中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?

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『羣青』(ぐんじょう)というマンガがある。殺人を犯したレズビアンの女性の逃避行を描いた作品で、完結から4年が経つ今もまだ根強いファンから支持されている。

羣青

この作品は、講談社『モーニング2』誌上で連載されていたが、一旦は打ち切り。その後、小学館『月刊IKKI』に連載の場を移し、完結した。打ち切りの理由は、約4年に渡る担当編集者とのトラブル。作者の中村珍さんは、当時、状況の改善か連載中断かを編集部に直談判するも、現状維持の判断だったため、このトラブルの経緯を公表、話題になった。

本人の言葉を借りれば“雑誌という大きな歯車の1つ”である作者と編集者、そして作品。単行本化されないと赤字になる原稿料など、そのトラブルはマンガの雑誌連載というビジネスモデルの問題点を浮き彫りにした。中村さんはこれ以降も数作品を発表したが、やがて打ち切りと契約期間満了ですべての連載が終了してしまう。

しかし2014年の末、クリエイターが自由に作品を発表・売買できるプラットフォーム『note』で『月刊コミック無職』を発表。Twitter上の口コミを中心に作品は読者に広まった。連載作の1つで、LGBT当事者による育児コミックエッセイ『お母さん二人いてもいいかな!?』は、のちにKKベストセラーズから書籍化されている。

クリエイターが自由に作品を発表し、マネタイズができる時代のマンガ制作の現場はどのような状況なのか。マンガ家として異例の復活を果たした中村さんにお話を伺った。

『月刊コミック無職』創刊まで

――「クリエイターは(自分が)作りたいものを作れる仕事じゃない」と言われることがあると思うのですが。

はい。

――ライターの仕事をしていても、そういうことがあって。だから、中村さんがnoteで連載していた『月刊コミック無職』の一節が、胸に刺さりました。

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商業誌のためのマンガ制作という
“ビジネスの行為”の途中では時々、私は
誠心誠意を諦めることがあります。

マンガ家じゃなくたって、きっと、みんな経験ありますよね。
物事を丸く収めるために、折り合いをつけること。
汚いことではないです。仕方のないこと。結構あると思います。

依頼された原稿というのは、雑誌の歯車の発注と同義ですから
「俺の歯車と噛み合うようにしろ」と言われることは、
(「俺の納得のいくように描け」と言われることは、)
まあ、ある。あるわけです。あります。よくあります。

企画に関わるのは、マンガ家と担当さんだけではありません。
担当さんの上司とか、そのまた上司とか、もっと上司とか、
部署の違う人とか、社外の人とか、いろんな人。
いろんな人の中でやりくりすることが、いっぱいあります。

(中略)

“私は、私の名義で、絶対そう書きたくない。”
“けど、どうしてもそう書かないとOKが出ない。”

——————よくあることです。

時々、私は、”仕事”のためにと思って、
“マンガ”に対する誠心誠意をやめることがありました。

(中略)

時々、主人公に、作者には説明がつかないほど
誰の意見なのかわからない台詞を喋らせました。

つまらないコマをたくさん作ったと思います。

つまらないのは、
「私の思い通りに描かせてもらえなかったから」じゃありません。
「偉い人の意見を取り入れたから」じゃありません。

つまらないのは、
「主人公が、真剣勝負を、ちょくちょく諦めるマンガだったから」。
「作者の諦めが主人公を通してバレるコマがちょくちょくあったから」。

真剣に語りかける姿を貫けなかった主人公は、
作者が誠心誠意を諦めたマンガもろとも無視されるようになってきて、
あまり売れませんでした。

—————間も無く、
私の連載は、一本もなくなりました。

無職です。

これからどうしよう。

引用:【1】これからどうしよう 不人気マンガ家無職譚

2014年の末にnoteを始めた直後の連載ですね。ありがとうございます。

――“物事を丸く収めるために、折り合いをつけること”は、モノづくりをする人であれば、誰でも多かれ少なかれ、経験があるんじゃないかと思うんです。……でも中村さんは、もう無職じゃありませんよね?

