世界3拠点でGitHubドリブンで開発を進めるEdTechスタートアップ「Quipper」、ビール片手に明かすフラット組織の秘策とは

世界中に複数の開発拠点を持つことは、タイムゾーンの違いなどの制約を抱え込むことになるが、透明性が高いエンジニア文化を作る上ではプラス材料でもある──そんな話を聞くことができたのが、Quipper東京オフィスで開かれたイベント「Quipper Drinkup #1」だった。

Quipperは、DeNA創業メンバーの渡辺雅之氏が英国ロンドンで創業したEdTechのスタートアップだ。ロンドン、東京、マニラの3拠点に開発機能を持つ。さらに、ジャカルタとメキシコシティにもオフィスがある。現在は中高生向け教育支援のツールをフィリピン、インドネシア、メキシコで提供中だ。

そのQuipperの東京オフィスで、ビール片手にエンジニア同士が交流するイベント(Drinkup)が開催された。ビールとピザで参加者とQuipper社員らが語り合った訳だが、その場の空気感は他のパーティーとはちょっと違う。なんといえばいいのだろうか──眼光鋭い感じの人が目立った。Quipperのビジネスにある程度の関心を持つエンジニアが集まっていることが背景にはある。

Quipper日本オフィス代表の横井明文氏がプレゼン

Quipper日本オフィス代表の横井明文氏がプレゼン

複数の拠点を持つことは制約だが、透明なエンジニア文化を作る上ではメリットもある

Drinkupの途中、普段はロンドンのオフィスにいるCTOの中野正智氏が、同社のグローバルな開発体制について説明した。

Quipperはロンドン、東京、マニラと3拠点で開発を進めている。特にロンドンとアジアの時差はかなりある。このような分散した拠点で開発を進める上で採った手段は、まずコミュニケーション用のツールを駆使して「あらゆるやりとりを可視化する」ことだ。さらに、タイムゾーンが異なることから非同期と同期のそれぞれのコミュニケーション手段を使い分けている。

非同期コミュニケーションではGitHub、Qiita Teamなど。同期型コミュニケーションではチャットツールのSlackを使う。同社では、開発以外の社員もすべてGitHubを使っている。開発もビジネスも、GitHubドリブンで進む。中野CTOが良く使うツールは、GitHubの未読通知をコマンドラインから開くツール「ghn」だ(このツールはQuipperの長永健介氏がRubyで開発しOSSとして公開しているものだ)。「このツールを使い、1日2回は社内のGitHub上の未読を全部見る。それぞれ1時間ぐらいかける」。

CTOの中野正智氏

CTOの中野正智氏

中野氏は、社内のコミュニケーションの例として、同社のマニラの拠点で働く若い女性エンジニアが「東南アジア最大のRubyカンファレンス」をうたうREDDOT Ruby Conference(シンガポールでこの6月4日〜5日にかけて開催された)で発表したことを、同社内の他の拠点で働くエンジニアも含めてコミュニケーションツールで激励している様子を見せてくれた。

2週間に1回、オンラインで全員が集まるミーティングがある。ロンドン、マニラ、東京と時差があるが、調整して全員が参加する。ほか、社内Webinar(Webによるオンラインセミナー)で勉強会を開いている。

Drinkupの最中、かなり遅い時間になってから、中野氏から次のような話を聞くことができた。「文化を作りたい」。どういうことなのか? 「前職の会社はB2Bに向かい、技術と営業のバランスでは営業が強い会社になっていった。Quipperでは、技術も営業もフラットな組織にしたいと考えている。複数の拠点とタイムゾーンがあることは制約だが、逆に制約があるおかげで、すべてのやりとりをツールで可視化できている」。

フラットで透明な、あらゆるやりとりが可視化されている組織、それを望ましいと考えるエンジニアは多いはずだ。中野氏は「開発者は、開発者不在で物事が決まることを快く思わない」と話してくれた。

教師を支えるツールを提供、フィリピン、インドネシア、メキシコから展開

Quipperは、教育コンテンツを提供するサービスというより、教師を支援するツールとしての側面が強いサービスだ。授業に使う場合もあるし、宿題の管理に使う場合もある。前述したように、ビジネスの主戦場はフィリピン、インドネシア、メキシコだ。

