リクルートベンチャーズに学ぶ、新規事業開発の成功率を上げるプロセス

リクルートはなぜ次から次へと新規事業を生み出し、成功させてきたのか?「ゼクシィ」や「スタディサプリ」など、今でこそ確固たる地位を築いたブランドは、すべて同社の新規事業として生まれたものだ。これらを生み出した仕組みが、約30年続く新規事業提案制度「New RING(ニューリング)」である。

しかし、これらの成功は何の工夫もなく得られたものではない。その裏には、失敗もあったはずだ。今回は、2014年に「New RING」からリニューアルした新規事業開発プログラム「Recruit Ventures(リクルートベンチャーズ)」を手がける、新規事業開発室長の麻生要一さんにお話を伺った。

事業開発プログラムとして総合的なサポートを提供

――「Recruit Ventures」は、具体的にどのようなサポートを行っているのですか?

まず、「New RING」の頃から行っているのが、資金提供です。「Recruit Ventures」にリニューアルしてからは、ベンチャーキャピタル(VC)のような支援の仕方ができるよう、ガイドラインを作成。仮説段階や事業化1年目とステージを区切り、どのステージにいれば擬似的な時価総額はいくらで、投下する資金額はいくらが適切なのかを簡単に判断できるようにしています。提案された一つひとつの事業をその都度価値判断するのではなく、先に投資のフレームワークを整備しました。

ステージゲート方式による新規事業開発のプロセス(画像提供:リクルートホールディングス)

――新規事業を育てるには、資金面以外のサポートも不可欠かと思います。

そのために新しく作ったのが、私の所属する新規事業開発室です。2014年4月に「New RING」からリニューアルした「Recruit Ventures」は、2015年4月にもマイナーチェンジをしています。その際、リクルートホールディングス内に新規事業の育成に特化したMedia Technology Lab.(メディアテクノロジーラボ)、現在の新規事業開発室を作りました。

この部署は、エンジニア、グロースハッカー(企業やサービスを成長させることができる人)、戦略を考える人など、どのような事業をやるにしても必要とされるであろうプロフェッシュナルで構成されています。こうして、それぞれの新規事業に対し、資金提供とともに事業のランク付けに応じて人材面やネットワーク面をサポートしています。

――総合的にサポートを提供する新規事業開発室の役割は大きいですね。

初年度はとにかく大変でした。でも、毎月のように新規事業のプランを審査し、その立ち上げに関わっているうちに、運営する私たちの経験値が大幅に上がっていきました。それに伴い、サポートのレベルも格段にアップし、現在では「このままいけば、事業がつまずくから迂回させよう」といった判断ができるようになったほどです。

当初は年1回のコンテスト形式だった「New RING」と違い、「Recruit Ventures」は年12回の審査を実施しています。また、新規事業の提案自体は、登録フォームで年中受け付けており、いつでも事業化の判断ができるようになりました。

そして、起案者には審査前に、新規事業開発室のスタッフがメンターとしてアドバイスを行います。これまでに蓄積してきたナレッジを、起案者に対して適切なタイミングと方法で伝える。やりたいことに対する思いが強ければ、アドバイスに基づいて動くだけで、少しずつでも、着実に形にできるようなプログラムを目指しているんです。

コンテストから事業開発プログラムへのリニューアル

――「New RING」が「Recruit Ventures」にリニューアルしたのはなぜですか?

リクルートの分社化・上場に伴ってです。そもそも「New RING」は、1990年から運用している新規事業の提案制度でしたが、「Recruit Ventures」にリニューアルして、それまでの「New RING」の魂や歴史は事業会社各社が受け継ぎ、名称やルールは各社でローカライズしています。たとえば、リクルートマーケティングパートナーズであれば「New RING by RMP」、リクルート住まいカンパニーは「JUMP 1 AWARD(ジャンプワンアワード)」といった具合です。

ただ、各グループ会社で独立した新規事業開発プログラムのなかでも、リクルートホールディンスが主催する「New RING」は象徴的な意味を持たせたかった。そこで立ち上げたのが、グループ全社の全従業員を対象に、新たなビジネスモデルの開発を目指す「Recruit Ventures」です。

