なぜ「ほぼ日」は支持される? 糸井重里さんが語る、コモディティ化しない理由

1998年6月に創刊し、現在は1日150万PVのアクセスを集める人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(以下、ほぼ日)。購読料は無料、広告も掲載していないにもかかわらず、ネット通販で高い収益を上げる日本有数のメディアでもあります。

ほぼ日を運営する株式会社東京糸井重里事務所の売上高は32億4000万円、経常利益は4億1000万円(いずれも2015年8月期)。その収益の大半は、年間55万部を売り上げる「ほぼ日手帳」などの生活関連商品によるものです。

なぜ、ほぼ日は多くの読者から支持を受け続けるのか。糸井重里さんは「おもしろく」あることが、「メシの種」になっているといいます。糸井さんが4月28日、ベンチャー企業経営に関わる人を対象にしたイベント「G1 VENTURE 2016」でその秘訣を語りました。

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「やさしく、つよく、おもしろく」

糸井さんは会社の姿勢を表す言葉として、「やさしく、つよく、おもしろく」という表現を使っています。

「やさしくは人間として前提。そこがない会社は、存在を許してもらえないと思うんです。つよくっていうのは、やさしくを実現する力がなかったら、誰の役にも立たないわけで、自分をも生かしていけることができない。ただ、やさしくとつよくだけだと、みんな同じなんだと」。

「おもしろく」っていう部分がお金を稼いでくれてるし、人々が「あそこと組んでみよう」と思う理由になると糸井さん。社内では日頃から「おもしろくっていう部分こそが、メシの種なんだよ。ただし順番は、やさしく、つよく、おもしろくだよ」と話しているそうです。

2015年だけで55万部を販売したほぼ日手帳。このうち3万部は海外での売り上げだという。東京糸井重里事務所の取締役CTO・篠田真貴子さんによれば、「糸井重里も知らない人たちが『この手帳がいい』と買ってくださるまでになりました」とのこと

2015年版ほぼ日手帳の販売数は55万部。このうち3万部は海外での売り上げだという。東京糸井重里事務所の取締役CTO・篠田真貴子さんによれば、「糸井重里も知らない人たちが『この手帳がいい』と買ってくださるまでになりました」とのこと

糸井さんいわく、「おもしろく」を今風の言葉に訳せば「クリエイティブ」。最初から「できるな!」という人でも、2年経つと潰れちゃう「できる」クリエイティブがあるように、「いつでもすぐに失われる」。その一方で、自分が化けたかのようにクリエイティブになることもあると続けます。

クリエイティブをどれだけ訓練で伸ばせるか。そのヒントは、フリーランス時代に経験した「スリル」を意識することだと言います。フリーのコピーライターとして活躍していた頃、「黒塗りの車で迎えに来られるような」扱いを受けていた糸井さんは、30歳前後で「人は簡単にダメになる」と気づいたそうです。

「大体、当時だとゴルフか女なんですよ(笑)週に3回ゴルフする人になって、『これは仕事だから』と言ってるうちに消えていく。だから『自分はどうなんだろう』って、ふざけた事をしている時もドキドキしながらチェックしてたつもりなんです。フリーでいる時のスリルと申しますか、『自分がこれをやめたらすぐに倒れちゃうぞ』っていう危機意識みたいなものを修行してきたと思うんですね。だから『このくらいでいいんだよね』って思わないことと、『お前なんかすぐに潰れるぞ』って自分に言ってる癖があって。」

コモディティ化しないためにできること

糸井さんがフリーランス時代に感じた危機意識。それを社内に浸透させるにあたっては、社員に「さまざまなダメ出し」をしているそうです。

「怒ってるわけではないんですけど、一番嫌味なのが『それ面白いかなぁ?』って聞くこと。言い方には段階があって、『結構おもしろいんだけど、みんな考えてるよね』とか、『こういう人がおもしろがるよね』(編注:糸井さんはおもしろいと思っていない)とか。さまざまなダメ出しがあって、それが社内にある程度、伝染るんです。」

こうしたダメ出しをすることで、「社内に大衆を飼うことができる」と糸井さんは続けます。

「それが無いと恐らく、この世界でコモディティ化しちゃう。社内に大衆を飼うというか、自分の中の大衆性みたいなものは、案外正解を出すし、冷たいし、厳しいし、いい時には褒めますよね。僕がそれを調整するよりは、社内という市場にジャッジさせた方が面白い。だから、いいアイデアをいっぱい出す人は、お呼びがかかるんですよね。大部屋の俳優と同じで。そのうちには『誰かさん』になって行くみたいな。お呼びがかからなくても誰にも怒られないんですよね。そういうある種の厳しさがある。」

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上場は「普通の人だよ」と言える立場になること

最近では、メディアの取材で「数年以内に株式上場を目指す」と発言した糸井さん。上場を目指す背景には、「社会的に戸籍を持つ」意識があったと言います。

「IPOの中には『そのくらいのことはやってなきゃダメだよ』っていうことが課題として全部入ってますから。IPOはひとつの基準。それと照らし合わせて『お前の会社はあってもいいよ』と言われたいわけですよね。僕らは10年ぐらいそれ(上場準備を)やってるんです。『普通の人だよ』って言い張れる立場になるための道のりは、緩い勾配でずーっと登ってきてる気がします。」

糸井さん引退後の「ほぼ日」は?

糸井さんは67歳。現在のほぼ日について糸井さんは、「おじいさんの会社」と表現します。

「僕がおじいさんだから。おじいさんと孫が仲良くやってる会社。孫が何かしてても、おじいさんはとがめないし、あるいは大怪我しないように『絶対そっち行っちゃダメ』って言うのは、親よりもおじいさんの方が心配でしょうがないから言うんですよ」。

引退後のほぼ日については、「間違いやら、色んな事が増えると思うんですよ」「すごく堅苦しくなっちゃうかもしれない」と心配する反面、「おじいさんがいなくなった家の方が面白くなったね」と言われる可能性は「たっぷりある」と期待を寄せています。

「メシさえ食えてれば変なことしないと思うんですよ。自分が知ってる格言で好きなのが『貧すれば鈍する』っていうやつで、やっぱり変なことやってるやつって、心か物質かどっちかが貧してるんですよね。貧してない人は変なこと考えない。『サボったらすぐダメになるよ』とは散々言ってあることで、でも『サボらない方が面白いよ』ってことを今は伝えていきたい。貧しない土台を作るのが現役であるうちの僕の仕事。そこからは違う会社になっても構わないと思うんです。だからあんまりネガティブに考えてないですね。」

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