「何でも1クリックで作れる世界」は実現するか–カブク代表・稲田雅彦氏が目指すモノづくりプラットフォーム

レーザーカッターや3Dプリンターといったデジタルファブリケーションの技術が普及したことにより、「ものづくり」の分野でスタートアップが盛り上がりを見せている。そのなかでも今注目を集めているのが、3Dプリント技術を使ったデジタルものづくりプラットフォーム「rinkak(リンカク)」の運営を行う、株式会社カブクだ。

株式会社カブクは7月6日、トヨタ自動車が提供するパーソナルモビリティ「TOYOTA i-ROAD」へのカスタマイズパーツの1年間の実験的提供と、試験運用を開始したと発表した。同社は昨年6月、サイバーエージェント・ベンチャーズ、ニッセイキャピタル、フジ・スタートアップ・ベンチャーズから約2億円を調達。また今年の6月には、クラウドソーシングサービスを運営する株式会社ランサーズと業務提携するなど、ものづくり産業の枠にとらわれない取り組みで注目を集めてきた。

こうした取り組みの背景にあるのが、株式会社カブクの代表である稲田雅彦氏が唱える、“ものづくりの民主化”という考え方だ。ものづくりを製造業の内部で完結させるのではなく、さまざまな業界、業種、非専門家も巻き込みながら進めていくというこの考え方が、なぜ今重要だと感じているのだろうか。稲田氏に伺った。

s_IMG_2293

稲田雅彦氏。大阪府出身。2009年東京大学大学院修了(コンピュータサイエンス)。大学院にて人工知能の研究に従事。修了後、博報堂にて新規事業開発に携わり、カンヌ、アドフェスト、ロンドン広告祭、TIAAなど、受賞歴多数。2013年株式会社カブク設立。主な著書に「3Dプリンター実用ガイド」など。

個人でも在庫を持たず金型も作らず、ものづくりができるサービスを

-rinkakはどのようなサービスなのでしょうか。

一言で言えば、産業用3Dプリンターを使ったデジタルものづくりプラットフォームです。このサービスでは個人・法人を問わず、データさえアップロードすれば、3Dプリンターで最終製品の製造ができ、さらにrinkakのサービス上で販売もできます。在庫を抱えることも金型を起こすこともなく、誰でもものづくりに参加できるサービスです。

runkaku

さらに、rinkakから派生したさまざまなプロジェクトも動いています。例えば「rinkak 凸凹地図」では、サイト上にある地図から立体化したいエリアを特定し、「立体化アイコン」をクリックすると、立体地図が表示され、地図の3Dデータを無料でダウンロードできます。もちろん、立体地図を3Dプリントも可能です。

rinkak_dekoboko

夏の新緑をイメージした着色の富士山の3D地図

 

また、「OPEN ROAD PROJECT『ROAD KITCHEN』」は、トヨタ自動車の個人用電気自動車「i-ROAD(アイロード)」の本格的な実用化に向けて7月4日から開始された、一般の消費者と共同で取り組む施策の一環となるプロジェクトです。凸凹地図と同じで、ウェブ上でユーザーはボディパーツやインテリアの一部の表面加工や色を選択、3Dプリンターで製作することができ、自らの好みに合わせたパーツの交換が可能になります。7月4日から、i-ROADに試乗するモニターが、自身の好みにカスタマイズされたi-ROADの走行を一部地域内で開始しています。このように、3Dプリント技術を用いたさまざまなサービスを、法人、個人に提供できるのがrinkakです。

d7606-34-244617-0

「OPEN ROAD PROJECT『ROAD KITCHEN』」では、3Dプリントを使って、TOYOTA i-ROADのパーツをカスタマイズすることができる。

 

デジタルものづくりプラットフォームと一口に言っても、多様なサービスがあるのですね。 

そうですね。最近は、3Dプリンターが浸透してきており、ものづくりの裾野も広がっていますが、3Dプリンターはあくまで製造装置に過ぎません。ものづくりを開かれた世界にしていくためには、装置だけではどうしようもありません。個人や法人、工場など、ものづくりに関わるすべての人を包括できる“プラットフォーム”が必要だと思い、rinkakを作ったんです。

s_IMG_2278

日本のものづくり産業は、決まった人だけが山に登れる環境

-rinkakというサービスを通じて、目指しているビジョンはあるのですか?

