「マンガ家は起業家」――ネットマンガで食べていくには? カメントツさんに聞く

カメントツ――仮面のマンガ家は、「ネタ」の現場に自ら足を運び、独特の哀愁を漂わせながら、ネットに作品を展開していく。オンラインメディア「オモコロ」などで彼の作品を目にした人も多いはずだ。会社勤務を経て自動車工場で働き、マンガ家を目指して上京した彼は、いま月刊誌でのデビューも果たしている。そのキャリアとネットマンガへの思いについて話を聞いた。(協力:トキワ荘プロジェクトマンガサロン『トリガー』

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自動車工場からマンガ家へ。その道を拓いた「現代版トキワ荘」

–本日はよろしくお願いいたします。カメントツ先生のデビューはいつ頃だったんですか?

カメントツ:デビューしたのは2015年の12月です。

カメントツ先生のヒット作の1つ。オークファンが運営するサイト「オクトピ」はアクセス集中でしばらくアクセスできない状態に。(画像はオクトピから引用)

カメントツ先生のヒット作の1つ。オークファンが運営するサイト「オクトピ」はアクセス集中でしばらくアクセスできない状態に。(画像はオクトピから引用)

マンガ家志望者に住居支援をしてくれる「トキワ荘プロジェクト」の門を叩いたのが、そのきっかけなんですが、それがデビューのさらに1年半前ですね。

トキワ荘プロジェクトホームページ(http://tokiwa-so.net/)

トキワ荘プロジェクトホームページ(http://tokiwa-so.net/

–えー!? もっと長く作品をお見かけしていると思ってました。

カメントツ:僕はトキワ荘プロジェクトが開催している「MANZEMI」という有料講座で、ではじめてマンガの描き方の方法論を学びましたから。たぶん、本数をたくさん描いているので、その分長く感じているのかもです(笑)。

僕は名古屋にいたときはデザイン会社に勤めていたんですが、いわゆるクライアントワークに疲れ、それを辞めて自動車のライン工をやっていたんです。そこでの仕事もクリエイティブで面白かったんですが、全く別のことがやりたくなり、東京にも一度住んでみたいと思ったんです。でも東京で何をする?と考えてた時に、たまたま西村ツチカ先生の「なかよし団の冒険」を読んだんです。

西村ツチカ「なかよし団の冒険」(太田出版)

西村ツチカ「なかよし団の冒険」(太田出版)

この作品は西村先生がデビューしてから、いろんな編集さんと相談しつつ、いろんな実験をしながら描かれた作品がいっぱい載っている短編集なんです。例えばpixivで載せた作品を再掲するなどですね。作品ごとにタッチも違いますし、年齢も近いこともあって「あー、マンガってこんなに自由なんだ!」と気付かされたんですね。

–マンガ家としてデビューというと、新人賞に応募したり、編集部に持ち込んだり、というのが一般的な流れだと思いますが、カメントツ先生はそうではなかったんですね。

カメントツ:そうですね。それまで一度もマンガらしいマンガは描いたこともなかったのですが、ネットでこの西村ツチカ先生がトキワ荘プロジェクトの「住人」らしいと知ったんです。たしかに先生はpixivでシェアハウスについての話も描いてる。これはここに僕も申し込めば、先生と一緒に住めるんじゃないか? と思って申し込んでみたんです。実際は1回ご挨拶ができただけだったんですけど(笑)

–憧れの先生と、ということで盛り上がったのでは?

カメントツ:緊張でガチガチになってしまいあまり喋れませんでしたね「ツチカ先生に憧れて漫画家になろうと思っています!」と声をかけたところ「えっ…そうなの?なんかごめんね」と言われてしまいポカーンとしてしまいました。今となってツチカ先生の気持ちがなんとなくわかる気がします。こんなヤクザな商売に引き入れてしまい申し訳ない…という気持ちだったのかもしれません。

–カメントツさんに憧れて漫画家になる人もいると思いますが、そういう人には、どう対応されますか?

カメントツ:うーん…そんな人がいるのかどうかわかりませんが(笑)僕は、あまり絵が上手な漫画家ではないので「絵が下手でも漫画家になれるんだ」という希望を持たせてしまったのなら申し訳ないな…と思います。もう、ほんとうにキツイんですよ!絵が下手な作家が生きてくのめっちゃキツい!叫んで逃げ出したくなります。

–落ち着いてください。ちなみに、実際トキワ荘の生活ってどんな感じだったんですか?

