「やればできる」が可能性を潰す–ビリギャル著者流・やる気にさせる指導法とは

前編に引き続き、ビリギャル――『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』の坪田信貴氏にお話しを伺う。坪田氏は自ら塾を経営するかたわら、カドカワと提携して東大進学専門の塾「N塾」を開校するなど、ビジネスセンスも持ち合わせた人物だ。

ビリギャルの中には「ダメな人間なんていないんです。ただ、ダメな指導者がいるだけなんです」という印象深い言葉が出てくる。そんな坪田氏の指導方法は、私たちがチームや部下を育成する場面でも応用できるはず。ということで、社会人の成長の秘訣について聞いた前編に続き、後編は「指導力」をテーマに伺った。

発行:株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス

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指導力の鍵、やる気の刺激法

–チームや部下を育成する立場の指導者の悩みの一つに、「どうやってやる気を引き出せばいいかわからない」というのがあるかと思います。ビリギャルでは色んなタイプの学生のやる気を刺激する様子が描かれていましたが、ふだんどのような工夫をされているのでしょうか。

まず、人がやる気になるのは、「ちょっとした変化、成長を認められた瞬間」なんです。

坪田塾には、はじめは机の上に足を投げ出して、「塾に来るなんて聞いてないぞ、クソババア!」ってお母さんに怒鳴り散らす子もやってきました。僕が「将来の夢は?」と聞くと、「親父を殺すこと」とゴキブリを見るような目でにらみつける。

その子に、「ちょっとこの問題解いてみて」とテスト用紙とペンを渡しました。彼は一度はペンを持ってくれたんですが、5秒くらいでそれを放り投げてしまったんです。

–普通ならそこで「この子の面倒を見るのは大変だ」となってしまいそうです。

そうですね。少なくとも多くの人は、イラっとしたり、怖がったりしてしまうと思うんです。でも、そのとき僕は、「ペンを持ったよね。ちょっとは前向きに考えた証拠じゃない?」って言ったんです。そしたら彼は「あぁ……そうかも。でも先生、普通これ怒るところだよね」って。

本当に全くやる気がなければペンなんか持たないし、少しは気持ちが前向きだったはずなんですよね。考えてみたけれど分からなかったから、「2度と俺にやらせるな」ということを伝えたくてペンを投げた――僕には彼がそういう風に見えました。

「ちょっとは前向きに動こうとした」というのが見えている訳ですから、次はその変化を前向きに伝える、フィードバックすることが大切になります。

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「人がやる気になるのは『ちょっとした変化、成長を認められた瞬間』なんです」と坪田先生

あえて褒めないし、嘘もつかない

(ビリギャル主人公の)さやかちゃんの指導を始めた頃には、こんなやりとりがありました。

「よーし、わかった。じゃあ、君の日本史の最高知識を教えてくれ」

「いやー、私、何もわからないって」

「なんか1つぐらいあるだろう? なんでもいいよ。考えて」

「んー、ないけどなあ……あっ! わかった! イイクニ作ろう──」

「おおおおおお! すげー。それ、いいね!」

「ヘイアンキョウ」

(平安京はご存じ、「鳴くよ(七九四年)うぐいす平安京」でおなじみの平安時代の首都の名前)
間を置いてためられただけに、僕は、ズコーっとイスから転げ落ちそうになりました(〝一一九二年作ろう〟と来たら、その後が〝鎌倉幕府〟なのは国民の常識かと思ってましたが……ちなみに今の教科書では一一八五年説が主流で、この語呂あわせは使えませんので、あしからず)。
でも、僕はポジティブに考えることにしました。歴史関連のことを2つ〝も〟知ってるじゃないか!と。

第1章「金髪ギャルさやかちゃんとの出会い」より

ここでも、「お前の知識はそんな程度か」とたしなめることだってできたはずです。でも、「2つも知ってる」とも解釈できる。それをひねり出してくれた、ということをフィードバックして、彼女の1%の変化に気付くんです。

誤解して欲しくないのは、嘘をつく必要もなければ、あえて褒める必要もない、ということです。実際に起こった変化を、事実として伝える。それだけで「自分が気付かないそんなことにもこの人は気付いてくれているだ」となるんです。

