元Googleの及川卓也さんに聞きました スタートアップのCTOが抱えるアノ悩み

スタートアップの事業内容は多種多様ですが、その中で技術的な観点から事業に携わり、ビジョンの実現に向けてエンジニアを率い、新しいサービスを生み出していくというCTOの役割は変わりません。そして、CTOが抱える「悩み」にも共通項が多いのではないでしょうか。そんな悩めるCTOたちが集い、率直に意見を交換し合う場が11月4日に設けられました。

ミーティングのファシリテーターを務めるのは、元グーグルの及川卓也さんです。ITの力を活用して災害発生時の情報収集・活用・発信を支援する「情報支援レスキュー隊」の活動に加え、若手エンジニアにアドバイスを行ったり、さまざまなイベントに参加したりと、これまで以上に精力的に活動する及川さん。さまざまなスタートアップのCTOたちと話を交わす機会も増えたそうですが、「皆さん、共通する悩みを抱えているように感じます。そこで、いろんな知恵、経験を共有することで発展していくお手伝いができれば」——そんな意図で始まったこのラウンドテーブルの模様をお伝えします。

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都内のスペースで開かれた、及川さんを囲むCTOの座談会

エンジニアのさらなるスキルアップ、どうすれば?

まず最初の話題は、社内のエンジニアの教育についてです。口火を切った南野充則さんは、モバイルデバイスを活用したヘルスケアサービスを提供するFiNCでCTOを務めていますが、「社員のトレーニングをどうすべきかについて悩んでいます。日々の業務が忙しい中で効率的にトレーニングし、さらにエンジニアをパワーアップさせるにはどうしたらいいか」と言います。

同様の課題を抱えているスタートアップは少なくなく、特に、モチベーションをどう上げるかが悩みどころだと言います。会社として勉強する環境を整える場合もあれば、自力で勉強していく場合もあるでしょうが、どちらにしてもモチベーションを上げる仕組みを知りたいというわけです。もちろん、スタートアップで働くことを志す以上、自らのスキルを磨きたいというモチベーションは持ち合わせている人が多数派でしょう。それでも、さらに上を目指していく方法が知りたいといいます。

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「閉じるよりも共有することでメリットが生まれる」と述べた及川さん

これに対して及川さんは「成長にはインセンティブが必要。だから、何らかの昇進基準を設け、それによって社内のエンジニアのスキルを測る仕組みがあればいいのでは」と語りました。

ただ、何かと仕組みが整備されている大企業とは異なり、スタートアップの場合、仕組みそのものを作り上げている途中というところが大半です。「マイクロソフトなど他の企業の仕組みを調べてみましたが、細かすぎてこれを作るのは難しい。スタートアップに適した制度って、残念ながらまだ見たことがありません」(南野さん)

ですがスタートアップの場合、強みは外に開いていることです。「例えばオープンソースの世界には『この技術ならこの人』というものがあります。インセンティブの一つとして、『こういう人になりたい』というロールモデルを、社内でも、あるいは社外でも持てるといいかもしれない」と及川さんは語りました。

「エンジニアの生存戦略として、会社の中の評価に加え、外向けの仮面というかスタンスのようなものを持つ方がいいのではないかと思います。例えばブログを書けば、それが会社のプロモーションにもなるし、人材採用にもつながるかもしれない。会社としてそれをできるだけ奨励するのがいいのでは」(及川さん)

エンジニアのモチベーションを上げる評価制度は?

次に検討しなくてはならないのは評価の仕組みです。女性向けのファッションアプリ「iQON」を提供するVASILYのCTO、今村雅幸さんは「特にスタートアップの場合、3カ月後には事業がどうなっているか分かりません。ですから3カ月後の目標を立て、それを基準に評価をするのは難しい。かといって評価しなければエンジニアのモチベーションが上がらないですし……」と語りました。

中には、勉強会での発表やブログでの情報発信をエンジニアの評価に取り入れようと試みている企業もあります。

さまざまなスペースの貸し借りを支援するスペースマーケットの鈴木真一郎さんは、「情報発信やオープンソースへのコミットを推奨しても、みんながみんなやってくれるわけではないので、それをどうやって広めるかが課題です。全員やってほしいところですが、うちの場合でいうと全体の2〜3割という感覚です」と述べました。今村さんも「新卒などあまり経験のないエンジニアだと、そもそもどうやって情報をインプットし、アウトプットするかが分からないという人もいます。それをどうやって伝えればいいか……」という難しさを感じているそうです。