そうですね(笑)。連載が1本もなくなってnoteを始めましたが、今では本当にありがたいことに、たくさんのお仕事をいただいています。

――noteを始めて2カ月半で売り上げ総額が100万円を超えたそうですが、これは雑誌連載よりもnoteの方が割のいい仕事、ということになるのでしょうか?

そういうわけでもありません。私は雑誌で月に50ページは確実に描けるので、原稿料が私の底値に近い1ページ1万円だったとしても、2カ月で回収できる金額です。ただ、今は当時より、人間的な暮らしをしているとは思います。

――こちらのnoteの記事には、noteにかける時間は毎月10日ほど、とあります。

今では描きたいものも増えたので、2週間くらいでしょうか。10日を目安に頑張って、こぼれた分が数日、というイメージです。

ウェブ連載の魅力は「代えがたい自由」と「合理化」

――雑誌からnoteに活動の場を切り替えて、自由な時間は増えましたか?

増えましたね。noteの連載はすべての作業を1人でやっているので、例えば雑誌連載のネーム(担当編集者が読み取れる字と絵でラフを描く作業)は、そもそも相手がいないので必要ありません。ネームと平行しながら仕上げの絵を描き始められるんですよ。セリフも頭の1文字だけ書いておけば覚えておけるし、アシスタントさんのための作画資料収集や指示内容の整理、「このオブジェクトの左上何ミリぐらい上のところに、このフォントでこの文章を……」というような編集関連の指定作業も不要です。私が全部、無言でやればいい。

――自分だけで作業が完結するのですね。

他にも、雑誌連載にはいろいろな打ち合わせがあります。「あーでもない、こーでもない」とやる、あの打ち合わせは、まぁみなさん痛いほどご存じだと思いますけど、実のあることばかりではないですよね。そのうちの1割でも有益な内容になればラッキー、なんてこともなりかねない。雑誌連載には、それを何度も繰り返す時間が必要です。カレンダーに翻弄されて、土日や祝日に指示待ちで作業が詰まってしまうこともある。

このように、チームでする作業には、最低限かつ最速の対応をしても、どうしても外せない段取りがあります。仮にその工程に1日かかるとしましょう。直接の担当者がOKでも、その担当者の上司はNGかもしれない。そうやって難航したら、4〜5日かかってしまう。すると、次の作業が押してくる。次の作業が押すと、そのさらに次がどんどん押してしまう。これで、ムダのスパイラルの出来上がりです。

――身につまされます。

そうやって1週間近くかかっていた作業でも、1人ですれば大体16〜7時間くらいで終わってしまうんですよ。

――編集者がいない状態でマンガを描くことには、苦労はありませんか?

編集が入らない分、散漫になってしまう部分はあると思います。誤字・脱字などはわかりやすい例ですね。独りよがりを自制するのも難しいことですが、そこはまあ、雑誌で10年やっているので。一方で、そのことによって、代えがたい自由と合理化が得られる。電話やメールがきて集中が途切れることもないし、提出書類が減ったことで、これは地味にありがたいポイントなのですが、部屋が散らからないんですよ(笑)。散らかるのは私の頭の中の机だけで。

――あっ、上手い!

(笑)。しかも、これは「編集者さんが作品の質を上げる」という前提での話です。その編集者さんの言うことを聞いて作品が良くなる、平たく言えば売れて読まれるのであれば、私も重きを置いたと思うのですが、時として恣意的というか、ただの好みによる指示もあるので。そういうことに振り回された結果、人気のないマンガになってしまうこともある。であれば、私が私の描きたいように描くのとリスクそのものはほとんど同じなんですよ。

とはいえ、私は今、完全に出版社を離れたわけじゃなくて、「この編集者さんとやれば上手くいく」という人との関係は残しつつ、今はnoteで作品を発表している状態です。編集者さんには優秀な方、大好きな方もたくさんいらっしゃるので。

――noteの売り上げの推移はいかがですか?

