「ハードワークは成功の絶対条件ではない」 地方移住のスタートアップ経営者が目指す、健全なイノベーション

『週刊東洋経済』の特集“すごいベンチャー100”の中に、一風変わった名前の企業があった。釣り場情報を調べることができる“釣果共有”アプリ『ツリバカメラ』や、釣りが楽しくなる情報&ニュースサイト『釣報(つりほう)』など、“釣り×IT×デザイン”をテーマにしたスタートアップ、ウミーべ株式会社だ。

「ウチは名前が載っただけなので」と謙虚な同社代表のカズワタベさんは、一方で、2年前に移住した福岡の魅力を事あるごとにPRすることでも一部に知られている。

同社は8月1日に、複数社からの資金調達を発表した。カズワタベさんにとっては、以前経営していたスタートアップから数えて、これが3度目の資金調達になるという。そんなカズワタベさんに、地方移住の実情、今後の事業展開、そしてスタートアップの健全な経営について、お話を伺った。

東京では「東京的な発想」のサービスしか生まれないのではないか

都内某所にて、他メディアと入れ替わりで取材に応じてくれたカズワタベさん

都内某所にて、他メディアと入れ替わりで取材に応じてくれたカズワタベさん

――取材ラッシュかと思いますが、そんな中、ありがとうございます。

いえいえ。取材していただけるのはうれしいです。なんか僕、いろいろやってるから取材を受けやすいタイプみたいで。スタートアップの経営者で、地方移住者で、デザイナー向けの『ピクタソン』(ピクトグラムを作成するハッカソンイベント)というイベントを主催している……など、ネタが多いんですね(笑)。

――まさに入れ食い状態ですね(笑)。これだけさまざまな取り組みをされているのは、どうしてですか?

「自分はこういう人間」という定義を、努めてしないようにしています。定義してしまうと、その瞬間に、選択肢がめちゃくちゃ狭まるから。例えば僕は音大卒なんですが、「音大卒だから音楽をやらなければならない」「音大卒には音楽しかしない」という選択をした瞬間に、他の可能性がすべて消えてしまいますよね。

いろんな場所に顔を出して、いろんな経験が積み重なって、それが自分の強みになっています。僕は釣りが好きだから今の事業がありますが、それだけでは事業は起こせませんでした。もともとウェブの人間で、サイト制作やデザインができるから、今やっている事業が発想できた。こうやって、専門分野の掛け算がドンドン増えていくんです。

――可能性が広がるわけですね。地方移住も同じ理由ですか?

スタートアップって、ほとんど都心に集中しているじゃないですか。だから、「スタートアップは東京で経営しないといけない」と思い込みがちです。でも、東京と地方では、生活様式も所得も文化も、それらに由来する課題も、ぜんぜん違う。スタートアップが東京に集中しているせいか、やはり東京的な発想のサービスが多いと感じます。

東京的な課題を解決するサービスももちろん必要なのですが、“東京では使われないけど、地方ではめちゃくちゃ使われるサービス”というのもあり得ると思います。それは東京のスタートアップからは生まれにくいですよね。とはいえ、これは移住した後でわかったことで、実際には福岡に移住した理由は住環境だけ、です。

――えっ、住環境だけ!?

はい(笑)。この前調べてみたら、天神徒歩圏内の最高級マンションの最上階が月30万円くらいで借りられるんですよ。普通の単身者が住む家なら4〜5万円くらい。東京なら倍くらいはしますし、大阪でももう少し上がるはずです。あと人口密度が低いので、満員電車に行き当たることもほぼありません。パルコやロフト、東急ハンズなどの商業施設はだいたいあるから必要なものは手に入る。あとは食のレベルがとにかく高いですね。