「ものづくりの民主化」ですね。最終的にはいろいろなツールを組み合わせ、誰でも、何でも、ワンクリックで作れる世界を実現したいんです。

将来的にはデータからすべてのものが作れる時代が来ると思っています。これまでは金型がないと、ものづくりができませんでした。しかし、デジタルのものづくりは従来の制約を考えなくても作れるのが最大の利点です。特に産業用3Dプリンターや他のデジタル製造装置を活用して最終製品まで作れる流れが海外では起きていて、飛行機製造に必要な小ロットの製品も、金型を作ることなく製造できています。電気回路も3Dプリントできつつあり、それを用いれば家電も作れますし、医療、航空、宇宙、軍事などへの応用など、適用できる領域も広範囲になっています。

-一方で、日本はそうした産業界の流れに少し後れをとっていると言われています。日本が世界に追いつくためには、何が必要なのでしょうか。

「多様性」と「スピード」ではないでしょうか。日本のものづくりは、どこか硬直しているようなところがあって、決まった人材しか集まってきていません。例えるならば、いつも決まった人が、 山に何度もゆったりと登っているような状態です。多様な人が集まっていろんな山に早く登ることで、今まで見たことない大きな山に早く登れると考えています。

ですので、これからのものづくり分野には、アートやデザイン、サイエンスやエンジニアリング、ビジネスのバックグランドを持った多様な人材が集まり、皆ででっかい山に登れるような仕組みが必要だと思います。rinkakも多様性を維持し、皆ででっかい山を登りたい、という思想のもと運営しています。

「ドラえもんはこのままでは一生作れない」と思い、人工知能の研究から離れ体験づくりの世界へ

-稲田さんにとっての「ものづくり」の原点は、どこにあるのでしょうか?

私の出身は製造業の盛んな東大阪で、その地域には、ものづくりが好きな、町工場のカルチャーのようなものがあって。例えばバイクで爆走しますが、バイクをふかす音をアレンジしてくる人がいたり…。そうした環境の影響もあって、僕も何でも自分でいろいろ作っていまして……。子どものころはゲームソフトを改造して、設定を思い通りに変えたりと、“ハック”していましたね(笑)。RPGのパラメータを際限なく上げてみたり、行けないエリアも行けるようにしたり。開けちゃ生けない箱を開ける楽しみというか、ゲームってこういうふうにできているんだと気づいて、そうした経験から作る側の楽しさも感じました。

-そうした経験から、学生時代もものづくりを学んでいた?

実は高校生の時は音楽をやっていて、音大に行きたかったけど、音大の奨学金が下りず、その進路を諦めました。でも作ることが好きだったので、エフェクターとかミキサーとかを自分で作っていました。それで大学では電子工学科に入り、ハードウエアを作っていました。大学院では人工知能の研究をしていたんですが、自分の好みに合わせて自動で作曲するような人工知能を作りました。人工知能に自分のセンスをあらかじめ学習させておいて、ワンクリックすると、自分がその時「いいな」、と思っている曲を自動的に作曲して演奏する、みたいな。

-しかしそこから、博報堂に入って、ハードではなく広告というソフトを作ることを選択したのはなぜだったのでしょうか。

当時、人工知能の分野が今のような状況でなく、強いAIといわれる「鉄腕アトムやドラえもん」がつくれない環境でした。そこで、サービスやユーザーの体験をどう作るかに興味が移り、ゼロからイチでものをつくることが多いクリエイティブインダストリー、その中でもIDEOなどのデザインコンサル会社などとも協業している博報堂に入社しました。入社後は立ち上がったばかりの、デジタル系の特殊部隊みたいなところへ配属されました。ウェブアプリから、そこに誘導するテレビCMから、イベントから、雑誌、新聞、すべて横断的にプランニングするチームです。そこで、僕はプランナー、クリエイティブ、マーケティング、事業開発を横断する形で、事業開発、マーケティング戦略開発、クリエイティブディレクションまでありとあらゆることをやらせて頂きました。

