宅配クリーニングのリネット、「ネット×リアル」実現の鍵は創業者とエンジニアが持つある価値観だった!

昨今、さまざまな業界のリアルビジネスで、ITを活用したイノベーションが盛んに行われており、「ネットとリアルの融合」はすでに目新しいキーワードではなくなっている。しかし理論上はITを利用することで、旧態依然とした業界に風穴を開けられるように見えても、実際のところ、現実という壁に阻まれてしまうことも少なくない。

株式会社ホワイトプラスは、宅配クリーニングサービス「リネット」を運営する、2009年に設立されたベンチャー企業だ。リネットは、ユーザーとクリーニング工場の間に取次店舗を介すという形態のクリーニング業界に、「ネットによりユーザーとクリーニング工場を直接結ぶ」というイノベーションを起こして注目されている。リネットの会員数は、現在10万人以上。利用者は、30代の女性を中心に着々と増加しているという。

「ネットとリアルの融合」の成功事例と言えるリネット。しかし事業が軌道に乗るまでには、「クリーニングをなめるな!」というような職人からの反発や、オペレーションのシステム化など、さまざまな困難があった。そうした困難を乗り越えてきた背景には、若い創業者たちの行動力と、「ネット×リアル」を形にするエンジニアたちが共通して持つ、ある価値観があったという。今回は、株式会社ホワイトプラス創業メンバーであるCEO・井下孝之氏と取締役兼CMO・斎藤亮介氏の2人に、「ネット×リアル」のサービスが実現するまでの道のりについて話を聞いた。

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(写真左) 井下孝之氏。1982年生まれ。神戸大学工学部卒業後、神戸大学大学院工学研究科に進学。大学院を中退し、エム・エム・エスに入社。営業、企画、新規事業、社長室を経験し、2009年7月に株式会社ホワイトプラスを設立、代表取締役に就任。(写真右)斎藤亮介氏。1984年生まれ。慶応義塾大学在学中に株式会社オプトにて法人営業を経験。その後、ベンチャー立ち上げに参画。大学卒業前にシリコンバレーに飛び立ち、帰国後に設立3年目のベンチャー企業に就職。2009年7月に株式会社ホワイトプラスを設立し、取締役に就任。

“ネット×リアル”の波を先読みしていた

—現在ホワイトプラスが提供しているサービスの一つ「リネット」について、簡単にご紹介いただけますか?

井下:一言で言えば「ネットを利用した宅配クリーニング」です。お客様がネットで予約をすると、宅配業者が集荷して、その後クリーニングが終わった衣類を直接お届けします。従来のクリーニングは、お客様がクリーニング店舗まで足を運んで服を預け、店舗は預かった服をクリーニング工場に回す、というような仕組みでした。しかしリネットのサービスでは、お客様とクリーニング工場を直接結び、店舗機能を工場内に移管しています。そうすることで、店舗運営コストを大幅にカットでき、それらのコストを品質や利便性のために投下できるのです。

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—クリーニング業界は全体的に低迷しているようにも思えますが、なぜ宅配クリーニングの事業を始めたのでしょうか?

井下:一つは、自分自身がユーザーとして、既存のクリーニングのサービスに対して非常に不便を感じていたからです。当時、仕事が終わって家に帰る頃にはクリーニング店は閉まっているし、土日も勉強会などで行く暇がない。「小売業界は24時間営業のコンビニもあればECもあるのに、なぜクリーニング店は進化しないんだろう」と感じていました。そこで、ユーザー目線で、ネットを活用すればクリーニングをより良く変えていけるのではと考えていました。

もう一つは、市場としての魅力です。僕らは世の中を変えるような、日本で言えばパナソニックやソニーのような企業を作りたかった。そのため、世の中を変えるような企業がどのような時期に生まれたのか調べたところ、時代の変わり目でしか生まれていないんです。つまり、時代の波をうまく掴むことが必要なのだと考えました。

