地方農家が「AI活用」をする時代に、知っておきたい人工知能のこと

「AI(人工知能)」という言葉はすっかり一般化した。しかし、「AIとは何か」と聞かれたとき、あなたは自信を持って説明できるだろうか。

2016年8月には、IBMのAIである『ワトソン』が、導入先の東京医科学研究所において、特殊な白血病患者の病名を10分で見抜き、その命を救ったことが話題になった。この『ワトソン』は、がんについての2000万件以上の論文を学習していたという。

このニュースからも「AIがすごい」ことはよくわかる。しかし、実際のところ、医療分野以外にも、AIはわれわれの生活に影響を及ぼすのだろうか。

AIが社会に果たす役割について、国内有数のAI研究者であり、リクルート人工知能研究所推進室室長の石山洸さんにお話を伺った。

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「これはAIか否か」は議論として時代遅れに

――石山さん、早速ですが。

はい。

――AIがよくわからないので、わかるように説明してもらえますか? 

ストレートですね(笑)。たしかに、今の日本では、AIという言葉が独り歩きしてしまっているというか、ビジネスチャンスとしての期待などから、バズワードとして消費されてしまっていることを心配されている方が多い印象を受けます。

――はい、見聞きすることは増えましたが、正直なところ、理解度はイマイチです。結局、AIとは何なのでしょうか?

実は「これはAIです」「これはAIではありません」というのは、もう一昔前の議論なんです。ここにアメリカのスタンフォード大学が発表した”One Hundred Year Study on Artificial Intelligence”(原文)という、要するに“人工知能の100年”みたいなレポートがあるのですが、その冒頭でAIはこのように定義されています。

“Artificial Intelligence (AI) is a science and a set of computational technologies that are inspired by—but typically operate quite differently from—the ways people use their nervous systems and bodies to sense, learn, reason, and take action. ”

――ええと、“感じる、学ぶ、論理的に考える、そして行動を起こすときに、人間の神経回路や肉体が反応するような方法により想起された(しかし、一般的にはそれとかなり異なる方法でなされる)科学や一群のコンピューター技術のこと”でしょうか……?

ちょっと難しすぎますね(笑)。“人にインスパイアされた科学やコンピューター技術”くらいでいいと思います。かなりざっくり要約すれば、ですが。

――あっ、簡単だ。じゃあ、人間の機能をもとに生み出された科学技術は、だいたいAIと呼んでいい、と?

少し乱暴ではありますが、狭い定義に因われてしまうよりはいいと思います。

というのも、スタンフォード大学の定義のように、グローバルではプラグマティック(実用的)な定義、つまり、ちょっと抽象度を上げて現実に使えるものを使っていきましょう、というのがトレンドなんです。AIの世界的権威で、リクルートの人工知能研究所所長のアロン・ハレヴィも、「この定義はもっともリアリティがある」と言ってよく引用しています。

「完璧なAI」は産業の発展を妨げる!?

――“実用的”といえば、正直なところ世間一般には、AIが何に使えるのかあまり理解されていないように感じます。

そうですね。専門家の間でも2016年の夏くらいから、社会との関わりを意識した議論が行われるようになってきました。これは、世界経済フォーラムが開催した2016年のダボス会議で、“第四次産業革命”という言葉があらためてアナウンスされた影響です。

第四次産業革命とは、AIやIoT(Internet of Things)を活用することで、産業構造の大きな転換を狙う取り組みです。日本は政府主導で2020年までに600兆円のGDPを達成する目標があり、そのうち第四次産業革命の効果で30 兆円を積み上げたいと言明しています。これをどう現実にするかを真剣に考えたときに、“完璧なAI”のみをAIと定義しようとすると、かえって産業の発展を妨げてしまうんですよ。

――“完璧なAI”が産業の発展を妨げるのはなぜですか?

技術の進化は多くの場合、段階的なものです。例えば車の自動運転の技術には、運転支援機能のレベル1から、レーンキープなどの機能のレベル2、緊急時のステアリングやブレーキ操作を除くすべてが自動化されるレベル3、そして完全な自動運転になるレベル4があります。今、AI的な技術も、ビッグデータから機械学習、そしてインタラクティブなチャットボットが登場して、徐々に広がりを見せています。

これがもし、レベル4のような “完璧なAI”しかAIじゃないという議論になると、自動運転以外の領域も含め、レベル3以前の“AIのようなもの”がオープンにならない。技術は世に出ることで磨かれるものなので、クローズドな環境で開発されるケースはそうでない場合と比較して遅れを取ります。

さっきの政府目標で言えば2020年、つまりあと約4年後には第四次産業革命が起こり始めなければいけないんです。AIという言葉は何度目かのバブルを迎えていると言われていますが、専門家にしてみれば着実に成果を積み上げて進化し続けている。一方で、世間は2045年【※】を目標とするような“完璧なAI”をイメージしがちなので、すぐにそうならないとガッカリ感で期待が崩れる、というパターンを繰り返しているんですよね。つまり、AIバブルは世の中の期待値が生み出したバブルなんです。

