コンピューターが人間を超えた世界はどうなる? プロ棋士・遠山雄亮五段に聞く、AIとの付き合い方

 

人工知能の世界的権威であるレイ・カーツワイル氏は、シンギュラリティ(技術的特異点)の訪れを2045年と予測する。その頃には、人工知能(AI)が人類よりも賢くなり、より優れた人工知能を生み出すサイクルが始まるというのだ。

これまでなら、SFの世界でしかありえないような絵空事だと、一蹴したかもしれない。しかし昨今、コンピューターが将棋や囲碁のトッププレイヤーに勝利するなど、シンギュラリティの可能性を匂わせる出来事が立て続けに起こっている。

人類は進歩し続ける新技術に対して、どのように付き合っていけばよいのだろうか? シンギュラリティの先駆けともいえる、人間対コンピューターの「電王戦【※1】」を間近で観戦し、自身もプロ棋士としてコンピューターを積極的に活用する遠山雄亮五段に話を聞いた。
※1 ドワンゴ主催の、プロ棋士とコンピューター将棋ソフトによる非公式棋戦。

プロ棋士から見た「電王戦」の意義とは

――今年5月に開催された第2期電王戦の閉幕により、プロ棋士とコンピューターの対戦は一区切りしました。2012年の第1回から6年にわたる対決を振り返って、率直に言ってコンピューター将棋は人間を超えたのでしょうか?

プロ棋士の世界では、実績がそのまま実力を表すと言われます。第2期電王戦では、将棋界の最高権威である名人が2連敗を喫したので、この実績をもって、コンピューターは人間を超えたと言えるでしょう。

――プロ棋士として、この結果をどう受け止めていますか?

最も大きな衝撃は、2013年の第2回将棋電王戦の結果です。このとき初めて、現役のプロ棋士がコンピューターに敗北し、大バッシングを受けました。なぜそんなバッシングがあったかというと、世間は人間がコンピューターに負けたという事実を受け入れたくなかったからなんです。

それから4年後、先日の電王戦ではどのような反応があったかというと、敗れた佐藤天彦名人のTwitterアカウントに届いたメッセージは、すべて温かいものでした。対戦内容は完敗でしたが、「佐藤名人、すごくがんばった」「感動した」という声が寄せられたのです。将棋界内部も世間と同様の印象で、「コンピューターにはもう敵わない」というムードが漂っていましたね。4年間で人々の見方が180度変わったのでしょう。

第2期電王戦の第1局で戦う「Ponanza(ポナンザ)」と佐藤名人 写真提供:ドワンゴ

――第2回電王戦は、将棋に詳しくない人にも、大変なことが起こった雰囲気だけは伝わりました。電王戦に対する人々の考えが変わったきっかけは、どこにあるのでしょうか?

電王戦は計6回行われており、第1回は故・米長邦雄永世棋聖が引退棋士として対戦しました。第2~4回は現役棋士5人対コンピューターソフト5つによる団体戦が行われ、第5・6回の1期、2期電王戦は「叡王戦(えいおうせん)【※2】」と呼ばれるトーナメントを勝ち抜いた棋士がコンピューターと2局指しました。
※2 ドワンゴ主催の棋戦。段位別の予選と本戦を行い、優勝した棋士が「叡王」の称号を獲得。2017年度の第3期よりタイトル戦に昇格。

周囲の目がどの時点で変わったかはわかりませんが、第2回と第3回はプロ棋士側が負け越したのに対し、団体戦の区切りだった第4回で勝ち越しました。その結果、「人間もやるじゃん」という評価で団体戦を終えたわけです(笑)。その時点までは、まだ人間がコンピューターと拮抗している印象がありました。続く第5・6回の1期と2期ではプロ棋士が勝てずに終わったのですが、その頃には「人間側もがんばった」と受け入れられていましたね。

――人々の目が変わったといえば、コンピューター将棋ソフトの登場を通じて、特定の指し手に対する評価も変化した気がします。先崎学九段による観戦記を読んだのですが、将棋の序盤戦はバランスにさえ気をつければどのような手も悪い手ではないこと、堅い守りの陣形として知られる「穴熊」はコンピューターから見るとあまりいい戦法ではないと書かれており、大変驚きました。

コンピューター将棋は当初、人間の棋譜データを元に学習していました。そのため、まだ人間はその指し手が理解できたわけです。しかし、2015年あたりからコンピューター自らが膨大なデータを作って、それを元に学習するのが主流になりました。結果、コンピューター将棋は指数関数的に棋譜データが増え、人間の発想とはまったく異なる将棋を指すレベルにまで強くなったのです。

先ほどの例にあった穴熊は、プロ棋士同士の対戦ではいい手だと考えられてきましたが、コンピューターから見ると、よいときもあれば悪いときもあるといった評価のようです。人間の常識を外れたコンピューターが、新しい価値観を生み出していると言えるでしょう。

――こうした状況のなか、人類最強と目される羽生善治三冠がコンピューター将棋と戦ったらどうなるとお考えですか?

難しい質問ですね……。常識的に考えれば、勝つのは非常に難しいと思いますが、勝ってほしいというファンの気持ちもあると思います。ただ、こうしたカードが実現しないことで、「勝てるかもしれない」という希望が残されていることも大事だな、と。電王戦の前哨戦である叡王戦では、準決勝で佐藤名人と羽生三冠が戦い、名人が勝ちました。このときの羽生さんは見たことがないくらい悔しそうでしたが、そういう運命だったのだと私は受け取りました。

プロ棋士はコンピューター将棋とどう付き合っているのか

――遠山五段は日本将棋連盟のモバイルサイトの編集長を長年務めており、IT技術にも通じていると伺いました。いつ頃から、コンピューター将棋に注目したのでしょうか?

