サービスにオプションはいらない――トレタ×メドレーが目指す医療・飲食業界の「当たり前」改革

 

人は変化を嫌う。規模が大きく、長い歴史の中で根付いた慣習も多い“業界”を変えようとなれば、その難しさは計り知れない。そんな旧態依然とした業界の常識をITの力で変革しようとしているのが、TORETA(トレタ)とメドレーだ。

この2社はトレタ本社の特設会場で5月17日、トークイベント「医療・飲食業界の『当たり前』に挑戦する次世代型プロダクトマインドとは」を共催した。ITによって両社はそれぞれどんな未来を描くのか。イベントの詳細をレポートしてみたい。

メドレーとトレタ、業界の課題解決を目指す2社の取り組み

まず、それぞれの会社の取り組みを簡単に紹介してみよう。

メドレーは、医療・ヘルスケア分野の課題解決をミッションとし、2009年に設立したベンチャー企業だ。同社は大きく分けて4つの事業を手がけている。

  • MEDLEY(メドレー):医師たちがつくるオンライン医療事典
  • CLINICS(クリニクス):スマホやPCでの予約や診察、薬や処方せんの配送までを可能とするオンライン診療アプリ
  • Job Medley(ジョブメドレー):医療介護の求人サイト
  • 介護のほんね:口コミで探せる介護施設の検索サイト

それぞれ医療リテラシーの向上や医療従事者の不足といった、業界の問題を解決するためのサービスである。

CTOの平山宗介氏によれば、CLINICSは2015年8月、厚生労働省が遠隔診療に関する解釈を発表したことで、対象となる範囲が拡大されたことを受け、提供を開始したサービス。現在、北海道から沖縄まで約400の医療機関が同サービスを導入している。

メドレーが目指すのは「ITの力で医療ヘルスケア分野の課題を解決すること」。医療に携わるサービスを提供するがゆえに、信頼性や医療の質の担保が不可欠な同社には、共同代表の豊田剛一郎氏を含め、社内に複数の医師がいるという。

一方、トレタは2013年に設立。代表取締役の中村仁氏が飲食店経営者だったことから、飲食店の課題解決を目指し、飲食店向け予約・顧客台帳サービス「Toreta(トレタ)」を提供している。

「トレタ」を使った予約の流れを実演

飲食店のネット予約が普及しつつあるとはいえ、電話で予約を受け付け、手書きで予約表を記入している飲食店は少なくない。しかし、紙の予約台帳は、読み取りミスによる事故やキャンセルの消し忘れによる機会損失、顧客情報の属人化といった問題がつきまとう。「トレタ」はそういったトラブルを回避すべく、データ入力の簡潔はもちろん、予約管理と同時に過去の顧客データを蓄積する機能を備えている。

同サービスの特筆すべき点は、アルバイトスタッフでもすぐに使えるような操作性にある。イベント会場で実演した予約の流れでは、利用者による入力のしやすさはもちろん、店側は予約状況が一目でわかるUIデザインにもこだわりが見て取れた。さらに、バースデーケーキのメッセージ入力といった要望をiPad内に手書きのメモで残せるなど、きめ細かな機能の充実も特徴の一つだろう。

アナログ業界に風穴を開けるプロダクト開発

プロダクト説明後は、両社2人ずつ計4人でのディスカッションタイムへ。メドレーからはCTOの平山氏とデザイナーの前田邦織氏が、トレタからはCTOの増井雄一郎氏とCDO(最高デザイン責任者)の上ノ郷谷太一氏が登壇した。以下、トークセッションのあらましをお届けしよう。

左から、トレタの上ノ郷谷氏と増井氏、メドレーの前田氏と平山氏

プロダクト開発を行う上で重視していることは?

