「寅さんみたいな人が減ったよね」箭内道彦さんが語る“許さない社会”への違和感

なぜ、失敗しそうなプロジェクトをやめられないのか? 想定外な出来事こそ、自分の考え方を壊せるチャンスーー。

國學院大學が3月9日〜11日、東京・渋谷のヒカリエで「失敗」をテーマにしたイベントを開催。クリエイティブディレクターの箭内道彦さんらが10日、失敗から得られる学びについて語りました。

経営学が専門の國學院大學教授・星野広和さん、宗教行政史が専門の同大准教授・藤本頼生さん、シブヤ経済新聞編集長・西樹さんを交えたトークディスカッションの主な発言をまとめました。

左から西さん、星野さん、藤本さん、箭内さん

左から西さん、星野さん、藤本さん、箭内さん

負けを認めて得られるものは計り知れない

箭内:昔先輩に、「プレゼンの醍醐味ってなんだか分かるか?」って聞かれたことがあるんです。そのとき僕は、「思ってることを上手に伝えられることですかね」と答えたら、「自分のせいで負けたと思えることだよ」と言われたんですよ。

やっぱり僕たち、共同作業が多いと、誰かのせいにしたり、勝ち負けを決めた人のせいにしてしまいます。けど、「自分のせいで負けたと思うことで得るものって計り知れないな」って、そのときに思いましたね。すごい苦しいことではありますけど。

星野:日本人ならではかもしれませんが、プロジェクトではみんなのことを考えるんですよね。メンバーやその家族のこととかまで。これをやめてしまったら迷惑かけてしまうんじゃないかとか。

西:箭内さんはプロジェクトを止めたことあるんですか?

箭内:たくさんありますね。若いうちはできませんでした。みんなが徹夜して組み立ててくれたものを「違うんじゃないか」っていうのはなかなか勇気がいるというか、無理でした。けど、やっぱり言えなかったことで、もっと大変なことが起きた経験を繰り返したことで、途中で言う人間にならなきゃならないなっていう。

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失敗しそうなプロジェクトに「待った」をかけられるようになったのは40代になってからと語る箭内さん

西:プロジェクトをストップできるようになった年って何歳くらいですか?

箭内:かなり遅いですね。40過ぎてましたね。20代は全然ダメで、30の半ば過ぎからストップできるためにどうしたらいいかと考えるようになって。そしたら「メンバーが少なければいいんだ」って思ったんですよね。

10人でやってたら9人を説得したり、9人に申し訳ないってなるので、1人でやるようにしてたんですよ。1人でやれば自分を止めればいいだけだったんで。それが、だんだんメンバーが増えてもストップって言えるようにはなりましたね。

星野:最近はシステムトレードと言って、あらかじめ、例えば10%損するのが確定したら損切りをするようにシステム的に組み込んでいます。そこの目安、評価っていうのが客観的にできればいいかもしれないですね。

想定外な出来事こそ自分を壊せるチャンス

西:箭内さんは想定外のことに遭遇されたらどうされますか。

箭内:こんだけ長くやってると、そういうときこそ、自分の凝り固まった自分の考え方を壊せるチャンスだと分かってしまうんです。想定外のことが起きたときはもう、「きたー!」という感じですね、今は。

西:そのときのために、普段からトレーニングはされているんですか。

箭内:それはとても大事ですね。特に震災以降、よく想定外っていう言葉が使われましたけど、妄想に近くてもいいから、想定外を考え続けるんですよ、日々。星野先生はもしかしたらロボットなんじゃないかとかね。

西:イメージする力って、若い頃はほとばしりそうな感じがしますけど、年をとればとったで、今度は逆にいろんな経験が重なって上手になっていくんですかね?

