「耐える時期が来ることは想定してた」バーグのシモダテツヤさんが語る、マジメなお笑い哲学

「笑い」に特化したコンテンツが花盛りだ。各社がネットで話題を呼ぶコンテンツづくりに本腰を入れるなか、軒並みヒットを飛ばしているのがバーグハンバーグバーグ(BHB)である。

ヒット記事のひとつに、こんなものがある。プレイヤーが市長になって自分の都市を作るゲーム「シムシティ」を、本職の市長がプレイしたら上手いのか? そんな疑問を現役の千葉市長にぶつけ、実際にゲームで対決した記事はウェブ上で多くのシェアを獲得した。

バーグハンバーグバーグ代表のシモダテツヤさんいわく、社名から理念、そして仕事内容まで、すべて「ふざける」というスタンス。「基本的にクライアントに嫌がらせをする企画を作ってお金をもらう会社」とうそぶく。

そんなシモダさんと10年以上の付き合いがあるエッセイストの紫原明子さんが、「ふざけない」シモダさん像に迫るべく対談した。(編集部)

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シモダ氏と初めて会ったのはさかのぼること約10年前。彼が大学を卒業し、株式会社ペパボに入社したばかりの頃であった。当時、黒くサラサラとした髪の毛を肩まで伸ばしていたシモダ氏。その面影にはどこか既視感があって、どこで見たのだろうと記憶の糸をたどってひらめいた。ゲーム、三国無双に登場する諸葛亮孔明である。こんなに諸葛亮孔明に似てる人を初めて見たな、という印象を抱えながら会話を交わすうちに、意外にコミュ力の高い人なんだな、と驚いた。

意外に、というのは、実はそんな初対面の日よりかなり前から、私はシモダ氏の存在を知っていたからだ。2000年前後、インターネットの中のテキストサイト全盛期、シモダ氏はカルト的な人気を誇っていたサイト、「ゴブリンと僕。」(通称:「ゴブ僕。」)を運営していて、私はその愛読者だったのだ。

緑の妖怪と紫の中学生がシュールなやり取りをする「ゴブリンと僕。」

緑の妖怪と紫の中学生がシュールなやり取りをする「ゴブリンと僕。」

「ゴブ僕。」のメインコンテンツは、ふてぶてしい関西弁を喋る緑色の生物「ゴブリン」と、ゴブリンに虐げられる虚弱体質な「僕。」が繰り広げるショート漫画。

当時「ゴブ僕。」以外にも、エロ・グロ・ナンセンスの要素を取り入れて、シュールなウケを狙うサイトは無数に存在した。そんな中にあって「ゴブ僕。」が突出して目を引いたのは、いわゆる“狙ってる感”と、でも“どこか本物っぽい狂気”が、画面から両方同時に漂ってくるせいだった。キャラクターの頭部がテンポ良く吹っ飛んだり、血が吹き出たり。これ描いてる人どうかしてるのではないかと疑うような展開を見せながら、毎回きちんとしかるべきところに着地する。作者のシモダ氏とは一体どんな狂気を秘めた人なのかと、ずっと不思議に、そして不気味に思っていた。

そんな中でついに出会ったシモダ氏は、諸葛亮孔明に似ていることに加えて、コミュニケーション力が際立って高い、爽やかな好青年。それによって謎は解けるどころか、ますます深まってしまったのだった。

10年に渡る付き合いの間に、シモダ氏は「オモコロ」というポータルサイトを立ち上げ、後に独立、バーグハンバーグバーグという制作会社を立ち上げた。バーグ社は現在順調に業績を上げ、社員を増やし、つい先日は急成長するIT企業の通過儀礼的に、内装に手をかけたお洒落オフィスまで構えた。(玄関にはそのお洒落さを打ち崩す原始人やミイラといったオブジェが飾られているのだが。)一方でそんな今なお、現役のクリエイターとして「ゴブ僕。」時代から軸のぶれない、ちょっと気持ち悪いコンテンツを創り続けているシモダ氏。

