すっぴんでテレビ会議! 資生堂の自動メイクアプリ「テレビューティー」開発の背景

働き方の多様化が進み、在宅勤務のようなリモートワークが少しずつ増え始めているようだ。しかし、いくら自宅で仕事するとはいえ、ビデオチャットシステムを使って遠隔で会議をする場合、たった数十分~数時間であっても、女性はメイクをしなければならない。

資生堂が日本マイクロソフトの協力のもとに開発中の「TeleBeauty(テレビューティー)」は、そんな悩みを解消する自動メイクアプリだ。開発の経緯や目的について、宣伝・デザイン部クリエーティブ室長の片岡まりさんに話を聞いた。

片岡さんは、資生堂の銀座オフィスにある宣伝・デザイン部に所属し、広告やウェブの動画、パッケージなど、資生堂の美意識を形にする部門のリーダーだ。化粧品ブランドとして確固たる地位を築いている同社のテクノロジーへの挑戦には、いったいどんな想いがあるのだろうか?

出発点は「ただきれいなものを作っていればいいの?」という問い

――まずは「テレビューティー」開発のきっかけについて教えてください。

私たち宣伝デザイン部は、総勢120人のうち100人がデザイナー職です。普段は枠にはまったコンテンツを制作していますが、「ただきれいなものを作っていればいいんだっけ?」という気持ちが湧いてきて、もっと自分たちのクリエイティビティを生かしたいな、と。そこで昨今、世の中でも盛んなデザインでのソリューションを、私たちでもやれないかと考え始めたのが開発のきっかけです。

2015年の8月頃からプロジェクトがスタートしたのですが、大手のプラットフォームに乗せないと社会に普及していかないのでは? という議論になりました。そこで、日本マイクロソフトのツテをたどって声をかけたんです。オープンイノベーションとして、いろいろな企業とコラボレーションするのがデザインの潮流でもあるので、一緒にチャレンジしましょう、と。

ご存じの通り日本マイクロソフトは、在宅勤務を強く推進している日本のトップ企業です。「テレビューティー」のコンセプト動画をお見せしたら、「これは在宅勤務をワクワクさせるきっかけになるのではないか」という反応をいただきました。そこで、「Skype for Busines(スカイプフォービジネス)」用のアプリとして、昨年10月の試験運用にこぎつけた形ですね。

――アプリの技術面でも、日本マイクロソフトの協力があったのでしょうか?

いえ、実際のソフトの開発を手掛けたのは、弊社ICT部門とEC事業推進部門です。もともとメーキャップシミュレーション技術を持っており、1999年から開発を続けてきました。

これは現在、資生堂の店頭にある鏡のような機械で活用されており、顔を映すと実際にしているメイクを落とさずに、疑似的なメーキャップができます。お店で何種類も試したいときに、都度化粧を落とすのはとても面倒ですよね。肌への負担も大きい。そういう問題を解決するために、早くから資生堂は精度の高いシミュレーション技術を作ってきました。

「テレビューティー」は、その技術とICT技術部門に外部のベンダーを加えた三者で技術開発を進め、「Skype for Busines」に展開させた形です。もちろん、日本マイクロソフトの力がなければ、ここまでスムーズに認知されなかったと思いますし、大きな力をお借りしています。

――いろんな方を巻き込んで、プロジェクトが成長したのですね。

もう一つ言えば、そこに資生堂のメーキャップ技術も加わっています。このアプリは、人の顔をどう美しく見せるかが一番のポイントです。そこで、メーキャップアーティストが40人~50人在籍しているビューティクリエーション研究センターにも声をかけて、「在宅勤務のときにどういうメイクをすれば、いい印象を与えられるか」ということを一緒に考えていきました。現在進行形で、大人数でわいわいと進めていますね。

――スマホのメイクアプリの普及を受けての開発かと思っていたのですが、それとはまったく別の流れなんですね。

そうですね。もちろん、そういうアプリがたくさんあるという共通認識はありました。けれど、それとは一線を画したものにしなければならない。ちまたのメーキャップシミュレーションアプリと決定的に違うクオリティにこだわろう、と。

