テクノロジーの裏に“人間臭さ” 元IT記者が描いた漫画「バイナリ畑でつかまえて」の魅力

mixiにクックパッド、Dropbox、そしてFacebook……おなじみのネットサービスを題材に、ちょっと切ない日常風景を描くマンガ「バイナリ畑でつかまえて」をご存知だろうか。ウェブで連載していたショートショートが、このたびAmazonコンピュータ・IT のランキングで1位を獲得した。

Facebookによる“サンタばれ”を描いた「うかつなサンタ」

Facebookによる“サンタばれ”を描いた「うかつなサンタ」

元ITmedia記者の漫画家が描く「ITと日常」

作品自体ももちろん面白いのだが、作者である山田胡瓜(やまだきゅうり)さんの経歴も興味深い。連載先のITmediaで長くテクノロジー分野の記者をやっていた。主にコンシューマー向けの記事を担当し、携帯電話の新機種をレビューしたり、通信業界の動向を追いかけたりといった具合である。

そんな経験から生まれたITマンガは新しいようで、どこか懐かしい。ネットの利便性の影に隠れた人間の優しさが見えてくるこの感覚は、言ってみれば“IT版の星新一”?

クックパッドを題材にした「みんなのレシピ」

クックパッドを題材にした「みんなのレシピ」

テクノロジーの裏にある“人間臭さ”を拾っていきたい

山田さんは「テクノロジーがあるからこその出会いや発見、葛藤や失敗などを描きたい」と話す。

「最近のITって、複雑なアルゴリズムで人それぞれに最適化していますよね。好みを学習したり、人によって出すコンテンツを変えたり。でも、その仕組みを理解して使っている人は少ない。なんとなくサービスを使っていると、自分の思わぬ一面が、思わぬタイミングで現れる気がします」

マンガのネタは、ネットを使いながら気づいたことがベースになっている。いわく、「『顔認識』とか『レコメンドエンジン』みたいなサービスの仕組みをドラマに絡ませることが多いです。そうした仕組みが『ユーザーの心をあぶり出す瞬間』が大好き」。

ドローンなどの最新ガジェットもしっかりストーリーに組み込まれている。このあたりが元IT記者ならではの発想だろうか。

ドローン視点の作品「コノ、オオゾラニ」

ドローン視点の作品「コノ、オオゾラニ」

ガジェットやネットサービスというすごく新しいものも、山田さんが書くと途端に人間臭くなる。そういったテイストが作風なのかもしれない。

「きっと、どんなテクノロジーにも『人間臭さ』ってあるんです。『携帯電話が普及したせいですれ違いがなくなりドラマが作りにくくなった』という意見をたまに聞きますが、一方で技術によって生まれる新しいドラマもあるはず。そういうものを拾っていきたいですね」

たとえばDropboxの話は非常に身につまされる。(男性にとっては)あるあるすぎて恐ろしい。

Dropboxの通知はオフにしようと決意させてくれた「リ野獣死すべし」

Dropboxの通知はオフにしようと決意させてくれた「リ野獣死すべし」

もしかして、山田胡瓜さんの実体験もあるのだろうか? と聞いてみたら…。

「Google Chromeで新しいタブを開くと“よく使うウェブサイト一覧”を表示してくるじゃないですか。あれなんなんですかね。やめてほしいです」

うう、わかる。

気づいたらアイティメディアに入社してた

子供のころから「将来は漫画家になると思っていた」という山田さん。しかし、新卒ではIT系媒体を運営するアイティメディアに就職する。大学在学中はマンガを描いていたため、就活は不真面目だったそうだ。

「でも、大学の企業合同説明会に私服でフラッと行ってみたら、ITmediaの採用担当者の方が声をかけてくれました。私服の自分に声をかけるなんて変な会社だなと思って、話を聞いてみて、気がついたら入社してました」

記者時代もマンガは描き続けてきた。平日は仕事で忙しいため、使える時間は週末のみ。

「1作品作るのに数年かかったりと、今考えると非常にのんびりとしたペースで描いていました」。

6年かけた作品が新人賞を受賞、そして独立へ

そんな超マイペースで、なんと完成までに6年を要したという「勉強ロック」が、2013年に講談社・月刊アフタヌーン主催の新人賞「アフタヌーン四季賞」の大賞に輝いた。それをきっかけに会社を退職。ついに漫画家一本でやっていくことを決めた。

「独立に備えて貯金もずっとしてたので、思いきってフリーになりました。ライターの仕事も受けたりしながらやりくりしていましたが、今は連載準備に集中しています」

現在スケジュールはこんな感じだ。10時ごろに起きて、コーヒーを飲んだりしてシャキッとしたら仕事を始める。「今日は○枚原稿をあげよう」「明日までにネームを作ろう」といったノルマを設けて、それをこなすまで仕事をするのだという。

「記者として文章を書く仕事も好きでしたが、自分は絵を描くのが好きで漫画家になりたいと思った人間なので、絵を描いているときがやっぱり一番楽しいです」

まもなく始まる連載は、とある漫画雑誌で「SFっぽい連載」になる予定だ。「どこの雑誌かはお楽しみですが、連載直前にはTwitterなどで告知するつもりです」と山田さん。

ちなみに「バイナリ畑でつかまえて」のタイトルは、もちろんJ・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」から取った。

「ITを使う人たちの、ほうっておくと忘れてしまうような心の機微とか生活の香りみたいなものをつかまえて、作品として残したいという気持ちを込めました」