カメントツ:建物自体は至って普通の一軒家で、「シェアハウス」という言葉からイメージされるようなみんなでワイワイということもなく(笑)。

藤子不二雄Ⓐ先生の「まんが道」のようにストイックにマンガを描いている人ばかりかと言えば、3年経っても1作も出来ていない人もいたりとか。でも、毎月交流会や勉強会があったり、そもそも僕がデビューできたオモコロとのつながりが生まれたのもここからだったので、入居して良かったと思ってます。ネームなんかはここで教わったメソッドで今も描いています。

ヨッピーさんとの出会いからネットマンガへ

–ストーリーマンガを描きたい、という気持ちはなかったんですか?

カメントツ:ストーリーマンガで行くのか、今描いているようなエッセイマンガで行くのか、それほど強いこだわりはなかったですね。ただ、ネットとの相性の良さでいえばやっぱりエッセイかなと。僕もネットが好きだし。

あと、雑誌の巻末って実はエッセイマンガが配置されることが多いんですよ。僕は「巻末系」って呼んでるんですが。ストーリーマンガで虚構の世界を楽しんだ読者の皆さんを現実に引き戻す役割も担っていると思っていて。映画の出入り口によくある鏡みたいな効果があるなと。

–なるほどー、コミケの出口で見かける「お帰りはこちら→現実世界」って書かれた看板みたいな(笑)。そんな必然性もあり、言い換えるとネットの方がマンガで食べていける可能性が大きいと思った?

カメントツ:それもあります。あと、実はストーリーマンガのネームをある出版社の編集さんに見てもらっていた時期もあるんですけど、何度修正しても、3カ月経っても前に進まないんですね。僕の力不足も大きかったと思うのですが、これは厳しいなと。まずは作品を世に出したいと思いました。そのためには1からネームを編集さんに見てもらうというやり方ではなく、ネットで自分でお客さん(読者)を連れてきて、作品を見てもらう方が僕には向いているじゃないか? それで評価してもらう、という方法でもいいんじゃないかと。

「ツイてなくて、話に尾ひれをつけて話すのが得意」というオモコロ編集長への自己紹介から、「カメントツ」というキャラクターは生まれた、という。

「ツイてなくて、話に尾ひれをつけて話すのが得意」というオモコロ編集長への自己紹介から、「カメントツ」というキャラクターは生まれた、という。

そんな風に考えていたときに、トキワ荘プロジェクトつながりで、ライターのヨッピーさんが僕を取材してくれることになったんです。

僕がネットに発表していた作品をヨッピーさんが読んでくれて、「オモコロ」を紹介してくれたんです。そこからネットメディアの編集さんたちとのつながりが出来て、「RPGツクール」のような企画がどんどん生まれ、形になるようになりました。そのスピード感とか自由さは、いま小学館のゲッサンで描かせてもらっている流れにも通じています。お誘いいただいたときも「僕、インターネットじゃないとイヤですよ」って言ったんですけど、担当で副編集長でもある星野さんが「始末書だったら僕が幾らでも書くよ」って(笑)。

ゲッサン(月刊少年サンデー)に連載中の「カメントツの漫画ならず道」

ゲッサン(月刊少年サンデー)に連載中の「カメントツの漫画ならず道

–仮面はいつくらいからつけ始めたんですか?

カメントツ:それはずっと前からで25歳くらいのときに、2ちゃんねるに「廃墟に突撃スレッド」を立てたのがきっかけですね。書き込みでそこで何をするかを決める流れになるのですが、顔出しは避けながらも、人物は写真で出てきた方が良いだろうな、と考えて。当時アートユニットみたいな活動をしていて、仮面はつけていたので。ヒーロー戦隊みたいにレッド、ブルー、グリーンがいて、僕がイエローだったんです。

–いまのキャラクターにピッタリですね(笑)でもその立ち位置を見つけるのが、大事なことかも知れない。

カメントツ:そうですね。僕の場合は、ヨッピーさんや星野さんのような人たちがそれを見つける手助けをしてくれましたし、ネットの場合は作品を読んでくれる人の「数」や応援がそれを示してくれたと思います。トキワ荘プロジェクトが先日はじめた「マンナビ」という新人賞や、編集部・編集者のデータを検索できるネットサービスなんかも、そういう場面でも役に立ちそうです。

マンガ家=起業家。数字で読者(顧客)と向き合う。

長年愛用した仮面はそろそろ新調したいと話す。

長年愛用した仮面はそろそろ新調したいと話す。

–いわばネットと紙で2回デビューがあったカメントツ先生ですが、それぞれで作品の作り方に違いがあったりしますか?

