Slackがクラス内コミュニケーションを加速させる――通学コースを新設したネットの学校「N高」2年目の挑戦

「VR入学式」や「ドラクエ遠足」など、2016年4月の創立当初から教育業界にセンセーショナルな話題を提供し続けてきた「N高等学校」(以下、N高)。KADOKAWA×ドワンゴがタッグを組んだ「ネットの高校」は今、次世代を担う子どもたちにどのような教育を提供しているのだろうか? 内情に迫ると、そこにはITツールを活用した巧みな教育システムと、ITでは補完できない「先生の本懐」を重視する思想が共存していた。

今回はN高等学校の設立背景から教育カリキュラム、新設した「通学コース」に懸ける思いについて、副校長である上木原孝伸さんにお話を伺った。

誰もが『行きたい!』と思える、ポジティブな通信制高校を目指して

――まずは、N高がどのような学校なのか、ざっくばらんにお聞かせください。「ネットの高校」というキャッチフレーズを使われていますが、一般的な高校とどのような違いがあるのでしょうか?

枠組みでは、N高は通信制高校です。通信制というと、どんなイメージを持たれますか?

――何らかの事情で普通の高校に通えない人たちが、高卒資格を取得するために行く……というものかな、と。

そうですね。通信制や定時制といった学校のシステムは、戦後に「昼間働きに行っている子どもたちにも、学ぶ機会を与えよう」と作られたものなんです。それが90年代頃から、勤労青少年の割合が減るにつれて、通信制や定時制の学校は「全日制、つまり一般的な学校に行けなくなってしまった子どもたちが通うもの」という意味合いが強くなっていきました。

N高は、そんな従来の通信制高校のイメージを払拭して、「ポジティブな選択肢」として捉えてもらえるような学校づくりを目指しています。通信制高校の仕組みを生かすことで、誰もが「行きたい!」と思えるような高校を作ろう。これが、私たちの建学のコンセプトです。

――「通信制の仕組みを生かす」とは、具体的にはどういうことなんでしょうか?

一番の利点は、好きな勉強、やりたい勉強の時間を確保できることです。もちろん通学の時間はないし、ネットを使えば昔と違い郵送の手間もない。もちろん授業を受ける場所も問いません。

――自宅はもちろん、電車やカフェでも授業を受けられる……ということですね。

しかも、時間の割り振りは融通が利きます。毎日少しずつでも、1週間のうちの1日にまとめて何時間分受けても大丈夫なんです。

――なんだか、大学の授業に近いイメージですね。すると、その分空いた時間には、何か他の授業を自分で選択して履修できるのでしょうか?

そうです。N高では高卒資格取得に必要な「Basic Program(ベーシックプログラム)」のほかに、「Advanced Program(アドバンストプログラム)」という多種多様な授業を用意しています。ドワンゴが開発・提供している学習アプリ「N予備校」では、文芸・ライトノベルの創作指導ほか、声優、アニメーター、イラストレーター、マンガ家、作曲家の養成講座、基礎から実務レベルまでをフォローするプログラミング講座、ファッションやクッキング分野等々、あらゆる夢の第一歩を提供できるよう、幅広く展開しています。

全日制高校とN高における、生徒の時間の使い方イメージ図(N高校公式サイトより)

こうした講座で実際に指導にあたるのは、各業界の第一線で活躍している現役のクリエイターたちです。運営母体であるKADOKAWAやドワンゴのネットワークをフル活用しているので、私たちにしか提供できない価値を創出できているかなと思っています。

――確かに、現役クリエイターによる指導は貴重な機会ですね。

N高はクリエイター育成に特化しているわけではなく、「あらゆる生徒のニーズに応え、どんな生徒でも楽しめる学校にすること」を目標にしています。大学進学を検討している生徒に向けては、実力派予備校講師による大学受験対策授業を用意ししています。もちろん、中学以前の課程の復習コースも充実させています。

――それらの授業を自分で選択して、好きな時間に受けられると。

厳密に言うと、「Advanced Program」の多くは「N予備校」での生配信なので、リアルタイムで受ける場合は、時間を合わせて受講してもらうことになります。

――えっ、録画ではなくて生配信なんですか?

