「いかにして作品に気づいてもらうかが勝負」 講談社の電子書籍が成長し続ける理由

3年ぶりの増収増益となった講談社の2016年度決算。その要因の一つとなったのが、同社が長年取り組んできたデジタル事業と版権ビジネスだ。

同社の電子書籍を中心とするデジタル分野の売上高は、前期比44.5%増の175億円。着実に市場を拡大している電子書籍について、販売局次長でデジタル事業の統括担当でもある吉村浩さんに話を伺った。

「手に取った人を失望させない」がスタート地点

――講談社が電子書籍の取り組みをスタートしたのはいつ頃なのでしょうか?

遡ると1995年頃になります。

――電子書籍というと、スマホやタブレット普及後のイメージが強いのですが、そんなに前からなんですね。

取り組み自体は長いですね。NTTドコモのiモードが始まってすぐにコンテンツを提供しました。食いついてすぐにやってみる新しもの好きの会社なんです。ガラケー時代の配信でも、早い段階から、『金田一少年の事件簿』等を中心に強力なラインナップをそろえていました。

ただ、当時の市場は女性向けアダルト作品がメインでした。残念ながら、弊社にはそういったコンテンツがなく売上も非常に小さいものでしたが、スマホの展開とともに電子書籍の市場が拡大していったんです。それと同時に、電子書店の運営会社の中にもアダルト作品をメインに扱うのが難しい大手企業が参入してきたので、弊社にもチャンスが来たぞ、と。そこで最初にとった方針が、圧倒的に膨大な量のコンテンツ提供でした。

――まずは数を増やそうと?

そうです。電子書籍に初めて触れた人は、最初に自分の欲しいものがあるかを検索するじゃないですか。その時に目当ての作品が見つからないと、失望して2度と使ってくれません。まずは紙であろうと電子であろうと、提供する作品に触れていただければいい。だから、どこよりも早くデジタルコンテンツを多く提供することで、市場を作っていこうと考えたんです。

たとえば、iPadが日本で発売された時は、野間社長から「専用アプリの開発をなんとか間に合わせて」と言われたのが3週間くらい前で、ものすごい急ピッチで準備したのを覚えています。

――3週間ですか!? よく間に合いましたね……。

たまたま日本での発売が2週間くらい遅れたので、ぎりぎり間に合ったんですよ。そうして配信したタイトルが、京極夏彦さんの『死ねばいいのに』でした。このときは、とにかく多くの人に手に取ってもらおうと、第1章を無料配信したり、iPad用アプリでは紙の書籍の約半額で販売したりと、実験的にいろいろ取り組みましたね。

――電子書籍黎明期はフォーマットもバラバラで、先行投資の期間も長かったと思うのですが、御社として売上が伸び始めたタイミングはいつ頃だったのでしょうか?

2012年あたりですかね。アマゾンやアップルがプラットフォームを立ち上げたり、スマホ向けの電子書店が増えてきたりした頃です。

――講談社のデジタルの売上は伸び続けていますが、内訳としてはコミックスが強いのでしょうか?

そうですね。電子書籍市場全体としてもコミックスが強いので。ほかのジャンルも伸びてはいますが、いまのところコミックスほどの成長規模ではありません。『モーニング』の電子版『Dモーニング』でアンケートをとった結果にも出ているのですが、電子版のコミックスには、一度離れてしまった読者が戻ってきていたり、紙では買わなかった作品を購入するユーザーが出てきたりしています。

書店でマンガを一気に20冊レジで買うのって、ちょっとハードルが高いでしょう。でも電子書籍なら、かさばらないしすぐ手に入るし、ハマった勢いで買いやすいんです。それに、普段は読まないジャンルのマンガも、電子版だと気軽に読み始められるじゃないですか。そういったものを手に取ってもらえるのに加えて、書店にはもう並んでいないような古いコンテンツも手に入れられる。そこが、電子書籍でマンガの売上が伸びている大きな理由だと思います。

――そう考えると、電子版は紙のコミックスにはできない機能を果たしているんですね。

目当ての作品がない読者に、どう気づいてもらうか?