箭内:いや、あまり関係ないと思いますね。むしろイメージを作るための材料も増えてるし、だけどそれだけをイメージするイメージはつまらないってことも知ってくるので。年をとるのはすごい面白いことなんじゃないかと思います。

今は失敗だけど、掘り進めば別のものが見えてくるかもしれない。そういう体験を重ねることからくる諦めのなさであったり、諦めの良さ、損切りできるセンスが身についたりっていうのは面白い。年はやっぱり、とればとるほど、面白いと思いますね。

「予備校の神様」が3浪して気づいたこと

西:箭内さんはご自身のルーティーンとか、ジンクスってあります?

箭内:特にないですね、すぐに飽きてしまうんですよ。一時期お風呂に入るのに飽きてしまったこともあったり。お湯をわかすとか、蛇口をひねるとか、そういうことに飽きて飽きて。

話は変わりますけど、僕3年浪人して、4年かかって大学に入ったんですね。別に絵が下手くそだったんじゃないんですよ。現役の頃から絵が上手くて、「明日試験でも入るぞ」って予備校の先生に言われていて、2浪目はもう予備校の神様のように言われてたんです。

そして絶対受かると思って、落ちた。そのとき合格発表見に行って腰が抜けたんですね、初めて。立ち上がれなくなって、同じ予備校の落ちた別の友達が僕をおぶって上野駅まで歩ってくれたんだけど。

じゃあどうしようって思って、「もっと上手くなっても、もう受からないだろう」って思ったんですよね。で、「これは上手くなりすぎたんじゃないか」ということに気づいたんですよ。結局、小手先の絵になっていて、「絵を描きたいんだ!」っていう情熱とか、そういうものが自分の絵の中になかったんじゃなないかと思って。

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西:通り越してしまったのかもしれないですね。

箭内:そうですね。そこで自分がやったのは、絵を描くのをやめたんですよ。描きたくなるまで描くのをやめるっていうふうに決めて。福島の地元に帰って、結局1年で1枚も何も描かずに次の試験を迎えて、ちょうどいい具合に下手になってたっていうのもあるんですけど、やっぱり1年ぶりだからすごい楽しかったんですよね、絵が描けて。

「1年間何もしないって、そんな勇気のあることよくできたね」ってみんなによく言われるんだけど、それこそ、ルーティーンの悪い部分でね、毎日2浪目と同じように3浪目も描いてたら、多分50回受けても受かんなかったんじゃないかなって。だからほんとに痛い目にあったときって、それをどう覆していくかっていうのに初めて必死になるんだなと思いました。

成功体験を押し付けられる面倒くささ

西:人の失敗っていうのはけっこう分類化できるらしいんですよ、原因が。だけど成功っていうのは様々な運とラッキーが重なってるから、意外と体系化するのが難しいそうですね。

箭内:それで社会が面倒くさくもなってると僕は思うんですけど。会社にいた頃もいろんな成功体験を持ってる先輩がいて、それぞれの成功体験に基づいて仕事を進めるから、すごいめんどくさいんですよね。

例えば、3日徹夜して素晴らしいアイディアが出たことのある先輩って、徹夜するんですよ。僕らにも徹夜させるんです。だからね、成功体験もダイバーシティーになっていかないといけないというか、いろんな成功体験があって、そういうバラバラな人たちが成功体験の接点をうまく作っていくのが社会のクリエイティブなんだというふうに思わないと。

成功体験ってね、人は絶対人に押し付けますからね。人って字書いて飲んで、うまくいく人なんてそんないないんですよ。

世の中、失敗に対して厳しすぎる

箭内:今の世の中、失敗に対して厳しすぎますよね。この前、國學院大學の学長とも話してたんですけど、「寅さんみたいな人が減ったな」と。

藤本:(國學院大學では)「主体性を保持した寛容さと謙虚さ」と言ってます。

西:ネットの社会になってきて、1か0かに分けたがる傾向があると、その間がなくなってくると思いますね。失敗学の本に書いてあるんですけど、失敗で成長する人、失敗から学ぶことができる人は、謙虚な人なんですって。そこに社会が寛容に見守れば、もう少しいろんなことがギスギスしなくて済むかもしれないですね。失敗に向き合うのはプラスになりますから。