魔法の鏡で朝のメイク時間が大幅短縮!? パナソニックの目指す「テーラーメイドビューティー」

朝はぎりぎりまで寝ていたい……しかし、多くの女性にとって、毎朝の身支度で欠かせないものがある。それはが化粧だ。ポーラ文化研究所が発表した「女性の化粧行動・意識に関する実態調査 2016」によれば、一日のはじめに行うメイクの所要時間は平均14.7分。毎朝、女性たちはこれだけの時間を費やしている。

慌ただしい日々を送る女性たちのニーズに応えるべく、オールインワン化粧品をはじめ、より手軽に(だけど手抜きに見えない)メイク用品や時短メイクのテクニックが次々と世に送り出されている。そのなかでもいま特に注目したいのが、貼るだけでメイクができる「メイクアップシート」だ。いったいどういう商品なのか? どういう経緯でこのプロジェクトがスタートしたのか。開発元のパナソニック 全社CTO室事業創出推進2課主幹の浅井理恵子さんと主任技師の淵上雅世さんに話を聞いた。

淵上さん(左)と浅井さん

社内の技術を結集して作られた“魔法の鏡”

「メイクアップシート」のプリンタ(左)と「スノービューティーミラー」

――昨年10月の「CEATEC JAPAN 2016」でお披露目された「メイクアップシート」に衝撃を受けました。こちらの2つの機械が実物ですか?

浅井 はい。まずは、社内の複数の部署の技術を結集して開発した「スノービューティーミラー」で、非接触に肌をセンシングして肌分析をします。そして、そのデータをもとに肌のトラブルを隠すことができる「メイクアップシート」を印刷します。実際の流れをお見せしましょう。

淵上 「スノービューティーミラー」は、普段はただの鏡になっていますが、鏡モニターをタッチすると、このようにセンシング画面に切り替わります。ここで顔が認識されて、肌の診断を開始します。もともとパナソニックは防犯カメラなどに使われる顔認識技術を持っているので、それを応用しました。

浅井 今、一瞬光りましたが、その光が肌の上で微妙に反射したり吸収されたりします。その光の違いを利用して、これから隠れジミを含むシミやシワ、毛穴、透明感、ほうれい線といったお肌の5項目を分析します。

淵上 5段階評価になっており、たとえばシミは4。毛穴は2……あ、今日は毛穴の状態が悪いようですね。

こうして各項目が数値化されるだけでなく、さらにビジュアル化してわかりやすく確認できます。各項目のボタンを押すと、先ほど撮影した自分の顔に合わせて、表示が出てくるようになっています。

これを見てください。私の肌の奥に潜んでいる隠れジミと、表に出ているシミの両方がピンク色で示されています。シワも、目元にできやすい細かなものまで拾ってくれます。

――体を張って機能を説明するのも大変ですね。

淵上 真実の姿をお見せしております。「スノービューティーミラー」は診断の履歴が保存できるので、過去の状態と比べて良くなった・悪くなったが一目でわかります。肌の変化を確認できるのは大きな特徴ですね。

あとは、右下に表示されている「おすすめの化粧品」は仮の機能ですが、インターネットにつないで商品をその場で購入できたり、スチーマーがその人の肌の状態に合ったプログラムで動いたりといった連携も検討しています。

――化粧していても、これだけ細かく見えるんですね。

浅井 見えます。化粧をしている分、化粧をしていない時より判定は若干よくなります。しかし、それでも光の吸収・反射には微妙に差があるため、細かく計測できるんです。より正確に測りたいなら、ノーメイクで測定していただくのが一番ですね。

淵上 これまで、美容皮膚科などで同様のチェックをするときは、ドームのような装置に顔をはめてUV光を当てていました。しかし、「スノービューティーミラー」は通常のLEDを使って日常の空間でセンシングできる新しい技術を用いています。肌センシングのほかにも、メイクのシミュレーションとメイク方法のナビゲーション機能があります。こういった機能を搭載したスマホアプリはすでにいくつかありますが、どのアプリもベタ塗り感が出てしまいます。そこに、我々がカメラやテレビの分野で培ってきた画像処理や合成技術を生かして、よりリアルに、本当の鏡に写ったメイクのようなシミュレーションができるのがポイントです。

浅井 これなら、たとえばデパートの化粧品カウンターのような場所でも活用しやすくなります。化粧品ブランドと連携すれば、シワ用のパックやシミ用美容液など、オムニチャネル的な使い方もできるのではないかな、と。

――これがプラットホームになれば、化粧品メーカーとコラボレーションも可能ですよね。肌の状態について、シワやほうれい線の具合などはどのように判定しているのですか?