頑張り次第ですね。

――と、言うと?

まず、売り上げは作品によります。1日で5万以上売り上げるコンテンツもあれば、3カ月で800円しか売り上げのないコンテンツもある。今では更新終了した連載を含めて、全部で20本ほどになっています。月に1本は最低でも更新して、あとは公開済みのマンガが細々とでも定期的に売れ続けるので、全体をならして毎月の収入としては……そうですね、売り上げが20万を下回ることも、一人暮らしをする分には困ることも、ありません。note以外にも、イラスト制作や文章の執筆仕事もしていますし。

――コンテンツはストックされていきますよね。ロングテールの販売戦略とも言えそうです。

そう、そうなると、コンテンツの数が大事になります。だから頑張り次第。実は今年の4月の売り上げが最低だったんですよ。しかもその原因は、私が女にうつつを抜かしていたから。

――「女にうつつを抜かして売り上げが最低」って……発言としては、むしろカッコいい気が。

もう恋で忙しくって(笑)。何も手につかなくて、でも、こんな甲斐性のない私じゃダメだと一念発起して、そうしたら5月の売り上げが最高になりました。

――頑張り次第ですね。よくわかりました。

体調が悪いとか他の仕事で手一杯なんて状況で、落ち着いて新作が描けない、告知のツイートができないとなると、売り上げはやっぱり落ちますね。

「読者への敬虔な信仰」がTwitter運用の理念

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――コンテンツへの流入経路は、やはりTwitterですか?

Twitterですね。

――珍先生はTwitter上でもいろいろと赤裸々ですよね。

できるだけ誠実であろうとは思っています(笑)。私のマンガを読んでくれる読者さんは、作品ではなく、ある種、私に投資してくれているんだと受け取っているので。飲食店で例えると、ファミレスじゃなくて、店長さんがたまに店を休んだりおまけしたりしてくれる、個人経営の店。だから、私の生身の言葉がなくなったらダメだな、と。まぁ、だいたいは好き勝手につぶやいているだけですけどね。

――告知のタイミングや頻度などは気にしていますか?

気にしています。告知した時間や回数をメモしながら、それがどう購入に結びついたか、チェックしているんです。商店街の中で、自分の店の前を通りかかる人に声をかけていって、興味を持ってくれたり実際に商品を買ってくれたりするのがどんな人かを確認する、みたいな。

いわゆるエゴサーチもしていて、Twitterで「読んだ」「買った」と言ってくれている人がいたら、年代とか属性とか趣味とか、プロフィールやツイートを見させていただいています。「こういうツイートをすると、こういう人が買ってくれるんだ」というデータを集めて、自分のお店の常連さんは誰かを理解したいから。

――かなりしっかり分析されているんですね。

私の告知を誰かがリツイートしたりお気に入りに入れてくれたりすると、リツイート数やお気に入り数は何十、何百と伸びます。しかし、実際に作品を買ってくださるのは数人なんてこともある。一方、フォロワーがあまりいらっしゃられなくても、その方々が私のマンガと親和性が高い層だと10人分くらいドッと売れることもある。面白い現象ですよね。もちろんどんな反応であれありがたいのと、どんな作品かでもマッチする層が違うので、細かく見ています。最終の意思決定は、動物っぽいカン、ということもありますけど。

――noteでマンガを連載すれば、誰でも売れるというわけではなさそうです。

それは、そうだと思います。徹底して合理化するならデジタル作画を概ね理解して、ソフトをあれこれ駆使して、アナログ原稿では実現できない速さで作業できるようにならないといけませんし、連載したものをKindleなどで電子書籍化するのであれば、自分で組版して、文字を打ち込んで……というDTPの基本的なスキルが必要ですし。ただ、これは最近の作家さんであればそう難しくないので、売り物を作るまでのハードルはそんなに高くないかもしれません。自分の作品をちゃんと売れるためには、そこからまた別の工夫が必要です。

――“ここから有料”という線引きも見事ですよね。買いたくなります。

買ってくれていいんですよ(笑)。これも読者の反応を見ながらいろいろと試行錯誤していますが、最後はもう、神頼み、読者頼みのようなものだと思っていて。

――どういうことでしょうか?