――コンテンツ数を拡充してから、電子書籍の市場を成長させるために行ったことはありますか?

物量の次に取り組んだのが、販売施策の組み立てです。紙の書籍はすべて定価販売で、基本的に値下げセールはしませんよね。ですが、電子書籍は再販制度【※】の対象商品でないので、出版社が販売主体の場合は価格変更ができます。そういった柔軟な施策を打つことで、市場の成長が見えてきたんですよ。

※ 再販売価格維持制度。出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店などで定価販売できる制度。独占禁止法は、再販売価格の拘束を禁止しているが、書籍や新聞、音楽用CDなどの著作物については、例外的に認められている。

2012年に『週刊少年マガジン』のアプリを始めたときに、電子版の第1巻の価格を100円に下げて販売する施策を展開しました。電子書籍を使ったことがない人たちに、一回でもお金を払ってもらうことで市場を作っていこうと。結果、ものすごく売れました。

――自社アプリ以外でも、そういった施策を行ったのですか?

いえ、一般的な電子書店には、別な施策を打ちました。スマホの画面は小さいので、せいぜい7~8冊しか一度に表示されない。「これが読みたい」という目的があるユーザーはいいのですが、そうでない人に気づいてもらえる作品の数が少なくなる。すると、人気ランキングに入った作品やドラマ化されたものしか売れなくなるわけです。大量のコンテンツを扱っている出版社は、それでは困るんですね。

そこで考え出したのが、群れで訴求すること。たとえば『進撃の巨人』が売れていたら、似ている作品を並べてフェアを展開する。最初に実施したのが「夏☆電書」という、各電子書店を横断するキャンペーンで、発想としては紙の書店でいう「夏の文庫100冊」ですね。当時は値引き策もなく、単純に100冊ピックアップするだけでしたが、売上は300%伸びました。まず作品の存在に気づいてもらうのが一番重要だというのは、我々にとっても衝撃でしたね。

それ以降、どうやったら作品に気づいてもらえるかを第一に考えています。最近では、広告バナーをきっかけに『食糧人類』や『生贄投票』といった電子書籍発のヒットマンガが生まれています。

――あの広告はインパクトありますよね。でも、電子書店が配信する広告の場合、バナーに露出させる作品は出版社側でコントロールできませんよね?

もちろんです。基本的には電子書店が作品をピックアップしてくださるんですが、我々からも売り込みます。「絶対“バナー映え”するから」と(笑)。

――バナーに映えるかどうかという視点は、いつ頃から意識されていたんですか?

比較的最近で、『透明なゆりかご』というマンガ作品のヒットがきかっけですね。初版の発行部数は数千程度でしたが、第2巻でバナーが出始めて、現在79万部を突破しました。かなり伸びていますね。電子版も相当売れています。結果的に電子書籍であっても紙であっても我々は構わないので、タッチポイントをいかに増やすかが大切です。

もちろん、出合った作品にどっぷりとハマってもらうためにどうすればいいかも考えています。無料施策もたくさんやればいいというものではなくて、いかに引きのあるところで止めて、「続きを読みたい」と思ってもらえるかです。どこで引きをつくるかは、販売部の勘と編集者のコミュニケーションによって、作品ごとに考えて電子書店へ提案しています。

――電子版発の作品は増えていますが、最終的には紙で書籍化することを念頭に置いているのでしょうか?

はい。電子媒体で連載している作品も、コミックスは紙で出すのが基本です。ただ、ここで潮目が変わってきていて、連載作品をまず電子書籍で出してみて、反響があれば紙でも出すという流れも出てきています。

ただ、電子コミックスのみで売る作品はまだありませんね。決算発表の売上高ではデジタル分野が175億円で、講談社全体の売り上げ1172億円の中ではまだまだインパクトはそれほど大きくはないので、現時点ではあくまでも選択肢を増やすためにやるべき事業と考えています。

もちろん、将来的な可能性は感じています。今後さらにデジタル発の作品が増えていくのは間違いないですから。電子雑誌というパッケージやアプリ限定での掲載をはじめ、作品によっていろんなスタイルを選べるようになっていくのではないでしょうか。

宣伝きっかけではない、作品との出合いの場「じぶん書店」

――講談社はほかの出版社よりも、デジタル分野で先手を打っている印象があります。そこで二の足を踏まずに挑戦できるのはなぜでしょうか?

