イノベーションを生む組織が「異分子」のような社員を大事にする理由

2月に日経BP社より出版された『会社を辞めないという選択 ~会社員として戦略的に生きていく~』という書籍をご存じでしょうか。この本はAmazonの「経営学」のカテゴリで1位を獲得するなど、人気ビジネス書として話題となっています。著者は以前こちらの記事でも登場していただいたITの女帝こと奥田浩美氏。

個人が会社という枠組みを使ってどう生きていくべきかを指南している書であると同時に、優秀な人材を流失させないために、経営者としてどのようなあり方が必要かという経営戦略にも踏み込んで記されています。

これまで1000を超えるITベンチャー企業を見続けてきた奥田氏が今思う、これからのIT企業のあるべき姿とは? またそれを具現化させるために、どのような組織作りが必要かを語ってもらいました。

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奥田浩美氏。株式会社ウィズグループ、株式会社たからのやま代表取締役。鹿児島生まれ。インドの国立ムンバイ大学大学院社会福祉課程修了。1989年、国際会議の運営会社に入社。1991年、ITに特化したイベントサポート事業を設立。2001年、株式会社ウィズグループを設立。2013年には株式会社たからのやまを設立。

 

「ITで人々を幸せにする」 をミッションに掲げた理由

-まず奥田さんのこれまでの経歴を、教えてください。

1989年に入社した国際会議の運営会社で、ITの最先端の技術に初めて出会いました。最先端の会議をいくつも担当させてもらい、充実した会社員生活でしたが、知り合いからの誘いで起業することになり、1社目の会社を辞めることになりました。

2社目では、ITに特化したイベントサポート事業を社内ベンチャーとして創業して、「NetWorld + Interop Tokyo」、「WINDOWS WORLD Expo/Tokyo」、「MACWORLD Expo/Tokyo」の案件を受注しました。当時は日本初開催となるイベントをたくさん誘致することができ、チームでイベントを作り上げていく楽しさを感じていたため、仕事を辞めるつもりはなかったんです。しかしあるとき、数字目標ばかりを掲げる組織のあり方に疑問を感じました。そして2000年の出産を機に、「組織に属した働き方では、子どもを育てていくことは難しい」と感じ、事業から外れました。

-そこからご自身1人で会社を経営されるのですよね。

はい。最先端とされるIT業界で働く女性である私が苦しいと感じる問題は、社会全体の課題でもあるはずだと思っていました。ですから「ITで人々を幸せにする」をミッションに、自分たちにフィットした働き方を実践できるようにと、2001年にウィズグループを立ち上げたのです。

起業時に心がけたことは、働き方を自分のリズムでコントロールできるクライアントを選定し、自分の組織を作って仕事をすること。2001年当時としてはかなり先進的ですが、すでにクラウド上での情報管理やTV会議などに取り組んでいたグーグルやシスコなどの仕事を狙っていきました。

技術も制度も先進的な組織と一緒に新しい働き方を体現していくのは、小さな仕事だったとしても面白かったですね。

これらの企業との取引では、夜遅くに会議で呼び出されることもありません。TV会議で遠隔でやりとりができますから、育児をする私にとっても働きやすい環境が作ることができたと思っています。

-ご自身の経験から、今、自分の働き方や転職などに悩む人たちに伝えられることがあれば教えてください。

私の元には新卒2〜3年目で「自分の軸がわからない」と相談してくる人がいます。そんなとき「早く結果を出さなきゃ、と考えすぎ」と答えます。なぜわずか数年で軸を作ろうとするのでしょうか? 今の就職活動の仕組みでは、やりたいことに就ける人は少ないのに、24~25歳で「自分の強みはこれだ」なんて自分の何を知って言っているのか? と問いたくなります。仕事人生はその先にまだ数十年あります。もし、その年齢で自分の軸を決めるとしたら、24~25歳の間で働いてきたわずかな期間での強みでしかなく、それ以降に得られるはずの本当の強みをそぎ落としてしまうことになりかねません。

今でこそ情報処理推進機構(IPA)で、「IT人材白書」の検討委員、「未踏IT人材発掘・育成事業」の審査委員を、私は務めていますが、理系の大学を卒業したわけではないんです。それなのに今みたいな仕事をしていることを考えると「これをしていないと将来これに携われない」、「自分にはこれだけ」という概念がいかに無駄かということがわかると思います。選択肢を絞りすぎないで、無駄だと思うことも、まずは全部やってみる姿勢は絶対に必要だと思いますね。

