「日本人の技術者は優秀だという考えは捨てるべき」とピースオブケイクCTO が語る理由

2015年に発足が予定されている「ASEAN経済共同体(AEC)」。インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイなど東南アジア10カ国が加盟するASEAN域内の「モノ」「ヒト」「サービス」の自由化が進み、ビジネスの速度も上がると予測されている。今年、これまで以上にアジアへと目が向けられているのは、このためだ。

STORES.jp」を運営する株式会社ブラケット取締役兼CTOを経て、2012年1月から「cakes」や「note」を運営するピースオブケイクの取締役CTOに就任している原永淳氏。2013年4月には、世界展開の準備のためシンガポールへと拠点を移し、アジアのエンジニア育成・支援に取り組んでいる人物だ。

アジアへと進出したきっかけは、アジアというマーケットを体験した衝撃だという原永氏。「アジアを視野に入れ、現地を知ることが日本のエンジニアのキャリアを考えることに通じる」とも語る。アジア地域に目を向けることとエンジニアのキャリアがどのように接続するのか、原永氏に話を伺った。

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原永淳氏。1977年、兵庫県生まれ。青山学院大学理工学研究科機械工学専攻博士前期課程修了。ヤフー株式会社にてトップページのシステム開発・運用、マイヤフーのローカライズなどを担当。独立後はスパーク・ラボ株式会社を設立し、様々なウェブサービスの開発に携わる。ハンドメイド製品のマーケットプレイスcoobooを運営しGMOペパボ株式会社に事業譲渡。株式会社ブラケット取締役兼CTOを経て、2012年1月、株式会社ピースオブケイクの取締役CTOに就任。

「エンジニアを育てたい」という思いが根底にある

原永氏はシンガポール移住前から、原宿でプログラミングを教えるスクールを2年余り運営していた。週末に十数名の生徒を集めてプログラミングを教え、2年間で80名ほどを育成したという。

「エンジニアを育てたいと思って、当時は日本でスクールをやっていました。営業や企画職といった非エンジニアの人たちが、プラスαのエンジニアリングスキルを求めて学びに来ていただけることが多かったです。一方で僕がやりたかったのは、エンジニアリングの力を持った人にプラスαのスキルを身につけてもらうということでしたので、当初の思いからは少し違ったものになっていました。

そうしたジレンマを抱えていた折、ベトナムに優秀なエンジニアがたくさんいるという噂を聞きました。人づてにベトナムの教育機関で勤める人を紹介してもらい、ハノイ工科大学で一番優秀な100人が集まるクラスを見させてもらったんです。ハノイ工科大学はトップクラスの大学です。そこで衝撃を受けたのは、彼らは日本語の仕様書を読んで、プログラムを書いて、日本語をしゃべっていたことなんです。

日本と同等かそれ以上に力のあるエンジニアは、ベトナムにはたしかにいる。それを目の当たりにしたときにベトナムのエンジニアたちと一緒にビジネスをやらない理由はないな、と思いました」

しかし、日本企業がオフショア開発に乗り出して、現地の人とのコミュニケーションで苦労している事例は少なくない。

「オフショア開発の失敗事例はよく聞きますが、彼らと円滑なやりとりを僕ができるようになれば、なにか新しい道が開けるようになると直感しました。

ただ、彼らと一緒にビジネスに取り組もうとしたとき、僕が日本にいたままでは、やりとりが円滑にいくのか自分でも自信がありませんでした。そこで、自分たちの領域に彼らを引き寄せようとするのではなくて、僕の方から彼らに歩み寄ろうと思い、東南アジアのハブであるシンガポールへの移住を決断しました」

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新興国のエンジニアと日本人のエンジニアの圧倒的な環境の差

シンガポールに移住してからというもの、国境を越えて何かをするというのが当然の感覚になったと原永氏はいう。

「シンガポールからベトナムのホーチミンまでは、飛行機で1時間くらい。タイのバンコクへも2時間半ほどで着きます。シンガポールに拠点を置くと国境を越えるのは当たり前で、東京から伊豆に行くような感じです。ちょっと相談があるから来てほしいと言われれば、チケットを取って、カンボジアやタイ、ベトナムにすぐに飛んで行きますし、僕に会うために飛んできてくれることもあります」

3カ月に一度日本に帰国し、1週間ほど滞在するという原永氏は、シンガポールとの生活の違いをいつも痛感するという。

「シンガポールでは国境を越えて仕事をするのが当たり前なんですよね。国境を越えるたびに、英語、中国語、また英語…と、一日中よくわからない言葉が飛び交い自分の耳に入ってくる。情報もグローバルで、『タイでは今こういうことが起こっている、インドではこういうことが起こっている』と入ってくる情報のスケールも大きいんです。