カメントツ:そうですね……お笑いに喩えると、上方=大阪では劇場でウケることが大前提。でも広く知ってもらうには東京でテレビに出るのも大事。いま現代人の生活の真ん中にはネットがあるけれど、文化・歴史の蓄積は本や雑誌にある。とても似てると思います。だから「マンガならず道」でもWebマンガ家として自己紹介しているんです。

–なるほど。ネットがやはりホームなわけですね。

カメントツ:はい。立ち位置を見つけるうえでもそうなんですが、ただ僕の場合、ネットの「コメント」はあくまで個人の意見=価値観としてとらえています。一方で「数字」は創作にあたっての僕自身の価値観よりも優先すべき、と思っているんです。

PVやRTといった数字が多かった場合は、その反響や支持を使って何をするか、というのを考えます。その人気を維持するのか、それともより多くの人に見てもらおうとするのかで、やるべきことが変わってきます。そこで炎上させてしまう人もいますし、数字という根拠をもって出版社など別のフィールドに打って出る人もいるわけです。数字は、いわばチケットというかボーナスポイントが入るようなものなので。だから、「RPGツクール」のときにアクセスが集中しすぎてサーバーが落ちたと知ったときにはガックリしましたね。機会をどんどん逃しているわけですから。

–数字がボーナスポイントとかアイテムで、それを使ってどう次の展開を切り拓くか――それこそ、RPGみたいな話ですね。

カメントツ:そうかもしれませんね。逆に反響が少なかった時や反響があまりなかった時に「なぜか」を考え込んでしまうタイプなんです。漫画家の先輩や編集さんにも相談したりしますね。

–ネットの声は参考にしますか?

もちろんメールやツイートには、すべて目を通します。すごく励みになっています。しかし「意見」を取り入れることは、あまりないですね。

–ネットのコメントは「呪い」みたいなところがありますからね。しかし、その数字を稼ぎ出す前には原稿料のようなおカネが発生しないところで、いろいろな活動をしないと行けない場面も多そうです。

カメントツ:企業や出版社さんが提供する無料の漫画アプリも充実していますし、広告漫画のジャンルでは「読んでくれた人にお金(ポイント)を払います」というサービスさえ生まれています。「漫画で食う」という事がすでに多様化している時代なので、これから漫画家を目指す人や、僕を含む漫画家はかなりの工夫をしなければならないのかな…と思います。これまでの「正攻法」が通用しないというか……。

–昭和のマンガ家デビューへの道筋を自伝的に描いた島本和彦先生の「アオイホノオ」があれだけ支持されるのも、ああいった伝統的なマンガ道がある意味ファンタジーになりつつあるから、という解釈もできますからね。

カメントツ:出版業界が舞台の「重版出来」なんかもそうかも知れないですね。でも、もともとマンガってそういう手探りの歴史だったと思うんです。だからマンガ家も受け身じゃなくて、どんどん新しいことを試していかないといけないんだと。マンガは1つの手段であって、最終的な表現が「マンガ」という形を取ってなくても全然良いんだと思うんです。そのための場所やツールも次々に生まれているわけですから。企画から読者に対するマーケティングまで考える――いまのマンガ家って起業家に近いんだと思います。

–なるほど。たしかにマンガだけでなく、いろんなクリエイティブ・仕事にも通じる話でしたね。本日はありがとうございました。

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仮面のまま渋谷の雑踏に消えていったカメントツ先生。変化激しいマンガの世界で、彼がどんな仕掛けを僕たちに試してくるのか、これからも楽しみだ。カメントツ先生のデビューのきっかけを作ったトキワ荘プロジェクトは、記事中でも触れられたようにいまマンガ家志望者と編集部・編集者をつなぐ「マンナビ」という新サービスもスタートさせている。カメントツ先生のスペシャルマンガも読めるようになるということなので、一度チェックしてみてほしい。