一番苦労したのは「追従の精度」ですね。会議で発言するときは、口紅の映像が口元の動きにぴったりとついてこないといけません。実際に使った方から「高い精度で再現できている」という声をいただけたのは、長年取り組んできたメーキャップシミュレーション技術のアドバンテージだと思います。

「変身」「加工」ではなく、自分自身の良さを引き出す機能

――改めて、在宅勤務用として開発した「テレビューティー」の特徴を教えていただきたいです。

では、実際に使いながらご説明しましょう。要望が多かったのは、実はバックグラウンドです。家族がうろうろしている姿を映したくない、と。ちょっと後ろに立ってもらいましょうか。この状態で設定を調整すると……。

――あ、背景がぼけましたね。

このぼかしの強さは、かなり議論を重ねた部分です。「真っ白にしたほうがいいんじゃないか?」という声もありましたが、「本当に家なのか?」と疑問に思われてしまうのでは……という意見も挙がって。

――自宅だとわかりつつも、プライバシーが守られるレベルに設定したんですね。

もっとぼかしてほしいという声も多くありますね。ここで設定をセーブしてスカイプを立ち上げれば、このままオンライン会議が始められます。

「テレビューティー」のメイクパータン。左上から時計回りに「ナチュラル」「トレンド」「クール」「フェミニン」

メーキャップのパターンは4種類です。「クール」はクリエイティブ職にぴったりで、「フェミニン」は秘書らしい雰囲気をイメージしています。「ナチュラル」が一番自然で、健康的なオレンジ系。「トレンド」は昨年の流行をベースにしており、メイクの濃淡もパーツごとに調節できます。

――薄めの設定だと、これが合成だとは思えません。動きもかなり自然ですね。

立ち上がったり真横を向いたりまでは対応できませんが、オンライン会議なら激しく動くことはないので、問題ないと思います。

実は、メーキャップ機能をオフにすれば、顔色だけが自動補正されてきれいになるので、疲れや二日酔いの顔を見せたくないという男性にも好評でした。今のアプリはピンク色のフェミニンな画面にしていますが、今後の二次開発では、男女問わず使えるデザインにしたいと考えています。

――意外と男性にも需要があったんですね!

そうなんです。男の人は普段お化粧をしないので、顔色がよくなるだけでも、その変化がかなり新鮮みたいですね。あと、男性のご要望で多かったのは「髪の毛を乗せてほしい」と……(笑)。ただ、あんまり加工しすぎると、対面のときと別人になってしまうので、あくまで自然な範囲で考えています。

――開発にあたって、実際に在宅ワーカーの声を取り入れられたんですか?

どんなメイクにするか、何パターン用意するかは、在宅勤務の多い日本マイクロソフトにもご協力いただいて、社員のみなさまにもヒアリングをしました。

プロトタイプは、メイクのパターンがもっと細かくあったのですが、ヒアリングで「バリエーションはそんなにいらない」といった意見をもらいました。印象については、「顔色がいい」「元気そうに見える」「いつもの自分らしく見える」というポイントを重視する声が多かった。変身や加工ではないんです。流行りの「SNOW」のようなアプリとは目的が異なり、自分自身の良さを引き出すことを求められているのだとわかりました。

――実用化に向けての課題はありますか?

先ほど申し上げた背景ぼかし機能や画面デザインをはじめ、細かな課題はあります。現在はインストールを容易にした新バージョンを2社で試験運用中です。

ただ、社会がタブレットやスマホへとどんどんシフトしているので、そういったものにいち早く対応していくのが最重要かな、と。細かいところでグズグズしているよりは、どんどん次に挑戦していきたいと考えています。スカイプ用アプリにするかも含めて検討しつつ、試験運用でいただいた意見を反映しながら二次開発を進め、来年には形にしたいですね。

多様な美意識が、イノベーションを起こす

――「テレビューティー」の存在は、本来の化粧品事業の首を絞めかねないのでは? とも感じたのですが、社内で反対の声はなかったのでしょうか?

