任天堂は超大規模ゲームをどう作った? 「ゼルダの伝説」最新作に学ぶプロジェクト運営のコツ

発売から半年以上経つ現在も購入希望者が絶えない任天堂の家庭用ゲーム機「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」。ここまでの人気となった背景には、さまざまな要因が考えられるが、その一つにゲーム機と同時発売された「ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド(以下、ゼルダの伝説 BotW)」の完成度の高さが挙げられるだろう。

ゲーム誌『週刊ファミ通』のレビューで40点満点を獲得したほか、国内・海外のゲームメディアでも高評価を得た本作。シリーズ従来の謎解きやアクションに加え、国産ゲームに珍しく、広大なフィールドを自由に動き回れる「オープンワールド型ゲーム」のおもしろさを引き出した点が、特に評価されている。

8月30日〜9月1日にパシフィコ横浜で開催されたゲーム開発者向け技術交流会「CEDEC2017(Computer Entertainment Developers Conference)」では、「ゼルダの伝説 BotW」の制作プロジェクトの運営にまつわるセッションが注目を浴びた。

そこでは、「レベルデザイン」「プロジェクト運営」「制作のパイプライン」「UI」「ゲームエフェクト」「3Dグラフィックス」「サウンド」「QA・デバッグ」と7つのテーマに分け、それぞれに携わった開発スタッフが、従来よりも大規模な開発が必要となるオープンワールド型ゲームの制作をどう進め、どのようにクオリティを高めたのかを解説。

特にプロジェクト運営についてのセッションは、ゲーム制作のみならず、さまざまなプロジェクトに生きるノウハウが詰まっていたため、その内容をご紹介したい。

従来と異なるプロジェクト運営方法――試作段階でクオリティを高めすぎないことを意識

セッションを担当したシステムアーキテクトの岡村祐一郎さん(写真左)とシニアリードアーティストの尾山佳之さん

プロジェクト運営全体にまつわるセッション「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のプロジェクト運営 ~試作から製品までシームレスに!~」には、エンジニアの岡村祐一郎さん、アーティストの尾山佳之さんが登壇。セッションではまず、運営の目的を「どのようなフローでゲーム制作を行うかを考え、実行すること」とし、実際にどんなフローが採用されたのか説明が行われた。

制作フローの説明は「五重塔の建設」を例に説明が行われた

まず考えられたのは、従来のシリーズでも採用されてきた「積み上げ方式」。この方法は、遊びの基礎となるような部分を細かな仕様までしっかり作り込み、それをほかの部分にも展開するというもの。しかし、本作で実際に採用したのは「骨組み方式」である。

骨組み方式は、まず作品の本質が理解できるような骨組みを作った後、徐々に細かい仕様を作り込んでいく方法だ。

なぜ本作では、従来の方式を採用しなかったのか。ゼルダの伝説シリーズの過去作から携わっている尾山さんいわく、それはゲームシステムの違いにあるという。

「シリーズの過去作品は、ダンジョンを1ステージとし、それをクリアすると新たなステージが遊べる『ステージクリア型』。遊びが各ステージで完結していたからこそ、最初に手本となる基本ステージを作り、別ステージの制作に応用する積み上げ方式が効率的といえます」

「ゼルダの伝説 BotW」の要素一覧。主人公・リンクを中心にさまざまな要素が複雑に絡み合う

しかし、「ゼルダの伝説 BotW」のようなオープンワールド型ゲームの場合、どのように遊ぶかはプレイヤーの自由。

「食材を調理する、モンスターと戦う、商人からアイテムを買う、ダンジョンを探検するといった行動がどのタイミングで行われるかはわからず、さまざまな要素が複雑に絡むこととなります。また、そのような要素がフィールドの一部分で遊べたとしても、ゲーム全体がおもしろいかは評価できません。そのため、粗いレベルであっても、制作初期の段階からすべての要素をそろえる骨組み方式が採用されました」(尾山さん)

数年に渡るゲーム制作の工程は、ゲームのおもしろさを確定する「試作期」、正式データをすべてそろえる「量産期」、製品までひたすら磨き込む「仕上げ期」の3つに分けられる。各工程でどのように作り込んでいったのか、実際のデータをもとに解説が行われた。

試作初期(画像左)と試作後期のキャラクターやフィールド

本作の場合、試作初期段階では、キャラクターもほぼ四角の状態で、フィールドも草原だとわかるレベル。試作後半では、もう少し作り込みのレベルを上げ、キャラクターの形を整えたり、フィールドには岩などの大きな物を設置したりと、そこがどのような場所なのかがわかるようにしている。

量産期になると、キャラクターもほぼ製品クオリティに近づき、地形のディティールも細かい。このように最初からすべての要素をそろえながら、徐々にクオリティを高めることが、「本作で目指した制作フロー」と岡村さんは言う。

また、各工程において、あえて禁止事項を設けた点もユニークだ。オープンワールド型ゲームでは試作期に必要なのはデータをそろえることであり、この段階でクオリティを追求してしまうと、いつまでも全体が完成しないという問題がある。また、クオリティを高めた後に修正が入るのも、大きなコストがかかるため、避けたいところだ。

こういった自体を防ぐため、各工程では開発者たちに対して禁止事項を設けた。たとえば、ゲームに登場するイノシシの場合、試作期では「倒すと肉になる」「近づくと直線移動して消える」といったコアとなるような部分のみを作り、それ以外の実装を禁止。量産期には、グラフィックや音声素材、行動AIを一通りそろえることのみ行い、必要以上の磨き込みを禁止したとのこと。