加えて、オンライン学習塾サービスを提供するアオイゼミの青木啓剛さんは、「新卒くらいの若いエンジニアは、外で話したり情報を発信したりするのが怖いと思っているところがあるみたいです」と言います。そこで、半分仲間うちのようなフランクな発表の場を設け、「失敗してもいいから」と背中を押したところ、うまく回るようになったそうです。「比較的若い層であれば、仕事として与えてみるのもありかなと思いました。その後、社内の勉強会も積極的に行うようになっています」(青木さん)

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若いエンジニアは、外で話したり情報発信することを怖いと思っているかもしれない、というアオイゼミの青木さん。FUN UPの宮尾さん(右)、VASILYの今村さん(左)も真剣に頷きます

スペースマーケットの鈴木さんも、「最近、同じような業界の会社と合同で技術勉強会をやりました。社内だけでなく社外のレベルの高い人と交流すると、モチベーションが保たれるなと思いました」。このような半分クローズドな合同勉強会ならば、若手のエンジニアも話しやすく、さまざまなメリットを実感したそうです。

「発信する側に回らない人がかなりいますが、そういう人たちに『アウトプットすると、こんなにいいことがありますよ、ライトニングトークなんてみんな適当なことを話しているから、ハードルも上げなくていいですよ』と言って、きっかけを作ることが大切かもしれません。一度やってみればどんどんうまくなり、その姿を見て他の人も影響を受けたりする。最終的にそれが組織文化になると、新しい人が来たとき『この会社ではこういう姿勢が奨励されているんが、これも評価軸の一つになっているんだ』ということが伝わっていくのではないかと思います」(及川さん)

ちなみに、ブランド品のオークションアプリを開発しているザワットの鈴木伸明さんは、「登壇の目的は、会社としての採用がメインです。ですから会社としてそのために時間を使っていいことにしています。登壇したらインセンティブがあり、それで採用があったらさらにインセンティブがある。課金型のような形です(笑)」と自社なりのやり方を教えてくれました。及川さんも「それ、いいですね。はてブ一個につき10円とか」と返します。

議論の中では、シニアクラスのエンジニアをさらにパワーアップさせる方法についても問題提起がありました。及川さんは「いま、インターネットを探せばたくさんリソースがあります。海外のエンジニアの講演も聞けますし、グーグルやマイクロソフトといった会社が出しているドキュメント、チュートリアルもある。これを社内の一番トップの人に勉強してもらって、社内に伝えていくという仕組みができれば、組織全体が底上げされていくのでは」と言います。

「つまらないけど絶対にやるべきタスク」の扱い方

次の悩みを切り出したのは、アオイゼミの青木さんです。「サービスを良くしていくための開発、新機能の開発と、既存のバグ修正のバランスの取り方に最近悩んでいます」と言います。もちろん、クリティカルなバグにはすぐ対応するそうですが、「レアケースで発生するものはどんどんリストが長くなり、なかなか減っていきません。しかも、そこで直したからといって、事業にどれだけ跳ね返ってくるかというと微妙なところです」と率直に打ち明けました。

ザワットの鈴木さんも同じ悩みを抱えているそうです。「正直なところ、チームごとに目標を立てており、それ以外のことはやりたがらない、というところはあります。社内にバグ修正を専任でやるチームがあるわけではなく、みんな掛け持ちなので……。人を増やせばいいという話もあるんですが、スタートアップだとそうも行きません(笑い)」

これに対し今村さんが「リファクタリング・ウィーク」という面白いアイデアを紹介してくれました。リファクタリングとは、プログラムの振る舞いは変えないまま、ソースコードの内部構造を整理してメンテナンスしやすいよう改善する作業を指します。VASILYでは3カ月に一回程度のペースで期間を決め、その一週間は全員リファクタリングに専念するといいます。単なる作業に終わらせず、皆のテンションを上げていくために、目標も決めているそうです。

及川さんもその意見に賛成です。「つまらないけれど絶対にやらなきゃいけないタスクを全員に共通に割り当てる期間は、グーグルやマイクロソフトにもありました。リファクタリングだけでなく、『Doc It』といってアップデートされていないドキュメントを更新したり、『Find It』といってバグを見つけたり……少しゲーム性を持たせることも大事で、一番優秀な成果を上げた人にはアマゾンのギフト券がプレゼントされたりしてました」

