無印良品を“良品”たらしめる5つのデザインプロセス、目指すのは「これがいい」ではなく「これでいい」

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優れた道具は、見た目が優美であるとともに優れたユーザー体験を生み出す。このことはUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインのプロセスと概念が近い。

UXの現場を知るイベントコミュニティ「UX Sketch」は12月1日、「グッドデザイン賞受賞プロダクトのUX開発手法 UX & Service Sketch」と題するイベントを開催。「グッドデザイン=良いUX」という観点から、受賞したプロダクトの体験設計やデザインプロセス、思想などについてスピーチとパネルディスカッションが行われた。

「エンジニア全員がUXデザイナー」AbemaTVのシンプルなUIはこうして生まれた

ひとりめのスピーカーは、AbemaTVのクリエイティブ・ディレクター/デザイナー鬼石広海氏。AbemaTVは、PC、スマホ、タブレットで視聴できる無料のインターネットテレビ局で、オリジナル番組を24時間放送している。

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アプリダウンロード数は現在1000万超。特徴は、ストレスなく番組を視聴できること、チャンネル切り替え時の読み込みも速いこと、またシンプル操作であること。そしてこれらはグッドデザイン賞の受賞理由でもある。

鬼石氏は開発にあたって、「既存のオンデマンド配信を参考にせず、リニア配信として成功するサービスを狙った。参考にできるものがなかったため、ゼロベースではじめた開発では、デザイナー、エンジニアなど職種に関係なく、関係者全員がUXデザイナーになる必要があった」と明かす。

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週に一度開かれる「夕会」ではプロトタイプをブレストに使用。持ち寄ったプロトタイプは250あまりに上ったという。

「既存のテレビのように、起動してからコンテンツを視聴できるまでの流れを最短にするよう心がけた」という鬼石氏。「そのため、面倒な会員登録は省略。とはいえ、複数デバイス間で情報を共有できるよう、ワンタイムパスワードを発行して対応した」と、目的に向かって解決方法を探す手法を取ったことを説明した。

また、ストレスのないユーザー体験も重視。チャンネルのザッピング時に素早く切り替わるようにするため、「視聴中番組の両隣のチャンネルを先読み、スワイプの位置と音量、スケール、明度を指の動きに合わせることで、心地よい体験を得られるようチューニングした」と振り返る。

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経営者がプロダクトにフルコミットする意義

「経営者がプロダクトにフルコミットしたことも優れたデザインを生み出せた理由」と鬼石氏は続ける。「サイバーエージェントの藤田(晋)社長にとって“人生をかけたプロダクト”。妥協は許されなかった」。

 

藤田氏との毎週の定例ミーティングでは、エンジニア目線ではなくユーザー目線でジャッジが下された。「『これじゃダメだよ』という藤田社長を『いや、これは……』と説得しようとすると、『リリースした後、それぞれのユーザーのところに出かけてプレゼンして説得するの? 触ってみて、ユーザーが価値を感じなかったら、そのアプリはもう起動してもらえないよね』と諭された」と鬼石氏は振り返る。

最後に、鬼石氏は「さまざまな部署からの要望を聞き入れていたら、きっと複雑なプロダクトになっていたと思う。しかし、藤田社長自身が開発に携わったおかげで、それら要望をブロックしてシンプルで優れたUXのAbemaTVを完成できたのです」と締めくくった。

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無印良品が目指すのは「これがいい」ではなく「これでいい」

次に登壇したのは良品計画 生活雑貨部 企画デザイン室長 矢野道子氏だ。

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「無印良品」ブランドが目指すのは“感じ良い暮らしを作ること”。1980年、消費することに多くの人が熱狂していたバブル時代の真っ只中に、社会へのアンチテーゼとして生み出されたという。

デザインコンセプトの基礎を作ったのは、“最良の生活者”としての視点を持っていたという当時の西友会長 堤清二氏と、グラフィックデザイナー田中一光氏の両氏。その後も、取締役会の横に置かれた「アドバイザリーボード」のおかげで、36年にわたって一貫したデザインコンセプトを保てているという。

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「クリエイターたちで構成されるアドバイザリーボードメンバーは、『良い情報』『良い環境』『良い商品』という観点からのご意見番として活躍。その中心に田中氏がいた。田中氏亡き後には原研哉氏が就任し、ブランド開設時と変わらず月に一度、ミーティングを行っています。製品開発のさまざまなアイデアが出される中、『これはいい』『これはここがダメ』というように、最後の“関所”の役割を果たしているのです」

「目指しているのは『これがいい』ではなく『これでいい』。高級なインテリアをあれこれ買った後、残ったお金で『これでいいや』といって買ってもらえるもの、それらを引き立てる役割を無印の製品が担える、という自信があるからこそ『これでいい』をコンセプトにできる」と矢野氏。

無印を“良品”にし続けている5つのデザインプロセス

自信を持って「これでいい」といえるプロダクトを生み出す手法は次の5つだという。

  1. ワールドデザイナーの存在
  2. GLOBAL, LOCAL, UNIVERSAL
  3. 素材の探求と生産者や環境への配慮
  4. 生活者との交流
  5. オブザベーション/観察

 