シモダ氏は、バーグの創業直後、こんな風に語っていた。

「そのときどんなにウケても、いつか必ず耐える時期が来る」

今回、改めてこの言葉の真意を紐解きながら、戦術に長けた経営者であると同時に、ギリギリのコンテンツを作り続ける狂ったクリエイター、シモダテツヤの哲学に迫った。

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紫原:シモダくんと出会ったのは、バーグを創業する以前に勤めていた株式会社paperboy&co.(現・GMOペパボ株式会社、以下 ペパボ)に入社したての頃でしたよね。「ゴブリンと僕。」の作者がペパボにやってきたと聞いて驚きました。入社後すぐに、自身が編集長となり、ギャグコンテンツのメディアを立ち上げるわけですが、サイト名が「オモシロ・コロッセオ」を略して「オモコロ」だと初めて聞いたときには強い衝撃が走りました。本気なのかと。今ではもうすっかり耳に馴染みましたね。

シモダ:そうですね。もう去年で10年経ちましたし。自身のネーミングセンスの悪さにも慣れました。

紫原:「ゴブ僕。」も長く運営されていましたが、ネットでお笑いとか、ギャグコンテンツを創っていきたいという気持ちはずっとお持ちだったんでしょうか?

シモダ:高校生くらいの頃から、うっすらとは思っていました。明確に「笑い」を仕事にしたいと思うようになったのはインターネットを始めた19歳か20歳くらいの頃だと思います。

紫原:割と早いですね。

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シモダ:僕は関西出身なんで、そもそもお笑いって、子供のころから当たり前のようにコミュニケーションを取る手段だったんです。ただ具体的にお笑いをクリエイティブなものだと意識するようになったのは中学生のころで。松本人志さんの『遺書』を読んだときに、いわゆる芸人と呼ばれる人たちが「笑われてる」んじゃなく「笑わせてる」んだと気付かされて。クリエイターとして笑いを創る仕事に憧れを持ちましたね。

紫原:普通ならそこでストレートにお笑い芸人を目指すと思うんですが、インターネットを舞台に、コンテンツを創る方法を選んだというのは、どうしてだったんでしょうか?

シモダ:単純に、参入障壁がすごく低かったんです。芸人をやるなら、事務所に入ったり、賞レースに出たりしなきゃいけないと思っていたんで。そういうのをスルーして、すぐに好きな笑いを創って、発表できるのがインターネットでした。僕がインターネットに初めて触れた大学生の頃は、ご存知の通りテキストサイト文化の全盛期で、その温度感も自分にはしっくりきた。「これを一生の仕事にしたい」と漠然と思うようになりました。

起業した理由は「とにかく寝たかったから」

紫原:なるほど。そんな思いのもと立ち上げられた「オモコロ」には、地獄のミサワ氏を筆頭に、のちに大スターになる新しい書き手も次々と登場し、すぐに人気サイトになりました。ペパボ在籍中にも、結構自由に活動されていたように思いますが、あえて独立しようと思った理由はなんだったんでしょう?

シモダ:理由はいくつかあるんですが、1つは、とにかく寝たかったってことです。当時、日中は10時間ほどサラリーマンとして業務をこなして、家に帰ってから、連日8時間くらいオモコロの作業に時間を使ってました。好きでやってるから仕方ないとはいえ、毎日2~3時間しか眠れなかかったんで、とにかくいつも眠たかった。

紫原:オモコロは課外活動だったんですね。

shimoda05シモダ:そうなんです。僕自身も、最初はそういう感覚で始めたものの、メディアがどんどん成長していって、次第にオモコロの書籍が出たり、DVDが出たり、お客さんを大勢集めたイベントなんかもやれるようになった。課外活動、サークル活動としてできる範囲のことは、立ち上げてから4年間で、ある程度やり尽くしてしまいまして。そんな中で自然と次の目標として、それまでオモコロをやってきたみんなと、土日だけ集まるんじゃなくて、一緒にお金を稼ぎたい、飯を食っていきたいと思うようになったんです。

紫原:そこで、満を持して株式会社バーグハンバーグバーグが誕生するわけですね。初めて社名を聞いたときにはやはり、衝撃が走りました。とてもインパクトの強い社名ですね……。バーグ設立にあたっては、オモコロを一緒に運営していたスタッフが社員になられたと。

シモダ:そうです。オモコロには当時からたくさんのライターが参加してくれてましたが、最初はその中の2人に、社員になってもらいました。今は全部で12名在籍してますが、僕はビビリなんで、業績が好調なときでも、一度に増やすのは1人〜3人くらいまでにしてます。

紫原:サークルのメンバー同士のような関係から、社長と社員の関係へと移行するわけですが、スムーズにいきました?

