スタートアップの思考がキャリアに活きる、不確実性時代の“時間を投資する”キャリア論とは?

東京大学本郷テックガレージ ディレクター 馬田隆明氏

かつて企業の寿命は30年とされていた。それが今や時代の変化とともに18年と短くなっている。またIoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、VR(仮想現実)など技術のトレンドは目まぐるしいスピードで移り変わるなど、我々の働く環境はここ数年で劇的に変化してきている。

そのような不確実性、変動性が高まりつつある時代において、我々はどのように今後のキャリアを考えていくべきなのだろうか?

そこにひとつの考えを示したのが、東京大学本郷テックガレージにてディレクターを務め、先日、書籍『逆説のスタートアップ』を発売した馬田隆明氏だ。彼は「キャリアにスタートアップ思考を取り入れることが有効である」という。

スタートアップ思考とはどういうもので、なぜ、スタートアップ思考を取り入れるべきなのか?そしてキャリアにどのような影響を与えるのだろうか? 2月17日、目黒雅叙園にて開催された「Developers Summit」にて馬田氏が登壇したセッション「逆説のキャリア思考」の内容をまとめた。

超保守的と超積極的な時間の投資を行う

スタートアップ思考とキャリア。一見、交わり合うことのなさそうな両者だが、馬田氏によるとひとつのキーワードが共通しているという。それが「投資」だ。

スタートアップは不確実で急激に変化する環境の中から、需要が爆発的に増えていくことが予想される領域を選定し、ヒト、モノ、カネを投資していく。一方のキャリアも考え方は同じ。

馬田氏は「私たちはみんな、時間の投資家です」と語り、明確な答えがない状況の中、どのように“自分の時間”という資産を投資していくか。そこに“逆説的”で“反直観的”なスタートアップの思考を取り入れることが、不確実な時代にキャリアをデザインしていく上で役に立つという。

では、具体的にどうやって投資していくべきなのだろうか。馬田氏は「バーベル戦略」をもとに時間を投資していくことを勧める。バーベル戦略とは、9割くらいを超保守的な投資を行い、残りの1割を超積極的な投資に充てる手法のこと。

実際、GoogleやFacebook、TwitterといったIT業界を代表する企業は、この方法をもとにリスクの高いアイデアをサイドプロジェクトとしてスタートさせ、上手くいく可能性が見えたタイミングで会社を興している。

これを個人のキャリアに当てはめると、9割くらいを企業で安定的な給与を得るために時間を投資し、残りの1割をアップサイドの予測が不能な投機的リターンに時間を投資していく、ということになる。昨今、副業が話題にあがることが多くなってきたが、リスクの高い投機的なアイデアをサイドプロジェクトとして始めてみると良いという。

ポイントは“そこそこ稼げる副業”に手を出すのではなく、予測可能な損失の範囲内でアップサイドの上限が予想できないものに時間を投資すること。エンジニア向けイベントだということももあって、馬田氏は具体的に、新たなOSS(オープンソースソフトウェア)を作ってみたり、すごく伸びそうなコミュニティに入ってみたりすることを例として挙げる。

「ただ最初から上手くいくわけではないので、いろいろと試すことが大切です。歴史的な偉人たちも試行錯誤を繰り返すことで傑作を生んでいますし、Googleも初めて資金調達をするまでに350回もピッチをしています。量が質を生むことは往々にしてありますし、いろいろ試すことでチャンスの数も増え、少しずつ自分のやりたいことも見えてきます」(馬田氏)

リスクの高い投機的なアイデアをどう着想する?

とはいえ、9割のスタートアップが志半ばで会社をたたまなければいけないように、アップサイドが見えないアイデアを得ることは難しい。どうやってアイデアを得ていくのがいいのか、ここでスタートアップの“逆説思考”が生きてくる。

多くの企業が普通であれば選択しないことを、あえて逆張りし、選択する。具体的には下記の3つがそうだ。

1. 一見、不合理なアイデアを選ぶ
2. 小さい市場を選ぶ
3. 難しい課題の方が簡単

それぞれ、どういったことか。簡単に紐解いていく。

1. 一見、不合理なアイデアを選ぶ

良いアイデアとは何か。きっと一般的には誰の目から見ても良さそうに見えるアイデアや合理的に導けるアイデアが答えとして挙がってくるだろう。決して間違いではないが、それでは大きな成功は望めない。

急成長しているスタートアップの多くが、誰も想像しえなかったアイデアから生まれているように世の中のトレンドになっているものを軸に良さそうなアイデアを考えるのではなく、“悪そうに見えて実は良いアイデア”を探していくべきなのだ。

もちろん悪いまま終わってしまうアイデアの方が多いが、ここからアップサイドが予想できないものが生まれてくることは間違いない。

2. 今はまだ小さい市場を選ぶ

今はまだ小さな市場を選ぶことも大切だ。なぜなら、すでに出来上がっている大きな市場は競争も激しく、そこからアップサイドが見えないアイデアを得ることは難しいからだ。今後急成長しそうであるものの、今はまだ小さな市場。そこに投資することが、後の大きな成功につながる可能性高いというのが馬田氏の指摘だ。

例えば、セールスエンジニアやカスタマーサクセスマネージャーなど、自分の体験の中で“今後必要になる”と思われそうな仕事に時間を投資していくと良いという。

3. 難しい課題の方が簡単

アップサイドが見えないアイデアを思いついても、実現可能性を考えたとき、尻込みしてしまう人も多いだろう。しかし、馬田氏は「難しい課題の方が実は簡単に達成できる」と言う。なぜか?

「難しい課題であればあるほど、沢山の人に協力してもらえるので、結果的に実行が簡単になる。また手付かずの状態であるため、競争も激しくなく、大きな成功が期待できます」(馬田氏)

結論として、「10年後に価値がある仕事は何か?」、「いまだ築かれていない価値ある仕事は何か?」、「賛成する人がほとんどいない大切な仕事は何か?」を自らに問いかけてみると、アップサイドが予想できないアイデアのヒントが得られるという。

独自の価値を築き、独占せよ

自らの時間を投資すべきアイデアを着想したら、次は何をすればいいのか? その後は独自の価値を築き上げ、その価値を独占するための戦略を練るべきだそうだ。PayPalの創業者で投資家のピーター・ティールは次のように述べている。

「独占はすべての企業の成功条件なのだ。競争はイデオロギーなのだ。社会に浸透し、僕たちの考えを歪めているのが、まさにこのイデオロギーだ」出典:ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版、2014年)

独自の価値を独自のやり方で見出すことによって、短期間で競争から抜けられ、利益を創出できる。その利益を新たなに投資することによって、独占するための土壌が出来上がっていく。これはキャリアも同じことが言える。

例えば、新しい技術を“少しだけ”勉強して勉強会で発表したとする。そうすると新しい技術に関して独占的に少しだけ詳しい人になり、別の勉強会、ゆくゆくは大きなカンファレンスに呼ばれるなど独占的な立場が出来上がり、価値を発揮できるようになるという。

ただし、自分ができることを発信する“ディストリビューション”をしっかり行わなければ、その結果は得られない、と馬田氏は言う。

「良いものを作ったら、誰かがやってくるということはありません。自分にとって有効なチャネルを見つけ、そこで自分を売り込んでいく。そうすれば誰かに気づいてもらえ、独占的な立場を築くためのチャンスを手にすることができます」(馬田氏)

テクノロジーの発展に加え、働く環境が大きく変化している現代。数年後どうなっているかが分からなくなってきているからこそ、スタートアップ思考が今後のキャリアの指針のひとつになってくれるかもしれない。