前田 単純にユーザーが求めるものを制作するのは、デザインをしていることにならないと思っています。僕がデザイナーの視点で重視しているポイントは、そのサービスに対する自分たちの思いをデザインに落とせるか。ユーザーや制作側の意見を整理した上で、スピーディーにデザインとしてアウトプットできるかどうかを重視しています。

平山 受託の仕事に慣れている人は特に、言われたことをそのまま疑問を持たずにやってしまいがちですが、それだといいプロダクトはできないと思っていて。「デザイナーやエンジニアが誇りを持ってユーザーにプロダクトを届けるために、自分がどうあるべきか?」を考えています。

もう一つ強く意識しているのは、職種間の隙間をなくすこと。私自身はエンジニア出身ですが、普段から「Sketch(スケッチ)」や「Photoshop(フォトショップ)」といったデザイナーのツールも使うようにしています。そうすることでエンジニアとデザイナーの相互理解が進み、 “継ぎ目のない”プロダクトができるのかな、と。

増井 その考え方は結構近いですね。僕らが一貫して重視しているのは、「問題解決のためにプロダクトを作ること」。プロダクトを作ること自体が目的ではありません。だから「解決すべき問題は何なのか」という共通意識は、開発者全員が持っておくべきでしょう。

お客さんからよく「こんなボタンや機能をつけてほしい」という要望をいただくし、それに応えるのは難しい話ではない。でも、実はそこには「入力しにくい」とか「画面整理がしにくい」といった問題があって、それを解決できるボタンが欲しいんです。だから、まずヒアリングに行く。その結果、実装することもあれば、場合によっては機能追加せず「もうあるんですよ」と教えることもあります。

平山 もしも、営業担当者から「このボタンを入れてくれたら1億で売れる」って言われたら、どうしますか?

増井 実は、それに近いことがサービス立ち上げ初期にありました。大手チェーン店で、テーマカラーと合わないので、「色を変えてくれれば導入してあげるよ」と言われましたが、それは結局断りました。もちろんカスタマイズで対応できるけど、それは一切やらないと決めています。将来的に個別の要望への対応も考えていますが、今は飲食店共通のもっと大きな問題解決のために、細かいところにリソースを割かないことにしているんです。最初は、現場から「これをやってくれたら売上がグッと上がるのに」という声もありましたけど(笑)。

上ノ郷谷 「トレタ」に没入させないことにも、かなり気をつけています。飲食店にとっての本当の仕事は、お客さまへのおもてなしだからです。予約情報の編集についても、紙なら消しゴムで消す手間がかかるけど、データは重要な情報でもサッと消せますよね。こういった意図しない操作をさせないように配慮していますが、“あえて遠回りさせる”というか、操作プロセスにひと手間かけさせるような工夫もしています。情報を簡単に変更できてしまうのは便利な一方で、リスクでもあるので。

前田 飲食店って、同じテーブルでも席数が4人とか6人とか、細かく違うじゃないですか。そこもサポート対象なんですか?

増井 そこはかなり細かく設定できます。ただ、カスタマイズで一番ダメなのは、「オプションをつけること」なんですよ。ひたすらオプションばかりが増えてしまう。

僕が「すべての飲食店にトレタが入っている社会」を目指す上で大切だと考えているのは、従業員が別の店に移ってからも同じように使える“スキルトランスファー”が円滑にできる状態です。オプションが多いと、同じ「トレタ」でもまったく異なるものになってしまう。だから、テーブルの種類などは設定できても、画面変更や項目の増減といったオプションはほとんど存在しないようにしています。

トレタはセールス担当者がコンサルタントに近いんですよ。アプリケーションを売るんじゃなくて、業務効率化を売るのが目的ですから。「プロダクトはカスタマイズできないので、業務をこう改善していきませんか?」、「この項目を使っていませんよね?」など、セールス担当者を通して顧客に問いかけたり、カスタマーサクセスと呼ばれる導入後のサポートチームと一緒にケアしたりしています。

平山 プロダクトの支援チームがちゃんと窓口になり、顧客の問題を解決していく体制とセットになっているのが大事ですよね。

増井 そう。ITだけで解決しないってことも大切なんですよね。

開発プロセスはどうなっている?

