無料のシェアオフィス「BOAT」が5年にわたってスペースを提供できた理由

ソーシャルランチ」を手掛けるシンクランチ、「WishScope(ウィッシュスコープ)」を手がけるザワット。そして、カップル専用アプリの「Between(ビトウィーン)」を運営するVCNC Japan。

ここに挙げた3社に共通するのが、VOYAGE GROUPが運営するシェアオフィス「BOAT」の卒業生であるということだ。

BOATとはWi-Fi環境、ホワイトボードや会議室、フリードリンク、そしてVOYAGE GROUP社員が使う社内バーなどのスペースを24時間無料で利用できるシェアオフィスだ。

2010年「ノマド」、「コワーキングスペース」という言葉が浸透する前にこうしたスペースを立ち上げたVOYAGE GROUPにはどんな狙いがあったのか。なぜ組織として、この取り組みを続けているのか。事業にどんなプラスの作用があったのか。同スペースの発起人でもあり、入居企業への週次のメンタリングも行う取締役の青柳智士氏に5年間を振り返ってもらった。

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青柳智士氏。取締役CCO(最高文化責任者)/スマートフォン事業兼人事統括。VOYAGE GROUPのスマートフォン事業の統括、人事からコーポレートオフィスのデザイン、コーポレートサイトでの発信、そして社員採用後の育成やイベントの企画まで幅広く企業文化に関わる業務を担当。また、BOATの入居会社の面接や、毎週1回のBOAT入居者のメンターまでを担当している。

 

前例がないからこそ、面白い

まず、2010年になぜこういう場所を考えられたのかというところからお伺いできればと思うのですが。

「当時オフィスを増床したのですが、未使用だったので空間に余裕があったんです。同時に、インターネット領域で様々な事業を行うときに、自社とグループ会社で完結させるよりも外部と接触できる象徴的な場が欲しいという風に思っていました。空きスペースに社員を増やすということはせず、外部のインターネット産業にまつわる人たちを社内の空間に入れてみたらいいのではないか、と考えました。そこで『若手起業家支援育成プロジェクト』と題して会社のCSRを行おうと思ったのです」

入居する企業をインターネット分野に絞ったのはシナジーがあるからという理由なのでしょうか?

「はい、そうですね。弊社が『ECナビ』というメディアを運営していたり、アドテクノロジー事業を展開しているので、ノウハウの部分で入居する企業に教えられることはあるなと。それは“無料でスペースを利用できる”ということと同等かそれ以上に、入居される企業にとってベネフィットがあるのかなと思ったので。

当時から海外では企業発のシェアオフィスはいくつもありましたが、『ファイナンスとセットで、ディールが決まったらオフィスも無料で貸しますよ』というところが普通でした。『何もそういう約束がなく場所を貸しますよ』という取り組みをしていた企業は、僕が知る限りほとんどなかったと記憶しています。国内初、もしかしたら世界でも珍しい取り組みを行うのは面白いなとも思いました」

未踏の領域、しかも収益の見込みがないなかでBOATを始めるために、役員を説得するのは難しい部分もあったのではないかと思いますが。

「提案の持っていき方はかなり考えました。ただ、前例がない取り組みにもかかわらず、役員は代表の宇佐美をはじめ理解がありましたね。空きスペースがあって、それを有効活用できる。しかもスタートアップの人たちとコミュニケーションするチャンスが増えるというのは、場合によってはファイナンスもあるでしょうし、未踏領域にチャレンジするというのはブランディング的にも決して悪い話ではなかったのではないかなと思っています。

もちろん企業ですから、坪単価がいくらとか、コストがいくらかかるのか、といった声をあげる人もいるにはいました。ただ、最終的には場所を作って、スタートアップ企業たちに機会を与えることで、VOYAGE GROUPにとってもプラスの作用が働くことを理解してもらえました」

 

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入居企業に成功してもらいたい。それだけです

— BOATをやる上で、青柳さんの中でKPIを設けていたのでしょうか?