岡村さんが言うには、各工程に禁止事項を設けることには、作業を必要以上に長引かせない効果とともに、もう一つ意味があるそうだ。

「制作工程をプロジェクト外の方にお見せすることもありますが、完成版とは程遠い試作期のクオリティに対し、『本当に完成するのだろうか』と心配されることが多々あります。プロジェクトとして禁止事項を設けていると説明することで、その心配の矛先が担当者へ向かうのを防いでいました」

ゲームのプロジェクト運営では、いきなり最高のクオリティを目指すよりも、各工程に合ったクオリティに仕上げることのほうが大切であると岡村さんは述べる。

「実は、試作期後のモニターの結果、本作は大幅な見直しが必要になりました。もちろん、見直しはないに越したことはありませんが、もし制作の初期段階でるために、多くの人員を割いて必要以上のクオリティに仕上げていたら、それこそ取り返しのつかないことになっていたでしょう」

膨大な作業が発生する制作プロジェクトを、新ツール「ゼルダエディタ」が支えた

ゲーム制作をする上で必要なツールは数多くあるが、本作では「ZELDA EDITOR(ゼルダエディタ)」と呼ばれるツールを新たに導入。ゼルダエディタは、ゲームで扱う全データの管理・編集をはじめ、別の専用ツールがある場合はそれを起動するランチャー機能、データのコンバートなどの機能が搭載されている。プロジェクト運用の中核を担うツールのため、各スタッフは常にこのツールを起動していたそうだ。

ゼルダエディタが効果を発揮したポイントの一つとして挙げられたのは、タスク管理だ。

従来のプロジェクト運営では、専用のタスクツールを使って管理していたのだが、依頼されている対象データや指示内容をタスクの受注者が正しく理解できない“迷子タスク”の発生に悩まされていたという。

たとえば、「ボコブリンのシェーダー調整」というタスク依頼では、調整すべきキャラが通常のボコブリンなのか、黒ボコブリンなのか特定できない。また、どちらのキャラを調整すべきかわかっても、さらにそのデータを管理ツール上で探す労力がかかる。

「『プレイヤーの攻撃の手応えを上げる』といったタスク依頼では、エフェクトのキレを良くする、アニメのキーレスポンスを向上させる、攻撃力を調整するなど、さまざまな解決方法があるなか、どう対処すべきかわからないという問題もありました」と岡村さんは述べる。

このような迷子タスクを防ぐために、すべてのデータを管理するゼルダエディタにタスク管理機能を持たせて、タスクとデータを必ず紐付けたという。

ゼルダエディタ上で該当データを選び、タスクを追加できる

実際にゼルダエディタでタスクを依頼する場合、まずどのデータの修正・変更なのかを選択してから、タスクの内容を記述する。手を加えるデータそのものにタスクが付いているので、これならデータを探す手間が省けるだろう。迷子タスクが減ったほか、より具体的な指示が出せるという効果も得られたそうだ。

ゼルダエディタがゲーム画面と連動しており、画面上でもタスクが追加できる

さらに、実際のゲーム画面で、付箋のようにタスクを追加することも可能だ。たとえば、フィールド上にハチの巣を設置したいときに、直接タスクを貼り付けておけば、ひと目でどこに設置すべきかがわかるのである。

そのほかにも、タスクとデータをセットにしたメリットとして挙げられるのは、進捗管理が自動で行えるようになったこと。「従来は、進捗管理リストを表計算ソフトで手動作成していたので、情報の正確性に欠けてしまっていた」と小山さんは話す。

「ゼルダエディタを導入してデータとタスクを紐付けたことで、どのデータにどのくらいのタスクがあり、どれだけ消化しているのか、という進捗状況を自動で更新できるようになりました。進捗管理を手動で更新するよりも正確性が増したからこそ、従来よりも多くの作業を必要とするオープンワールド型ゲームの開発も乗り切れたのです」(小山さん)

また、ゼルダエディタでは、ゲームのバグもタスクとして扱ったという。「データの磨き込みをお願いします」といった通常のタスクだけでなく、「武器扱いなのに取得できません」というバグ、「木製のアイテムが正しく燃えるかチェックしてください」などのバグ探しまでタスクとして管理することで、作業の優先度を一覧で確認し、どれから着手すべきかがわかるようになった。

ゲーム画面で発見したバグをそのまま報告できる仕様になっている

タスクと同様に、バグも発注ボタンを押すだけで、ゲーム画面上で報告できる。このようにデータの担当者やデバッガーだけでなく、誰でもバグ報告が行える点も、バグの見逃しを減らし、開発の効率化につながっていたという。

また、バグつぶしで面倒なのは、バグが起きた状況の再現が必要であることだ。ゼルダエディタでは、バグ発生時の条件をスクリプト言語で入力すると、ゲーム画面上でその状況が再現できるようになっている。大量のバグ消化するために、ツールが徹底的にサポートしたことが本作のクオリティを一層高めることにつながった。

このように、セルダエディタは制作フローの各工程で作業の手間を省くことに成功した。岡村さんが言うには、「ツールを導入したことの最大のメリットは、開発陣がクリエティブな作業に集中できたこと」だという。

任天堂のチャレンジから学ぶプロジェクト運営のポイント

国産のゲームとしては珍しく、任天堂にとっても初の挑戦となったオープンワールド型のゲーム。これまで体験したことのない大量の作業をさばくために、制作フローの変更や開発ツールが大いに役立ったという。

数年に渡る大規模プロジェクトの場合、どの時点でどの程度のクオリティに仕上げるかというマイルストーンを決めることは、限られた期間で効率的な作業するためには欠かせないだろう。また、タスク管理や修正対応で、プロジェクトメンバーが消耗しないような工夫も心がけたい。

特定のプロジェクトのために、わざわざツールを開発することはできないかもしれないが、任天堂の学びから得るものがあるのではないだろうか。大規模プロジェクトを乗り切るためにも、ぜひこれらを参考にしてほしい。