平山 メドレーは、事業部長とプロダクトマネージャーの2頭体制で動いています。医療業界のような現場に向けたサービスを開発していると、どうしても現場側の意見が強く反映されがちです。そういったニーズもきちんと吸い上げますが、基本的に何をやるか・やらないかは、現場からちょっと離れて全体設計をしているプロダクトマネージャーが決めます。

現場に入り込むと、どうしても個別のニーズに対応したくなってしまうけど、クラウドサービスの場合、プロダクトは汎用的に作らなければならない。日本の医療のためには客観的な視点からの解決方法を提案することが大事だと思っているので、この距離感は死守しています。

増井 プロダクトそのものだけじゃなくて、導入プロセスとか、場合によっては導入先のワークフローも変えるくらい事業を広く見る視点は必要ですよね。

上ノ郷谷 トレタの場合は、プロジェクトマネージャーを中心としたプロジェクト単位でのチーム構成です。プロダクトマネージャーという役割を持った人はおらず、デザイナーがそれに近い役割を持っています。仕様検討はエンジニアだけでなく、セールスチームも早い段階から加わり、現場に近い視点を入れるようにしています。

増井 プロダクトって、開発しながらどんどん詰めたり改善したりしていくパターンが結構あると思うんですよ。「デザインができて、それを開発製造しておしまい」とはならない。プロダクトに関わるチームメンバー全員で磨いてくイメージです。

上ノ郷谷 「トレタ」は飲食店の業務に直結するツールです。安易に機能追加すると、オペレーションを大きく変えざるを得なくなり、それ自体がコストになって使えなくなってしまうこともある。だから、機能追加の過程では、「いつもどおり使って、前より少し使いやすくなっている」ような、自然な形を目指しています。顧客の課題に対してどういった価値を提供するか決めるまで、社内ではかなり失敗を繰り返すことがある。プロトタイプを作って、時間をかけて仮説検証を何度も繰り返して、実装後の影響を開発段階でできるだけ理解しておくことを心がけていますね。

IT化を進める上での苦労は?

増井 両社に共通するのは、使う人たちがIT慣れしてない点でしょうね。飲食業界の特徴は、人の回転の早さ。ある焼肉のチェーン店だと、年間2万人を採用しても2万人が辞めてしまう。在籍期間の平均が6カ月くらいなんです。

だから、「プロダクトを使っているうちに慣れるはず」と思っていても、慣れた頃にはもういない。アルバイト全員どころか、下手すると店長も変わっていることだってあるので、“慣れれば使えるようになる”っていうインターフェースではダメで、基本的には“初見で使ってもらえるプロダクト”が必要なんです。月曜の夜しかシフトに入らない人や、お店をいくつも掛け持ちしている人もいます。見てすぐ使えるという条件が求められるのは、飲食業界特有じゃないでしょうか。

前田 逆に言えば、長期的に使う人が少ないのであれば、システムをダイナミックに変えるチャンスもあるっていうことですね。

増井 うーん、それはそう一筋縄ではいかなくて。50歳~60歳くらいのご高齢の方で、開店以来ずっと一人で予約受付をしているような老舗も結構あって、大きく変更すると使えなくなってしまう……。両極端ですね。

平山 医療業界もさまざまな障壁があるんですが、一番わかりやすい事例は決済です。ECサイトだったら、「300円だから買おう」ってなるじゃないですか。でも、医療の場合は診療が終わるまではいくらなのかわからず、後出しで価格が決まります。みなさんあまり意識しないかもしれませんが、初診料・再診料=何点というのが、すごく細かく決められているんです。そういった医療業界独特のルールや現行法を理解しながら、汎用的なプロダクトを作るのは非常に苦労しました。

増井 法律が変わったら、それに対応しなければならないってことですね。

平山 そうです。あと、オンライン診療って、現時点では対面の診療に比べると一部の保険点数がつかないので、医療機関にとって現時点では金銭的なメリットがあまりないんですよ。これはそもそも、診療報酬ルール自体がオンライン診療を想定しておらず、対応できていないからなんですね。だから、いいプロダクトを作ることと同時に、ガバメント・リレーションズや医師会などとの情報交換を通じて、IT化への理解を働きかけるという両極が必要になる。この点は、医療プロダクトを変える上での難しさであり、大事なところなのかな、と。

前田 私たちは医療業界のIT化を進めるというよりも、「どう医療業界と向き合っていくか」に取り組んでいるのかもしれませんね。社会全体を巻き込んでIT化を促進するという意味では、社会的な意義を感じています。

飲食と医療、それぞれが抱える業界特有の課題は?

