういうところを解決できたら、おもしろいんじゃないかなと思ったんですよね。

—— なるほど。具体的には?

例えば、ぼくには7歳と4歳の子どもがいるんですけど、実家が兵庫県の淡路島なんで、なかなか帰れないんですよ。

最近はFacebookで海外に住む友達の近況が分かるので、5年ぶりに会っても全然久しぶりな感じがしないんだけど、自分にとって大事な自分の親と子どもが、全然そんな感じになっていないんですよね。

もちろん最大公約数的にはiPhoneやiPadをフル活用するのがいいのかもしれないけど、ガラケーしか使えない親世代にはなかなか難しかったり…。

人やソリューション別に見ていくと、スマホやタブレットでは解決できない課題って社会にはいくらでもあって、そういった見過ごされがちなことに真正面から向き合いゼロベースで発想することで解決していきたいと考えています。

—— 今の開発体制はどんな感じですか?

会社には元チームラボのエンジニアと、同じく元チームラボのカタリストだった人が入っています。あとは、本業がありながらプロジェクトを手伝ってくれている人が6人とインターンが何人かいる状態ですね。ほんとはフルタイムでがっつりやってくれるフルスタックエンジニアがもう1人欲しいんですけど、なかなか良い人が見つからず、今もずっと探しております。いい人がいたらぜひ紹介してください(笑)。

—— 元チームラボのお2人とはどのようにして知り合ったのですか?

人づてです。去年の秋くらいから「こんなことやりたいんだけど」っていろんな人に声をかけていたところ、たまたま友人からつないでもらいました。2人とも私より一回り若いのですが、ほんとに優秀で、出会えたこと自体とてもラッキーだと思っています。彼らから日々、いろいろと学ばせてもらっています。

—— 今の心境を教えてください。

正直に言うと、最初は「こんなことがやれたらいいなぁ」という、ほわ〜んとした感じだったんですよね(笑)。とにかく何でもいいから形にしてみようと一歩一歩動く中で、必要に迫られてチームを作って、会社を創って。その度に「元々はこんなつもりじゃなかったけど、ここまでやらないとできないよね」っていう話になって、それを乗り越えるごとにプロジェクトに対する自分のコミットメントもどんどん強くなってきました。

私は事業畑の人間なので、製品やサービスの開発など、今までにもちろんやったことはありません。自分がやったことのないところへ踏み出すのって怖いんですけど、赤ちゃんのよちよち歩きに似て、ふらふらしながらも一歩ずつ足を出すみたいな、“ベイビーステップ”を踏み出したのが、ぼくにとっての転機でした。周りの仲が良い人に話すっていう、ただそれだけの一歩がきっかけで、いろんなことがどんどん転がり始めて、多くの人を巻き込みながら、スピードを速めて、どんどん雪だるまが大きくなって、勢いがついてきているのが、今ですね。

年内にはサービスを正式リリースできるように、これからさらにスピード感を持って動いていきます。

「今、本当にたくさんの人に支えられながら生きている」と語るカジケンさん。人が夢をかなえるために最も必要なものは、応援してくれる人を引き寄せる“人徳”なのかもしれない。

(野本纏花)