お母さんたちの不安に寄り添いたい――スマホで医療相談「小児科オンライン」立ち上げの背景

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子どもの救急患者は、9割以上が当日のうちに帰宅する軽症者であることが指摘されている。しかし、残り1割に重い病気の患者がいることも見過ごせない。保護者が病院に連れて行くべきかどうか悩み、念のために……といった受診が積み重なれば、結果として医療現場の負担が増す不幸な構造がある。

2016年のスタートアップバトル【※】において、応募総数114社の中から勝ち抜いて優勝したのは、そんな現状を打破するかもしれない『小児科オンライン』というサービスだ。これは小児科に特化した遠隔医療相談サービスで、電話やLINE、Skypeを通じて平日の夜18〜22時、子ども(15歳まで)の病気に関する不安や質問を専門の医師に相談することができる。料金は月3980円の定額制で、時間は1回10分、回数の制限ない。

【※】その年にローンチした、もしくはローンチ予定のプロダクトをプレゼンで競い合い、もっとも優秀なスタートアップを決定するコンテスト。テック系メディアのTechCrunch Japanが主催。

サービスを運営する株式会社Kids Public代表の橋本直也さんは現役の医師でもある。現在、小児科の医療にはどんな問題があるのか。遠隔で医療相談をすることができるのか。そして、どうしてこのサービスを立ち上げたのか。橋本さんにお話を伺った。

起業のきっかけとなった「ある虐待」の背景

――あらためて、スタートアップバトル2016の優勝、おめでとうございます。

ありがとうございます。

――橋本さんはスタートアップの経営者であり、医師でもあります。今はどのような割合で仕事をしていますか?

週2回、午前だけ、小児科の外来で診療をしています。他の時間は小児科オンラインの運営ですね。

――そもそも、なぜ起業したんですか?

もちろん、いろいろな理由があるのですが、象徴的なエピソードが1つあります。数年前に自分が救急外来で当直をしていたときのことなのですが、夜中に3歳の女の子が救急車で運び込まれてきたんですね。ぜんぜん泣き止まなくて、太ももがひどく腫れていた。レントゲンを撮影してみると、大腿骨が骨折していました。子どもの大腿骨なんて、そうそう折れるものではありません。明らかな虐待でした。

親による子どもの虐待は小児科医として何回か経験しているのですが、このケースではお母さんが自分ですぐに救急車を呼んで、「私がやりました、ごめんなさい」って言いながら、駆け込んできたんです。母子家庭で、貧困があって、お子さんには発達障害があるんだけど、フォローされていなくて。それを全部自分で背負い込んで、追い込まれてしまった印象で。

――そんな背景があったんですね……。

はい。そのとき、「このお母さんは、もし追い詰められていなかったら、手を上げなかった人なんじゃないか」と思って。お母さんに「なんでこんなことをしたの」と怒るのは簡単ですが、それは正しい対応ではありません。どうすればこのお母さんは手を上げずに済んだのか」という問題の上流を考えないと、こういう子どもたちはずっと病院に来続けると思ったんです。

――まさに“溺れる赤ん坊のメタファー”ですね。あるとき、旅人が歩いていて、川に突き当たる。そこには溺れている赤ん坊がいる。旅人は驚いて川に飛び込み、その赤ん坊を助ける。岸に連れていき、ひと安心してふと川を見ると、また赤ん坊が溺れている。旅人はまた助けに飛び込む。旅人はそれを繰り返すけれど、その旅人には、上流で赤ん坊を川に投げ捨て続けている男の姿が見えていない、という。

目の前で困っている人を助けるのは非常に大事だけど、困っている人を生み出す構造を何とかしないと、本当に問題を解決したことにはならないという寓話ですね。もともと小児科領域の社会問題には興味がありましたが、この症例は特別でした。患児の横に座り、痛み止めを打ちながら、僕にできることは本当にこれしかないのか、と考え続けていたのを今でも覚えています。

――それからすぐに起業したのですか?

いいえ。最初、僕は研究したいと思っていたんです。この時点では起業は全く考えていなくて、「何が問題か勉強したい」という思いで、大学院に入って公衆衛生学を学びました。そこで僕が所属していたのは“健康の社会決定要因”を研究する教室でした。貧困や親のリテラシーなど、さまざまな社会構造によって子どもの健康は規定されていることを勉強して、とても納得感があったんですね。

その納得感を得た上で、今度は自分で解決したいと思うようになりました。その過程で、たまたま友人が社会問題をテーマにしたウェブメディアを運営していて、そこに参加させてもらったところ、ウェブの拡散力のすごさを実感しまして。各家庭にリーチすることを考えると、これを利用しない手はない。特に、今はスマホ時代で、親御さんの手元には1人1台、ウェブにつながる端末がある。これを応用して、自分なりにやりたい、と。

勉強してみて、社会の枠組みがわかって、じゃあ自分はそれを当事者として解決したいという思いが強くなって、起業したという経緯ですね。

100人中「病院に行ってください」は3人、見逃しは0人

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――とはいえ、ビジネスにおいて医師相手に何かをすることは、to B(usiness)やto C(onsumer)をもじってto D(octor)と言われるほど特殊で、難しいことだと聞いています。参加してくれる医師を集めるのは、大変ではありませんでしたか?