当初の「Recruit Ventures」は、「New RING」と同じく新規事業コンテストでした。エントリーした起案者が審査員に向けてビジネスプランをプレゼンし、それをもとに審査員は事業化するかの判断を行います。そして、最終審査を通過したプランに投資して、我々の役目は終了です。しかし、こうして審査に通ったプランを起案者に一任することは、裏を返せばはしごを外すような形でもある。結局、新規事業が立ち上がらずに終わることが起こり得ます。

そこで、コンテストから事業開発プログラムに昇華させ、総合的なサポートにまで踏み込むことにしました。コンセプトは、シリコンバレー全体にできているエコシステム。これを、リクルートグループ全体に構築し、必要なサポートや資金、ノウハウといったアセットを提供しています。

新規事業が成功する確率を高める土壌づくり

――エントリーから事業化の流れまではどうなっているのでしょうか?

まずエントリーし、月に1回、一次審査が行われます。エントリーまでは業務外の活動になりますが、一次審査を通過すると、業務の20%を新規事業の提案に使っていいことにしています。リクルートグループの事業会社にいながら、リクルートホールディングスの新規事業開発室にも籍を置く形です。

この兼務出向が半年間続き、最終審査へと移ります。最終審査を通過したら、兼務が外れて新規事業開発室に籍を置くことになります。いくらそれまでの仕事が重要であっても、上司が「外せない」と言っても、起案者は絶対異動できます。

「Recruit Ventures」の選考プロセス(画像提供:リクルートホールディングス)

――起案者の部署からは、異動について「それは困る」という声は上がるのでは?

それ以上に応援していますね。「困るなぁ。でも、後は何とかするからがんばれ」と。

――提案件数は年々、大幅に増加しているそうですが、それは何か仕掛けをした結果ですか?

かっこよく言えば、イントレプレナー(社内起業家)マーケティングメソッド。つまり、従業員をターゲティングし、マインドを育ててエントリーさせるんです。そのために、たとえば社内イベントを頻繁に実施しています。57期(2016年度)は年間90回、勉強会やワークショプ、講演会を行っています。その結果、提案数は55期(2014年度)の210件から、56期(2015年度)は501件になり、57期(2016年度)は過去最高の700件に達しました。

社内勉強会の様子(画像提供:リクルートホールディングス)

マインドとは言いましたが、従業員の属性とモチベーションポイントと心がどうやったら動くか、ということを想定しながらマーケティングしています。だから、エンジニアにもっと提案してほしいと思ったときの働きかけとプログラムと、営業の人への働きかけとプログラムはまったく異なります。

年間90回もイベントを実施しているのは、それぞれ切り口を変えているからです。ほかにも、フィンテックに興味がありそうな人といった、さまざまな切り口からイベントを企画し、今まであまり新規事業に触れたことがなさそうな人にも「やってみようかな」と思ってもらえるよう働きかけています。よく、「リクルートだから提案がたくさん集まるんでしょ?」と思われがちですが、地道な社内マーケティングをしているからこそ、提案件数が右肩上がりで伸びている。起案者の顔ぶれは毎回同じではなく、審査のたびに新しい人が参加してくれるんです。

――提案を増やす取り組みをしつつ、日々提案を受け付けるとなると、審査だけでも大変ですね。

審査というよりもフィードバックみたいになっていますよ。足りないところを指摘すると、その点を修正して、ブラッシュアップした提案を持ってきて通過する例もあります。

――提案数に応じて事業化する件数も変わるのですか?

提案は何件出ようが、事業化するのは年間4件前後です。「一次審査でどの程度のレベルまで練られた提案なら、最終審査を通る」というノウハウが蓄積されてきたので、現在は一次審査の精度が向上し、提案数は絞り込まれる傾向にあります。

――「Recruit Ventures」を運営していく上で大切にしていることは何でしょうか?

