ヤフーへ事業売却した「DECOPIC」の起業家松本龍祐が、大企業でイキイキしているワケ

世界的ヒットとなり、いまや2700万ダウンロードを数えるまでに成長した女性向けカメラアプリ「DECOPIC」。この成功により、2006年に創業したコミュニティファクトリーを2012年にヤフーに売却したのが松本龍祐氏だが、あれから2年で松本氏の肩書きは次のように増えた。「ヤフーUX推進室 室長」「TRILL株式会社 代表取締役社長」、「ヤフービューティー サービスマネージャー」、そして「コミュニティファクトリー代表取締役」。

起業してアプリで大ヒットを飛ばして事業売却という起業家が夢見るサクセスストーリーを歩んだ起業家は、ヤフーという大きな企業に入って、いま何をやっているのか? 次の起業を狙うのか、あるいはヤフーというプラットフォームで大きな事業にチャレンジするのか? スタートアップのスピード感と大企業的なカルチャーのギャップに驚いたりしていないのだろうか?

松本氏の口ぶりは、むしろヤフーで「水を得た魚のよう」に活躍するのが楽しくて仕方がないといったふう。松本氏は何を考え、何を目指しているのか? 東京・六本木のヤフー本社でお話を聞いた。

photo05松本龍祐氏。ヤフーUX推進室 室長、TRILL株式会社 代表取締役社長、ヤフービューティー サービスマネージャー、そしてコミュニティファクトリー代表取締役と多数の肩書きを持つ

アプリのUXは「全体感」を重視

松本氏の肩書きの数は多いが、その役割は、大きく分けて2つに分類できる。その1つはヤフーのモバイルアプリ全般のUX(ユーザー体験)を向上させること。もう1つの役割は、2700万ダウンロードを越えて成長を続ける「DECOPIC」の経験を生かし、女性向けコンテンツを拡充することだ。

decopic02

まず松本氏の役割の1つ、「ヤフーUX推進室 室長」としてモバイルアプリのUXを見る役割について、話を聞いた。

「自分の中での大きな仕事として、『よろず相談』を引き受けています。相談の時間を週に30分×8枠。あらゆるサービスの相談に乗ります。モックやリーンキャンパス(アイデアを一目で検証できるようにするフレームワークで、StudyTechの角幸一氏が公開しているスライドが参考になる)で見ます。ここ半年ほど『リーンキャンパスを描きましょう』と呼びかけをしていますが、その結果、クオリティは目に見えて向上しました」

こうした「よろず相談」は、ヤフーCMO(チーフモバイルオフィサー)の村上臣氏が果たしていた役割の一部を引き継いだものだ。

「ヤフーにはデザイナーは約300名いるが、私が考えるに、まだ足りていません。サービスが100種類以上あり、アプリのUIをデザインする人数はアプリの数よりも少ないのが現状です。そこで去年の後半から『UXデザイナー30人採用プロジェクト』を進め、デザイナーを増やして各カンパニーに内属しています。このときは、アプリの作成経験が豊富な人だけでなく、家電メーカー、カーナビメーカーなどでUXに知見がある人にも入ってもらいたいと考えました。デザイナーのトレーニングでは、動くモックを批評しあう取り組みも行いました」

こうした知見、取り組みを踏まえ、ヤフーではアプリのデザイナーのためのプロトタイプコンテスト「プロコン14」を開催中だ。松本氏も審査員を務めている。

女性向けメディアTRILLを立ち上げ

松本氏のもう1つの役割である女性向けコンテンツ拡充についても、話を聞いた。松本氏は今、2014年6月に設立したTRILL株式会社を立ち上げることに多くの力を注いでいる。最も注力するターゲットは20代後半から30代前半の女性である。

photo02「TRILLは、女性の企画メンバーが自由に作る。こちらも、取り上げる話題の勉強はしているが、例えば『ココナッツオイルがどれだけ“旬”な話題かどうか』といった内容までは判断できないですから」

女性向けとの点は共通しているものの、DECOPICはソーシャルサービス、一方のTRILLはコンテンツを集めるメディアで性質が違う。CP(コンテンツプロバイダ)が提供する記事を選別し、媒体としての独自性を出していく。SEO(検索エンジン最適化)やソーシャルメディアでの拡散も重視する。「正直、DECOPICのノウハウが生きているかというと、そんなに生きてません(笑)」。

女性向けサービスおよびコンテンツの拡充を図るのには理由がある。「女性の方がスマートフォン活用に積極的とのデータがあります。ヤフーがスマートデバイスに舵を切っている以上、『女性向け』は避けては通れません」。

起業経験者どうしが上司と部下に

今回の取材にあたり、1つの疑問があった。松本氏は起業家として自らの会社を率いて活動していたわけだが、今はヤフーという大組織の中で役割を果たすことを求められている。なんらかの葛藤を抱えているのではなかろうか?

この疑問に、松本氏は次のように語る。

「大学在学中から起業したので、実は32歳にしてはじめて『就職』したんですね。上司がいるのも初めての経験で(笑)。ラッキーだったのは、上司の(ヤフーCMO)村上がもともとベンチャー企業『電脳隊』にいた人で、理解があった。それだけじゃなく、今のヤフーの執行役員の半分近くは起業経験者です」

ヤフーという組織に加わったことで、ものの見方も変わった。「大組織の目線とスタートアップの目線は違う。大きな事を成し遂げるには時間がかかる場合もあります」。「半年に一回は、大きな『お祭り騒ぎ』があります。例えばeコマース革命とか。革命の話を聞く度にわくわくします」。そして、「人をていねいに育てる会社だと思う」とも付け加えた。

常識的には、スタートアップ企業の経営者と、大組織で成果を出せる人材は「人種が違う」と考えられがちだ。ヤフーは、そうした常識を乗り越える工夫、経験を蓄積しつつあるようだ。