――Twitterなどで、美味しそうな料理の写真をよく投稿されています。

SNSにアップするのは特にフォトジェニックなメニューですが、その辺の居酒屋とか定食屋に入っても、めちゃくちゃ料理がうまいんですよ。そして安い。

――それはたしかにグッと来ますね。福岡に移住したくなってきました。

生活をしていてストレスを感じる機会がほぼ、なくなります。住んでいた頃は気づかなかった、東京の歩きづらいほどの人の多さとか、街頭のオーロラビジョンの爆音とか、「あれってストレスだったんだな」と、離れてみて気づくんですよ。外から見ると、東京はそういう細々したストレスがたくさんある街だということがわかりますね。

事業を続けていく中で、やっぱり精神的な負荷がかかるような状況が恒常的に続くのは、よくないと思います。東京で働いていると、出社したらずっとパソコンの前に座って、外に出ても人がたくさんいて、満員電車で家に帰って、何時間か寝て、また出社する、みたいなサイクルになりがちです。これじゃあ、普通は病んでしまいますよ。だから僕はオフィスを海辺に作っているんです。

――目の前が海、という環境ですよね。

あの環境じゃ病みようがないんです。社員にも「疲れたら昼寝して海見ながら酒でも飲んで来て」と言っています(笑)。

スタートアップは「短距離走」ではなく、「何キロ走るかわからないマラソン」

ウミーベのオフィスからの眺め

ウミーベのオフィスからの眺め

――「海辺にオフィスがある」というのは最高の福利厚生ですね。

ありがとうございます(笑)。ウチは労働環境はいいと思いますよ。社員にはちゃんと休むように言っています。だって、社員が数人しかいないスタートアップの創業期って、誰かが体調を崩す方がよっぽどリスクなわけです。一人ひとりの担当分野が独立してるから、プロジェクトが止まっちゃう。だから、死ぬほど働くよりは、「今期社員が一回も風邪を引かない」とか、そっちを重視したい。

――スタートアップには珍しい考え方かもしれません。

実は、東京を物理的に離れたのには、そういう理由もあるんです。スタートアップが集中している東京では、どうしても同調圧力が形成されてしまうというか、“スタートアップかくあるべし”みたいなものに囚われてしまって、自由な発想ができなくなる気がして。イノベーションを起こしたい人間がテンプレ化するのは矛盾していますよね。

一般的にスタートアップにはハードワークのイメージがあると思いますが、それで成功する所も失敗する所もあります。結果以外は求める必要がなくて、そのためのアプローチは別に違っていいんじゃないか、と。

――ハードワークをしているかどうかが重要なわけではない、ということですね。

もちろん僕は経営者なのでそれなりに仕事をしてはいますが、ハードワークはスタートアップが成功する絶対条件じゃないとは思っています。むしろ、メンバーが過剰なハードワークにならないようにすることが、経営者の仕事なのではないでしょうか。このあたりはきっと、起業家のマインド次第だと思いますが。

――たしかに、スタートアップには合宿のように何日もオフィスで寝泊まりし、できるだけ早く結果を出そうとする空気感があるように思います。

ハードワークって要するに、短距離走じゃないですか。トップスピードで一定の距離を走るような。スタートアップは短距離走だと思われがちですが、僕は、実際には何キロ走るかわからないマラソンだと僕は思っています。もちろん投資という形でお金を預かる以上、期限はあるし、目標として「○年で上場します!」と言うかもしれません。

だけど、「5年がギリギリ」「これを5年以上やったら死んじゃう」みたいなペースでやっている途中で、「あと5年あります!」と気づいたら、もう無理ですよね。僕はそれが嫌なので、メンバーに強いない。自分もちゃんと寝ます。だっていつ終わるかわかんないから。

――非常に健全な考え方です。

自分も健全でありたいし、社員に健全であってほしいというのはありますね。個々人ができるだけ継続可能な方法を模索したいと思っています。

自分がやっていることの基準ってずっと変わらなくて、選択肢を増やすことに尽きるんです。だからこそ、スタートアップは「東京でしかできない」「ハードワークしないとできない」と定型化されるのが嫌いで。僕はこれを“偏った方向に画一化している”とよく表現するんですが。

