「100年進化しなかった黒板を変える」 創業96年の老舗企業が起こしたイノベーション

「未来の教室の風景」を、思い浮かべてほしい。そこには、なにがあるだろうか?

動画が映し出された大きなタッチスクリーン? それとも、生徒全員がタブレットを手にテストをする姿?

しかし、創業96年を迎える老舗メーカーが出した結論は、きっと、あなたが想像したものではない。

それは、普通の黒板を、電子黒板に変えるという逆転の発想だった。


日本で黒板の専業メーカーが登場したのは大正初期。現在は全国で約40社が存在し、主に地元の学校に納品している。愛媛県にある大正8年創業のサカワは、面白法人カヤックと組んで「100年以上イノベーションがなかった」黒板を変えようとしている。

どうやって変えるのか? それは、既存の黒板と電子黒板のイイトコどりをすること。スマホアプリ「Kocri(コクリ)」を使うと、チョークで板書するこれまでの授業の風景は変わらぬまま、スマホがリモコンとなって、動画や画像を黒板に一瞬で映し出せるのだ。

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コクリを使う先生は授業前、チョークで書くのが大変な長文や図形などの教材データを作っておき、iTunesやDropboxを経由してアプリに転送する。あとは手元のアプリを操作するだけで、Apple TVに接続した市販のプロジェクターを通じて、黒板にパッと教材を表示できる。

コクリを考案したのは、創業96年を迎えるサカワの5代目となる坂和寿忠さん。老舗メーカーというと形式を重んじて変化を良しとしないイメージもあるが、どのようにして「未来の黒板」を着想したのか。坂和さんに話を聞いた。

 

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創業96年のサカワ5代目を任される坂和寿忠さん(29歳)

黒板業界は100年以上イノベーションを起こそうとしなかった

–少子化の今、失礼ですが、いかにも「黒板市場」は苦しそうに思います。

業界全体としては年々縮小しています。でも、一定の売り上げはあるので、「自分たちが生き残れればいいじゃん」みたいなところでずっと続いてきたのが、黒板業界だと思います。

100年以上の歴史があるわけなんですけど、この業界がよくなかったのはイノベーションを起こそうとしなかったことに尽きると思うんですね。なぜ成り立っていたかっていうと、黒板業界って超・地場産業だから。各県ごとにメーカーがあって、エリアを守りながら商売していれば潰れることはないっていう。

–たしかに黒板が進化している印象はないですね。

日本では黒板の原点ともいえる「塗板」が明治時代に誕生して、主に寺子屋で使われ始めたんです。それから学校制度が整備され、明治10年頃に全国に広がりました。黒板の素材がスギやベニヤから金属のホーローに変わったり、理科室にあるスライド式の黒板や湾曲した黒板なんかも登場しましたけど、いわゆるイノベーションってまったく起きていないんです。

昔は黒板がいい値段で買ってもらえてたから、それでよかったのかもしれません。でも全く進化しないモノって、だんだん単価が下がりますよね。そうすると黒板屋さんも減ってきて、四国には2社しかありません。最近は単価が落ちてきているので、他県にも足を伸ばして限られた数の学校を取り合っている状況です。

僕が入社した頃は愛媛しか拠点がなかったんですけど、大学卒業と同時に東京支店を任されました。支店といっても僕一人なんですけど。「東京でも黒板を売ってこい」ということだったんですが、黒板の仕事は全部断りました。

サカワが手がける黒板

サカワが手がける黒板

「もう、ウチは黒板やりません」

–黒板メーカーなのに。

学校からは見積もり依頼が来るんですけど、当然他社にも見積もりを取ってるわけですよ。愛媛と比べると東京のほうが競争が熾烈ですし、愛媛からの黒板運送費だけでも結構かかるので、見積もりを出すだけ時間の無駄だろうと。なので「もう、ウチは黒板やりません」とお断りしました(笑)

ちょうどその時にブームになりつつあったのが電子黒板だったんです。政府が2009年に「スクール・ニューディール」構想っていうのを発表して、電子黒板を導入した公立学校に補助金が出るようになりました。総額で約2000億円の補助金が使われたんですが、それで一気に電子黒板が広がったので、これはチャンスだと。

各区役所には、学校を管轄する教育委員会があるんです。そこに提案をするんですけど、大学を卒業したばかりで名刺交換の仕方もわからないし、導入してもらうために必要な入札の仕組みもわからない。東京支社は僕一人で教えてくれる人もいないので、教育委員会の人に聞きました。「もう二度と同じ質問はしないんで、一度だけ教えてもらえませんか」って。

–名刺の肩書きは東京支店長。

それが、思いを伝えたら売れたんですよ! 最初はある区内の公立学校でした。今でこそ電子黒板を扱う黒板メーカーは数社ありますが、当時の競合はエプソンとかシャープとか日立とか、大手電機メーカーでした。僕は大学卒業したばかりで、質問にもうまく答えられなかったりするんですけど、誠意が伝わったんだと思います。担当者の人、超いい人だったなぁ(笑)

それから順調に導入先が増え、全国で2万台ぐらい入りました。2014年の電子黒板導入数は全国で8万台と言われているんですが、その4分の1を取ったので、がんばりましたね(笑)今まで横ばいだった黒板事業の売上も伸びました。電子黒板は自分を成長させてくれたものでもあるので、最近までは電子黒板愛にあふれていました。

先生に優しくない電子黒板

–最近まで?