僕は代表で医師ですが、うちの会社には他にも小児科医が2人いて、チーム6人中3人が医師なんです。だから、「どんな方向性なら医師からも受け入れられるか」というのは、医師ではない人が医療をビジネスとしてする場合よりは、よくわかっているかもしれません。

特に、小児科というのは、常に相手が子どもであるという、ある意味で特殊な科です。社会的構造の影響を受けやすい存在である子どもたちと常に関わりを持つという点から、より社会とのつながりを意識する医師が多いように思います。そんな小児科医たちからもきちんと評価される会社でなくてはならない、ということは、いつも心に留めていなければいけない、と。今、相談員は23人いて、すべて現役の小児科医です。相談員を集めるスピードというのが、どんな競合よりも速い。これが僕らのアドバンテージというか、唯一の強みなので(苦笑)。

医療相談に応じる医師ら

医療相談に応じる医師ら


――いやいや、そんなことは。でも、医師のみなさんは、実際のところ何をメリット・モチベーションにして、このサービスに参画しているのですか?

このサービスが世の中に “医療として”貢献できているのかどうか。僕らは、意地でもこの結果を出していくことを目標にしています。ただ単に、「ユーザーが増えました」「お金が儲かりました」じゃ意味がないんですよ。医師がこのようなサービスをするからには、「その先に子どもが本当に健康になったのか」が重要です。

僕らには「お家で過ごしていていいお子さんは、お家で過ごしてほしい」というのが前提としてあるので、このサービスが上手く回れば、医療費が下がるかもしれないとも思っています。これは「病院に来るな」では決してなく、お子さんを心配する親御さんの不安に寄り添いつつ、医療現場も効率化できたとしたら、それってかなり大きな社会的なインパクトがありますよね。

親御さんの不安を解消することで、理想的には「その地区の虐待が減りました」とか、「医療処置の必要がない患児の来院が減りました」とか、そうなれば日本の医療に貢献できるはずなんです。それは、参加する医師のモチベーションにもなる。

――専門科の医師であっても、「医療相談」を遠隔ですることには難しさがあるのでは?

サービスの実証段階で100人の利用者を集めて、利用後24時間後に親御さんにもう一度メールしてアンケートを取りました。「病院に行かなくていい」と言っておきながら、その後に緊急入院などになっていたらいけませんから、「本当に大丈夫でしたか」と。今のところ、回収率は86%ほどで、見逃しは0件でした。そもそも、100人の相談を受けて、「病院に行ってください」と言ったのは3人だったんです。

――親御さんの不安の中には、病院に行く必要がないレベルのものもあるのですね。

「泣き止まない」などでも相談をいただきますね。もちろん、泣き止まないことが重篤な病気のサインであることもありますし、そもそも対面しているわけではないので、日常診療と比較しても、できるだけ大事を取るようなアドバイスをしています。でも、今はスマホからでも、動画を送ってもらったり、テレビ電話でお話したりすれば、ある程度の判断はできるんです。

公式サイトに記載されている相談例

公式サイトに記載されている相談例

例えば、お子さんに39度の熱があって、親御さんが不安である、と。親御さんはこの「39度の熱」ですごく不安になってしまうのですが、医師の判断軸はそこだけではありません。テレビ電話で見ると熱のわりにちょろちょろと遊び回っていることもあって、そんなとき「これだったら大丈夫だと思います」というのは、実は結構、自信を持ってお伝えできることでもあるんです。

患児・家族・サービス・医療現場・財政に「五方良し」


――とはいえ、定額制というビジネスモデルでは、相談件数が多ければ多いほど利益を上げにくいと思います。継続性はどのように担保するのですか?

2016年12月から、マルハン健康保険組合とパイロット事業をスタートしました。そこでしているのは、「マルハン健保の人は小児科オンラインを無料で使えます」という取り組みです。健保は病院に子どもたちが行く度に医療費を負担しますよね。でも、もしそこで小児科オンラインを使って、病院に行かなくても大丈夫な子どもたちがお家で過ごせるようにすれば、負担が少なくて済みます。

――親御さんたちは不安が減り、健保は医療費の負担が減り、サービスとしてはユーザーを獲得しつつデータも蓄積される。さらには医療現場の人的リソースも、社会全体の医療費も負担が減っていく。いいことばかりですね。

このサービスが軌道に乗れば、そうなっていくと信じています。

――しかし、単刀直入にお聞きしたいのですが、こんなに上手くいってしまうと、医師の仕事が減ってしまいそうです。抵抗などはありませんか?