もちろんアーカイブもしているので、見逃した方も受けられます。ただ、N高としては「リアルな学校の体験をネット上で再現すること」を目指しているので、生配信で講師と生徒がコミュニケーションしながら授業を進めていくことを大事にしています。

ニコニコ動画、Slackを取り入れたN高の教育システム

――生配信で、たくさんの生徒とコミュニケーションしながら授業をするのは、すごく難しいイメージがあります。

授業の配信については、ニコニコ動画のシステムをもとにN高用に開発したアプリ「N予備校」で行っています。ニコニコ動画と同様に、生徒たちのリアクションがリアルタイムで画面上に流れるんですよ。

「N予備校」の生配信授業の様子

――コメントで荒れたりはしませんか……?

今のところ、大きな問題になったケースはありません。賑やかな授業もあるみたいですが(笑)。また、N予備校オリジナルのシステムであるアンケート機能を使って、生徒たちに4択問題を答えさせることもできます。その場で正答率も出るので「みんな、ここで間違えやすいんですね」などと、解説もしやすい。

――それはオンラインならではの利点ですね。

生配信中に、講師が生徒の回答をリアルタイムで添削できる

アンケートだけではなくて、記述式の問題を指名して答えてもらう「挙手システム」もあるんですよ。先生が生徒たちに挙手を求めると、生徒たちの画面に「挙手ボタン」が出てくるんです。先生側は、挙手ボタンを押した生徒を把握できるので、その中から一人を指名します。当てられた生徒は、回答をスマホのカメラで撮影して先生に送信。それを先生が公開添削する……なんてこともできるんです。

――普段なら手を挙げられなさそうな子も、積極的に授業参加してくれそうですね。

私たちはネット上でリアルな学校の機能を再現しつつも、オンライン特有のハードルの低いコミュニケーションを大切にしています。その思いがよく表れているのが、N高のHR(ホームルーム)のシステムですね。

――通信制なのに、HRの時間があるんですか?

そうなんです。たとえネット上でも、生徒たちには普通の高校と遜色のない学校生活を楽しんでもらいたい。ですから、授業の充実だけではなく、生徒同士によるコミュニティづくりを重要視しています。

これまでの通信制の学校は、そもそもほとんど通学しないので、友だちを作ることが難しかった。でも、今やSNSがインフラのように浸透している時代になり、ネット上で友だちを作ることも一般的な行為になっています。その流れに乗って、私たちもツールを活用してネット上でHRを行ない、友だちづくりのきっかけになるような場づくりをしています。HRは毎日、Slack【※】上で行っています。
※ 2013年8月にリリースされたアメリカ発のチャットサービス。IT系のスタートアップをはじめ、さまざまな企業がコミュニケーションツールとして採用している。日本語版はリリースされていないため、ヘルプページなどはすべて英語表記。

――Slackですか!

チャンネルでクラス分けも簡単にできて、非常に便利なんです。先生よりも、子どもたちのほうが使いこなしていますよ(笑)。

Slack上でのホームルームの様子

――HRでは、どのような内容を話しているのでしょうか?

それは、各クラス担任の先生に任せています。GoogleForm(グーグルフォーム)でアンケートを取って「このクラスはゲーム好きな子たちが多いんだね」という話をしたり、ゴールデンウィーク明けだと「どこかへ旅行した?」と生徒たちに聞いてみたり。クラス担任は日常では授業を持っておらず、クラス内のコミュニケーション促進と、学習のモチベーション管理に専念しています。

――なるほど。クラス担任の先生は、予備校の「チューター」的な存在なんですね。

はい。授業は教えるプロがやって、クラス担任は生徒のコーチングに徹してもらう。こうした体制は、これからの教育に必要な役割分担だと感じています。

現代の先生が一番やらないといけないことは、生徒たちの「コーチング」や「メンタリング」ではないでしょうか。「生徒たちそれぞれの夢は何か」「その実現に向けて何をすればよいか」を一緒になって考えてあげることが重要です。しかし、現状では「日本の先生は世界で最も忙しい」ともいわれていて、なかなか生徒一人ひとりをケアする余裕がありません。

