カギは「社員を信じられるか」 CINRAのフリー出社制度に学ぶ、自由な働き方実現のヒント

「これからは出社しなくてもいいよ。どこでも好きな場所で、好きな時間に仕事をしてほしい」

もし突然、社長にそんなことを言われたら、あなたはいったいどうするだろうか? 戸惑いはありつつも、その次の瞬間にはこんな妄想が広がるかもしれない。つらい満員電車と早起きをやめ、家でおいしいコーヒーを淹れる。子どもと心ゆくまで一緒に遊ぶ。長年憧れている国に旅行する……。場所と時間の制約がなくなるだけで、とても多くのワクワクが実現できそうだ。

そんな夢のような働き方に取り組んだ会社がある。カルチャーウェブサイトの運営やWebサイト制作などを手掛けるCINRA, Inc.(シンラ)だ。


同社は、2017年5月からの1カ月間を「フリー出社」期間とした。出退勤の時間だけでなく、仕事場所の制限までも一切なくす実験的な試みだ。そして、8月からはこの制度を正式に導入開始した。

トライアルの結果はどうだったのか。正式導入の決め手はなんだったのか。代表取締役の杉浦太一さんのお話から、社員の力を生かし、企業の力を高める「自由な働き方」のヒントを探る。

セブ島へ留学する社員もーー時間・場所の制約をなくした「フリー出社」

ーーフリー出社というのは、キャッチーなネーミングだと思います。どこまでを“フリー(自由)”にしたのでしょうか?

弊社が取り決めたフリー出社は、シンプルに言えば「好きな時間に、好きな場所で仕事をしていい」という制度です。5月中旬〜6月中旬の1カ月間、就業規則で定めていた勤務時間の縛りを一切取り払いました。ただ全く顔を合わせなくなるのはどうかと思ったので、月曜日の朝会だけは出社してもらうというのはルールにしていました。トライアル期間中はオフィスにあまり人がおらず、スペースにかなり余裕ができましたね(笑)。

ーーもともとCINRAでは、フレックスタイムや在宅勤務制度などを導入していたのでしょうか?

いえ、夜遅くまで仕事をした場合、翌日は少し遅めに出社するなどで調整する社員もいましたが、会社の正式な制度としてはフレックスも在宅勤務もありませんでした。

そんな中で、いきなりフリー出社を導入するのはさすがに怖い。そこでまずは期間限定で試してみて、どういうことが起こるのか、社員はどう思うのか。そういった様子を見ようという試みでした。

ーートライアルとはいえ、出社時間が自由どころか、会社に来なくても構わないというのは大きな変化です。社内外から懸念や戸惑いの声も上がったのでは……。

幸い、社内でネガティブな反応はほぼゼロでしたね。むしろ「今日はここで仕事しています」とか、「子どもと一緒にショッピングしています」といった様子がSNS上に投稿されていたので、楽しんでいる人が多かったように思います。

取引先からの心配の声も特に聞きませんでした。FacebookなどのSNSで取引先の担当者さんとつながっている場合も多く、連絡が取りにくいなども起こらなかったようです。むしろ、社員のSNSでの投稿などを見てポジティブに応援していただいたくらいです。

ーー実際にフリー出社を導入してみたら、どんな働き方をする方が多かったですか?

自宅や近くのカフェで作業をする社員をはじめ、知り合いや取引先のオフィスにお邪魔して仕事する社員もいました。驚いたのは、1カ月間セブ島に語学留学し、仕事上のコミュニケーションはSkype(スカイプ)で行った社員です。もちろん事前に相談はありましたが、出社しなくてもいいとはいえ、英語の勉強と通常量の業務を同時にこなすのはさすがに大変そうでしたね……。

ーーそれは驚きですね! テレワークを導入しても、なかなか活用できない企業の話もよく聞きます。CINRAのみなさんが、積極的にこの制度を積極的に活用できたのはなぜでしょうか?

あらかじめ社員には、「『これはさすがにダメなんじゃないかな?』と思うようなところまで、思いっきり試してみてほしい」と伝えていたのが理由の1つだと思います。

 

主体性を持った働き方で、個人と会社が共に生き残る


ーー杉浦さんがフリー出社をやってみようと思ったのは、何がきっかけだったのでしょうか?