――どういう意味でしょうか。

もともとスタートアップをやる人間なんて、かなりのマイノリティーなんです。でも、その中でスタイルが画一化されてしまっている。社会的にはマイノリティーな存在なんだけど、その中では画一化されて、実はコモディティー化してしまう。それを打破して、新しい選択肢を提示することが個人的な目標です。

ニッチな事業分野における「IT×デザイン」でウミーべが目指すもの

オフィスの窓の外には海が広がる

オフィスの窓の外には海が広がる

――逆に、東京の方がいいところはありますか?

東京にいる人はやっぱりおもしろいですね。いる人の多様性は日本でダントツですよ。他には、海外のショップの日本初出店が東京だったり、美術館の展示の質が高かったりするところ。人と文化芸術方面は東京が強い。それ以外は、東京より福岡の方が好きですね。

――東京にはどれくらいの頻度で来ていますか?

最低でも月に1回は。最近は資金調達の打ち合わせなどで頻度が高かったですが。月に何度か行けば、情報なども意外とキャッチアップできるものです。友人とメッセージのやりとりは日常的にしていますし。それに、東京にいても毎月1回必ず会う人がどれくらいいるかと言ったら、そんなにいないんじゃないかと思うので。

――たしかに、そうですね。開発には人材も必要かと思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

ウェブ系の人材の量は、東京と比較すれば少ないですが、質が高い人はいますし、地方都市ではかなり恵まれている方だと思います。ただ、それを採用できるかどうかは別の話ですけどね。まだ福岡には大企業の拠点がそこまで多くないので、頑張って勝負できる位置につけたいとは思っています。

――現在、ウミーベはどのような規模になりますか?

2014年の8月に設立して、ちょうど丸2年になります。現在は社員が3名、社外の開発パートナーが5名います。『釣報』については、九州大学の釣りサークルの学生たちと連携してコンテンツの制作をお願いしていますね。

――『釣報』は2015年5月のリリースから半年で100万PVを達成したことでも話題になりました。その後はいかがですか?

今は150万PVくらいです。釣りにはどうしても季節性があるので、冬は少し落ちますね。その間はさまざまな仕込みをして、春になったらまたどんどん手を打っています。実は『釣報』の前に2つほど、試験的にリリースしたメディアがあったのですがそれは当たらず、三度目の正直で上手く行った、という経緯があります。

――もともとはアプリのユーザー獲得のためのメディアですよね?

はい。正直に経緯を説明すると、『ツリバカメラ』の開発に数カ月単位で遅れが出てしまい、その時点ではデザインが終わっていたので、僕がすることがなくなってしまったんです。

こちらがツリバカメラ

こちらがツリバカメラ

僕はネイティブアプリの開発はできないから手伝えない。手が空いていたので、試しにメディアを立ち上げようと自分で4日でバーっと開発して、リリースしたら初月に5万PVいって、「いけるやん!」と(笑)。

こちらが釣報

こちらが釣報


――今後、『ツリバカメラ』と『釣報』はどんな事業展開を考えていますか?

基本は“釣り専門”のコンセプトのもとで、さまざまな釣りに関するサービスや情報を提供していけば、その中でユーザーが巡回できる。釣り×IT×デザインという領域で、サービスの輪をどんどん広げていくのが目標ですね。

釣り業界って、ITとデザインの部分がとても弱かったんです。また、人が集まるプラットフォームもほぼ存在しなかった。ウェブ業界の人間から見れば、不思議なくらいです。今はあれもできるこれもできるという状態なので、1つずつやってみて、当たったものだけ残して、それぞれを連携させてマネタイズしていくイメージでいます。