「頑張るから助けて」と言ってしまうんです。私が連載を続けるためには売り上げが伸びないとダメってことをはっきり説明して、「頑張るから助けて」と言えばきっと誰かが助けてくれるだろうと信じる。そうすると、意外とみんな助けてくれます。助けるって言っても、食べ物をくれるとかじゃなくて(笑)、無断転載や違法アップロードされたzipなどを無料で読むのではなく、正しいルートで読んでくれるに違いない、と。

これは私のマンガを本当に好きでいてくださる読者さんへの、私の敬虔な信仰です。だからこそ、私がマンガ家として終わるのは雑誌連載がなくなるときじゃなくて、読者さんが支払ってくれたお金に見合うマンガを描かなくなった時、私が頑張らなくなった時だと思っています。

「信者ビジネス」にならないために

――このシステムが成り立つのはきっと、作品や作者の魅力によるのでしょうね。

私はマンガ家ではありますが、良くも悪くも普通の市場からは外れてきた感じがします。休載して叩かれる作家さんがいる一方で、私は「ごめんなさい、他の仕事が間に合わないのでnoteの更新を遅らせます」と言っても「ご自愛ください」と言ってもらえる。本当にありがたいですよね。

――それなのに、中村さんにはいわゆる“信者ビジネス”っぽさがありません。雑誌連載と同等の作品クオリティというのはもちろんその理由の一つだと思うのですが、ご自分で他に意識していることはありますか?

うーん、私は“信者ビジネス”の中で“信者”と呼ばれているのは、「あわよくばその人になりたい」という人たちだと思うんです。第二のその人を目指しているような。そういう意味では、私の読者さんは誰も第二の私は目指していないんじゃないかな、と。市場が違うといいますか。

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参考:レズと七人の彼女たち

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参考:ママ母手帳 -「お母さん二人いてもいいかな!?」の、これまで。

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参考:『D-O-G.』

――非常にわかりやすいです。中村さんの作品は作家性が高いというか、再現性が低いというか。

ですよね(笑)。第二のその人になるためのノウハウは、その人を目指していない人からすれば、情報として価値を見いだせないものです。理解できないからこそ、“信者ビジネス”と思われるのかもしれません。

それに私は、noteの機能の月額・定額の入金システムも利用していないんです。悪くはないけど、すべてシステマチックにしてしまったら、おまけもつけにくいし、もっとお金がかかるものを作りにくくなってしまうような気がして。そのあたりが理由かもしれないですね。

マンガ家は「描きたいマンガが描ける仕事」か

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――中村さんは、描くのが好きですか。

ふふふ、難しいですね。

――マンガ家を相手に気軽にするのは、本来は憚られる質問だと思うのですが。雑誌連載の制約から自由になった中村さんは、描くことをどう思っているのかな、と。

描いて、読まれるのが、好き。描いただけじゃ……なんか、かわいそうですよね。原稿が。特に私は作風上、基本的に悲しいキャラクターたちが登場するので。自分が描き始めてしまったことで、登場人物たちに辛い思いをさせたのに、結末を読者に見せられずに終わってしまったら、かわいそうじゃないですか。

――『羣青』の連載が再開されたときは、ホッとしたのを覚えています。

私はハッピーエンド主義みたいなところがあって。いや、必ずしもハッピーな結末ばかりではないので、物語の冒頭と比べたら何か1つぐらいマシになったことがある、みたいな相対的なハッピーエンドというか。少なくとも最期まで連れていく、ケジメをつけてあげる、というのが信条です。

当たり前ですが、叩かれたり揉まれたりするのは好きじゃないです。以前は、仕事だからこそ不本意なものを描いた挙句に叩かれてきましたが、今は正直、そうまでしてやりたい「職務」じゃないと思ってしまう。でも、描いた作品が読まれて、喜ばれるのは好きです。1人で何もかもするようになって、やっと「職務」だったものが「趣味」になりました。