「何かKPIを宣言したことはありませんが、自分の中で『数値目標とは違った部分で、3年で一定の成果を出す』と考えていました。成果というのは数値ではなくて、ベンチャー企業との連携を強めるとか、ベンチャーの行動原理を理解するとか、そういう面を含めてです。どんなに大変なことがあっても、僕が責任者として3年はこの場所を守っていこう、と。そうでないとBOATがやろうとしている文化は成熟しないと考えていたので。

1年くらいの段階で、『具体的な成果は?』といった質問をされたこともあったのですが、『もう少し待っていてください』と話していました」

–立ち上げてから、自分の中で手応えを感じられたのはどのタイミングなのでしょうか?

「立ち上げ当初広告費やイベントなどを打たなくても、『Ubiregi (ユビレジ)』の木戸くんなど人づてで応募が来ていたのですが、それでもやはりまだポツポツという印象でした。そこから本格的に人が増えていったのは、2011年から2012年くらいですね。『トリッピース』の石田くんとか『U-NOTE(ユーノート)』の小出くんといった“勢いのあるこれからの子達”が入ってきました。そしてザワットの原田くんなど、資金調達が済んでキャッシュはある子達が雑多に集まってきたんです。それ以降はなかに入っていた人たちが、新しく起業したばかりの人たちにこの場所を紹介してくれて、僕らから声をかけなくても、自然に集まってきたというところですね。

昨年にはBOATに入居していたSYNC GAMESと合弁会社を立ち上げました。結果として、会社としても新しい領域にスタートアップの企業さんと一緒にチャレンジできたのは、嬉しいですね」

–卒業後スケールした企業がいくつもありますが、どのようなことをBOATで教えていたのでしょうか?

「それぞれの会社の事情とフェーズによって様々です。経営やマネジメントなどのノウハウ、SEOやUIなどの技術面の相談から決算報告書の作り方まで本当にバラバラです。それは、すべて入居する企業さんがどういうことを聞きたいのかに委ねていますね。こちらから『この話をして下さい』などと指定することはありません。 基本的に設けているのは、月に1度、BOATに入居している企業全体の前で1つの会社がピッチを行うことですね。そこで入居する企業同士でやりとりが生まれますし、お互い刺激を与えあっているのではないかなと思っています」

–ところで基本は入居期間が半年とのことでしたが、長きにわたって入居している企業もいますね。

「そうですね。原則は半年です。ただ例外としてメンタリングのなかで、まだここでやりたいという人や会社の業績的にもう少しここで踏ん張る必要がある、といったところには、まだいていいよ、ということを言ってしまいますね。せっかくご縁があって出会ったので、いい形で卒業してもらいたいと思いますから。サービスに集中しないといけない時期に、新しくオフィスを探すとかっていうのは、かなり消耗してしまうかなと思うので、そこは僕は甘いかもしれません(笑)。やっぱり縁があって入居した企業にはうまくいってもらいたいですから」

インターネット業界の“秘密基地”を作りたい

–ここ数年で、いろんな企業がシェアオフィスやオープンイノベーションの場を立ちあげていますが、そのことに対してどんな印象を持っていますか?

「すごくいいことだと思っています。IT業界全体が盛り上がってきているなと感じますね。手を取り合って何かやるというのは違うかもしれませんが、この流れを加速させていくのは、日本にとって健全だなと思います。ただ続けることが大変なので、そこはしっかりと踏ん張ってもらいたいなと思いますね」

 

社内バーAJITO

社内バーAJITO

–最後にこれからのBOATの展望を教えてもらえますでしょうか?

「思いの部分でいくと5年前から変わっていないですね。インターネットサービスに関わる企業の人たちがふらっと遊びに来られる秘密基地、内部にいる人たちが化学反応を起こす場所を作りたい。そしてIT業界を盛り上げようとする人たちを応援したい。この2つです。

AJITO(アジト)という社内バーのスペースは、BOATに入居する人たちの仲間であれば、解放していますから、そこで自然発生的な化学反応が生まれるといいなと。そして、BOATの取り組みを面白がってくれる人たちがもっと増えて、VOYAGE GROUP自体に興味を持つ人が増えていったら嬉しいです」