タイヤの溝でクルマの本質を表現する、ブリヂストンのタイヤデザイナーの仕事

世界で初めて自動車用のタイヤが発明され、120年以上たつ。その頃からゴムを主成分とする点は変わっていないが、自動車の進化とともに、長距離を走破できる耐摩耗性や、濡れた路面でも安全にコントロールできるグリップ力など、さまざまな面で性能を高めてきた。自動車タイヤは、実用性を徹底的に追求してきた工業製品といえるだろう。

創業から80年余りの歴史をもつブリヂストンは、そんな実用性を追い求めてタイヤ開発を行ってきたタイヤメーカーの1つだ。一方で、同社には実用性を追求することはもちろん、一般に販売されることのない、未来の新価値を提案するコンセプトカー向けタイヤを作るデザイナーが存在する。

株式会社ブリヂストン イノベーション本部 デザイン企画部 デザイン第1ユニットリーダーの木脇 幸洋さん

隔年で開催される「東京モーターショー」をはじめ、世界各地で開かれる自動車の展示会。そこで披露されるカーメーカー各社が技術の粋を結集したコンセプトカーに、その“コンセプトカー専用”タイヤが装着される。市販タイヤとコンセプトカー専用のタイヤには、いったいどんな違いがあるのだろうか。同社でタイヤデザインを手がける木脇幸洋さんに話を伺った。

タイヤはコンセプトカーのアイデンティティを表現する重要なパーツ

――そもそも、タイヤのデザインといってもパッとイメージしにくいところがあります。デザイン企画部はどんな部署なのでしょうか?

タイヤのデザインには2種類の担当分野があります。一つは、地面に接する「トレッド」の溝のデザイン。そして、タイヤの側面「サイドウォール」のグラフィックのデザインです。

溝のパターンは主としてタイヤとしての機能を発揮し、それを見た目で表現する役目を担っているので、いわゆるエンジニアリングの視点を持っているデザイナーが担当します。一方、サイドウォールのグラフィックは装飾の意味合いが強い部分ですから、それについても専門のデザイナーが担当しています。

デザイン企画部のメンバーは四輪と二輪のタイヤの両方を担当しています。一部の二輪タイヤではトレッド面の脇に浅く装飾を施している製品もありますが、それは溝とグラフィックのどちらも得意とする人間が担当しています。

ブリヂストンが再生可能資源を素材に活用する取り組みの成果として発表した「100%サステナブルマテリアルコンセプトタイヤ」。デザイン面では同社の環境に対する姿勢やビジョンを表現

電気自動車「BMW i3」に採用されている市販の低燃費タイヤ。i3がコンセプトカーとして発表された際も、これとはデザインの若干異なるコンセプトタイヤを提供した

――コンセプトカー向けタイヤの開発でも同様に役割分担しているのでしょうか。

基本はそうですが、溝のデザインにサイドウォールのデザイナーも関わることがあります。コンセプトカーの場合、溝のデザインに単なる機能表現とは異なり、カーメーカーさんが提案する新価値を表現するためにグラフィカルな表現が求められることがあります。

――市販タイヤとは別に、コンセプトカー向けとしてタイヤを開発しているのはなぜでしょうか?

コンセプトカー向けタイヤは、モーターショー用のタイヤです。そこではカーメーカーさんが、先端技術の披露や将来的な市販化を目的にコンセプトカーをお披露目します。そこで「スペシャルなタイヤをつけたい」というカーメーカーさんのリクエストにお応えして、オリジナルのタイヤを提供しているんです。

クルマのデザインで提案する新価値、そのコンセプトを表現するという意味で、タイヤは重要なパーツです。もし、未来感のあるクルマを表現したいときに市販タイヤを装着してしまったら、現実に引き戻されてしまいますよね。

――コンセプトカーの目指すイメージに合わせたタイヤをデザインされている、と。

ただ、我々がコンセプトカー向けのタイヤを提案するときは、決して未来感だけを考えているわけではありません。カーメーカーさんがコンセプトカーで表現したい新価値を、機能性が伝わるように表現しています。

たとえば、将来的に市販されるクルマのコンセプトモデルの特徴が「空力の良さ(走行時の空気抵抗を少なくした設計、または空気の流れによって走行時の安定性を高くした設計)」なら、タイヤの溝のパターンでもそれを表現したい。カーメーカーさんが考える未来のビジョンを、よりわかりやすくし、“機能性のイメージ”となる表現を心がけています。

――ちなみに、コンセプトカー向けのタイヤは、実際の走行性能としてはどうなのでしょうか?