全日制高校とN高における、教職員の時間の使い方イメージ図(N高校公式サイトより)

そこでN高では、ITを活用して教育の分業化・効率化を進め、できるだけ先生側の余裕を生み出す試みを実施しています。そして確保できた時間を、先生としての本懐である「コーチング」、生徒たちとの密なコミュニケーションのために使ってもらっているんです。

――ITで効率化した分、より人間的な営みに注力されている、と。

そうですね。効率化できる部分でテクノロジーの力を借りつつも、機械には代替不可能な「人間的に向き合うこと、人間がやることで価値が生まれること」を、N高では大事にしていきたいんです。どんなにITが発達して、AIが仕事を代替できるようになったとしても、「先生」という役割が不要になることはないと思っています。

来なくていい学校を作ったら、生徒が「学校に行きたい」と言い出した

N高の通学コース・東京 代々木キャンパス

――N高は2017年4月から「通学コース」も始められましたね。通信制のメリットを活用したネットの高校を作るというコンセプトからスタートしたN高が、なぜリアルな校舎を設けたのでしょうか?

そこは疑問に思われますよね(笑)。実は私たちも、設立当初は「通学する場所は必要ない」と考えていたので、「通学コース」を作る予定はなかったんですよ。

――想定外だったと? 何か作るきっかけがあったのですか?

実は、子どもたちに「N高だったら通いたい!」って言われちゃったんですよね。そういう声が、初年度からどんどん集まってきたので、これは作るしかないな、と。

現状、N高の生徒は、何らかの事情で学校に行けなくなった子どもたちが、全体の約6割を占めています。そんな子たちが、N高に入学して「初めて友だちができた」「初めて学校が楽しいと思えた」と言ってくれて……。その延長線上で「通いたい」と願っている。

そんな想いを聞かなかったことになんて、できるわけないじゃないですか。今すぐ作らなければ、希望した子たちは卒業してしまいます。だから、急ピッチで「通学コース」を開設したんです。

――学校に行けなかった子どもたちが、「学校に行きたい」と。なぜその子たちは「通学したい」と思うようになったのでしょうか?

N高で友だちができて、コミュニケーションに少し自信が持てるようになったことで、「もっと友だちとリアルに交流できる場所がほしい」と感じたんでしょうね。人間はもともと、群れを成して生きる社会的な動物なので、本能的に人とのつながりやコミュニティを求めているのかもしれません。

通学コースの授業風景

――友だちができたのは、やはりSlackでのコミュニケーションがきっかけですか?

そうですね。生徒たちは、本当に上手にSlackを使いこなして、仲良くなっています。よく親御さんから、「ネット上ばかりでやり取りをする生活では、コミュニケーション能力が落ちるのでは?」と聞かれることがありますが、まったくそんなことはありません。

むしろ、小中学校でリアルなコミュニケーションを苦手としていた子たちが、高校に入って急に対面で話せるようになるなんてあり得ないんです。でも一度、リアルよりハードルの低い「チャット」で意思表示する練習をして、そこから「友だちができた」という小さな成功体験を得られれば、それがリアルなコミュニケーション力につながっていくんですよ。

――ネット上だけじゃなくて、リアルでも話したい……という思いが膨らんでいくわけですね。

それでも、すぐに話せるようになるわけではありませんが。Slackではすごく饒舌な生徒と実際に会ってみたら、一言も話さないし目も合わせてくれない……なんてことはざらにあります(笑)。でも、リアルで話す場に来ているということは、「話したい」という意思表示でもある。N高では、そういった子どもたちの変化や成長を目の当たりにする機会が多くて、日々胸がいっぱいになっています。

引っ込み思案だったのに、N高に通い始めて友だちができて、自信を持ってアルバイトまで始めた生徒がいます。その子はさらに、先日のニコニコ超会議で開催した「N高文化祭」でステージの司会に立候補し、無事大役を務めてくれました。人前で明るく話している姿なんて、出会った頃はまったく想像できなかったのに。