二つありますが、まずは、コンテストではなくエコシステムであること。すぐれた新規事業プランを表彰し賞金を渡すだけではなく、すぐれた事業の起案者に対し、資金や人材、ノウハウ、ネットワークといった成長に欠かせないものをすべて用意し、必要に応じて成長の支援を行います。そして、そこで得た知見を、また別の新規事業を支援する際に生かす。私たちは、あくまでも土のような存在。新規事業が育つ“良い土壌”であるために、土づくりを意識しています。そしてもう1つが、オープンイノベーションです。

――オープンイノベーションを推進するのは、社外のノウハウを取り入れるために?

ノウハウではなく、“風”を取り入れたいんです。新しいビジネスが生まれてから振り返ってみると、社内でも思いつくはずと思えるアイデアもありますが、不思議なことに社外から風を入れないと絶対生まれてこないんですよね。

成功したベンチャーや新規事業では、説明できない奇跡が連続的に起きています。我々は、偶発的な機会を必然にするために、社内に新たな風を吹き込むオープンイノベーションを推進しています。外から風を入れれば入れるほど、奇跡が起きる確率は上がっている手ごたえがあります。

失敗しないのではなく、無用な失敗をいかに繰り返さないようにするか

――これまでに、リクルートは数々の新規事業を成功させてきていますよね。なぜ今なお新規事業開発に熱心なのでしょうか?

我々にとって、新規事業開発は「やり続けなければならないもの」なんです。リクルートは30年近く、景気の良し悪しや予算の有無に関係なく「New RING」を続けてきました。成功するか失敗するかを問わず、新規事業の開発それ自体に一定の価値がある、とDNAレベルで思っています。これまでも10年に1つぐらいの確率でものすごく大きな事業が生まれているので、やり続けたらいつか何かが起きるはずです。

――現在は起案者へのサポートを手厚くしているので、新規事業が成功する確率は上がってきているのでは?

これはよく聞かれるのですが、上がってきているはず、です。こういう言い方になるのは、新規事業が成功したのか、あるいは失敗したのかを振り返れるタイミングが、最短で10年後だからです。

ベンチャー企業を立ち上げて、最速で東証マザーズに上場しようと思っても、平均7~8年かかるように、今年立ち上げた新規事業が翌年に大成功しているということは、ほとんどありません。「Recruit Ventures」もまだ振り返れる段階にはなく、10年ぐらい経ってようやく、成果が表れてくるはず。ただ、10年も経つと、会社も世の中も変わるので、10年前のことは振り返りません。振り返るタイミングを逸してしまいやすいところが、新規事業開発の難しさですね。

――新規事業を成功させるには、成功例から学んだほうがいいのか、それとも失敗例から学ぶべきか。麻生さんはどうお考えですか?

失敗例です。まず、前提として「確実に新規事業を成功させる方法」はありません。確率論で言えば、新規事業は失敗する可能性のほうが高い、と思ったほうがいいです。

成功した新規事業の成功理由は、偶然もあるんですよね。もちろん、成功例には素晴らしいナレッジがありますが、その通りやってもうまくいきません。一方で、失敗は、誰もが陥る“罠”を学習し、次のプロジェクトに実装していくことによって、無駄な失敗を避けられるようになる。成功確率が上がるというよりは、失敗確率を減らすことはできると思います。

――たとえば、どんなことを失敗から学びましたか?

罠のケースは、1000通りも2000通りもあります。たとえば、失敗の大分類でタイミングやプロダクト、予算配分、ファウンディングメンバー、組織、マネジメントがあったとしたら、それぞれにNGパターンが100も200もあります。さらに、それらを回避する方法も1つではありません。新規事業開発室のメンターは、そういった無数のパターンを失敗例から学んでおり、起案者に無用な失敗をさせないために、学び得たノウハウを伝えています。

――最後に、リクルートでは失敗をどう捉えているのか教えていただけますでしょうか。

失敗は必ずするものです。失敗は類型化して学びに生かせる。それを蓄積できれば、無用な失敗を防ぐ力を高めることができます。だからと言って、確実に成功するようになるわけではありませんが、たとえまた失敗したとしても、“意味のある失敗”で済みます。誰もやらなかったことにチャレンジした結果の失敗なら、それを責めるようなことはありません。大切なのは、過去に誰かが犯している無用な失敗は決して繰り返さないことです。