※AIの性能が人類を超える“シンギュラリティー”が起こると予測される年

AIは「段階的に進化」し「同時に」「すべてに」浸透するべき

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――AI自体は進化を続けているのに、世の中の期待値が上がったり下がったりするから、AIブームと言われてしまうわけですね。

だからこそ、AIを本当にバブルで終わらせないためには、AIが段階的に進化するものだと認識してもらうことが必要です。これは私の持論ですが、2020年のGDP目標値600兆円のうち、(第四次産業革命の効果で積み上げようとしている)30兆円は5%でしかない。ならば、各産業セクター・各企業の既存のビジネスにAI的なものを導入して5%の付加価値を創出し、レバレッジできればそれでもう達成できるんですよ。逆に、AIが同時にすべての産業セクター・企業に浸透していかなければ、この目標はクリアできません。

それくらいのAIはきっと、レベル1〜4まである中のレベル1なんですけど、こうやって1・2・3……と連続的に登っていくことが重要だと思っています。どのみち、アルゴリズムやUIがどんなに進化したとしても、AIの知能のもとになるデータはどんどん拡充しなければいけない。データの取得とアルゴリズム・UIの進化を並行させながら、IoTなどにより取れるデータをさらに広げて、進化の速度を上げていく。ここで、レベル4ばかりを追い求めて、レベル1のデータを取るのを疎かにすると、進化のスピードが上がらない。これも段階的に進化させるべき理由ですね。

――段階的に進化し、ビジネス上も成功したAIはありますか?

あえて挙げるとすれば、Googleがそれに当たると言えるかもしれません。もともとマサチューセッツ工科大学(MIT)のコンピューター科学者・マービン・ミンスキー氏らは、高いレベルのAIを作ろうとしていました。しかし、作れなかった。当時MITにいて、失意のもとにスタンフォード大学に移ったコンピューター科学者がテリー・ウィノグラード氏です。そして、彼の研究室にラリー・ペイジ氏が入ってきて、同氏が在籍中にセルゲイ・ブリンと創業したのがGoogle、つまり検索機能だけを備えた低いレベルのAIだと考えてみます。

そうすると、Googleは当時まだ強いAIはできないけれども、まずは弱いAIでできることをやってしまいましょうという意識で開発を推し進めた結果、世界的な検索エンジンとなり、あれだけの時価総額に上り詰め、現在では次のステップの研究をしていることになる。前述したスタンフォード大学のAIの定義がプラグマティックなのも、この流れを汲んでいると言えなくもないでしょう。

Facebookのマーケティングは地方創生に活用できる

――AIのことがわかってきたような、やっぱりよくわからないような……。

では、「AIが地方の農家を救うかもしれない」という事例を説明しましょうか。

――事例があるんじゃないですか! 先にそっちを教えてくださいよ!

いやいや、ここまでの前提を踏まえないと理解しにくいこともあるので、そこは……。

――すみません……。

以前、国の地方創生プロジェクトの一環として、「AIやビックデータを地方創生にどう活かすか」というテーマのフォーラムに、パネリストとして参加したことがあります。

当時、私が言ったのは、例えばFacebookは10年間で10億人のユーザーを獲得できました、と。これはなぜかというと、データを使って、モダンなPDCAサイクルを回していたからなんですよね。もし、1カ月間Facebookを使ってくれなかったユーザーがいたとき、具体的にどんなメッセージを送ればユーザーが帰ってきてくれるかを調査・分析し、最適化していくというような。

そうやってUターンを促して、出ていく人数より入ってくる人数の方が多い状態を10年間維持することで10億ユーザーを達成して、そのユーザー規模を武器にマネタイズをしたわけです。これって、人口を成長させて経済を成長させるという観点で、地方創生と一緒ですよね。

――なるほど、たしかに。

やらなきゃいけないことは結局一緒です、と。じゃあ何が違うかといえば、リアルにはインターネットのようにデータがないこと。しかし、今後はまさに、IoTなどの進化によって、リアルでもいろいろなデータを取得できるようになる。Facebookというウェブサービスと同じようなマーケティングが、地方でもできるようになるかもしれない。そこに人工知能を活用すればいいんじゃないでしょうか。

「VR栗の木」は小布施の栗農業を救うか

――でも、実際そんなに上手く行くんですか?

おっしゃる通りです。これだと絵に描いた餅なので、実現可能なアイデアはどんなものかを考えようと、先日フェイスブックジャパンの執行役員の横山(直人)さんと、長野県の小布施に行きました。この小布施というのは、人口が1万人の町です。そこで、Facebookのサービスやそのグロース手法、AIやARをどう小布施の地方創生に活用するか、というワークショップを開催したんです。これがとても盛り上がった。

小布施といえば、銘菓『栗鹿の子』が有名です。実際、栗の栽培が盛んで、町内には栗畑がたくさんあります。ワークショップには小布施の一番大きい栗農家さんと町長さんが参加していて、そのときに聞いたのが、この20年くらいで小布施の畑のアクティブ率が約2分の1にまで落ち込んでしまった、と。なぜかというと、それは栗の木の枝の剪定が難しいからなんですね。

――せんてい、ですか……?