シモダ:そこはやっぱり人間同士なんで、衝突もあるときはありますね。中には一時期、僕に対して反抗期みたいになって、全てにおいて逆張りで返してくる社員もいたりしました。自分ではそんなに自覚ないんですけど、僕は結構、過剰に世話を焼きたがる性格みたいで、それがウザいのかな……。

紫原:そういえばバーグ社員の一人、徳谷柿次郎君は、地元大阪でボロボロの生活を送っていたところを、シモダ君から「このままでいいのか、50万貯めて上京しろ」と毎月の貯金額を報告するExcelファイルが送られてきて、それが上京の転機になったと語ってました

シモダ:そんなこともありましたね。本当にお金を貯めて上京してきたので世話の焼きがいがありました。ただ、その後、バーグに入社してからの反抗期が一番ひどかったのも彼ですけどね(笑)。一時期はお互い、必要な場面以外では極力話をしないような、夫婦で言えば倦怠期みたいな時期もありました。幸い時間も経って、今では丁度いい距離でいられるようになったと思います。変な話、僕がどうしようもなく落ち込んでるとき、一度めんどくさい関係になったことがある社員ほど、真っ先に連絡をくれたりするんですよね。

紫原:シモダ君にも落ち込むことがあるんですね。

シモダ:そりゃ、会社を経営してると色んなことがありますから。あっちを立てたらこっちが立たない、みたいなことに巻き込まれて、どちらかを取るしかない場面や、立場上、感情をそのまま出せない場面なども出てくるわけです。そんなとき、僕が何も言わなくても、僕のその時の感情を代わりに引き受けて怒ってくれたり、全部背負わせてごめんねって、後から社員が声をかけてくれたり。そういうのに、正直ものすごく救われてますね……というか、社内じゃこんな話しにくい!

紫原:場所を変えましょう(笑)

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「社内じゃ話しにくい(笑)」ということで場所を変えました

紫原:バーグの創るコンテンツには、創業時から一貫して、独特のカラーがありますよね。シモダ君が個人で創るコンテンツのカラーが強く出ているなと感じていました。ただ、最近公開されている記事なんかを見ていると、少しそれが変わってきているような気もします。例えば先ほども登場した、徳谷柿次郎君が主導している「ジモコロ」なんかは、地方の情報や人間模様にフォーカスした情報サイトで、「オモコロ」のように、お笑いやネタコンテンツとは別のところに軸があるように見えます。このように、制作に直接携わった社員、それぞれの好みや個性が目立つものも増えてきているような気がします。

シモダ:僕の中で、最近ちょっと意識が変わったところはありますね。会社作ってもうすぐ6年ですが、みんなが本当にバーグという会社のことを考えてくれてるって分かったことが大きい。それぞれが会社を良くしていかなきゃと思ってくれてるし、バーグの社員であることを活かした上で、経験値を積もうと考えてくれてる。それが分かったことで、自然に、もっといろんなことを任せていいんだと思えるようになりました。

「耐える時期が必ず来る」

紫原:バーグの出すコンテンツは、このところ益々ヒット続きのように見えます。一方でシモダ君は常々“そのときどんなにウケても、いつか必ず耐える時期がくる”と語っていましたよね。この真意について聞かせてください。

シモダ:僕らって、会社なのにふざける手法を確立したから知ってもらえた部分があって。一度この手法が通用するとわかると、他にも真似されたりするわけです。そうなると、自然と同じようなやり方でウケを狙ったコンテンツがネットに増えて、読者も見慣れてくる。最初に見つけて「面白い」って言ってくれてた人が、半年経って同じような作りのものを見たとき「まだこういうことやってんの、もう飽きたわ」って絶対に言うんです。絶対に言う。これは間違いない。