“進化型計算手法”から学んだ「多様性がないと生き残れない」

人工知能の研究者になる道は選びませんでしたが、実は多様性が大事だと思うに至ったのも、その根底には人工知能の分野にある”進化型計算手法”という考え方があるんです。

s_IMG_2268
-進化型計算手法とは?

ダーウィンの進化論をもとにしている思想です。例えば、ある環境に生物の個体を数百体投げ入れたとします。すると、世代が代わるごとにより環境に適応する子どもが生まれてきます。最終的に生まれてくる子どもは、その環境にとても強い子どもということになります。

しかしそんな環境に、環境に適応したエリートな生物ばかりを入れると、環境がちょっと変化した時に、順応できずに死に絶えてしまいます。そこで、環境適応的に優秀な奴とそうでない奴とを、ない交ぜにしてやると、突然変異が生まれて、ちょっとした変化でもへこたれない子どもが生まれるんです。要は、適切なばらつきがあるほうが変化に強いということです。

-そうした進化論的な考え方が、人工知能にどう関わるのですか?

機械学習と言われる領域になりますが、人間が すべてを制御するのではなく、機械が勝手に学習していくような仕組みを作る、という考え方 です。そうすることで、状況の変化に柔軟に対応できる人工知能を作り出すんです。人工知能の分野はすごく面白い状況になってきています。

-そうした進化型計算手法の考え方が、ものづくりの分野に多様性が必要だという考え方にもつながっていると。

はい。それを産業に置き換えれば、変化が激しい時代では、多様性がある産業のほうが世の中を変える人が生まれやすく、変化に対応しやすいと考えられます。

ものづくりにおける多様性とは?

-ものづくり産業内にも多様性をもたらして、変化に強くするために、エンジニアだけでなく、アートやデザインといったさまざまなスキルを持った人材が必要だということでしょうか。

はい。そもそもサイエンスとアート、エンジニアリングとデザインは異なるもので、サイエンス、エンジニアリング、デザインは背景にロジックがありますが、アートは必ずしも背景にロジックが必要でなく、むしろそれを否定することもあります。

僕はこうした、ロジカルに追求することと、ロジカルに追求しないことのバランスや、エンジニアリングとデザインにおけるファンクションとエモーションのバランスが非常に重要だと思っています。 さらにそこにビジネスも加われば、ビジネスと他の要素とのバランスも重要になるでしょう。

博報堂時代のことですが、テレビCMのBGMをつける時、クールなジャズっぽい曲をつけたほうが画面に合うとわかっていても、あえてカントリー調の曲をつけてみたことがあります。すると、やはり映像と音が合わずに違和感があるのですが、ロジカルな説明ができないものの、なぜかぐっとくる部分があったんです。この違和感は「アート」の領域にあるもので、僕はこの違和感がとても大事だと考えています。

ものづくりをする上でも、ロジックも大切ですけど、人の心が動かされる、エモーションの部分も大切。そこをカバーするのは、サイエンスでなくアートの領域だと思います。 サイエンス、エンジニアリング、アート、デザイン、ビジネスとさまざまな領域を横断することで、ものづくりの分野でもいいプロダクトが自然に出てくるんじゃないかと思っています。

やはり、いろんなスキルを持った人がこの分野に入らないと、大きな山に登れないと思っています。さきほども言ったように、これまでものづくりの分野では、限られた人たちだけが山を登っている。そういった状況を打開して、これまでとは異なる、もっと大きな山を登るためにも、多様性は必要だと思います。それでrinkakも、多様性を維持して皆で大きな山を登りたい、という思想の下でやっているんです。