Qiitaのエンジニア社長、海野弘成がコード書きをやめて経営に集中する理由

プログラマーのための情報共有サービス「Qiita(キータ)」は、国内のプログラマー人口が40-50万人と推計されているのに対して、月間100万UUを超える人気サービスだ。

そんなQiitaを運営するのはIncrements株式会社。代表取締役の海野弘成さんが京都大学の学部生だった頃に、ビジネスコンテストで知り合った仲間と3人で、2012年2月に創業した。経営者の顔を持つ一方で、自身もプログラマーとしてコードを書き、Qiitaのサービス向上をけん引してきた。経営者といえば文系出身者が多くを占めるなか、プログラマーが会社を経営したら、どんな会社ができあがるのだろうか?

創業から丸3年を迎えて引っ越したばかりだという渋谷のオフィスにて、詳しく話を聞いた。

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海野弘成氏。1988年兵庫県生まれ。京都大学工学部情報学科在学中にはてなやGoogleにてソフトウェアエンジニアとしてインターンを経験。2011年、友人2人と作ったプログラマーのための技術情報共有サービス「Qiita」をローンチ。大学卒業後にIncrements株式会社を設立し代表取締役に就任。主なサービスに「Qiita」のほか、記録アプリ「Kobito」、社内情報共有ツール「Qiita:Team」がある。

 

2012年の2月に会社を立ち上げ、大学卒業後と同時に東京に移り住んだ海野さん。社会人経験はないものの、学生時代にはGoogleでインターンをしたり、はてなでアルバイトをするなかでプログラミングを学んだ。そのなかで「数万人以上の人に影響を与えるサービスを作りたい」と思い始めたのだという。経営において、自身がプログラマーだということは、プラスに働いているのだろうか?

「プログラマーの抱えている課題がわかるので、どう解決したらいいのかという答えをイメージしやすいという部分でプラスの作用は大きいと思います。例えば、何かを実装しようと思ったときに、それが1週間で終わりそうなのか、3カ月かかるのかという見積もりもできるし、そもそも技術的に可能かどうかという判断もできます。

経営的に見れば、技術的負債と言われるインフラ面の整備やリファクタリングは、短期的な売り上げに直結しない問題ですが、長期的にユーザーの視点に立って考えると回収していかないといけません。そのあたりのスケジュール感覚や優先度を天秤にかけることができるのは、自分がプログラマーでありながら経営者でもある優位性かなと思いますね」

また、プログラミング的な思考が、経営課題に直面した際に役立つ側面もあると海野さんは語る。

「弊社の場合、プログラミングの技術情報を共有する『Qiita』と、社内の情報共有を支援する『Qiita:Team(キータチーム)』と、個人の知識管理をする『Kobito(コビト)』という3つの、わりと近い領域のサービスを提供します。三者に依存関係が発生しないよう、モジュール化するイメージで、きれいにインターフェイスを作成し、それぞれが独立して改善できるように考えるのは、プログラミングにおける“オブジェクト指向”や“クラス設計”、“ライブラリ設計”などに通じるものがあると感じています」

ユーザーと直接会うことで、自分たちの暴走を食い止める

プロトタイプやβ版を作って、とにかくスピード重視でリリースしていくサービスがあるなかで、「Qiita」はヒアリングや検証に時間をかけた上でしかコードは書かないスタイルを徹底しているという。

サービス開始から3年近く経った今も「Qiita Meetup」というイベントを日本各地で定期的に開催し、ユーザーの生の声を社員全員が直接聞く機会を定期的に設けている。サービスを作る上で、ユーザーからのヒアリングは欠かせないそうだ。

「うちのサービスは“作る人”が見る場所なので、要望がかなり具体的に上がってきます。例えば『こういう仕組みでファイルをアップロードできるようにしてほしい』とか。しかし、それを言われるがまま実装してしまうと、UIが複雑になってしまったり、ユーザーが解決したい課題と本質的にずれてしまったりすることがあるんですよね。

ユーザーがプログラマーだからこそ、実装方法まで深掘りして伝えてくれるのですが、課題に落とし込んで、何がコアにあるのかを検証する。先ほどの例でいくと、ファイルアップロードの仕組み自体はどうでも良くて、ただ自分のファイルをスムーズにアップロードしたいという部分が本質的な要望だと思っています。1つの要望からコアとなる部分を見極めて、システムの改善点を議論しながら進めているんです。