紫原:なるほど。

シモダ:ただし、その人が2年後に同じものをもう一度見たとき、それでもまだ同じことをしてると、今度は「こいつら生き残る実力があったんだな。頑張ってるんだな」と思ってくれる。だから、そう思ってもらえるまで、同じことをやり続けないといけない。耐え続けないといけないんです実際、芸人さんたちの間でも、最近では、2回売れなきゃだめ、と言われているそうで。「耐える」っていう意味では、「時代待ち」みたいなところもあるかもしれない。

飽きられても耐える意味

シモダ:耐えなきゃならない理由はもう一つあって。面白いものを最初に見つけた人は、自分の承認欲求を満たすために「こんなに面白いものがあるよ」って、知らない人にどんどん教えたくなるんですよ。それでもやっぱりすぐに飽きて、飽きると人に教えなくなる。

だけど今度は、最初の人に教えられた2番目の人が、3番目の人に教えてくれるんです。後から知った人は、また、飽きるまでは新鮮な気持ちで面白がってくれるし、4番目の人に教えてくれる。同じことをやり続けていると、飽きる人は絶対に出るけども、同時に知ってくれる人の連鎖も続いていくんです。

紫原:そういえば、オモコロが人気になりだした頃に開設されたサイト「地獄のミサワの女に惚れさす名言集」は、未だにほぼ毎日更新されているんですね。

シモダ:あれも約7年続いてます。昔から見てる人は「もう飽きたわ」って言うかもしれないけど、誰が一番飽きてるかって言ったら、間違いなくミサワ本人ですよ(笑)。何年も前から飽きてるはずだし、本当は辞めたくてしょうがないのかもしれません。でも、最初の頃に、とりあえず周りが引くまで、10年は続けようみたいな話をしてたので、頑張り屋さんのミサワは、あと100年くらいはやるんじゃないでしょうか。

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紫原:頑張り屋さんですね(笑)。ここで少し子供の頃の話を伺いたいんですけども。シモダ君はどんな子供でした?

シモダ:親の方針で、習い事たくさんしてましたね。習字、柔道、あとは乗馬とか、アイススケートも。親父が消防士で、祖父が警察官だったんで、僕も将来は絶対公務員になれって言われてました。

紫原:アイススケートに公務員ですか。今の姿からはまったく想像つかないですね。

シモダ:ですね。でも、当時から「そんな真っ当な仕事につけるわけがない」と思っていました。小学生の頃、親に立命館大学に連れて行かれて「ここに通うがいい」と言われたときは「自分の息子が頭わるいこと理解してねえな」と思ったのを覚えています。本質的にはサザエさんのカツオみたいな、調子のいい馬鹿だったので親の期待への違和感が凄かったです。ただ、小学校の高学年あたりの思春期になる頃には人並みに色々と人間関係の難しさも経験するわけです。いじめたり、いじめられたりってことを経験していくうちに、ただの調子がいい馬鹿でいてもダメだなってことに薄々気付き始めて。その頃から、人の気持ちについて考えるようになりました。

基本的なことだけど、そんな経験が結構、今の仕事に役立ってるな、と思うことがあります。特にインターネットで何かやろうと思うとき、人の気持ちを考えるのは重要で。調子に乗ったらすぐに叩かれるし、白か黒か、少しでも意見すれば敵ができる。インターネットにこそ、正攻法だけじゃない振る舞い方があると思うんですよね。そういうコミュニケーションの基礎を、思春期の頃に学んだような気がしてて。

紫原:確かに、言われてみると、今のネットの中のコミュニケーションって、思春期の頃に体験したものに近い難しさや、グルーブ感があるような気がしますね。大人として器用にコミュニケーションが取れる人もいれば、必ずしもそうでない人もいて。そこでたまに、ギクシャク摩擦が起きたりもして。でも、基本的にはみんなエネルギッシュで、お祭り騒ぎが大好き。

シモダ:そうそう。あと人の不幸も。

経営者?クリエイター?