「まずは興味を持った教師が自分のクラスでQuipperを使い、評判を聞いた同僚先生に広がって学校全体で使われるようになり、最後は教育委員会経由で行政区全体に導入される」ことが今までの成功パターンだと、Quipper東京オフィス代表の横井明文氏は語る。フィリピンやインドネシアでは教師の裁量が大きく、このようなボトムアップ型のアプローチが有効だった。

Quipperを支えているのは、使いこなしている教師たちだ

Quipperを支えているのは、使いこなしている教師たちだ

Quipperを利用して学習を進めているフィリピンやインドネシアの中高生は、夕方にネットカフェからQuipperを利用する例が多いそうだ。さらに、低価格のAndroid端末からQuipperを使うユーザーも多い。これらの国の回線事情は先進国ほど良くない。そこで、コンテンツをダウンロードしてから利用するなど、状況に適応していく工夫が開発側にも求められている。

インドネシアのAndroid端末。こうした画面サイズにも対応させていく

インドネシアのAndroid端末。こうした画面サイズにも対応させていく

一方、日本の公教育ではボトムアップ型のアプローチは難しい。日本での展開として、KDDIと共同で中高生向け学習サービス「GAKUMO」を提供したほか、塾や私立校などで導入事例がある。日本市場向けには、今後さらに手を打っていくということだ。

なぜロンドンで創業? なぜ日本でエンジニアを採用?

質疑応答では、ビールが入っているせいか(?)、鋭い突っ込みも目立った。「なぜロンドンで創業したのか」という問いには、「理由はいろいろあるが、本当のところは渡辺CEOと中野CTOがロンドンで出会ったから」。

別の問いかけは「なぜ日本で採用するのか」。ひとつの理由は、日本での次のビジネス展開を考えているからだ。日本の人材を評価しているという側面ももちろんある。「日本はいい意味で特殊な国だ」と中野氏は語る。「日本のWeb開発は進んでいる」。各国で採用したエンジニアの「お国柄」の違いは当然あるが、日本のエンジニアは比較的「大人」で、他の地域に比べ思慮深さが持ち味という側面があるそうだ。

テクノロジの側面では、同社の開発は主にRuby on Railsを使っている。Amazon Kinesis、Amazon Lambda、Google BigQuery といった上位レイヤーのクラウドサービス群も積極的に活用していく方向だそうだ。エンジニア採用で強化したい分野を中野CTOに聞くと、次のように語ってくれた。「サーバーサイドを強化したい。今までWeb系に注力してスマートフォンアプリはほとんど止めていたのだが、AndroidやiOS系の開発も強化したい」。

東京オフィスで働きながら、グローバル企業の経験を積む

Drinkupの場で、Quipperのメンバーにも話を聞いてみた。日本で働きながら、グローバル企業の働き方を経験できるという点は、同社の一つのPRポイントだろう。

QuipperのAndroidエンジニアは、インドネシアでよく使われている端末を見せてくれた。解像度はハーフVGA、Android4.4.2を搭載するサムスン製の端末だ。この画面サイズでも良好な操作性を得るための工夫が必要ということだ。

Quipperのデザイナーは「Quipperのエンジニアはみんなキャラが濃いし議論が好き」だと話してくれた。はっきり意見を言い、議論するところは、グローバル企業らしいところだそうだ。転職のきっかけを聞くと、Wiredの記事だったそうだ。

前出の「ghn」作者でもあり、「はてなブックマーク」でBlog記事「Quipperで2年働いてわかった、グローバル企業で求められる英語力の現実」がバズったばかりの長永健介氏とも話をした。「英語力で悩んでいた2年前の自分に読ませたい」という思いで書いた記事だそうだ。長永氏がQuipperにジョインした理由の一つはグローバル企業の日本オフィスで働けることだった。

日本で働いていても、他の拠点とのやりとりは英語ベースだ。中野CTOは「やっぱり、みんな英語はうまくなっているよね」と評する。

日本人がロンドンで創業したスタートアップであるQuipperの東京オフィスで、エンジニアたちはマニラやロンドンの開発者たちとオンラインツールで連携しつつ、開発を進めている。そんな彼らが今後、どんなサービス/プロダクトを世に問うのか。そんな事を思う間も、Drinkupの夜は更けていった。