南野さんは、期間ではなく場所を区切る形で「リファクタリング合宿」を実施しているそうです。「環境が変わって集中できて、けっこういい」とのこと。ただ、こうしたイベントは、人数が増えれば増えるほど運営が大変になります。会場探しだけでもひと苦労で、特に「電源とネットが鬼門」(及川さん)だそうです。

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リファクタリング合宿をやっているというFiNCの南野さん(左)。ただ、チームが大きくなるにつれ、手配や運営が大変になっているとのこと

誰かが優先度付けをする「バグのトリアージ」が必要

この問題に関するもう一つのポイントは「バグのトリアージ」、つまり限られたリソースを割り当てる際の優先順位付けです。「これはけっこう難しいと思います。みんなで直すにしても、いわゆる『ローハンギングフルーツ』、一番簡単に成果が出るやつばかり直していていいのか。それを評価していいのか。やっぱり誰かが優先度付けをやらなきゃいけません」と及川さんは指摘します。

スマートフォン上でオリジナルのアクセサリーを作れるアプリ、「モノミー」をリリースしたFUN UPの宮尾健士さんは、前職時代に大規模な改修を経験したことがあるそうですが、「そのときはやはり、専任の人を付けて3〜4カ月かけないと回りませんでした。一人専任で付けないとどうしようもないくらいのリファクタが出てきました」と振り返ります。

新機能や新サービスならば目に見えますが、そもそもリファクタリングの重要性というものは、会社にどのくらい理解してもらえるものなのでしょうか。ザワットの鈴木さんは「中長期的に見るとリファクタリングはとても役立つんですが、うちの場合はスケジュールありきで、その中で出来る範囲でリファクタリングしている」そうです。

青木さんも「リファクタリングの重要性を認識してもらえたとしても、それがユーザーにとって重要かというとまた別問題。『リファクタリングも重要だけど、でもまずこっちをやって』と言われることも往々にしてありますし、その要求も理解できます」といいます。

今村さんは「うちはまだましな方かもしれません」と述べました。「例えば、iOSのバージョンが上がったので絶対にこの対応をしなければいけないといった時は、『その期間は新機能は作れません』ときちんと社長に伝えています。あまりいい顔はしませんが、ちゃんと理解して期間を取ってくれます」といいます。やはり全体のスケジュールやリソースとのバランス次第のようです。

「試験前に部屋の掃除をしたくなるエンジニア」をどうするか問題

ここで一つ不思議なのは、「試験の前日になると部屋の掃除をしたくなる高校生と同じで、リリースが近付くとリファクタリングしたくなることってありますよね」(及川さん)ということ。今村さんは「リリース直前になると別のことをやる奴もいるので、『今やるべきことはこれじゃないよね』って指摘し、方向修正することもあります。あれって何ででしょうね」と笑います。

そもそもリファクタリングの効果とは何でしょうか。「実はいいところに気がついており、きちんとしたコードを書こうとしている可能性があるわけです。将来的にスケールしない可能性のある問題を見つけ、それを解こうとしているのは、実は尊いことなのかもしれない。そこをちゃんと見極めなきゃいけないのは難しいですよね」と及川さんは述べました。

ただ、これも事業やサービスの内容によるのかもしれません。宿泊予約サイトを提供しているLoco Partnersの古田朋宏さんは、「そのコードが三カ月先も使われているかどうか分からないところがあるので、リファクタリングよりも機能の実装を優先しています。ただ、コンシェルジェというサービスの性質上、かなりリアルタイムにバグを修正しており、逆にタスクが進まないという悩みを抱えながらやっています」と語りました。

結局のところ「スタートアップの場合、プロダクトロードマップをしっかり描けるプロジェクトマネージャーの不在という問題もあるかもしれないと思っています。長期的にビジネスモデルを考え、『この部分はスケールさせる必要があるからきれいに作っておかなきゃいけない』といった具合に、優先順位とプロダクトロードマップがちゃんと結び付いていれば、経営陣に説明しやすいと思うんです」と南野さん。

スペースマーケットの鈴木さんは「エンジニア出身で内部まで分かっている人は、プロダクトをちゃんとマネジメントした方がやりやすいし、早いし、安全だというのが分かっていると思いますが、けっこう大変です。僕はCTOとプロダクトマネージャーを兼任しているのですが、自分で決めた締め切りに自分で間に合わなくなっちゃう、なんてこともあります」と苦笑しました。

後編に続く。次回は多くのスタートアップが抱える採用基準の悩みなどについて及川さんが答えます)