中卒→最年少上場→4畳半暮らし→ミリオネア アドウェイズ社長が語ったジェットコースター半生

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わずか2カ月で高校を中退して、16歳で訪問営業マンとして社会人デビュー。換気扇のフィルターを飛び込み営業していた20歳の頃、上場したサイバーエージェント(CA)の藤田晋社長に刺激されて起業――。そんな異色の経歴を持つ岡村陽久が興したのはインターネット広告を手がける「アドウェイズ」だ。

26歳で東証マザーズに、当時史上最年少社長として上場。最近はアフィリエイト広告が好調で、2014年3月期の売上高は315億円、従業員数は約1000人に上る。現在34歳になった岡村が、4日に行われたイベント「Startup Asia」に登壇し、ジェットコースターのような半生を語った。

タイトルは「高校中退から、ミリオネアになるまで」。アドウェイズ創業前は「CAに入らなければインターネット事業はできない」と思い込むほどネットの知識は皆無だったという岡村は、どのようにして「ミリオネア」になったのだろうか? このセッションはインタビュー形式で、聞き手は日経産業新聞の篠原洋一編集長が務めた。

同イベントではこのほかDeNA創業者の南場智子が、スタートアップが成功するために欠かせない人材の集め方を語っている(関連記事:「5年かけても追いかける」 DeNA南場智子が語る、イケてる人材の集め方)。

訪問営業マンからインターネット業界へ

――当時から起業の意識はあったのでしょうか?

小さい頃から、自分で会社を作って社長になるというのはボンヤリと考えてました。うちの父親は高校の教師だったんですけど、「高校には行くな」という方針だったので、逆に「じゃあ行こう」と。反抗期だったんですね。それで高校に行ったんですけど、中学校と同じようなことを3年やると思ったら嫌気が差してきて、早く社会に出ようと。

ちょうど20歳だった2000年にCAさんが上場して、NHKで「インターネットがすごい」と言ってたんです。「これからは金融も広告も不動産もインターネットが変える」と聞いて、夢と希望をすごく感じました。

換気扇のフィルターを飛び込みで売ってたのですが、「これはフィルターなんて売ってる場合じゃない。いますぐインターネットだ」と思い、インターネット業界に入ることにしました。

サイバーエージェントの門を3度叩くも撃沈

当事は、あんまりインターネットのことをわかっていなくて、CAに入らないとインターネット事業ができないと思ってました。あんまり知識がなかったんですね(会場笑)。

それから、(CAに入社を)申し込んでは断られるというのを3回繰り返して、その頃にようやくインターネットがCAだけじゃないということに気づきまして……。入社できないんだったら、自分でやっちゃえばいいと思って会社を立ち上げました。

ちなみに、2回申し込んで断られた時は「人事の方じゃ話がわからない」と思い、社長に直談判するつもりでした。会ったら机にしがみついて、「入社するまで帰らない」と言うつもりだったんですけど、なかなか会えなくて。

ちょっと偉そうなんですけど、入社させていただくにあたっての条件を用意していました。「給料はいらない」「経費も自分で負担する」「必ず一番働く」「いつでもクビにしていい」という条件です。リスクはないので採用されるはず、あとは気合いの問題だろうと(会場笑)。

実はアドウェイズ上場後に藤田社長にお会いする機会があって、その時のことをお話したんですが、藤田社長は当事から大きい会社だったので知らなかったようです。

――藤田社長からすれば逃した魚は大きかったのでは?

いえいえ、僕みたいのは社風に合わないというか……(会場笑)。

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創業時はPCすら触ったことがなかった

創業時は本当にパソコンすら触ったことがなく、テレビのアンテナを付ければインターネットにつながるもんだと思ってました。

僕が買ったのはテレビが見れるパソコンだったんですが、アンテナをつけてテレビは映るけど、インターネットがつながらない。「アンテナ挿してもインターネットにつながらないじゃないか」と問い合わせてみて、「お客さん、電話回線でつなぐもんです」と言われて初めて知りました(会場笑)。

1週間ぐらいかけてようやくインターネットにつながってからは、CAさんがどんなことをやっているかを徹底的に研究しました。当事はウェブ媒体にバナー広告を貼り付けてクリック保証する事業が流行ってたので、「他社がウェブなら、うちはメールでクリック保証型広告をやれば売上が上がる」ということでやりました。

小さく挑戦して先を読む

――アドウェイズはクリック保証型やアフィリエイト広告をかなり早くからやっていました。そういった先を読む力はどうすれば身につくのでしょうか?