–しっかりとした観察眼がないと、変化を間違って伝えてしまいそうですが……。

「君はこういう人間でしょ」という話ではありませんから、ポジティブな変化、事実を伝えるだけで良いんです。これを徹底的に3カ月やると、もの凄い信頼関係が生まれます。「僕のことを理解してくれている」と。

もちろん、「事実でも指摘して欲しくなかった」ということもあるかもしれません。でも、その姿勢を続ければ良いだけの話なんです。だんだんと互いに呼吸がつかめてきます。そうしていったん信頼関係が生まれれば、厳しい指導を行っても「自分のことを分かってやってくれているんだ」と感じ取ってくれますから。

「やればできる」ではなく「やれば伸びる」

–やる気をうまく刺激できたとしても、しばらくすると慢心してしまうこともあるかと思います。そういった場合、どんな働きがけをしているのでしょうか。

慢心はなぜ生まれるのか、というところから考えてみましょう。それは「成功」を目指していることが原因なんです。僕は成功を目指しては根本的にダメだと思っています。

では何を目指すべきか? それは「成長」です。

成功とは何かを成し遂げる、何らかの区切りを目指しているということを意味します。全速力で目標に向かっていって、ゴールテープを切る。つまり、区切りが生まれてしまえば、慢心してしまう。

そういう状態を象徴しているのが、「やればできる」という言葉なんです。「やればできるんだからやりなさい」となると、できなかったらダメだし、できたら全てOKとなってしまって、慢心してしまうのは当たり前ですよね。

「やれば伸びる」を流行語にしたいと語る坪田先生

「やれば伸びる」を流行語にしたいと語る坪田先生

–なるほど。できなかった場合だけでなく、できてしまっても良い結果をもたらさないわけですね。

正しくは「やれば伸びる」なんです。

仮に僕が「やればできる。人間には無限の可能性がある」と言って、NBAの選手を目指したとします。「そんなのやっぱり無理だ!」ってなるはずなんですよね(笑)。「○○できる」という成功をゴールとして目指しているから、ゴールに至れず、到底成功できない=無理だという判断が生まれてしまう。いわばこれも慢心の1つの形なんです。

現実的にどれだけ練習しても、どれだけ良いコーチをつけても僕はNBAの選手にはなれないでしょう。だけど、3年間やれば滅茶苦茶バスケが上手くなっているはずです。だから「やればできる」じゃなくて、「やれば伸びる」なんです。

–「やれば伸びる」であれば、無理だなんて思わないと。

やった分だけ伸びる訳ですから、やらない理由にならないんです。だから僕は「やれば伸びる」を流行語にしたいですね(笑)

失敗ではなく「未成功」という意識

–「できる」か「伸びる」か。言葉としては少し違うだけなのに、結果は大きく異なってきますね。

成功の反対語は失敗です。失敗という文字を見てください、「失って、さらに敗れる」んです。それってキツいじゃないですか。だから失敗をしないために挑戦しなくなってしまうんです。

成功を目指すと、かならず失敗を恐れる人間が生まれる。そして、かならず挑戦しない人間が生まれるんです。

一方で、成功ではなく成長を目指すと、「どんどん失敗しよう」となる。僕は失敗と言う言葉を使うのではなく、「未成功」という言葉を使おうと言っています。成長している状態を表した言葉が必要だと思いますね。

–「失敗は成功のもと」と言ったりもしますが、それも本当にそうなのか考え直した方がいいですね。

そうなんです。一般的に「成功者」と言われる人たちは、自らを「成功している」とは思っていないはずです。常に不安を抱え、自らの成長を止めないために努力している人たちではないでしょうか。

相手の顔を真正面に見すえて、30センチくらいの距離で目と目が向かい合うようにする。これは坪田先生が掲げる人材育成テクニックの1つだ。相手を心の中で抱きしめるイメージを思い浮かべて接することで、相手との信頼関係が形成されやすくなるという。

後半は教育者、指導者の視点から坪田氏にじっくり語ってもらった。指導者の責任は重いが、それと同時に共に成長できる喜びも大きい。N塾での取り組みも、私たちからも分かりやすい成果を目指すものであるだけに、坪田氏はじめ指導者たちのプレッシャーも大きいはずだが、氏の言葉からは自信とやり甲斐がみなぎっていた。私たちビジネスパーソンにとってもその取り組みから学べるものは沢山あるだろう。引き続きN高・N塾にも注目していきたい。