――あらためて質問します。商業活動をする上で、マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事なのでしょうか。

noteのような仕組みでなら、描けます。でも、これまでの雑誌連載のシステムでも、担当の編集者さんや編集部次第ではできると思うんです。コミックヒバナの前身であるIKKIに移籍してからの『羣青』は、実は相当好きにやらせてもらいました。でも、担当の編集者さんや編集部というのは本来、作者が選べるものではありません。お見合いで相手が決まる結婚生活に例えてみるのもいいかもしれない。そこで巡り合う相手が最高のパートナーである確率はかなり低いですよね。

おまけに、マンガ家と編集者が作品を生み出す共同作業は、お見合い結婚をしていきなり子作りするようなものじゃないですか。いきなりすぎて、取り返しのつかなさが半端ないんです。相手がよくてもご両親がややこしいとか、親戚のおじさんが勝手に変な名前をつけて役所に届けてしまったとか。雑誌連載で描きたいマンガが描けるのは、それくらいの難易度なのだと思います。

――では、中村さんはもう、商業誌での連載をしないのでしょうか。雑誌のラインナップに作品を見ることができないのは、残念な気もしてしまいます。

私は、以前と比較すれば小さい市場を相手にするようになった今、自分の作風を他人の指示で変えなくていいどころか、それが最大の武器になりました。だから、知らない人と、まずその人と分かり合う苦労をした上でコンテンツを生み出す、というのをまたやるのかと言われると、ちょっとわからない。私が雑誌に戻るとしたら、雑誌でも自分の名前で売り上げが上がるくらいの大物になってから、ですね。売れなかった私を使ってくれた、大好きな編集者さんたちへの恩返しも兼ねて。

業界の中では私、「アイツは落ちた」と言われるんですよ。やっぱり、雑誌という枠取り争いから落ちて、一流選手から二流、三流になったという扱いを受ける。紙で描けないのは、私にとってプライドが傷つく状況でもあります。それに耐えられるのは、やっぱり読者のみなさんが私の作品を読んで、喜んだり楽しんだりしてくれるから。本当に生かされていると感じます。

note・Kindle・紙の本……ウェブ連載の未来は?

――今後、どのような活動を検討されているのでしょうか。

自分専用の出版レーベルを立ち上げて、電子書籍の販売を始めました。noteの連載を電子書籍にするだけでなく、すでに紙の本として出版している『お母さん二人いてもいいかな!?』をKindle版でも販売しています。

――あれ、同作はnoteでも販売されていますよね?

はい、noteKindle書籍(紙)の3種類で販売しています。というのも、それぞれ利益率がぜんぜん違うんです。

――なるほど。それはあまり一般には知られていないかもしれませんね。

だと思います。まず、書籍版は定価が1112円で、印税10%が私に入るから1冊約100円です。Kindle版は1冊882円で、ロイヤリティーは35%なので、1冊約300円。noteは1冊を3つに分けて販売しているので、288円のものを3冊購入したとして、ロイヤリティーはざっくり80%、合計約600円。

Kindleは口絵やプロフィールページなどがすべて収録されていて、noteはそれがないけど、分割購入できるのがメリット。なので、一概に比較はできないのですが、やっぱり電子販売の利益率は高いのはよくわかります。あと、この展開によってまたお客さんの流れが変わってきたというか、Amazon経由でnoteに来てくれた方のおかげで、noteの月間の売り上げが倍になったんです。

――なんと……! それにしても、販売についてここまで考えているマンガ家さんは、珍しい方なのではないでしょうか。

私、わがままかもしれないけど、もう一度売れ直そうとしているんですよ。

――「売れ直す」?

今年で31歳になるんですけど、『羣青』は20代初めの代表作ということで、ここからもう一勝負って本気で思っています。ネットは広いしどこにでも届くから、市場は世界だぞって。そういうマンガを描いていきたいです。

(朽木誠一郎/ノオト)