平山 医療業界に関しては、まず現在の医療費が40兆円で、そのうち50兆円にもなるといわれています。この増加は主に高齢化によるものですが、高単価な薬が出回り始めていることも一因です。もちろん効果の高い薬が使えるようになるのは歓迎されることですが、自分が長く生きるために数千万の薬を使えば、それが結局子どもや孫の借金になるわけです。次の世代のためにも、そういう意識は持っておかなければいけないと思っています。

そのために、まずはカルテを書いたりそれを保険点数に落とし込んだりといった細かな業務を、テクノロジーで改善していく必要がある。医療従事者の経験で担ってきた業務を、たとえばAIで代替させることで、高齢化や医療費の高騰といった医療業界、そして日本が抱えるマクロな問題に真摯に向き合う態勢を整えるのが、我々のミッションですね。

前田 医療費が膨らんで、国の予算が逼迫してきている状況で重要になってくるのは、重大な病気を未然に防ぐ予防的医療です。そこの領域で私たちが貢献していく必要を感じていますね。そのほかにも飲食業界と同様、就労人口の問題もあります。

増井 これから先、飲食業界は爆発的に伸びることはしばらくないと予想されています。以前は自炊以外の選択肢がレストランや定食屋での外食だけだったけど、コンビニや冷凍食品が登場して需要が落ちている。さらに、飲食=ブラックな業界というイメージから、働き先としても人気がなくなり、人が雇えないとか営業日を減らさなきゃならなくなったという声もよく聞いています。だからこそ、僕らが業務効率化することでカバーできる余地はあるのでないか。少ない人手でもお店が回るようにするために、トレタがやれることはあるんじゃないかな、と。

上ノ郷谷 プロダクトと直結しませんが、予約の確実性を高めることが課題だと感じています。旅行業界なら、ホテルでキャンセル料が発生しますが、飲食店にはそれがありません。最近は、和食と洋食の店をそれぞれ予約しておいて、当日に行きたいほうを選ぶとか、わざとダブルブッキングをする人もいるそうです。

そういった危ない予約の傾向は、すでに蓄積されたデータからもある程度は見えています。たとえば、きりのいい人数の団体予約とか、料理のコース確認で「ちょっと考えます」という曖昧な返答だとか。ですので、たとえば事前にデポジット決済できるようにするといった、無断キャンセルを防ぐ機能も提供しています。

増井 いろんな解決方法があると思っています。電話にウソ発見器をつけて、「本当に来ますか?」って質問をしたらわかるとか(笑)。

大きな課題を解決するには、個別のニーズをはねのける強さも必要

メドレーに入社して半年だという前田氏は「前職でもウェブサービスをデザインしていましたが、いまは以前よりもどれだけ完成度が高い製品をユーザーに届けられるかという、プロダクトデザイン的志向でデザインをしています」と話す。まだまだアナログな業界を変えていこうとしているメドレーとトレタに共通しているのは、顧客に求められるままにサービスの仕様を変えないという考え方だ。

質疑応答では、「医療機関側からさまざまな要望が上がるなかで、どのようにプロダクトの仕様を決めているのか?」という質問が出た。平山氏はこう答える。

「開発ってある程度“独裁的”にやったほうがいいと思っています。エゴみたいな独裁とは違うんですけど、そういう意志の強さを持つ人が会社に一人はいないと、ありきたりなプロダクトばかりになってしまう」

より広い視野で業界全体の問題点を見据えるトレタとメドレー。業界が異なるとはいえ、ときには個別のニーズをはねのける強さを持ちながら顧客と真摯に向き合う両社に、共通する姿勢が垣間見えた。トレタとメドレーが目指すのは業界のIT化ではない。業界の「当たり前」がもたらす課題を、テクノロジーの力を活用して解決することなのだ。