浅井 美容皮膚科の先生に、事例をもとにした基準を決めていただいています。日焼け具合や人種による肌の違いは私たちだけではわからないので、専門家の意見を取り入れています。

一瞬で変身!? 貼るだけのメイクに込められた技術

淵上 ここからいよいよ、画面上のシミ群の中から表に出ているものだけを抽出していきます。セレクトボタンを押すと、「今、ここは隠したほうがいいよ」というシミを自動で判定をして、教えてくれます。今この水色に塗りつぶされたところが目立っているシミですね。このように、忠実に画面上に表示されます。一度センシングしてしまえば、シミの量や位置が変わる半年~1年程度は同じデータが使える想定です。

浅井 センシングのライトは、グループ会社のエコソリューションズ社が作っているライトを使用しています。また、画像診断のカメラは「LUMIX」の技術を応用したものです。鏡の裏側にカメラを隠すことでできるだけ撮られている感覚にならず、あくまで自然な鏡に見えるように工夫しました。


台紙に挟まれた「メイクアップシート」は、約100nm(ナノメートル=1mmの100万分の1)のフィルム

淵上 そして、これからいよいよ「メイクアップシート」の印刷です。ここに光沢があるのがわかりますか? 光っているのがナノシートで、まだ下の白い台紙とくっついている状態です。この上に印刷を施していきます。

シートをセットして印刷ボタンを押すと、先ほど抽出されたシミの大きさやお肌の色といった情報が、そのままオンデマンドでプリンタに送られます。印刷にかかるのはだいたい2分程度です。

これまでのメイクは、シミの位置にコンシーラーを塗って、さらにファンデーションを塗ってパウダーで整えて……と、時間をかけて重ねづけしていましたが、「メイクアップシート」ならたった一枚のシートをそのまま顔にペタッと貼るだけで完成します。パナソニックでこれまで培ってきた印刷技術を用いて、シミが検出された位置にはコンシーラーの層を、最後にファンデーションの層を、この極薄のシート一枚に積層印刷しているんですよ。

センシングしたばかりの淵上さんの肌データをもとに印刷したシート

――あのツヤッと光っているシートの上に、化粧品を何層も重ねて印刷しているんですか?

淵上 一般的な化粧品だと、粒子が大きいのでそのままインクジェットのプリンタでは印刷できません。原料自体は化粧品でも使われているものですが、特殊な技術でその粒子を小さくして専用インクを作りました。……はい、できました。こちらが私専用の「メイクアップシート」です。ちょうどこの頬の形でファンデーションの層になっています。実は、すでに私の顔に貼ってあるんですよ。

――えぇっ!? まったく気づきませんでした……驚きです。

淵上 近くで見て、今どちらの頬に貼ってあるかわかりますか? 片方は普通のファンデーションで、もう片方だけシートを乗せています。

――うーん……右頬ですかね……?

淵上 そうです。境い目辺りがわかりやすいかもしれません。

――あぁ、なるほど! ここにうすーく……言われないとまったくわかりませんね。

淵上 展示会場でも、「本当に貼ってるんですか?」とご質問をいただくので、毎回メイクアップシートを剥がして見せていました。上からパウダーをはたくとこの境い目も隠れちゃうので、もっと見分けにくくなりますね。

――目の前で見ていますが、シートを貼るだけの状態というのが、まだよく理解しきれていません……。

淵上 接着剤などはまったく使っていないんですよ。ナノレベルのシートなので、分子間力だけでくっ付いている状態といいますか。「貼る」と言うとバンソウコウのようなイメージかと思いますが、表情を思いっきり動かしても全然よれません。

――なるほど……もしかしたら、画像だけじゃ読者に伝わらないかもしれません!

浅井 印刷前のシートをぜひ貼ってみてください。肌に貼る前に水を吹きかけ、軽く押さえます。この光沢面を肌に乗せたら、台紙をスライドさせて剥がします。ここに3cm角のシートが乗っています。……はい、これで完成です。グーパーしてみてください。

――くっついてる感じもまったくないですね。

淵上 乾いたらシートが肌についていることを忘れてしまうくらいの軽い着け心地です。

浅井 化粧を落とすにはクレンジング剤が必要ですが、これは水だけでクレンジングできます。くるくるとシートと一緒にメイクも落ちます。

――落とすのも簡単なので、肌への負担がかなり減りそうですね。

浅井 化粧品が直接肌に触れないので肌にやさしいですし、化粧もちもよくなります。化粧崩れって皮脂と化粧品が交ざって起こるのですが、「メイクアップシート」は肌がちゃんと呼吸できるし、しっとり汗をかく程度なら全然問題ありません。雨は、どれくらい顔に当たるかによりますが、一般的な化粧と同程度の耐久性だと考えていただけければ。

――逆に落とすのを忘れちゃいそうですね! クレンジングし忘れても、普通の化粧品と比べても肌の負担にはならないんでしょうか?