コンセプトカーでは、タイヤの性能評価までは行いません。単純な見た目ではなく、機能性のイメージをデザインに落とし込むところまでです。

――では、コンセプトカー向けのタイヤはそのまま道路を走れないんですね。

タイヤに「一般公道は走らないでください」という旨の表記をしています。もちろん、市販タイヤと同じ素材、同じ構造で作っていますので十分な走行性能を持っていますが、市販タイヤのように公道を走行するために求められる全ての規格に関する評価を実施していないためです。

一方で、コンセプトカーに合わせてデザインするときに、「こういう性能があるといいんじゃないか」というアイデアを盛り込み、それが市販タイヤに使える新しい技術になったケースもあります。我々にとってコンセプトカー向けタイヤの開発は、市販タイヤの将来技術を考える1つのきっかけにもなっているんです。

見た目だけではない「機能感」を表現するデザイン

――市販タイヤを開発する際の一般的な流れを教えていただけますか。

市販タイヤには、主に2つのタイプがあります。カーメーカーさんに納める「新車用タイヤ」と、タイヤ販売店で売る「補修用タイヤ」です。たとえば、補修用タイヤの場合は、マーケティングチームや開発部隊とのキックオフミーティングで、タイヤのコンセプトやターゲットユーザー、販売価格帯を決め、それに対する性能目標を議論し、商品コンセプトを固めます。

そこから、開発部隊は求められる性能を達成するために、タイヤに使う素材や構造をどうするか決めます。その一つが溝のパターンデザインです。溝の幅や深さ、溝で囲まれているブロックの大きさなどを決める。我々デザイナーはそれをベースにしつつ、商品のコンセプトや商品ラインナップにおける位置付け、性能として求められる目標数値を掛け合わせて、デザインに落とし込んでいきます。

デザイン検討段階においては、FEM(Finite Element Method:有限要素法を用いたコンピューターシミュレーションによる性能予測)による性能評価が多いのですが、その一方で、溝のない実際のタイヤに溝を手彫りして、実車に取り付けて性能を評価することもあります。

ブリヂストンにはタイヤの溝を手彫りする職人も在籍する

タイヤのデザインについては、販売店やお客さまにヒアリングさせていただくこともありますね。そして性能と外観の両面から最もポテンシャルの高いデザインを選定し、タイヤを成形する金型の製造といった本格開発のための準備開始する、という流れです。

スバルが2015年の東京モーターショーで展示したコンセプトカーと、専用にブリヂストンが提供したコンセプトカー向けタイヤ

一方、コンセプトカー向けタイヤの開発は、カーメーカーさんから「ショーでコンセプトカーを発表するので、アイデアを出してほしい」と直接依頼されたり、あるいは弊社からカーメーカーさんに提案して受注したりして始まります。先方のカーデザイナーから、クルマのコンセプトやビジョンをヒアリングした後、我々がデザイン案を数パターン作る。そこからカーデザイナーと何度もやりとりしながら、ディティールを詰めていきます。

ディティールがある程度固まったところで、開発部隊にお願いして金型を製造します。時間的にどうしてもショーに間に合わない時はタイヤを手彫りすることもあるんですが、基本的には金型を作りますね。

――市販タイヤとコンセプトカー向けタイヤとで、開発における意識的な違いはありますか?

やるべきことは根本的には変わりません。タイヤに実際に必要な「機能」と、表現したい「機能感」をいかに形に落とし込むかが重要な点は共通ですが、どちらを重視するかが異なります。市販タイヤは「機能」に、コンセプトカー向けタイヤは「機能感」に重きを置いています。

市販タイヤで難しいのは、技術が進歩するほど、実際の機能と見た目の「機能感」が乖離していくこともあることです。

――乖離ですか?