インターネットが生まれたのは1992年。そして1995年頃には、世界中にインターネット事業の波が来て、今では有名になったAmazonやGoogleなど、数々のベンチャー企業がイノベーションを起こしていました。しかし私たちが起業に向けて事業プランを練っていた頃というのは、ネットが生まれて20年近く経とうとしていた。ネットによる変革の大きな波は、15年以上前に過ぎ去っていました。

ならば、インターネットの波の次に来る波は何なのか……。私たちはそれが“ネットとリアルのつながり”の波だと考えました。その点で、クリーニング業界は、それまでは基本的にリアルなサービスのみだったため、ネットを活用できる余地はありましたし、市場規模としても十分。かつ、ストック型、すなわちサービスを一回使って終わりではなく、何度もリピートして使うモデルなので、非常に魅力的でした。

— “IoT時代”という言葉が象徴するように、今ではネットとリアルをつなげる市場には大きなチャンスがあると言われています。当時からそこに目をつけていたのですね。

井下:はい。クリーニング×ネットのスタートアップが、昨年あたりからアメリカでも誕生しています。ですが当社は、時代を読み、次に何をやるべきか考えたことで、アメリカにも先駆けて新しい事業を立ち上げることができています。私たちはまだまだ成長の途上にあり課題も多いのですが、世界に先駆けて時代を捉えていくこの姿勢は誇れることだと自負しています。

すべては150のビジネスプランから始まった

—「ビジネスアイデアがあるから、起業する」という事業者も多いなか、ホワイトプラスは「世の中の役に立つ企業を作る」という目的があり、その後から事業の内容を考えたのですね。

斎藤:そうですね。設立メンバーにはもう1人、CTOの森谷という者がいるのですが、彼と私は学生時代からの知り合いで、会社に勤めながら自主的な週末勉強会を開催していました。そこには起業意欲のある人が集まっていて、そのうちの1人が井下だったんです。現在、井下は32歳、私と森谷が30歳ですから、ほとんど同世代。当時は、サイバーエージェントの藤田晋さんが有名になった頃です。藤田さんもまず『起業してどういう会社にしたいか』が先にあり、その後に事業内容を考えたと書籍などでおっしゃっていますが、そんな藤田さんの考え方に影響を受けた3人が意気投合してスタートした、という感じですね。

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井下:私は学生時代から「生きてるからには何か大きなものを残して死にたい」と思っていました。それを成し遂げるには、世界的な発明をするとか、スポーツ選手で世界的な記録を残す、など多く道がありますが、普通の人にチャンスがあるかといえばそうではない。でも、そのなかで私のような普通の人でも、努力次第で可能性がある思ったのが「事業家」でした。事業家なら一生チャレンジし続けられる。また事業家として何か残すという意味で、松下幸之助氏や本田宗一郎氏にも影響を受けていましたから、せっかく事業を立ち上げるのなら、500億、1000億の売上規模にとどまらず、世の中を変えるくらいの規模の仕事をやりたい。「“1兆円企業”を作りたい」と思っていたんです。

—価値観を同じにする3名が集まってホワイトプラスが立ち上がったわけですが、事業内容を検討するにあたり、3人でビジネスプランを持ち寄ったそうですね。

井下:ええ。私のポリシーとして「量が質を生む」と思っていますので、1〜2カ月くらいかけて、150個くらいのビジネスプランを持ち寄りました。とはいえ、各自のプランは「こんなニーズがあって、こんな市場があって、こんなことが実現できたらいいんじゃないか」というアイデアベースのもの。集まった各自のプランを見て、市場規模や利益率などを基準に点数をつけ、実現したいものを絞っていきました。

正直なところ、儲かることだけが目的なら面白いプランもあるにはあったんです。例えば「大学キャンパス内にたこ焼き店を作ってフランチャイズ化する」みたいなプランは、それはそれで話が盛り上がった(笑)。でも、そうした事業には、世の中を変えるほどのインパクトの大きさはなく、またや

大きな時代の流れとは関係がありません。だから150個のプランから絞り込むときに、 “その先に、世の中を変えられるか”という視点を、重要な基準にしていました。

「クリーニングをなめるなよ!」業界からの反発

—事業を始めるにあたり、どんなことから着手したのでしょうか?