紫原:バーグのコンテンツって、ともすれば炎上しかねないようなギリギリのところを攻めてくるけれど、そこを炎上させないのが、シモダ君の空気を読む力のせいだろうと思っていて。経営者、プロデューサーとしては、先ほどのお話にあったように、子供時代に培われた能力が活きているのだと思うんですが、一方で、クリエイターとしてはまた違いますよね。手がけるコンテンツからは、空気を読んだり、空気に迎合したりというような媚びる姿勢はあまり感じられません。そういうことからも、クリエイターと経営者、両者には全く違う能力が必要とされるかと思うんですが、やりづらさってないですか?

シモダ:実際のところ、僕にとっては、バーグっていう会社そのものが作品のひとつみたいなものなんです。なので経営も、コンテンツ制作も、本質的には同じに見えるんですよね。「こういう制度にしたら面白いんじゃないか」とか、「こうしたら社員が喜ぶんじゃないか」とか、そのために経理的なこととかも考えていかなければならないですが、それは作品を作るための制作費のやりくりみたいなもので、結局は会社というテーマを持ったコンテンツとして捉えている部分があります。

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紫原:面白コンテンツを創るクリエイターとしての仕事の中に、会社経営も含まれるということなんですね。では、シモダ君にとって、「面白さ」って具体的にどういうことなんでしょう?

シモダ:うーん……。テレビとかネットとか見てて、良いコンテンツに出会うと、「このネタはどういう理屈で面白いんだろう?」と、よく自分の中で分析するのですが、やっぱり目新しさみたいなものは、面白さの要素のひとつだなと思います。ひとつひとつのネタはすでにあるものでも、組み合わせ方で新しさを作ってる。新鮮さって、大事だと思います。

でも、中には何回も見てて、ネタも知ってるのについつい笑ってしまうものがある。僕の中で、その代表的なものが吉本新喜劇のお笑いで。池乃めだかさんが毎回背の低さをネタにした喧嘩をするだけなのに、どうして一度見たことのあるものを何回も笑ってしまうのか、とか。お正月に傘で皿を回すのだってそうです。なんであれで毎回めでたい気分になってしまうのか。「これは笑ってよし」という情報がDNAみたいなところにまで刷り込まれてるのかもしれません。

紫原:確かに。次に絶対にこうなるっていう、先を知っている安心感から生まれる笑いもありますね。

シモダ:あれ、すごくいいなと思うんですよね。同じことを何年もやり続けることで、「安心感」を与えるコンテンツに成長し、いわゆる古典のような、ひとつの「型」ができていくのかもしれない。今後、バーグにもそういうものができれば、クリエイターとしても、経営者としても安泰かなぁと(笑)。古典と、挑戦的なコンテンツとで、うまい具合に両輪で回っていけばベストかなと思います。

今年はアートなんてどうですか?

紫原:なるほど。ここまで、経営者とクリエイターとしてのシモダ君の考えを伺ってきましたが、どうも足りない要素があるような気がしていて……。それが何かなとずっと考えていたんですが、もしかしてアートじゃないでしょうかね。

シモダ:アートですか。

紫原:面白さとか笑いって、受け手は瞬間的に発散して、「あー面白かった」でスッキリと終わるものだと思うんですけど、シモダ君の創るシュールなコンテンツには、もしかしたらご自身も無自覚なところに、ただスッキリとは終わらない、じわじわと尾を引く妙な湿度がある気がしていて。

シモダさんがオモコロで公開した4コマ

シモダさんがオモコロで公開した4コマ

紫原:実際、オモコロが誕生した当初、10年前に比べると、失礼ですが絵もさらに上達されてますよね。クリエイターとして、今はクライアントワークをこなすことが多いかと思いますが、個人的にはいつかぜひ、アーティスト・シモダテツヤの個展開催を願っています。

シモダ:そうですね、やらないと思いますけど機会があれば。

紫原:今日はありがとうございました。それでは最後に何か一言どうぞ。

シモダ:従業員のマイナンバー管理がめんどくさそうで流出させてしまいそうな気がしています。

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