プロ棋士の中では早いほうで、コンピューター将棋が強くなり始めた頃から研究に取り入れました。私がプロ2年目の2006年に、コンピューター将棋のブレイクスルーとなった「Bonanza(ボナンザ)」というソフトがコンピューター将棋選手権で優勝したのがきっかけで、活用し始めたのを覚えています。

――コンピューター将棋を取り入れたことで、どう強くなったとご自身で分析していますか?

実は、取り入れた当初は、うまく使えていませんでした。自分が一番活躍していた2011年頃は、コンピューター将棋を積極的に使わずとも成績はよかったです。むしろ、その後に成績が落ち込んでから、率先して使うようになりました。この2年間で成績がまた上がってきて、ようやく使い方がわかってきた気がします。

簡単に言うと、人間側が行う研究の型にコンピューターを当てはめるのではなく、コンピューターの特性へ人間を寄せていくほうがよいという印象を持っています。私はもともと「振り飛車」という戦法を得意としていたのですが、コンピューター将棋が好んで使う「居飛車(いびしゃ)」に変更したところ、うまくいくようになりました。

――電王戦を経て、コンピューター将棋を活用する棋士は増えていますか?

あまり公言している人はいないのですが、増えたと思います。ただ、将棋は奥深いゲームなので、コンピューターでも常に正解を出せるわけではありません。まだまだコンピューターの指し手を信用していない人も少なくないでしょう。現在は、やはり若い人のほうが活用している印象ですね。デジタルネイティブが自然とスマホを使いこなすように、コンピューター将棋が強くなった環境で育った世代は、当たり前に取り入れています。

電王戦が藤井四段を生んだ!? 将棋界とコンピューター将棋のこれから

――今後、将棋界とコンピューターの関係性はどのようになっていくのでしょうか?

個人的には、将棋の普及に役立つことを期待しています。たとえば、史上最年少でプロ棋士になり、最多連勝記録を塗り替えた藤井聡太四段が世間の注目を集めていますが、彼を見た親御さんが、自分の子どもに将棋を始めさせるとします。その際、ご両親が将棋に強くないとしても、コンピューター将棋を使って高いレベルで学ばせることができるようになれば、将棋ファンがより多くなるのではないでしょうか。

また、電王戦では対戦中にどちらが有利かをコンピューターが判断して、数値で表す「評価値」システムを採用していました。これは、将棋に詳しくない人でも戦況が一目でわかるので、素晴らしいですよね。将棋に親しみやすくなるツールになると思います。ただ、コンピューター将棋ソフトによって評価が分かれるのと、無機質に見えてしまう点はこれから工夫が必要ですが。

電王戦は“人間とコンピューターの関係性の縮図”といわれています。コンピューターが人間を上回った前例はまだまだ少ないので、今後の関係性は想像できないというのが正直なところです。

――ちなみに、先ほど話に出た藤井四段の強さはどこにあるのでしょうか?

心・技・体すべてがそろっていることが、強さの秘訣だと思います。14歳にして技も磨かれていて、マスコミに騒がれても動じない心の強さがあり、若いので体力も申し分ない。

彼は、コンピューター将棋を積極的に使っており、新たな時代を作る人なのではないかとも思います。たとえば、今なお現役で強い羽生三冠は、プロ棋士が指した棋譜をデータベース化した時代に、そのデータを駆使して頂点に上り詰めました。

次の時代を作るのは、新たな技術を活用する人でしょう。藤井四段は「コンピューター将棋と戦ったらどうですか?」と聞かれた際、「もう戦う時期ではない。自分の研究のために使います」と答えています。もはや競い合う対象ではなく、ツールとして自然に受け入れているんですね。よく「電王戦が何を起こしたのか?」と質問されることが多いのですが、コンピューター将棋を活用する次のスターを生んだのではないでしょうか。

――世間では、AIに自分の仕事を奪われる危機感が生まれつつあります。プロ棋士の方も同じような気持ちはありますか?

もちろん感じていますよ。それまでプロ棋士は世界中で一番将棋が強い存在でしたが、残念ながらそうではなくなってしまいました。アイデンティティが揺らぎ、自分たちの存在価値は何かという問を突きつけられてしまったわけです。

一方で、ファンの方が素晴らしい将棋を見たいと思った場合、もし「素晴らしさ=強さ」ならば、コンピューター同士の対戦でよいはずです。しかし現状、人間同士の対局と比べて、コンピューター同士の試合は、そこまで人気があるわけではない。

そこから考えられる仮説は、「人間は、人間が介在しないものに感動を覚えないのではないか」ということです。きっと、コンピューター同士では、そこに物語性を感じないんですね。もちろん、技術の進歩で今後さまざまな職業がなくなっていくと思いますが、人間味を大切にする職業はなくならないと、個人的には考えています。

コンピューターは本来、人間と対立するものではなくて、むしろ人間を幸せにするための道具です。電王戦を経て、将棋界でコンピューター将棋が研究ツールとして使われだしたのと同様に、AIを“人間の脅威”として迎えるのではなく、どのような活用法があるのかを探る姿勢でいるのがよいのではないでしょうか。