「N高文化祭」の様子

普通の高校で「行かない」という選択肢を取ると、「みんなと違う。みんなと同じことができない」と否定的に捉えられてしまいます。でも、N高は「行かなくていい」が大前提なので、「学校に行ってない」状態がストレスにならない。だからこそ、少しずつ自信を取り戻していくにつれて「外に出てみようかな」という気持ちが芽生えてくるのかな、と。まるで、あまのじゃくのようですが(笑)。

――とりわけ、「通学コース」を選ぶ子どもたちは、「通わなくていいのに、自分の意思で来ている」という共通意識を持っている分、お互いに話しかけやすそうですね。

そうかもしれませんね。「通わないからこそのメリットを最大限に生かす高校」として始まったN高で、通学コースを開設することはある種の自己否定にもなるので、内部でもシビアな議論がありました。でも、休み時間に生徒たちが楽しそうに会話しているのを見て、作ってよかったなと感じますね。せっかく作った通学コースなので、プロジェクト型の学習プログラムをはじめ、全日制の学校ではできないような授業を充実させています。

ITは教育現場で本当にやりたかったことを実現するためのツール

――2年目を迎えたN高ですが、今後の課題はありますか?

想定していたことではありますが、遠隔による生徒たちのモチベーション管理やコーチングは予想以上に難しいと感じています。なので、担任の先生たちのスキルアップを継続的にやっていかなければいけないな、と。

担任は必要に応じて電話面談を行うなど、一人ひとりと密なコミュニケーションを取っています。そのなかで、離れた場所にいる生徒たちのやる気をいかに引き出し、押し上げていくかが、今後の大きな課題ですね。

――生徒たちの学習進度は、すべてデータベース化されているんですか?

そうです。生徒一人ひとりの学習進度やレポートの提出状況をシステム上で管理しているので、先生側はいつでも簡単にそれを確認できます。これは、ネット上で展開しているN高ならではの強みですね。レポート提出や受講状況に遅れのある子がいたら、こまめに連絡を入れています。

最近は「レポートフォロー」という取り組みを始めて、ネット学習がうまく進んでない子どもたちを校舎に呼んでメンタリングをしています。直接会って相談に乗ってあげると、その後のレポート提出状況が改善される傾向にあるんです。

――リアルな場が、ネット学習の補完的な役割を果たしているのですね。

オンラインとオフラインの場の使い分け方は、これから積極的にブラッシュアップいきたいですね。これも、通学コースを作ったことで生まれたいい影響です。

――お話を伺っていると、N高は本当に上手にITを教育現場で活用されているのだなと感じます。

N高にとって、ITはあくまで「教育現場で本当にやりたかったことを実現するための手段」の一つに過ぎません。旧来的な教育現場では、「iPadや電子黒板の導入率が何%」といった形で、ITツールの導入自体が目的になってしまっているケースが多いと感じています。

私たちN高のスタッフは、教育現場とITの現場それぞれの最前線にいた人間が入り混じっています。それこそが、この学校の強みの源です。教育側の人が「こんなことをやりたい」と提案して、それをIT側の人が検討し、実現に向けて具体的な方法を提示してくれる。いち教師としても、非常に刺激的で楽しい環境ですね。

――今後、N高をどんな学校にしていきたいですか?

これから高校生になるすべての子たちに、N高が全日制の高校と並ぶ、ポジティブな選択肢として認知されるようになってほしいと考えていますし、すでにそうなってきている手ごたえも感じます。この春入学した2003人の生徒のうち、90%以上が第一志望です。N高のイメージが世の中に広まって、通信制の高校全体が「自分のやりたいことに最大効率で取り組むために、積極的に選択され得る場所」になっていったら、それはすごく誇らしいことだなと。

2017年4月、新年度の入学生を迎えて、N高の在校生は3800人を超えました。まだ何も実績のないN高に、勇気を持って飛び込んできてくれた生徒たちへ、心からお礼を言いたいです。その勇気に応えるべく、全生徒の夢と真摯に向き合い、模索し、その実現への道筋を示せるように、今後とも全力投球していきたいと思っています。