――ニッチな領域だからこそ、ITやデザインの力で革新的なことができるわけですね。

はい。ターゲットはみんな釣り人なので、入り口がどこであれ他のサービスも使ってもらえる。実務的な話をすると、広告を使ってユーザーを獲得するときの効率もめちゃくちゃいい。他のサービスにもその中の何割かが登録するから……と考えるとパフォーマンスが良いんです。

「遊ぶ」とは「自分がユーザーになる」こと、だから遊びながら経営していく

オフィスから2、30分も車を走らせれば、さらに美しい海にアクセスできる。ここではヒラメを釣ったことがあるそうだ。

オフィスから2、30分も車を走らせれば、さらに美しい海にアクセスできる。ここではヒラメを釣ったことがあるそうだ。

――資金調達も完了し、次の一手は?

直近では『釣報』をリニューアルして、扱う情報の種類を増やす予定です。また、リニューアル後は、釣具メーカーさんと連携したコンテンツを展開してマネタイズしていきます。すでに数社と話は進んでいて、前向きな回答をいただいているところです。

――メディアのビジネスモデルはどうやって思いついたのですか? 音大では教わらないことだと思います。

たしかに(笑)。たぶん、いろいろと遊んでるからじゃないですかね。遊んでいないと、人は選択肢が狭くなると思います。ある程度、レジャーやエンターテイメントにハマってみないとアイディアに幅が出ないし、使ってくれる人たちのニーズがわからない。遊ぶというのは、さまざまなレジャーやエンターテイメントの受け手になるということなので。

――では、釣りもユーザーのニーズをつかむために?

今は、釣りも半分仕事ですね。「このタイミングでこの機能は使わないな」とか「むしろこういう機能が必要だな」とか、使っていると改善点がたくさん見つかります。でも、もともと、ビジネス的な発想でスタートしていないんですよ。自分がほしいアプリを作っただけ。メディアも同様です。

これだと事業を継続するモチベーションが下がらないですし、なにより楽しみながら取り組めます。もちろん、最終的に利益を追求していくことは大事ですし、この先の展開はいろいろと考えていますが。

――こっそり教えてください。

まだ内緒です(笑)。でも、実際に現時点では予想がつかないことが非常に多いんですよ。ひと口にスタートアップの経営といっても、その時々で伸ばすべきKPIも、リソースの掛けどころも変わってきます。いくら計画を立てていても、現場では常にそのときの最善策を選んでいくしか方法がないんですよね。

――それを常に考えるのは、大変ではありませんか? 常に複数の選択肢があって、その分岐が無限にあるわけですよね。

僕はそういうのを考えるのが好きなので。それに、ビジョンを持って未来のことを考えるのは大事なのですが、日々サービスを改善し、KPIを伸ばすという、目先のことがしっかりできていることが大前提です。ものすごく地道なことを継続し続けた結果、どこかのポイントで成功への道筋が見えるんじゃないでしょうか。

もちろん何かの一手でいきなりブレイクスルーする場合もありますが、基本はとにかく小さい積み重ねを続けて、どこかでその一線を超えるわけです。そこまでのアプローチの方法は起業家によって違うと思いますが、僕はちょっと変わってるかもしれません。

――変わっているとは、どのように?

企業である以上、その価値を最大化がするのがベストなのは間違いありません。でも、そうしようとした結果、会社の軸がブレたり、モラル的にやりたくないことをやらなきゃいけなくなったり、そもそも自分が嫌なことだとしたら、僕はそれをやりません。短期的には収益を生み出すかもしれませんが、長期的には会社を歪ませると思っているので。

――そうやって生み出されたプロダクトだからこそ、ユーザーから評価されているのかもしれません。最後の質問ですが、カズワタベさんはこれからも福岡に住み続けるのでしょうか?

事業のフェーズによって割合はいろいろだと思いますが、片足は必ず福岡ですね。海も近いし、食べ物はおいしいし。あと、女の子がかわいいですから。

(朽木誠一郎/ノオト)