抵抗はありません。そもそも医師の仕事を奪おうとするようなサービスではないので。大人でも、現代は感染症で人がバタバタと亡くなるような時代じゃなくなって、医療として主に対策しなきゃいけないのは生活習慣病だと言われていますよね。子どもも同じように、人から人に感染していく感染性疾患から、より生活に密着した虐待やアレルギー、発達障害や肥満などに対策がシフトしています。諸先輩方も小児科医であれば、みなさんが知っていることなんです。

――今までとは異なる疾患が増えている、と。

現代の変わりゆく疾患構造に対策を講じるためには、医療従事者が能動的に、家や保育園など、子どもたちがいる場所に関わっていかないといけない。社会構造に原因がある病気がより目立ってきている、数として増えているのに、診療所で待っているだけの医療ではカバーしきれないのが現状です。だから、諸先輩方にも応援してもらいやすい。

一方、遠隔医療の最大の利点は、患者とのタッチポイントが増えることです。これは僕が研修をしていた病院の先輩の言葉なのですが、「子どもたちが医者のところに行くんじゃなくて、子どもたちがいるところに医者がいつもいるべきなんだよ」と。そういう接点が、今はスマホで実現できます。

――小児科以外では、このようなサービスは実現しにくいものなのでしょうか。例えば、大人の医療相談サービスのような。

僕らは小児科しかやったことがないので、ちょっとわかりませんね。ただ、やはり「軽症者がたくさん病院に来る」という問題が一番大きいのは小児科であることは事実だと思います。そのため、相談業務の親和性も他の科よりも高いのです。小児科の特徴として、「不安なのが当事者ではない」点が挙げられます。「相談したい」という気持ちがあるのが親御さんだから、我が子のことだから、余計に不安になるんです。大人だったら、「これヤバイやつだ」と自分でわかるじゃないですか。

今、核家族化や地域のつながりの希薄化、またインターネット上の情報の氾濫により、親御さんの不安は取り残されてしまっています。診断や処方はできないけれど、アドバイスをする。「お母さん(お父さん)、大丈夫だと思いますよ」とお伝えすることのメリットが大きい分野は、やはり小児科だと思います。

ボトルネックは労働集約モデル、 1対Nの情報発信に活路

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――ビジネスとしての手応えはありますか?

今のまま事業を継続して、儲かるということはないですね。どうしても労働集約的というか、ユーザーが増えればその分の医師も増やさなければならないので。でも、だったらやりたくないかというと、そうではなくて、それでもやりたいんです。毎年100万人の子どもが生まれてきて、小児科医は1万5000人しかいない。そんな現状に、少しでも貢献したいので。

とはいえ、自己満足でビジネスをするつもりもありません。今は月額3980円で何回でも相談できる収益性の低いシステムですが、個人からお金を取ろうとは最初から思っていません。だから、健保組合と一緒に取り組むような事業を拡大していきたいですね。むしろ、個人向けには「高くてすいません」という気持ちなんですよ。僕らは国民皆保険ってやっぱり素晴らしい、日本の誇るべきところは、経済格差関係なく受診行動が保たれていることだと思っているので。

――今後の展望について教えてください。

僕らがこれからも常に考えていかなければいけないのが、「本当にこれで医療に貢献できているのか」ということ。ビジネスとしても成功している、社会にインパクトを与えてられてもいる、という目標を、意地として持ち続けます。

事業に関しては、将来的には運営側の効率化に取り組みたいと思っています。これはあくまで仮定ですが、もしかしたら医療相談をする100人のうち、30人ぐらいはチャットボットでも十分にアドバイスができるかもしれない。さらに30人は専門の看護師さんで、残りの30人は僕ら医師が相談に乗ることができるかもしれない。やってみないとわからないことですが、チャレンジする価値はあると思います。親御さんを不安にさせない、信頼性を担保するというのが絶対条件ではありますが。

そして、1対1だけではなく、1対Nの情報発信にもチャレンジしていきたいです。先日はオウンドメディアとして小児科オンラインジャーナルをリリースしました。今後、コンテンツとして、テキストだけではなく動画なども取り入れたらおもしろいのではないかと思っています。労働集約モデルの効率化を図りながら、プラスで1対Nの発信をしていくと。そうやって生み出した時間を、さらに1対1の相談の質の向上に回す。これがスケールする可能性になるかな、と思います。

――これはどれぐらいで達成する予定ですか?

えーっと、では……3年で!

――大変なチャレンジかと思いますが、応援しています。