自分たちはサービスのことがよくわかっているので、どうしても応用的な機能をどんどん付けたくなってしまうのですが、ヒアリングをしっかりして、『自分たちがサービスを提供しているユーザーにとって、本当に良いものになっているか』というのを、定期的に確認しようと意識しています」IMG_1938

“自律的な組織”を目指して

Increments社のメンバーは、現在11名。うち6名がエンジニアで、2名がデザイナーだ。「まさに今、チームから組織へと移行していくフェーズ」と語る海野さんが注力しているのは、“自律的な組織作り”だという。

「そもそも、ぼくらがなぜプログラマー向けのサービスをやっているのかというと、『世界の進化を加速させたいから』なんです。そのために自分たちが得意な領域で切り込めるとしたら何かと考えたときに、『ソフトウェア開発の環境を良くする』ということに行き着きました。

ただそうはいっても、実務として『一行のコードを書く』のと、『ソフトウェア開発を良くする』という目標には、かなりの距離がある。そこをいかにブレイクダウンして、明確な形で伝えていけるか。ミーティングでも話しますし、『Qiita:Team』を使って、自分の思いを長文で書いたりもしています。社内では、“ポエム”って言われているんですけど(笑)。

弊社が提供する3つのサービスが成長し、メンバーが増えていくにつれて、 “自分たちは何を大事にするのか”というのを、きちんと共有する大切さを感じていますし、“何のためにやっているのか”というのは、しっかりと周知していきたいと思っています」

海野さんが言う“自律的な組織”とは何なのだろうか。

「各自が『会社としてやりたいことに対して、自分は何ができるのか』を、会社のサポートを受けながら自発的に考えて、実験して成果を出せるようになってもらえる組織ですね。決まったものを作るだけという風にはしたくないなと思っています。

そのために今、組織に取り入れようとしているのが、組織の目的意識合わせと数字管理のために、GoogleやZyngaが採用している“OKR(Objectives and Key Results)”という手法です。直訳すると、“目標と主な結果”という意味で、組織として大事な目標を達成していると言えるためには、どんな結果が必要なのかを考えるということです。

例えば『プログラミングの問題解決を支援する』という目標(Objectives)があったとして、そのためには『閲覧者が何人いたらいいか』とか、『投稿数がこのくらい必要だ』といった結果(Key Results)を具体的な数値で設定します。『Qiita:Team』のような、いわゆるSaaS系のサービスの価値は、目標を数字に変換しやすいです。

実際に『Qiita:Team』では、トライアル数・有料ユーザー転換率・離脱率・顧客単価の4つの数字をフェーズごとに改善するということをやっています」

Qiitaのこれからと経営者として考えるプログラマーの職業観

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創業メンバーでCOOの横井孝典さんと談笑する海野さん

「プログラマーとして開発をしていると、どうしても目の前の小さな問題を解き続けるようになってしまう」という海野さんが、完全に経営にシフトしたのは比較的最近のこと。「いろんなスタートアップの経営者と話すなかで、自分の仕事を経営のみに絞り、長期的かつ俯瞰してサービスを考えられるようにならないといけない。いつまでも手を動かしていたら、自分たちのゴールは達成できないと気がついた」という。そんな自身の感覚からこれからのプログラマーのあるべき姿を聞いたところこんな答えが返ってきた。

「プログラマーが日々向き合っているのは、本来、目の前の小さな問題ではなく、大きな問題の一部であるはず。自分のやっていることがどういう価値を生み出しているのかという、大きな問題を意識することが大切だと思います。

そのためには、やはり自分の作ったサービスを使っている人と話をすること。ある程度規模が大きくなると、サポートと開発は完全に分離してしまいがちですが、直接会って話をすることで、伝わってくるものは大きいです。

自分は誰のために作っているのか。顔が見えると『ユーザーがどういう課題を持っているのか』、『どういうところで喜んでくれるのか』がわかるようになるので、パフォーマンスやモチベーションの向上につながるはず。だから弊社の『Qiita Meetup』には経営層や役員だけでなく全員で行く。そういう形で社員全員がユーザーの声を聞けるようにしているからこそ、目の前のコードだけではなくて、サービス全体を俯瞰して考えられるし、もっと別のサービスを作るべきではないかという議論もできるようになってくるのだと思うんです。

私は、5年10年先の未来も、ソフトウェアの価値が低くなることはないと思っています。IoTやビッグデータ、AIなど、最先端のテクノロジーは、どれもソフトウェアがなければ動かない。あらゆるものにソフトウェアが入っていく時代を見据え、世界の進化を加速させられるようなサービスの提供を会社として目指していきたいですね」

(野本 纏花)