読んでいるようで読めていないところもあるんですね。いろんな事業に挑戦して、それがたまたまうまく行っただけで。

どちらかと言うと、小さく挑戦してやってるというのが事実。もちろん、ある程度は先を読んで考えてはいますが。とはいってもわからないんで、とにかくたくさん挑戦するのが大事なのかなと思ってます。失敗したこともいっぱいあります。

スマートフォンが出始めた時は社内で「こんなに使いにくいものを使うわけがない」とよく話してました。そんな中、アメリカに行った役員がスマホを使った事業がすごく伸びていることを肌で感じ、「いつまでもフィーチャーフォンをやっててもダメだ。スマホやらないとアドウェイズは潰れる」と言うので、「それは大変だ」となって一気に経営資源を投入することにしました。

新卒を大量採用するも社内がパニックに

直近での最大の危機は2007年です。アドウェイズでは「07(ゼロナナ)ショック」と呼んでますが、2006年6月に上場した半年後のことです。

当事の顧客はクレジットカード会社やキャッシングカード会社が中心だったんですが、上限金利が30%から20%に引き下げられたのをきっかけに、広告費が半分くらいに縮小したのが2006年12月。それに伴って売り上げがどんどん落ちていきました。

まったく予測していなかったことなんですが、2007年4月には新入社員を大幅に増員することが決まっていました。急激に成長する前提で経営を進めてたので、大量に採用しないと成長に追いつかないと思ってたんですね。当時は日本と中国を合わせて200人くらいの会社だったんですが、2007年4月には日本で70人、中国で80人、合計150人の新卒を迎えることになりました。

その頃には売り上げがドカンと下がり、経費は倍近くになってしまって。赤字が大きく拡大したせいで、ベテランクラスの社員は「給料が上がらないんじゃないか」と思って転職する人が増えました。ベテラン社員がいないので新人教育もできないし、事業の運営もままならない。アドウェイズがすごくパニックに陥った最大の危機でした。

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冬の時代に採用した新卒が幹部の中心に

その頃のアドウェイズはいろんな事業に参入していたのですが、主力だったアフィリエイト広告に特化することにしました。新規事業も撤退し、分散していた優秀な人材を広告に集中させたんです。

他社だとコア事業に集中させるまでに3カ月から半年くらいはかかると思いますが、うちは「よっしゃ明日から広告1本でやる」と。本当はいろんなことがやりたいんだけど、アドウェイズが復活しない限りはやりたいこともできないので、とにかく業績復活を頑張ろうと。

ものすごい危機感があったので心がひとつになり、業績が復活したんですね。リストラは一切やりませんでした。2007年に入社した新卒は今年で30歳。今では幹部クラスの大半がその頃の新卒です。入社早々に大赤字だったせいか、困難に強い社員がたまたま育ったんだと思います。

風呂なし4畳半に2年半

――アドウェイズの危機に際して、社長自身も風呂なし4畳半に引っ越したと聞いています。

業績が下がって大赤字になった際には役員報酬を8割カットすることにしました。去年の住民税を払えるだけの給料を頂いたんですが、そうなると自動的に家賃が払えなくなり、管理部に「風呂なし、共同便所の4畳半を借りてきてくれて」と頼んだんです。

実際のところ、そんな物件があるとは思ってなくて、「見つからなかったんでワンルームになっちゃいます」っていうのを期待していたんですけど、本当に見つけてきちゃって。優秀な管理部です(会場笑)。

言った以上は住むしかないと。家賃は3万円です。なんだかんだで2年半住みました。業績自体は1年で復活したんですけど、「そろそろ出ようか」と思った時に、業界で「アドウェイズ岡村さんが四畳半に住んでるらしい」という話になり、なかなか抜けられなくなっちゃって(会場爆笑)。今でも、たまにそのアパートは見に行きます。

教育方針は「教育しないこと」

――会社を成長させるための組織づくりはどうしているのでしょうか?

アドウェイズの教育方針は「教育しない」ことを掲げています。手取り足取り教えれば知識はつくかもしれませんが、それよりも機会を与えて、自分で試行錯誤してもらおうと。知識だけじゃなくて経験として実力をつけてもらうのが一番早く成長できると思っているので、どんどん任せるのがアドウェイズスタイルです。

任せることで売上が下がるリスクはあります。どうしても手取り足取り教えたくなるんですけど、成長してくれれば、それ以上の売り上げが返ってくると信じてやっています。マネージャーの間には「任せて売り上げが下がるのはアリなんだ」という認識が浸透しているので。任せる文化の会社になっているんじゃないかなあと思っています。