スティーブ・ジョブズが言う「Connecting the Dots(ドットをつなげること)」という考え方が私も好きで、積み重ねて後から振り返ったときに、自分が築いてきた点(ドット)がつながっています。人に必要とされたことを続けていくと、結果的に意外なことが残って軸になっていく気がします。だから若いうちからそこまで焦る必要はないと思っています。

ただ人間は、辞めるか辞めないかの岐路に立っているときが、一番真剣に人生を考えます。迷っているときが自分の価値観を知る一番のチャンスだと思ったほうがいいですね。組織を辞めるにせよ、残るにせよ、自身が次に向かう理由が明確であれば、どちらの選択をしても前に進めるはずだと思いますね。

-今回出版した『会社を辞めないという選択 ~会社員として戦略的に生きていく~』は会社員としての戦略はもちろん、会社の経営戦略も記されています。その理由について教えていただけますか?

生活によほど困っていない限り、今の若い世代は「350万」「500万」「700万」の年収の会社が選べるとしても、その時点の数字だけでは就職先を選びません。そこの会社は何をしていて会社で自分が何を貢献できて、それが社会にどう役立てるのかを考える人が着実に増えて来ているように思います。だから、社員へ会社のミッションを語る際に「何千台、車を売ろう!」といった教えをするのではなくて、「私たちが作っている車の性能に、少しの問題があるだけで、人の命に関わる。だから私たちはいい車を作ろう」というビジョンを語る必要がある時代なんです。

-会社の経営者に向けて、大事な人材を逃さないためのメッセージを語ったということですね。

そうですね。1つの大きな矛盾が「今の会社じゃ何もできない」と言う人間が、その組織を辞めて、また会社を作るというサイクルがあることです。辞めた人が新しく作った会社を、同じ仕組みのリーダーシップで運用していたら、また負の連鎖が続くでしょう? そして、大企業がどこかの会社を辞めた人が作ったベンチャー企業に資金を入れるという流れには、少なからず違和感を覚えています。

だったら、自社で会社のビジョンを理解している人材が、社内事業を起こしてそこに投資していけば、これほど強いことはないですよね。そういう人材をきちんと評価して、価値を生み出す人材を経営者やマネジメント層が見極めて離さないことが、今後の経営で大切だと考えています。

既存の会社という枠組みを使うか使わないかは置いておいて、社員に対して起業やチャレンジできる環境を組織が提供するほうが、高い賃金で拘束することよりも、どれだけその会社のための利益になるかということを考えるんです。

でも、新しい何かを言う社員に対して、まだ会社では「会社の命令を聞かない人」や「会社にコミットしていない人」などと評価する企業が多いように思います。その部分をこれから変えていくことが必要だと思っています。

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異分子を受け入れる懐の深い組織であれ

-組織がイノベーティブであるためにどのような心構えが必要なのでしょうか?

1つ目は「働き方の多様性を受け入れること」。そしてもう1つが「業務の意義・役割を、社内に浸透させる仕組みがあること」ですね。

「働き方の多様性を受け入れること」とは、「全員が週5日・フルタイムで100%全力で働くことが普通だ」という考えを捨てるべきだということです。

私の夫は、以前SEとして大手企業で働いていましたが、病気で、週3回午前中に病院へ行かざるをえない状況になりました。たったそれだけのことで、会社にはいづらくなって、その会社を辞めました。

しかし本来ならば、週1日でも2日でも、その人の能力と給与が見合っていて、結果が出たらそれでいいはずではないでしょうか。誰もが妊娠、出産、育児、病気、介護などプライベートな課題が生じる可能性があるなかで、日本の労働力の減少を考えると、その課題を前提に人材雇用を考えていかないと成り立たなくなってくるわけです。

そういう意味では、今まさに経営者が首を切りたいと考える社員が「異分子」に思えるならば、実はそういう人間にこそ価値があって、組織に変革をもたらす力がある人だと思うんです。なぜならイノベーションとは、今までの延長線上にはなく、必ず登場したときに違和感を伴うからです。その違和感を受け入れることができたら、企業がもう一回り大きくなることができると思います。