浅井 つけていることを忘れて顔洗うと、いつ落ちたかわからないくらいですが(笑)、基本的には普通のメイクと同様に、毎朝つけて夜にはとっていただくことを想定しています。

――シミの部分にぴったり合わせて貼るのは、コツが必要そうな気がしました。

淵上 シミの位置が合わないと、結局のところ目立ってしまいますからね。現在は試作段階ですが、こちらは簡単にシートを貼るためのマスクです。日本人女性の骨格平均から設計しており、シートを乗せて押さえるだけで狙った位置に貼れます。どのサイズのシートを使うかでも変わりますが、慣れてきたらメイク時間がかなり短縮できるのではないかな、と。

――ベースメイクだけでなく、アイシャドーやチークのようなカラーメイクにも応用できそうですね。

浅井 インクは通常のプリンタ同様5色で、組み合わせによってさまざまなカラーを出せます。うまく貼るにはコツが必要ですが、頬の部分もチークの色まで含めて印刷しておくとか、理想としてはそこを目指していきたいですね。

淵上 現状は、肌が一番きれいに見えることにフォーカスしています。チークなどはシートの上から乗せていただくことが可能です。

“魔法の鏡”の開発秘話

――そもそもこの「スノービューティーミラー」と「メイクアップシート」はどのような経緯で開発に至ったのでしょうか?

浅井 2012年頃から黒物家電事業、特にテレビの勢いが危なくなってきたことから、「黒物と白物を融合したような新規事業を考えなさい」というお題を与えられました。スタート時点で、この2つを手がけている複数部署から、男女混合でメンバーが選ばれました。私のようなソフトウェア開発やエンジニアリング出身者もいれば、淵上のようにもともと化学系の材料を研究していた人もいて、様々な分野のメンバーが一つのプロジェクトとして集まって企画から開発まで担当させてもらえました。

――お題が「美容」だったわけではなかったのですね。

浅井 はい、美容以外にも、QoLを上げる新掃除機器や調理機器、新方式の冷熱空調システムなどもありましたね。
まず、東京を含めたアジア6都市を対象に、マクロトレンドからニーズ・シーズ(種)を分析し、仮説を立てて、ヒアリングを実施し、受容性があったスノービューティーミラーとメイクアップシートがテーマとして残りました。

――率直にお聞きしたいんですけど、会社の雰囲気として、これまでの業種や業態に対する閉塞感のようなものは感じられていたんですか?

浅井 従来のように性能だけではダメだという危機感はありました。付加価値がないとただただ価格競争になるのはその当時、特に言われていたことです。そこで、「お客様のニーズに再度立ち返って考えよう」という結論を出し、マクロトレンドから課題を抽出したり、ニーズを分析したりするところから始めました。

その中で、「魔法の鏡があったらいいよね」って。なりたい自分を教えてくれて、そこに向けてどうしたらいいか、PDCAを回せるものが自宅にあったらいいのではないかという発想が生まれました。当時から専門的にチェックできる美容皮膚科やエステはすでにありましたが、生活動線に注目しよう、と。家にあるもので生活動線を変えないで、顔だとか心身の状態を見て、どうすればなりたい自分になれるか教えてくれるものがあったらうれしいのではないかという仮説から、この「スノービューティーミラー」というアイデアが生まれました。

「スノービューティーミラー」がバーチャルな世界できれいになる方法を教えてくれるだけでなく、リアルな世界で、PDCAのAの一つとして、一瞬にしてケアやメイクができればうれしいのではないかと考え、当時のナノ技術と我々が持っている技術を組み合わせ、シートを貼るだけでなりたい自分を実現できる「メイクアップシート」が考案され、鏡を中心にした「テーラーメイドビューティー」というコンセプトが固まりました。

――“生活動線”というキーワードは、もともと御社の家電開発のベースにある考え方だったんでしょうか?