でも日本に帰ってくると、生活する上では外国人にほとんど会わない。英語をしゃべる必要がなく、英語が聞こえてこない。こういう環境に身を置いていると、いざ海外の人と仕事となってもなかなかコミュニケーションがうまく行かないというのもうなずけるんですよ。

シンガポールは国籍や民族、母国語が異なり、価値観が違うのが当たり前な環境では、コミュニケーションをフェアに行うためにお互い母国語ではない英語を使うことが求められます。でも日本国内にいて遠隔でアジアのエンジニアたちと仕事をする場合、こちらが日本語を使うと、あちらも日本語を話すしかなくなってしまいます。こちらの母国語に合わせてもらうとなると、向こうに強いてしまう部分が増えてしまい、結果的にコミュニケーションのトラブルが起きたりするのではないかと思うんです。

だからこそ僕らは、エンジニアたちに英語で仕事のコミュニケーションをしましょうと伝えて、社員も僕も全員英語でやりとりをしています。そうすることで次第に、エンジニアは『やらされている』という意識ではなく、『一緒に作っている』という感覚になるのです。そういう空気作りには、フェアな関係を築くことが大事だと思っています」

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これからのエンジニアは、”エンジニアリング+α”が必要になる

原永氏が見たアジアの状況と、その地で育った英語も日本語も話すことができる優秀なエンジニアたち。これから先、日本のエンジニアはこうしたアジアのエンジニアたちとの競争にさらされていくことになり、単純な技術力だけでは差別化が難しくなっていくと予想される。

こうした状況のなかで、原永氏はエンジニアリングへのプラスαとなる「軸」を身につけている「ハイブリッドエンジニア」になることが必要だと考えているようだ。

「最初はインフラから全部一人で作れる人のことをそう呼んでいました。今でいうフルスタックエンジニアです。ただ、実際のところ技術を備えていればいいわけではなくて、サービスを作るときにはユーザーのニーズをつかんだり、サービスを持続させるためのビジネスモデル等を考えた上で作ることが必要になります。

要するに何のために作るかという点をちゃんと理解して、ビジネス的なセンスを持っていることこそが必要だと思います。ただそうした感覚は1日で簡単に身につくものではありません。座学でビジネスのスキームやケーススタディーを学ぶよりも、一回立ち上げて失敗したほうがいいと思うんです。その経験から市場を見る目が養われると思うんですよね。

エンジニアリングにプラスしてどの軸を伸ばしていくのかは、すごく属人的なものだと思っています。僕はデザインのセンスがないので、今からデザインを極めようとはしないんですよ。僕が得意なのは、ゼロイチの立ち上げ。限られた時間内に、0を1にすること。

コアコンピタンスを把握して、実行することを決めて、人員を配置して、指示を出して、厳しくチェックしていく。こうした座組みを作ったり、マネジメントをするのが一番得意な部分なんです」

原永氏が語った「得意な部分」は、行動すること、やりきることで価値が生まれてくる。自分の得意領域を認識したら、その後はフットワークを軽く行動に移していくことも必要になる。

「ゼロイチで何かやろうかなと思っても、結局躊躇してやらないことが多いんですよね。今うちの会社でやっている『cakes』というサービスも代表の加藤から『こういうことやりたいんだよね』とカフェで話を聞いて、その場で『やりましょうよ』と答え、形にするための行動に移しました。

普通だったら、その場の雑談で終わってしまうことに、本気で動く。この『やってしまう』というのが僕の得意なことだと思っています」

こうした自分の強みや軸を見つけるにはどのような努力が必要なのだろうか。

「僕もエンジニアになったばかりのころは、何が強みかなんて全然わからなかったですよ。最初ヤフーにいたころは、ひたすらコードを書いていて、ユーザーの反応を見ることがすごく面白かったんです。次第に自分で不便だなと感じるものがあったときに、すぐ作ってみる体制になっていきました。お陰で常に問題意識を持って社会を見るようになれたので、すごく良いトレーニングとなりました。

技術を持っているのであれば、その技術を使って解決できる問題はいろいろあります。でも技術はあくまで道具なんですよね。だから、ナイフと一緒。そのナイフを何に使うか。すぐに思いつかなかったら『自分にはまだ使い道がないぞ』と意識したほうがいい。その技術・道具をずっと磨き続けるなら、それを何のために使うのかを考え続けないと、ただの包丁研ぎになって終わってしまう可能性もあります。何のために技術を身につけるのか、それを考えることがプラスαとなる軸を見つけることにつながるかもしれないですね」