射幸心あおらない–Ingressが描く「究極のネイティブアド」とは

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スマホアプリ『Ingress』が着々とマネタイズを進めている。

Ingressは位置情報を活用したスマホゲーム。プレーヤーは緑と青、2つの陣営に分かれて世界中にある539万ものポータルと呼ばれる拠点を奪い合う。ポータルはアート作品や歴史的なランドマーク、公共施設などにある。実は南極にもポータルが存在する。

開発元のナイアンテック(Niantic)2016年1月に公開したインフォグラフィックによれば、β版を含む3年間のダウンロード数は1400万以上、200ヵ国以上でプレイされている。25万4184人がイベントに参加、全プレーヤー(エージェント)の歩いた総距離は2億5800万km……とそうそうたるスコアだ。2億5800万kmと言われてピンとこないかもしれないが、地球から太陽までの距離が1億5000万kmと知れば、その数値の持つインパクトが伝わってくるだろう。

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ナイアンテック日本法人の村井説人社長

マネタイズについては課金アイテムも用意しているが、ユーザーの射幸心をあおるものではない。プレーヤー間のコミュニケーションを円滑にさせるためのアイテムだ。2月18日に開催されたイベント「CNET Japan Live 2016」に登壇したナイアンテック日本法人の村井説人社長は、「究極のネイティブアド」の可能性を秘めていると言う。

「つい、歩いてしまう」を意識したビジネスモデル

Ingressのゲームフィールドは全世界。街中の地蔵やアート作品がポータルになっているケースも多い。Ingressはこの、普段見落としがちな場所の発見も促してくる。そして自分の住んでいる地域、オフィスのある場所、旅行先で歴史や文化に触れることができる。

たとえば通勤。普段だったら効率性を考えて、もっとも早くつくルートを選ぶ。しかしIngressプレーヤーはポータルを廻って周囲の探索をしながら通勤する。それこそ最寄り駅の1つ前の駅で降りて、新たなポータルを探し歩きたくなってくる。

結果として、たくさん歩いてしまう。

結果として、遠くに行きたくなる。

そして、結果として、行動属性に変化が起きる。Ingressは、この行動属性を強く意識した新しいビジネスモデルを模索している。

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Ingressらしい課金

ソーシャルゲームに多い、課金アイテムも用意されている。しかし村井氏はいう。

「ゲーム課金でもお金をいただきたいが、Ingressの場合はゲーム性に関係ないアイテムしかない」

パワーアップする、新しいキャラクターが使える、ストーリーの進行をショートカットできるといったアイテムは一切存在しない。そのかわりにポータルキーと呼ばれる、アイテムのみを収納できるアイテム、特定のポータルに目印をつけて待ち合わせなどがしやすくなるアイテム、一定時間ポータルでアクションを起こした際にアイテム入手率が2倍になるアイテムが販売されている。

これらはすべてプレーヤー間のコミュニケーションを円滑にさせるためのアイテム。射幸性をあおるものではない。

収益のメインとなるのはパートナーシップモデルだ。Ingressは目的地となるポータルまで半径40m以内に近づかなければアクションが起こせない。そのゲームデザインを使って、企業の実店舗をポータル化することで、その店舗まで実際に足を運ばせるのが目的となる。その例として、ローソンとのパートナーシップモデルを説明した。

近くのコンビニではなく、あえて遠くのローソンに行く理由

たとえばコンビニの場合、人口密度によって変わるが平均して半径500mが商圏となる。利用者数はだいたい3000人。その人数×客単価で、1つの商圏から生まれる収益は決まってくる。

「しかしIngressは、商圏の外にいる人を誘致できます」

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まだ行ったことのないポータルには訪れたくなるという、Ingressプレーヤーならではの行動属性がパートナーシップモデルを結んだ企業の利益を拡大することになる。

「自分の位置から10mの場所にAというコンビニ、50m先にローソンがあった場合、10m先のコンビニに行く人が多いでしょう。しかしローソンとIngressがコラボしてからは、あえて遠いローソンに行く人が増えた。その理由は店舗がポータルになっていたからです」

プレーヤーは、「Ingressをサポートしているローソンにこそ行くべき」というモチベーションを抱くようになる。時間がなくていちばん近いコンビニに行かざるをえないときも、Ingressのプレーヤーは内心「ごめんなさい」という気持ちを抱くようになるという。そこに行かなかったとしても、自分たちの価値観を理解してくれている企業に愛を感じるようになる。

2015年にもっともIngressで愛された「三菱東京UFJ」

三菱東京UFJ銀行(MUFG)との施策では、まずMUFGの満足度アンケートからチェックした。多くの顧客が多くの項目で高い満足を感じていた。ところが元顧客の58%がMUFGの支店とATMの場所を把握していなかったため、他の銀行を利用するようになったという。

「フィジカルにあるものがインコンビニエントだと思うとやめてしまう。この改善が課題でした」

そしてMUFGの支店・ATMをポータルにすることで、MUFGの施設をダイレクトに伝えるようにした。

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「MUFGカプセル」という、独自のアイテムも設定した。このアイテムは、他のアイテムを収納しておくと利息がついてアイテムが増えるというもの。銀行のブランドを認知して体験することで、よりエンゲージメントの深いところに到達することができたという。

世界的にもMUFGの認知度を高めることに成功したそうだ。2015年、もっともプレーヤーに好まれたアイテムがMUFGカプセルだった。そのエントリーを書いたブロガーは「MUFGのことは知らなかったが、銀行だということはなんとなくわかった。アジア圏でもっとも好きな銀行はMUFGだ」と記した。

「世界でもっとも信用される銀行になるというのがMUFGのミッションであり、そこにマッチしている」

ブランドを日本に閉じない企業だからこそ、Ingressのパートナーシップモデルは効果的であるといえよう。

究極のネイティブアドが生まれる可能性

Ingressのサポーターとして、イベント時に清涼飲料水を配布している伊藤園とは、自動販売機という彼らが持つ大いなる資産に着目。一部の災害用ベンディングマシンをポータル化した。

震災が起きてから災害用ベンディングマシンを探しても遅い。常日頃からどの場所に災害用ベンディングマシンがあるのか把握している必要があるが、Ingressプレーヤーはゲームプレイ中にその存在を感じ取ることができる。

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もともとIngressは、Googleの社内ベンチャーとして始まった。ナイアンテック創業者のジョン・ハンケ氏は、Googleの元副社長で、Google EarthやGoogle Mapを担当していたことでも知られる。

村井氏はGoogle時代、オンライン・ツー・オンラインのビジネスを担当していたが、ネットユーザーにリーチすることはできても、オンライン・ツー・オフラインまではカバーできないと感じたそうだ。

しかし、Ingressはスマートフォンというオンラインと、ロケーションというオフラインを繋げたマーケティングができる。特定のセグメントに深いエンゲージメントを提供できる。

「もしかしたら究極のネイティブアドと言われるかもしれないですね。オンラインとオフラインの融合を我々は大きな課題として、拡張現実を通してつなげていきます」