2つ目は前述したとおり、社員についてきてもらいたいと思うなら、きちんとビジョンを共有するのが大事だということです。仮にビジョンを洗い出して、経営の方向性を絞る段階で生産効率が落ちたとしても、一度でもきちんと社会的意義を見つめ直している会社は、「組織の強度」がまったく異なるのです。

-「異分子」に思える人こそ、会社に必要。つまりは優秀な人材ということですが、そのあたりをIT企業に絡めて教えてもらえますか。

私が思う優秀な人とは、両極にある意見の両方を取り込める人だと思っています。例えば、シリコンバレーで起きている最先端の意見と、鹿児島県の限界集落のおばあちゃんたちの意見、その両方に耳を傾けられるバランス感覚のある人です。

今、IT業界が生み出す価値観やサービスとは、ITリテラシーがある程度高い人を対象にしたものしか生まれてこない気がしています。単純に「かっこいいもの」や「先鋭的なもの」を求めても、置き去りにされる人たちが少なからず出てきます。そこに「ちょっと待てよ」と意見できる人がいないとだめかなと思っています。本当は、多くの人たちが使えることが先端だと思うんですよ。

-どうしてそのような考えを持つようになっていったのでしょうか?

きっかけは、15歳になる娘が「なんでママたちは、両手で入力するの?」という発言を聞いたときですね。彼女たちはフリックのほうが早く打てるから、パソコンの入力時に、なぜキーボードで使うのかと聞いてきたのです。コードを書くためには、スピードが重要で「キーボードが必要」とエンジニアは言い張りますが、次の世代は「なんで電車のなかで、スマホでコードが打てないの?」という時代がやってくる可能性がある。

そんな時代がやってきたら、今のIT業界を支える20代、30代は老人みたいなものですよね。時代の最先端の技術が生まれるほど、置いていかれる人が出てきてしまいます。本来、ITとはコミュニケーションを豊かにするために生まれてきたはずなのに、最先端に立つほんの一部の人たちだけで、社会のあり方を定義づけられていく世の中になってきている気がします。そうした置いてかれる人たちの声が届く社会の仕組みを作りたいと2013年に「たからのやま」を立ち上げました。

「たからのやま」でやろうとしているのは、本来なんのためにITがあるのか、誰を笑顔にしたいのかを再認識するために、失われがちな価値を開発の現場に戻していくという循環なんです。

「金銭とは違う別軸のKPIを企業が持つ時代」がやってくる

-社内の異分子を受け入れること。内部に起業家精神のある人を抱えること以外に、これからのIT企業に求められることは何だと思いますか?

3年くらいのスパンで、どんどんビジネスに先行投資していくべきだと思っています。それは、売上が発生しなくても価値がある場は、人が集まり情報が集まってくるからです。まさにリクルートで言えば、「Mashup Awards」が該当するのではないでしょうか。会社のプレゼンスの1つとして、新しいつながりや情報を交換するための活動だと思います。中心で運営をしている伴野智樹さんは、利益を1円も生み出しません。でも、社会に新しい価値を生み出しています。

ですから、私は経営のKPIの1つの軸に金銭ではない単位を持つべきではないかと考えています。社会とつながり、情報や人を集めてくることを、仮に「徳」という単位のKPIの指標にしてみるとか。実際は「Mashup Awards」のように、情報と人が集まれば、結果的にお金を生み出すサービスが後からついてくるんです。

私たちも、ウィズグループを始めた当初はミートアップの場所提供や、交流会のサロンなどスタートアップの支援を無償で行いました。その結果、スタートアップの情報が、自然と入ってくる仕組みができ上がったんです。

最初はお金を生み出なくても、結果、お金は価値あるところについてくる。収支計画を3年スパンで考えて、2年かけて、積み重ねて、最後の半年から1年でお金が生み出ると信じてやってきました。そして今、最先端と言われる企業にお声がけをいただくようになったのです。

ウィズグループは決して大きな会社ではないですが、安定した利益を生み出るようになりました。そして、その利益で社会に還元できる会社として『たからのやま』を作り、また利益が出たら、それを元に次世代が会社を作ればいいと私は考えています。そういった循環的な仕組みこそが、これからの時代のイノベーションを生み出す経営戦略になるのではないでしょうか。

(杉本綾弓)