良い枝を残して悪い枝を落とすことで、いい実を成らす。その何が難しいかって、栗の木の枝の剪定は1年に1回しかしないんです。だから、たとえ10年選手でも、10回しか剪定をしたことがない。つまり、なかなかスキルが身につかないわけです。でも、このスキルがないと栗の栽培ができない。だから働く人を確保できない。そういう負の連鎖があったんです。

おお、それならテクノロジーで解決できそうだ、いくつか案も浮かぶぞ、と。1つ目は、栗の木を全方位的に撮影したデータをディープラーニングが学習して、「ここを切ってください」と指し示すとか、AR技術によってスマホを向けると切るべき場所がわかるとか。または、“栗の木シミュレーター”みたいなものをVRで作るとか。

実際に課題を解決したいなら「AI+α」を

――VRなら10年に一度と言わず、毎日でも栗の木の枝の選定ができるわけですね。栗の木農家さんにとっては夢のようなシステムだ。

剪定を終えてボタンを押すと1年後の栗の木の姿が見られて、「あーここ切らなきゃよかった」とか(笑)。

ただし、よくよく考えてみると、栗の木の枝の選定って「葉っぱの体積当たりの日光量を最適化する」、といういわゆる“最適化問題”なんですね。これなら、元になる栗の木のデータがなくても、気象条件や木の構造から、ある程度は演繹的にシミュレーションできてしまうことに気づきました。そうすると、あれ、AIじゃなくても栗の木シミュレーターは作れるね、みたいな。とはいえ、これも人の手でやっていた選定という作業にインスパイアされたものなので、広義のAIということにしてもいいんじゃないかと思います。

重要なのは、特定の技術でできることを探すのではなく、社会の課題を解決するために必要な技術を生み出すことなのではないでしょうか。小布施のように人口が1万人の町の栗農家が、もう「AI を実際に使おう」という意思を持って、研究者と話し始めている。本当に草の根の根っこの方に AI が近づいてきているんです。

――AIは地方の課題を解決できる可能性がある、と。

とはいえ、実際に課題を解決しようとするときの選択の幅は、AIの特定の技術だけに閉じちゃうと、やっぱり狭くなる。「ディープラーニングがダメならVRでやってみよう」「IoTの技術や3Dプリンターも活用できるかもしれない」というマインドの方が早く解決するんです。AIというキーワードに固執するのではなく、第四次産業革命を起こすんだっていう前提でアプローチして、さまざまなテクノロジーの組み合わせを新しく生み出すことが必要だと思うんですよね。

最初は小布施の農家の方に「アイアンマンを作ってほしい」と言われたんですよ(笑)。バーッて飛んで、ババババっと栗の木を剪定してくれるみたいな。で、「それはムリです」って。「でも、人工栗の木だったらすぐにできるかも」と言ったら、「ああ、それでいいです」って。

一般の議論も今はこんな感じだと思っていて、すぐにアイアンマンができないとダメ、アイアンマン以外はAIじゃないと言われがちですが、今、本当に必要なのはそうじゃない。小布施であれば栗の剪定ができる農業従事者を育成することです。だから栗の木シミュレーションでいいじゃないか、と。

「AIの民主化」で第四次産業革命を達成する

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――アイアンマン、好きなんですけどね……。

もちろんアイアンマンはほしいし、そこに科学的好奇心を持ちながらアプローチすることは必要です。しかし、実際に課題解決ができるAIがほしいのであれば、超長期だけでなく、比較的短期中期のアプローチが必要になる、ということですね。

――何かの課題に直面したときに、解決の選択肢としてのAIが自然と思い浮かぶかどうか。

はい、だから僕はみんながもっと、どんどんAIを活用できる方法を考えていった方がいいなと思っているんです。リクルート人工知能研究所所長のアロンは、これをAIの民主化と呼んでいます。そのためには、AIを簡単に作ったり使ったりするためのインフラが必要になりますよね。現在、一番有名なものは、GoogleのTensorFlow(テンサーフロー)というディープラーニングのオープンソースです。誰でも使うことができますが、コマンドを打ったり、科学的なチューニングをしたりという技術は必要です。

だから現在、リクルートの人工知能研究所で研究・開発しているのは、もっとダウンサイジングして、誰でも簡単にデータにアクセスできて、ディープラーニングや機械学習を利用できるシステムです。今はまず社内から、全グループ会社に分散した膨大なデータベースに、誰でもアクセスできるシステムを稼働させています。

こうやって、専門家じゃない人が「あれもできるんじゃないか」「これもできるんじゃないか」とボトムアップで事例を作ることで、世界は必ず変わっていくはずです。そうすればやがて、第四次産業革命も達成できるんじゃないか、と。2020年の目標に向けて、そのために、インフラの整備を進めます。

――あと4年しかありませんが、間に合いますか?

4年あれば大学だって卒業できます(笑)。2015年にリクルートが人工知能研究所のインフラで作った機械学習のアルゴリズムは約4850個で、このうち80%がなんとAI非専門家の社員によって作られたものなんです。AIの民主化は、もう始まっているんですよ。