反対というよりも、懸念の声は当然ながら出ました。弊社の中でも「そもそもバーチャルメイクはいいものなのか?」という議論もあって、店頭で化粧品が売れない原因をつくるのではないか、と。でも、「テレビューティー」を使えば、新しい化粧品を試してもらう機会にもなる。たとえば、普段はつけない赤系のリップが似合うことに気づく人がいるかもしれない。化粧の幅が広がる可能性を秘めているとも考えられます。

もし未来にモニター越しでしか人に会わない生活になれば、化粧品への影響があるかもしれません。しかし、仕事はやはりface to faceで進みますし、生活の中で人は人と対面します。バーチャルメイクで新しい自分を発見したり、新しい化粧品に出合ったりするきっかけをつくることは、私たちの事業の幅が広がり、化粧の楽しさが社会に広まることにつながるはずです。

今後、たとえば「この口紅は、マキアージュの何番ですよ」とサジェストしたり、ECサイトに飛んで次の日には商品が届いたりするサービスを導入するのも楽しそうですよね。

――なるほど。いままで存在しなかった新しいマーケティングや販路が生まれるかもしれない、と。

そうですね。先日、「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」【※】にも出展しましたが、スタートアップ企業はすさまじい勢いで動いていて、とても刺激を受けました。「化粧品は店頭で買うものだよね」といった既成概念にとらわれていては、今後生き残っていけないかもしれません。どんどん新しいことに取り組んで、次々とイノベーションを起こしていこう。社内でも、挑戦を推奨する機運が高まっています。
※ 毎年3月、アメリカのテキサス州オースティンで開催するイベント。最先端テクノロジー企業やスタートアップが集まり、音楽・映画・インタラクティブをテーマにしたさまざまな展示を行う。

化粧品事業に直結しなくても、「美」に関わるデザインソリューションによる社会への貢献には、どんどん取り組んでいきたいと思います。今回の日本マイクロソフトとの取り組みのように、オープンイノベーションをもっと進めていきたいです。

――美容ブランドを確立されている御社ですが、「美」に関して共通の方針やルールはありますか?

宣伝・デザイン部は特にさまざまな個性的な人たちの集まりなので、変わった格好をしている人も多いですね。私も普段はデニムパンツを履いていますし、ものすごくカラフルな服装や自分の顔をプリントしたTシャツを着ている人もいます。そういう一風変わった服装の人は、それぞれ美意識やポリシーがあって選んでいるんですよね。

――勝手なイメージですが、社員のみなさんは美容部員やCAのようなファッションだと思っていました。

実は昔から、資生堂はスーツの着用を義務づけていません。もちろん美容部員のように、対面するお客さまに失礼がないよう服装を整える人もいますが、それは必要だからです。人によってはとてもカジュアルで、マーケティング職の中にはパーティーや海外ドラマみたいな華やかな格好の人もいます。そういうファッションの人も、業界の価値観を正しく理解する上で必要なのです。老舗だからといって堅苦しいわけではありません。社内を見たらびっくりすると思いますよ(笑)。

――ステレオタイプな「美」ばかりでは、新しいものって生まれないということですね。

そうですね。いまはお客さまも多様なので、まずは私たちが多様でなければいけないと考えています。

――最後に、「テレビューティー」のほかにも、テクノロジーに関する取り組みがあれば教えてください。

私の部署でいえば、「テレビューティー」とともにSXSWに出展した「BliScent(ブリセント)」があります。これは、人の心理状態に応じて、3000種類以上の香りの中から最適なもの調香して出し分けるアロマディフューザーです。

スマホで心拍数を計り、「気分がいいのか悪いのか」「今からどんな行動をとるのか」といった質問に答えると、「あなたにはこの香りが合いますね」と選んでくれるIoTデバイスです。この製品の特徴である「人の心理状態に合わせた香り」にも、資生堂の製品研究の中で培われてきた香料に関する技術が生きています。さらに、健康状態に合わせたサプリメント自動調合サーバーを手がけているドリコスにもご協力いただいています。

よく“360度のタッチポイント”といいますが、今は従来までのようにテレビや雑誌の広告でコミュニケーションできる時代ではないと感じています。お客さま一人ひとりの中に私たちが入り込んで、その方の気持ちに合ったものを提供することで、タッチポイントを増やしていきたいですね。

――ありがとうございました。化粧品だけでなく、資生堂のノウハウが生きた素敵な製品やサービスが世に出るのを楽しみにしています。