電子黒板って、プレゼンするたびに驚かれるわけですよ。カエルの解剖を動画で見せたりすると、学校の先生も興奮してくれるし、生徒も喜んでくれる。でも、いざ蓋を開けてみたら、全然使われなくて……。NHKの調査だと、導入した学校の6割以上が活用しきれていないと答えています。やっぱり、現場の先生が使いこなせないのが一番の原因なんです。

–先生の情報リテラシーが追い付いていない?

僕らが操作説明に行くんですけど、年齢関係なくほとんどの先生が「難しそう」と言います。確かに操作は複雑だし、教材の用意にも手間がかかるので、先生に優しくないんですよ。「生徒に教えることよりも、電子黒板を使いこなすことが目的になってしまう」という声もありました。

電子黒板を使う先生でも、メインは黒板で教えつつ、途中でパソコンを操作して小さな電子黒板で補足するケースがほとんど。電子黒板って黒板の横に置いて使うんですけど、それが使わない感を加速させているし、教室でも異物感がある。5年以上たっても活用されていないのは、リテラシーの問題だけではないかと思います。

結局、黒板ってなくならないんですよ。だったら、そこにデジタルを投影して、アナログと切り替えたほうが有効活用できるでしょ、という発想からコクリが生まれました。発想する1年くらい前からプロジェクションマッピングが徐々に流行りだしていて、そこからヒントをもらいました。黒板にマッピングしたら面白いじゃんって。

携帯する書画カメラ(実物投影機)のような使い方もできる

携帯する書画カメラ(実物投影機)のような使い方もできる

–カヤックとはどういう経緯で提携したんですか?

昔から面白いIT企業が大好きで、ハードウェアを生かしたウェブサービスといえば、カヤックさんかチームラボさんしかないだろうと2社が浮かびました。チームラボさんはどちらかというとアート系の作品が多いですけど、カヤックさんってすぐ先の未来を目指している印象があって。でも、黒板屋がカヤックさんとつながりがあるわけないのですよね。なので問い合わせフォームから「100年以上変わっていない黒板を変えたい」っていう長文メッセージを送ったら、翌日に返事をいただけたんです。

それから(カヤック社長の)柳澤さんとは過去に一度お会いして、Facebookの友達になりました。もっとカヤックさんにコミットしてほしかったので、「黒板業界やコクリの可能性についてご説明させてください」とメッセンジャーで結構しつこく連絡し続けました。それでなんとか電話でカミカミになりながら思いを伝えて、実際にお会いして説明したら「事業性も市場性も社会的意義もある」と認めていただき、業務提携する流れになったんです。

Kocriの採用説明会に臨む坂和さん(左)とカヤックの柳澤大輔さん(右)

コクリチームの採用説明会に臨む坂和さん(左)とカヤックの柳澤大輔さん(右)

政府としては2020年までにすべての教室に電子黒板を導入する方針を出しています。まだ30万台以上の需要があるので、電子黒板はこれからも加速的に伸びていくはずです。僕らとしても電子黒板は売れていて好調なんですが、本業はあくまで黒板。現在も電子黒板を扱ってはいますが、コクリに移行していきたいと思っています。

「むしろ教室にスマホを持ち込みましょう」

–本社からすると「電子黒板を売ってよ」と言われそうですね。

最初はすごい懐疑的でしたね(笑)いまはコクリの将来性が全社的に伝わっていて、みんなで売っていこう!という体制になっています。コクリはApple TVさえ買えば、あとはどこの学校にもあるプロジェクターを通じてスマホで操作できるし、料金も月額600円、年額6000円(10月までは無料)と手軽に導入できます。生徒にスマホの持ち込みを禁止している学校も多いですが、先生方には「むしろ教室にスマホを持ち込んで、授業を変えましょう」と呼びかけています。

個人的には、先代からずっと黒板を作ってきたのに、電気部品で組み立てられたものを売ることに違和感もありました。それに、コクリのお陰でサカワの認知度がすごい上がったんです。すぐに業績に影響することはないかもしれませんが、黒板の受注にもつながるかもしれません。黒板屋でウェブと繋がりのある会社なんて、絶対にないですし。

–その黒板愛はどこから。

子供の頃から「継げ」と言われて育ってきました。オヤジが結構ファンキーなんで、僕が生まれた時に「黒板」って命名しようとしたらしいんですけど、昔は家業にまったく興味を持てなくて。思春期の頃って、決まった人生に反発したくなるじゃないですか。当時は黒板って地味でダサいと思ってましたし。

それで高校入ったときに改めて「俺、黒板やんないよ」って言ったら、すごく悲しい顔をされて。その頃は漠然と考古学者になりたかったんですが、親を悲しませてまでやりたいことか、というとそうでもないし、そこで継ぐことを決めました。

今となっては、黒板屋を継いで、すごく得したなと思ってます。だって、今から起業して楽しいことをしようとするより、創業96年の会社が少し面白いことをやるだけでめちゃくちゃ取り上げられるじゃないですか。

–黒板メーカーとITというギャップ。

それがすごい強みだと思っていて。もともと苦手だった黒板が、今はむしろ武器みたいな。大学卒業したての頃は友達と話しても「黒板屋で働いてる」って言わなかったんですよね。ちょっと恥ずかしくて。でも今は「黒板やってんだよねー」って自信を持って言えてるんです。

–「黒板」って命名されてもよかったかもしれないですね(笑)

そこまでではないですけど(笑)でも、不祥事を起こさなければいずれ5代目の社長になるんですが、創業100年を記念してミドルネームとして入れてみようかな。

ミドルネームに「黒板」と入れてもいいかもと黒板愛を語る坂和さん

ミドルネームに「黒板」と入れてもいいかもと黒板愛を語る坂和さん