1.ワールドデザイナーの存在

日本人デザイナーの深澤直人氏のほかに各国に4人のデザイナーがおり、その交流からの発見で、新しいプロダクトが生み出されている。

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2. GLOBAL, LOCAL, UNIVERSAL

地域に根付いた風土、伝統文化、食文化によって使われている日用品を発掘し、それらをリデザインしたプロダクトを生み出している。

3. 素材の探求と生産者や環境への配慮

東北地域での「大槌刺し子プロジェクト」、家具製作時の副産物である端材を利用した「カンボジア天然染プロジェクト」により新たなモノづくりを行っている。

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4. 生活者との交流

「くらしの良品計画所( https://www.muji.net/lab/ )」サイト上のアイデアパーク( http://lab.muji.com/jp/ideapark/ )から大ヒットアイテムである通称“人をダメにするソファ”が生まれた。また新たな試みとして選りすぐった20の開発アイテムから商品化してほしいアイテムへのリクエストを受け付けている。

5. オブザベーション/観察

社員に近しい人の家を突撃訪問し、暮らし方のサンプルを多く収集することで、より生活に必要なプロダクトを生み出せる。

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いずれにせよ、無印良品のアイテムはいつも変わらずシンプルなことが特徴。「原点に戻ればいいというのが強みだと思います」と矢野氏は最後に語った。

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自分が使いたいと感じる意味のあるデザイン、必要な人に届けたいデザイン

3番目に登壇したのはWOW Inc.インターフェイスデザイナー 森田考陽氏。ランニング中などのGPS情報や心拍数を、Tシャツやマグカップなどに印刷できる『RunGraph』アプリがどのように生まれたのか、そのいきさつを解説した。

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『RunGraph』は広告代理店のフロンテッジとの共同運営。開発のきっかけとなったのはトレイルランニングなどを楽しんでいるクリエイティブディレクター 村越豊氏から「スポーツイベントの参加賞のデザインをなんとかしたい」と相談を受けたことだという。

自身もアスリートである森田氏は、「ただ単にデザインがかっこいいだけではありきたりすぎる。参加者にとって意味のあるデザインを」と考えた。

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「走行距離、速度、心拍数などの記録は、トレーニングの質を向上させるためだけでなく、見返すことにより『あのときの坂道はきつかった』『ここから速度が落ちているのは先行者を見失ったからだ』など追体験も可能にする。つまりストーリーを思い出せるのです。それで、それらを記録するだけでなく、“かっこよく”デザインできるアプリの開発に着手したのです」

「ユーザーが自分自身だったため、開発しやすかった」という森田氏。デザイン性の高さが評価され『RunGraph』を採用するイベントも増えてきており、今回のような賞も受賞したことを受け、最後にこのように語った。

「普段の生活で欲しいものがない場合、自分だったらこうするのに、こういうのがあったらいいのに、というものを作ることで、自分の世界が広がる体験ができるので、皆さんにもぜひ経験してみてもらいたいですね」

最後に登壇した富士通 UIデザイナー 本多達也氏は、髪の毛で音を感じるユーザーインターフェース『Ontenna(オンテナ)』の開発者。大学一年のときにろう者と知り合ったことをきっかけに、耳が不自由でも“音を感じられる”デバイスを作りたいと開発に臨んだ。

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『Ontenna』は、一見すると卵型の大きめなヘアアクセサリーだが、音の大きさに応じ256段階の強さで振動。装着すれば“髪の毛で”音の大きさが分かるという。

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「はじめて作った装置は光るだけのもの。視覚情報に頼って生活しているろう者からすればノイズでしかなかったため『いらない』と言われてしまった」と当時を振り返る本多氏。そのことがきっかけとなり、触覚に注力し、ろう者からの協力を得ながら現在のプロトタイプまで漕ぎつけた。

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その結果、車や自転車の接近、玄関のチャイム、お湯のふきこぼれなど、生活で必要なさまざまな“音”がわかるようになったと感想を得られるまでに至った。特に「『これまで知らなかった蝉や鳥が鳴くときのリズムがわかった』と感動してもらえたのが最高にうれしかった」と語った。

「購入したい」との声が多く寄せられているが、現在のところ量産化に至っておらず、来年の発売に向けてユーザー調査を行っているという。

グッドデザインに共通するもの――自分で使いたいもの

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各企業からのスピーチ後、「グッドデザイン」についてのディスカッションが行われた。

どのようなものがグッドデザインといえるかについて、WOW Inc.の森田氏は「使いやすく自分の成長を促すもの、使いたくなるもの」と意見を述べ、AbemaTVの鬼石氏は「課題を解決する、日常の不便を解消できるもの、楽に使えるものではないか」と答えた。

またグッドデザインの共通点について話題が移ると、良品計画の矢野氏は「現場でよく言われるのは『自分にマーケティングしろ』ということ。本当に欲しいと思えることが大切」と述べ、森田氏も同意。富士通の本多氏は、「全部を反映できなくてもユーザーの意見を尊重したもの。自分でも使いたいと感じるもの。考え抜かれた“体験”もデザインのうちに入るのではないか」と、「グッドデザイン賞 2016」で大賞を受賞した地図に言及した解説を行った。

最後に、優れたUXを生み出すデザインの共通点は、司会進行役のリクルートホールディングス Media Technology Lab 松川進氏の次のような言葉でまとめられた。

「重要な要素として、“作りたいと思えるもの”があり、作る際には『圧倒的当事者意識』を持つことが大切なのかもしれません」