斎藤:3つあります。ウェブサイトの制作、物流の契約、そしてなにより印象深いのは、提携工場を探したことですね。当時はお金もありませんから、自転車で都内のクリーニング工場を数十件回り、1件1件交渉しました。まだ20代なかばだったので、高校生が見学に来たと勘違いされたこともありました(笑)。それに、「楽して儲けられるものじゃない」って、職人さんにすごく怒られたこともありましたね。そんなつもりはなかったのですが。

井下:業界から見れば、私たちはまったく新しいことをやろうとしているわけですから、理解を得るのにそれなりの時間がかかりました。どこに行っても断られ続け、中には「クリーニングをなめるなよ!」と怒られたこともあります。というのも、クリーニング業界というのは想像以上に奥が深い世界で、受付の方が変わるだけで、売り上げが半分くらいになるくらい、実店舗が大切な世界だったんです。

僕らも、「ならば自分たちで店舗をやろう」ということで、3年間くらい店舗をやりながらサービス開発を続けました。だから職場は今のような机がたくさん並んだオフィスでなくて、クリーニングのお店みたいでした。エンジニアはプログラミングをしつつ、クリーニングした服にタグを付ける作業もしていました。

—創業者自らクリーニング師の資格も取得されたそうですね。

井下:ええ。取ったほうが知識もつくし、工場の人ともやりとりしやすくなる。自分たちが本気なんだと示すためにも、資格取得が必要でした。そうして続けていくなかで、都内のある工場の方から協力を得られました。そこの工場の社長は、過去に業界的に見れば一般的ではない「Yシャツだけの専門工場」を仕掛けて成功させた経験を持つ、いわばイノベーター。チャレンジ精神という点で、僕らに共感してくれたのかもしれないですね。「クリーニングをもっと便利にするんだ」「ネット×リアルでイノベーションするんだ」という気持ちを持って、諦めずにとにかくたくさんの工場を回ったからこそ、チャレンジを理解して頂ける方に出会えたんだと思います。

現在、契約工場は数十社になり、関東と関西にリネットの専用工場を置いています。創業当初は、宅配業者を見つけることも課題だったのですが、ここでも諦めずに探しているうちに応援してくれる人が見つかりました。難題が立ちふさがっても「できる」と信じて続けてきたことが、正しかったのだと今では思います。

ネットとリアルをつなげる自社システムが強みになった

—もうひとつ重要なのが、システム開発ですよね。具体的には、誰がどのように構築していったのでしょうか?

斎藤:事業を始めて3年間くらいは、自社の事務所を受付にして稼働させていたんです。顧客情報を入力するのも、当初はエクセルで1件1件打ち込んでいた。1日に3件くらい対応したらそれでその日が終わってしまうような毎日でした。

井下:そうしたこともあって、自社でシステムを開発する必要が出てきて、そのシステム開発をCTOの森谷が一人で担当しました。それから創業丸3年間は森谷一人でシステム開発を行い、一つ一つの作業をシステム化していき、リアルなオペレーションの仕組みをシステムで作り上げていきました。WEBだけで完結するシステム開発とは違い、お客様の品物を1点1点バーコード管理し、いつどこにどのお客様の品物があるのかをトラッキングできるようにしたりしました。こういった地道な改善活動とシステム開発が、ネットとリアルをつなげる仕組みを作り、弊社の独自の強みになっていきました。

ちなみに、2013年に初めて資金調達があって以降、エンジニアやデザイナーを採用していますが、入社してきた人たちは、森谷がたった1人で自社システムを開発したことに驚愕していますよ(笑)