浅井 いえ、このプロジェクトの中で注目されたキーワードですね。簡単なものでも習慣化できないと、忘れてしまったり、すぐに使わなくなったりしてしまいます。
人が止まったりいちいちスイッチを入れたりするのはそもそもの動線じゃないよねと考えた時に、一日のうちに何回も鏡を見ているのに気づきました。そのときは男性から「そんなに見ないよ」って意見も出ましたが、朝起きて洗面台にも鏡があるし、女性は化粧するときも手鏡を使うし、トイレに入るだけでも目にします。女性は一日に平均7~8回は鏡を見るという調査結果もあります。

――そこで“魔法の鏡”というコンセプトができた、と。昨今、AIを活用した技術に注目が集まっていますが、そういう分野の技術を取り入れることも視野に入れたのでしょうか?

浅井 はい、意識しておりました。先ほど画面の右下に出ていたレコメンド機能のように、その人に合った情報や商品を提案することをその一つとして考えておりました。

――最終的にはBto Cの商品化を見越しているのでしょうか?

浅井 そうですね。ただ、最初は肌のデータを送ると家にシートが届くイメージというイメージを持っています。というのも、この大きさの鏡を家に置くには大きいですから。あと、実は「メイクアップシート」は印刷してすぐ貼れるわけではなく、現段階ではインクの乾燥に時間がかかります。これらが、現状、クリアすべき大きな技術課題ですね。

淵上 その辺りはビジネスのモデルによってもまた変わってくるので、ベストな形を模索していきます。メイクカウンターで肌診断をしてもらって、後日お家にメイクアップシートを送るというモデルも考えられるので、ビジネス形態によってどの機構・機能を入れるかを検討することになるでしょう。今は東京オリンピックまでには事業として成立することを目指しています。

IoTは一社で賄うものではない

――「テーラーメイドビューティー」のコンセプト発表後はすぐに反響があったそうですが、関連する事業者からのオファーや提携は検討されていますか?

浅井 「話を聞かせてください」というお声はいただいています。今までは、技術もビジネスもすべて自社でやるという考えでしたが、これからIoTが発展すると一社ですべては賄えないのかな、と。いろんな企業や業界と連携していかなければ、ビジネスは動かないと思います。そういうことで、まずは現在の技術をお見せして、反応を見たりコラボレーションの可能性を探ったりするために、アジア最大級の規模を誇るIT技術とエレクトロニクスの国際展示会「CEATECH JAPAN」で発表しました。

――大企業であるパナソニックがそういう方向に舵を切られたのは、画期的ですね。外部との連携はスムーズだったんですか?

淵上 私たちもまだまだ始めたばかりです。そういった意味では、この「パナソニックラボラトリー東京」も、他社の方が自由に出入りできるオープンなスペースを取り入れました。今までの研究ラボはセキュリティの関係で入れない状態でしたが、それじゃあダメですよね。もっとオープンな研究開発もしていこうよ、と。

浅井 「パナソニックラボラトリー東京」は、昨年の4月に新たにできた研究ラボです。弊社が開発している中で、特にIoTやロボティクスといったAI関係を中心に開発していこうとしたときに、その関連技術が実はパナソニックグループのいろんなところに関わってきます。そういった関係部署をバーチャルにつないで、一堂に会しているような場所が作られました。

このラボは、ヒトティクス、人を中心にしたロボティクスという意味の造語ですが、「常に人を中心とした技術」をコンセプトにしています。パナソニックのさまざまな部署のメンバーや技術がより集まって、そういったプロジェクトを進めている。そのうちの一つが「スノービューティーミラー」と「メイクアップシート」です。

淵上 本社がある大阪には、社外パートナーとのコラボレーションを目的としたオープンスペース「Wonder LAB Osaka(ワンダーラボ大阪)」を作って、オープンイノベーションを加速させています。また、ここでは、いろいろな企業の方が集まるイベントや学生さんも参加できるワークショップ等を開催しています。

――今回のプロジェクトは、社内の技術の集結というだけでなく、業界を問わずに社外と連携して新しいものを生み出していく試みなのですね。

浅井 今でも社内の画像処理の専門家やカメラ開発の部署と連携して開発しております。ただ、化粧品はパナソニックでは作っていないので、そこは外部の力が必要になりますね。

――御社単独でビジネスとして完成したら、化粧品メーカーは震え上がりそうですね。

浅井 今のところ、コスメそのものを作ることは考えていません。そもそも、我々が開発している技術のなかには、美容業界と親和性があるものもまだたくさんあるのではないかと思います。そんな風に、新しい事業分野の拡大を目指していきたいですね。