昔は、空力が良さそうな見た目のクルマはまさに空力も良かったと思うんですが、今は一般的な感覚で「本当にこのデザインで空力がいいの?」と思えるようなものが実はベスト、ということが少なくありません。

タイヤも同じで、たとえば溝がV字のパターンだと、いかにも効率良く排水できるように見えるので、ウェットグリップ性能が良さそうに感じられるでしょう? でも実際には、水深が何ミリかといった道路環境やクルマの制御機構、タイヤの素材などの要素が複雑に影響し合って、濡れた路面での走行性能が決まるんです。

そういったいろんな条件の中でウェットグリップ性能を高めようとすると、ただ水を排出すればいいわけではなくなる。つまり、一見機能的に見えないタイヤだけど、実際には性能が高いというような、見た目と性能の乖離が発生してしまうこともあります。

デザイナーとしてはそのギャップを埋めなくてはいけません。市販のタイヤは自分のクルマに試しに装着する、ということができないので、一般的にタイヤは良し悪しがわかりづらい商品だと思います。そこで、そのタイヤが必要な性能を持っていると、お客さまにきちんと伝えてあげる役割をデザインが担うんです。

1990年代に開発されたV字デザインのトレッドパターン。当時は排水性の高いデザインとされ、流行のパターンだった

――なるほど。市販タイヤとコンセプトカー向けタイヤの一番の違いは、機能と機能感のバランスというわけですね。

そうです。また、市販タイヤは店頭に並べたときに、いかに多くのお客さまに選んでもらえるかが重要なので、タイヤが主役のつもりでデザインします。それに対してショー用のコンセプトカー向けタイヤの場合、主役はクルマ。クルマの表現したいことに、いかにタイヤを合わせられるか、タイヤがでしゃばらずにきちんと表現できるか、という視点は、コンセプトカー向けならではかもしれません。

新たなタイヤデザインのトレンドを生み出したい

東京・小平市にある技術センターには、タイヤ開発の歴史がわかるショールームがある

――木脇さんがこの仕事にやりがいを感じるのはどんなときでしょうか?

私は工学部出身で、エンジニアとして10年ほど勤めた後、デザインが好きで今の仕事に就きました。エンジニア時代からそうでしたが、やりがいを感じるのは、商品に込められた思いをお客さんに認めてもらえたときですね。デザイナーとしては、見た目から製品の機能をきちんと伝え、一般のお客さまやカーメーカーの方に理解してもらえたとき。明確な感想でなくても「なんかいいよね」と思ってもらえるだけでも、ものづくりに携わる人間からすると純粋にうれしいですね。

今後、EV(電気自動車)化や自動運転技術が進んでいくことで、クルマのあり方が大きく変わってくると思います。そのなかで、ユーザーが求める新しい価値を先んじて見つけ、デザイナーの立場から世に提示していけるといいなと思っています。いつかトレンドのきっかけとなる仕事ができたらいいですよね。

――タイヤデザインの新しいトレンドをつくりたい、と。

実は、先ほどお話ししたV字デザインの溝を初めて作ったのは、私の上司でもある先輩社員なんです。当時はその製品が注目され、他メーカーからも類似製品が相次いで発売されました。通常、カーメーカーさんが市販タイヤのデザインに注文をつけることはないのですが、とあるメーカーさんからOEMタイヤの依頼を受けたときは、「V字のデザインであること」とリクエストされたくらいです(笑)。

もちろんV字デザインは見た目のよさだけではありません。当時の技術で排水性を突き詰めた結果として生まれたデザインです。そのように機能から生まれたデザインが、見た目も含めて市場のトレンドになり、なおかつお客さまやカーメーカーさんにまで「欲しい」と言ってもらえたのはデザイナー冥利に尽きるのではないでしょうか。そういう新たな潮流を自分たちの手で生み出せると、すごく達成感があるだろうと思いますし、実際にそういう製品を作りたいですね。