—CTOが一人で開発していったシステムが強みになったと。

斎藤:はい。パッケージ化された自社システムを工場に導入していることで、現場でのオペレーションもスムーズに構築できています。提携工場には、当社の業務だけを請け負っていただく専用工場だけでなく、ほかのリアル店舗と並行して業務にあたっている工場もあるので、できるだけ負担をかけたくありません。そうした工場のオペレーション業務の効率を良くするという点でも、自社システムは効果的に運用されています。

井下:現場オペレーションの改善は現在進行形で進んでいて、開発、リリース、フィードバックのプロセスでは、エンジニアが自ら工場に出向き、職人が検品作業している横で、開発して、リリースして、フィードバックをしたり……。職人の方たちとは共通言語が違うので、契約工場には普段から商品統括の担当者が出向き、きちんとコミュニケーションを取るようにもしています。

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ネット×リアルのエンジニアは「生み出した価値の新しさ」を大切にしている

—自らクリーニング作業の現場に出向くのは、エンジニアの役割を超えているようにも見えますね。

井下:語弊がある言い方でしたが、工場内で開発をしているわけではなくて、あくまで開発場所は本社です。工場に出向くというのは、「ドッグフーディング」、つまり作成したサービスを、開発者自身で利用することと同じだと思っています。「自分が実際に作ったアプリケーションのUXはどうなんだ」「問題があるならすぐその場で良くしたい!」そういった自分の仕事への責任感や、エンジニアとしてのプライドが、自然とそういった行動に繋がっているんだと思います。結局サービスのアイデアを実現させて、成長を促せるのはエンジニアでしかないですからね。

斎藤:当社のエンジニアがオペレーションにこだわるのは、そこがお客様のサービス体験の源泉だと思っているからだと思います。いくらWEBサイトが使いやすかったところで、リネットはデジタルコンテンツではなく、実際にお客様の品物を預かり、綺麗にしてお届けするサービスです。この届いた時の価値を最大化するのには、WEBサイトが使いやすいことももちろん大事なのですが、オペレーションの効率化と最適化こそがもっと重要だと思っているんですよね。

—なるほど。そうすると、エンジニアに求められる能力は、単純に技術だけではないのでしょうか。

井下:そうですね。当社のエンジニアの特徴を一つ挙げると、「技術オンリー」ではないということです。「新しいことにチャレンジするのが楽しい」だけでなく、「生み出した価値こそが、新しい」ということを大切にするタイプのエンジニアが多いです。例えば、昨今のウェブサービスはユーザーの時間を奪い合っていますが、リネットを使っていただけば、お客様に“有効な空き時間”を提供できるという価値がある。そうした価値を、きちんと感じられるエンジニアばかりが集まっています。これはデザイナーも同様で、何を作るか以前に、当社の「生み出したい価値」を共有しています。

斎藤:たしかに当社には、「新しい価値を生み出すために、どう技術を生かすのか」を考えているエンジニアが多いですね。だから工場にも出向くし、主婦の方の話を聞いて、サービスをより使いやすくするためのUIやUXも考えもする。そうしてサービスが使いやすくなったら、お客様も喜んでくれるから自分もうれしい、という価値観を共有していると思います。

新しい価値を生み出すことが会社のDNAになっている

—社員の皆さんのそうした素養は、CTOの森谷さんを含んだ創業者3名も備える“リネットのDNA”のようにも感じられます。

斎藤:たしかに、会社のDNAみたいになっていますね。エンジニアだけじゃなく、すべての職域の人が持っている。初めて採用活動をするときには、創業者3人で合宿を開いて、そうした理念やビジョンを話し合いましたね。それが今、社員のみんなにも伝わっていると感じています。

—最後に伺いますが、「何か大きなものを残す」という井下さんのビジョンは、あとどのくらいで実現できそうですか?

井下:うーん……。私自身に、その実感はまだありません。実現するには成長しなければいけないし、それはずっと続くものなのかもしれない。死ぬ直前になってやっと実現するのかもしれない。でも、ジョブズは死ぬ直前まで会議をしていたそうですよね。死ぬまで自分のビジョン追い続けることができるのなら、それもまたいいのかもしれませんね。