貧困層に無償で医療を届ける、1万人以上の幼い命を救う日本人医師を駆り立てるもの

1995年からミャンマーで医療活動に従事し、その後もアジアで22年間にわたって診察・医療を続けてきた小児外科医の吉岡秀人さん。貧困が理由で治療が受けられない、1万人以上の子どもの命を無償で救ってきました。

国際医療ボランティア「ジャパンハート」の代表を務める吉岡さんは30歳の頃、たった1人で日本を飛び出してミャンマーで医療活動に従事。今では年間600人以上の医療者が自費で吉岡さんの医療活動に参加するまでに拡大しています。今年5月9日には、ポルポト政権による負の遺産が残るカンボジアで、念願だった病院設立を実現しました。

無償・無給で幼い命を救い続ける吉岡さんを駆り立てるものは何なのか。2015年12月に京都で開催された招待制イベント「IVS 2015 Fall」に登壇した際のスピーチをまとめました。

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わずか20年の時差が僕の幸せを決定した

僕の行動のベースは感謝なんです。何の感謝かっていうと、自分の運命に対する感謝。

僕は昭和40年に大阪の吹田で生まれたんですけど、子供の頃に国鉄の駅の改札を出ると、ずーっと地下道が続いていました。そこを歩くと、傷痍軍人がいっぱい座ってたんです。手足がない人たちが軍服を着て、足にゲートル巻いて、カンカン置いて(物乞いをしていた)。わずか飛行機で1時間、20年という時間差が、僕の幸せを決定してると思ったんです。

その頃、中国は文化大革命で多くの人が栄養失調になり、ベトナムでは戦争があり、カンボジアではポルポトが3分の1の国民を虐殺していました。こうしたわずかな時空のズレが、僕の幸せを決定してると思ったんです。

これはもう、僕の力じゃなくて、運命。だからこの感謝を、なんらかの自己表現でお返ししたい、世の中に還元したいと思ったのが最初なんです。

無償医療は「自分のため」

僕は医者として20年やってきて、いっぱい死ぬ人たちも見送ってきたんですけど、その中で気付いたことがいくつかあります。それは何かというと、人間って自分のことが分かんないんですよ。

僕がどんな人間かと聞かれれば、生まれてからずっと、周りの人が与えてくれたイメージの総和なんです。だから例えば、人を傷つければその人は泣きますし、逆に親切にすれば喜んで「ありがとう」と言ってくれる。ものすごい無数のイメージを受け取って、その総和が今の自分のイメージになるはず。だから自分のイメージが低い人間っていうのは、絶対幸せになれないですね。

逆説的ですけど、どうやったら自己イメージを高められるかというと、自分で高めることはできないんです。周りに言ってもらうしかない。 僕らが幸せになる方法ってたった一つしかなくて、周りを喜ばせる以外ないんですよ。

人を幸せにできる人間ていうのは、自分が幸せな人間だけです。ただし、自分が幸せになる方法は、他人を幸せにするしかない、他人を喜ばせるしかない、という。

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だから、僕がやってることは、自分のため。だって僕は、ミャンマーの人たちから「助けてくれ」って言われたわけでもなんでもないんです。僕は彼らの現状に我慢できなくて、この現状を変えたいと思っているからやっている。それをやることによって、彼らが感謝してくれる。そのイメージが追加されて、今の僕があるんです。だから、続けることができるんです。

自分のため以外の苦労なんて、人間そんな長く続かないですから。親子であっても、友人であっても、他人にずっと苦労させられたら途中でダウンしますね。でも、自分のためだけは、続けられる。なぜかというと、それによって得られるものも、失うものも、全部経験になって未来に繋がっていくことも分かるから。 だから、僕が続けていける最大の原動力は、「自分のためにやってる」と割り切ってるからです。

自分の背中を押すには「死を感じること」

自分の背中を押すには、自分の生を死から逆算するしかないですね。死を感じない生なんて密度がない。僕ら医者は、目の前で多くの他人が死ぬ経験をするんですが、自分には(死が)訪れないと思いがちなんですね。

でも僕は、人が死ぬたびに「明日は自分の姿」と意識しています。だから、今日やれることはやろうと。それが自分の人生を生きたことになるから、という意識です。

若いからって、自分の死が遠いっていうわけでもないと思うんですよね。三十何歳くらいでガンになって亡くなられている方も多いですし、突然の事故死もある。実際に友人2人を事故で亡くしてます。ですからやっぱり、「私が今できることってなんだろうか」っていうのを毎日考える。そういうことができるようになると、自分の背中を押すことができると思うんですよね。

実際に、動くほうが楽ですね。独房に閉じ込められるよりも、肉体労働、過重な労働をさせられたほうが楽に思えるのと同じかもしれません。行動するほうが、頭で考えないので楽だと思いますね。選択肢として、きっと僕は楽なほうを選んでると思います。