野間社長がデジタルコンテンツの拡大を宣言しているからです。トップが明確に方針を打ち出しているので、現場の人間としては非常にやりやすい。我々は臆せずトライするだけです。まず取り組みに気づいてもらうことが一番重要で、他社がまだやっていなければさらにいい。ビジネスの芽があれば、なおよい。そういう考え方で、先んじて挑戦できているという実感はありますね。

――デジタル分野で、次はどんなことに取り組もうと考えられていますか?

4月20日に、誰でもスマホで電子書店を開設できるプラットフォーム「じぶん書店」をスタートしました。これは一つの大きなターニングポイントかなと思っていて、出版社がどれだけ宣伝やプロモーションをしても、届かないエリアってあるわけじゃないですか。たとえば、友だち同士の口コミとか、好きな作家のオススメとか。出版社としてきちんと販売施策は立てつつ、そういった横の拡散を活性化するツールを提供しようと考えました。

――作家さん自身が書店を開設して、自分の作品を含めてラインナップする形もありえそうですね。

まさにそういう流れです。「じぶん書店」は社内でもびっくりするくらい受け入れられていて、社内向け説明会にもたくさんの人が集まりました。自分で選んだ本に熱いコメントを添えてシェアして、売れたらアフィリエイト収入が入る……わかりやすいプラットフォームです。

――今後は講談社以外のコンテンツや音楽、動画のラインナップを検討中とのことですが、ずいぶん思い切った方針だと感じました。

こういうプラットフォーム提供する側として、商材を増やすことは当然やっていくべきだと考えています。実は、過去に「講談社デジタルコミックストア」という自社タイトルのみの電子書店を開いたら、「『ドラゴンボール』はないの?」とか「『ドラえもん』も扱って」といった声が寄せられたんです(笑)。ユーザーからすると、どこ出版社の作品かは重要ではないんですよね。他社へも声をかけて始めているところなのですが、すごく興味を持っていただいてます。

作品を届ける乗り物は何でもいい

――ここまでコミックスの話をメインに伺ってきましたが、今後ほかのジャンルも伸びてくるのでしょうか?

マンガはこれまで買わなかったものを買う人が増えていますが、文学や新書のような文字ものは、明らかに紙で読んでいた人がシフトしているだけで、紙かデジタルかの割合は変わっても、ぐっと市場が広がっている手応えが今のところありません。

ただ、それはまだ我々の販売施策が足りないからなのかもしれません。たとえば、ダイエット本のような、あまり本棚に置いておきたくないものも、電子書籍なら読みやすい。そういった明らかなメリットを提示できれば、市場が広がると思うので、そこはしっかり考えていくべき課題ですね。

――昨今の“出版不況”を乗り越えていくためには、何が必要とお考えですか?

とにかくいかに作品の存在気づいてもらえるか、コンテンツに触れてもらうかだけなんですよ。その形態が何かは重要ではなく、紙なのか電子デバイスなのか、もしかしたらイベントかもしれない。作品を中心として、いろんな乗り物で私たちが読者にお届けするのを徹底していくことです。自分たちが「あの乗り物怖い」って思っていたら乗り遅れてしまう。なので、その判断を誤らなければ、ちゃんと素晴らしい作品を届け続けられるのかなと思います。

今までは書店に足を運べば、全然興味なかった本がおもしろそうで買ってみるという、作品との出合いの機会がありました。出版社がやってきたのは宣伝とかプロモーションだけで、そのほとんどを書店の店頭でつくってもらっていた。でも、電子の世界になったらそれがない。一等地は自分たちで作り出さなければいけません。これは、デジタル事業を始めてからの気づきですね。