PCとネットがあれば、子どもは自発的に学習するか?インドで実践される「壁の穴」プロジェクト

 

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社会・経済の不確実性が高まり、グローバル化が進むにつれて、子どもの教育や学びにおいても、新たな手段や形態、環境が模索されてきました。この課題の解決に、認知科学のアプローチを取り入れ、コンピュータやネットワーキング技術を活用した新しい学びのかたちに取り組んでいるのが、インド出身の教育研究家スガタ・ミトラ(Sugata Mitra)博士です。

LANをインドで本格的に導入した第一人者

1952年、インドのコルカタで生まれたミトラ博士は、有機分子の研究やエネルギー貯蔵システムの開発を手がけたのち、1980年代には、インドで、コンピュータネットワーキング技術の先駆者として活躍しました。1984年、インドで初めて、LAN(ローカルエリアネットワーク)に基づく新聞発行システムを構築。さらに、この成果を応用して、LANによるデータベース出版システムも発明し、インドやバングラディシュに、電話帳広告という新しい産業をもたらしました。

「公共スペースにパソコンを置いたら、子どもたちはどうする?」

ミトラ博士はやがて、それまでの知見や経験を活かし、認知科学や教育テクノロジーの研究開発に注力。情報処理の観点から知的システムや知能の性質を解明するという認知科学のアプローチから子どもの学びを研究し、「教師による干渉を最小限に抑えた環境で、子どもたちは、自発的に学習する」というMIE(Minimally Invasive Education)理論を確立しました。とりわけ、この理論を検証するユニークな実験として知られているのが、1999年、インドではじまった「壁の穴(Hole in the Wall)」プロジェクトです。

このプロジェクトでは、インドの首都ニューデリーのスラムで壁に穴を掘り、インターネットに接続したパソコンを設置。隠しカメラを仕込んだ上で、誰でも自由に使える状態にしておきました。

すると、好奇心いっぱいの子どもたちは、すぐにパソコンの周りに集まり始め、互いに助け合いながら、マウスの操作やブラウジングを身につけ、オンラインに接続する方法を知り、インターネット上の情報やコンテンツなどを使って、語学から科学まで、さまざまな知識やスキルを学ぶようになったそうです。

この実験は、インド国内のみならず、カンボジアでも、繰り返し実施され、いずれも、ミトラ博士の理論を裏付ける結果となりました。教師からの授業や指示がなくても、自らの好奇心や関心さえ刺激されれば、子どもたちは、公共スペースに設置されたパソコンを使って、自分の力であらゆることを学び、互いの知識を共有し合うことが明らかになったのです。

クラウド上にみんなの学校をつくろう!

ミトラ博士は、この「壁の穴」プロジェクトを通じて「子どもたちは、自らの力で、あらゆることを学び合うことができる」との確信を深め、インターネット上に蓄積された膨大な知の資産と、子どもたちが生来持つ豊かな好奇心を融合させた、子どもの学びを中心とする環境づくりに取り組み始めました。

中でも、革新的で大胆なコンセプトとして注目されているのが、「クラウド・スクール(Build a School in the Cloud)」。この学校には、一方的に授業をする先生はいません。その代わりすべての子どもたちが、いつでもどこでも、さまざまな情報にオンラインでアクセスでき、大人たちから必要な助言やサポートを得ることができます。ミトラ博士は、2013年、国際カンファレンス「TED」で、未来の教育のかたちとしてこのコンセプトを発表し、「TED Prize 2013」を受賞しました。

インターネット時代の黎明期からこの分野に深く関わり、1999年以降、10数年にわたって科学的なアプローチから子どもの学ぶ力を見つめて続けきたミトラ博士は、今、自らの人生の集大成として、「クラウド・スクール」を実現させようとしています。この壮大なチャレンジは、子どもの学びのかたちのみならず、私たち大人の子どもへの関わり方、果たすべき役割にも、大きな変化をもたらすかもしれません。

(松岡由希子)