現在は小児ガンの子供を救うべく、カンボジアでの病院設立に向けて動いている

5月9日には念願だったカンボジアでの病院設立を実現した

僕は今まで、100人に1人生まれてくる心臓病の子供たちが(東南アジアで)死んでる事実に目をつぶってきたんですよ。それはちょっと後悔もあるわけですね。自分の弱さじゃないですか。本当に強い人間っていうのは、組織なんて作らずに一人でやってますよね。

だから、僕は自分で自分のことをすごいと思ったことないんですよ。「苦労してましたね」って言われるんですけど、そういう感覚も全然なくて。自分のやるべきことをやってる感覚しかないんですね。

僕自分に甘いんですよ。いつも楽なほうを選ぶ性格だから、いつも世の中に監視してもらって、いつもこっちへ行かないといけないようにしてもらってる、っていうのが僕の正直なところで。

「自殺する人は、感謝の足らない人」

僕は「感謝」がきっかけで医者になりました。感謝っていうのが、宗教的なことではなくて非常に大切と思っているのです。日本では3万人近くが自殺しますが、視野狭窄を起こしているように思えます。自分の近未来のことしか考えられない。それは視野狭窄ですよね。

僕だったら、僕がこの場に座ってこうするまで、すごい数の人に支えられて、ご飯が食べられない時は親に食べさせてもらい、友達に支えてもらい、苦しいときにいろんな人に支えてもらってきた。

人間ってやったことばっかり覚えているんですね。実は、はるかにやってもらったことのほうが多いのに。僕はそのことを悟ったときに、打ちのめされましたね。 自分がいかに多くの人たちに支えられて生きてきたかのかと。

僕は「自殺する人は、感謝の足らない人」って言うんですけど、要するに自分のことしか考えられなくなって、自分を支えてくれた奥さんも子供たちも、親も、全部断ち切っていくわけじゃないですか。

だから、苦しいときほど、自分を支えてくれた人たちのことを思い出していくとか、感謝していくっていうのは、実は自分を相対化する心ですね。視点をずーっと引き上げてくれる心なので、それは常に僕は持っていたほうが僕はいいとは思いました。

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最低限の装備で船を漕ぎだして、生き残れ

振り返ってみると、僕は「今の人」たちの考え方に染まらないように気をつけてきました。

例えば、持続性があるかとかないかとか、それは企業の人たちの得意な分野ですけど、先のことが分からないので、状況がすっかり変わってる可能性があるじゃないですか。僕の今までの経験上は、例えば丸いものを作ろうとして計画を立てても、絶対に丸くは収まらないんですね。

「計画を立てるな」って言ってるんじゃなくて、「それは僕が得意じゃない」ということ。だからとりあえず、「最低限の装備が揃ったら船を漕ぎ出せ」っていうのが僕の感覚なんですね。そして漕ぎながら生き残れと。臨機応変に対応して生き残れ。そういう感覚で進めているんですね。

得意な計画を立てるとか、サステイナビリティを作るというのは、もう得意な人に聞いて、僕自身がやるしかないんで。ただしもう、最初のワンプッシュは絶対やろう、っていう感覚になってます。

勝負なんて勝てるときにすればいい

僕は人生の時間軸をずらして考えています。例えば、子供の時にいじめられる人っているじゃないですか。普通の親は「負けないで、がんばって学校に行け」って言うかもしれませんが、僕はそんなこと言いません。肉体的に勝てないと思ったら「引っ越そう」って言いますね。

なぜかというと、例えば小学校3年生でやられてても、中学生になったら体力差が逆転することもあるし、20歳を過ぎれば年齢とともに「強さ」の基準も変わっていく。だから、勝負なんて勝てるときにすればいい、負けるときにする必要ないと。常にそういう感覚で、時間軸を伸縮自在に引き直すんです。

だから僕は、自分の代でうまく成功しなくてもいいんです。(後輩が)自分の上を踏んでいってくれて構わない。何も自分がやる必要はなくて。テクノロジーも僕らの歴史も一緒。前の人の財産の上に後の人が乗っかってきて、そして事がなされていく。

もちろん、自分の代でできたら嬉しいですよ。だけど、自分の代でできないこと、できることは何か分かりません。みなさんだって5年後何が起こるか分からないわけですから。どんなイノベーションが起こるか全くわからない。分からないからこそ、今できなくてもいい。

でも、山を登るのと一緒で、一歩一歩登っていくしかない。だから、「できるかできないか」ということよりも、失敗しても、まだできなくても、それをもとに次の人が利用していってくれればいい。そんな感覚なんです。

とにかく、あんまり失敗っていう感覚がなくて。失敗したら、僕の失敗を誰かが避けていってくれたらいいと思っているだけ……やらないことは、僕の人生の大損失なんで。

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