そもそもは、付加価値の低い仕事はAIに代替されていくこの時代に、僕たちのようなクリエイティブな仕事をする会社や人材はどう生き残るべきか、という問いがあったからです。

国際的に見れば、どの産業も激しい競争社会。3~4年前にシンガポールに滞在した時にも強く感じたのですが、海外では多くの人が会社を渡り歩き、自分の能力を高めながらキャリアアップしています。そんな潮流の中、これから人口が減って国際競争力が落ちていく日本はどうやって戦っていくのか、ずっと気になっています。今は言語や文化の壁で守られているけど、そのうちこのままでは存続できなくなるだろうという危機感です。

一方で、昨年発覚した電通の過労自殺問題をきっかけに、残業や長時間労働に対する社会全体の見方が変わり、日本の働き方はどんどん柔軟になりつつあります。

この海外と日本のギャップをどうすればいいか? その1つの解になると考えたのが 「社員がオーナーシップを持つこと」でした。

ーーオーナーシップを持つ、ですか?

オーナーシップとは、自分の意志で物事を決められること、つまり主体性です。キャリアをどう作っていくか、そして長時間労働の是正。このまったく異なる2つの課題には、自分で決めて自分のやりたいことをやる、つまり主体性という共通点があると考えたんです。会社から「こうしなさい」と押し付けるのではなく、社員全員が働き方や仕事内容をもっと主体的に選べれば、前向きに仕事に取り組み、より大きな成果を出せるようになるのではないか、と。

だから、うちの社員にもオーナーシップを持ってもらいたいんです。とはいえ、いきなり業務内容でオーナーシップを持つのは難しい。そこで、まずは働き方を個々人が選べるフリー出社制度で、オーナーシップを持つ重要性を体感してもらおうと考えました。

ーー「在宅勤務をしなさい」でも「この時間に出社しなさい」でもなく、「自分で選んで決めてね」という状態が、働き方についてオーナーシップを持つということになるのですね。

そうです。「来なさい」って言われて来るのは、もうそれだけで何か役目を果たしたような気になりますよね。でも、会社が社員に望むのは、ちゃんと成果を出して、この成長社会の中で一緒に生き残る存在になってくれること。なので、本格的にフリー出社を導入した8月からは、人事評価制度にもフリー出社に対応したものを新たに設けました。フリー出社は緩く見えて、実際は意外と厳しい制度なんです。

 

「フリー出社」反対派は本当にいないのか?


ーーこの夏から本格的にフリー出社を導入しました。正式採用の決め手は何だったのでしょうか?

ほぼ全員がフリー出社の導入に賛成だったこと。それに、トライアル後の社内アンケートでも、すべての項目で僕の予想をはるかに超える良い結果が出たからです。

実施前は、オフィスに人がいないことによるコミュニケーション量の減少を心配していましたが、業務内・外のコミュニケーション量は変わらないか、むしろ増えたという意見が半数以上でした。質に関しても変わらないが多数で、むしろ「余計なおしゃべりが減ったから質が上がった」という意見が出たくらい。不思議な話ですが、業務の相談も以前よりしやすくなったという声もありました。

あと、以前と比べて「体調がよくなった」「仕事への意欲が上がった」という社員がものすごく多くいて。自分のペースで働けるので、子どもがいる共働き夫婦の場合は、子どもの送り迎えや家事をしてから出勤できるし、朝型の人なら早朝に出社して15時くらいに退勤しても構わない。時間を効率的に使える上に、通勤ラッシュも避けられる(笑)。それが体力的・精神的な余裕につながったのでしょう。

仕事のレベルについても、マネージャーからの評価と社員自身の回答のいずれも良くなっていました。

ーーすごいですね。課題や懸念点はまったく出てこなかったのでしょうか?

さすがに「仕事の進める中でスムーズにいかないことがあったか」という設問には、スムーズにいかないことがあったという回答も一定数ありました。あとは、社内にいる人に口頭での相談が殺到し、オフィスに来るとむしろ仕事の効率が落ちるという声。社員の持ち回りだった朝の掃除も、オフィスに人がいないので難しくなりました。

ただ社内コミュニケーションのルートはこれから整備すればいいし、清掃業務はすでに外注に切り替えました。今のところ、出てきた課題は解決できそうなものばかりだったので、フリー出社を導入して悪いことはないのかな、と。

ーーフリー出社に対応した人事評価制度とは、具体的にはどのようなものですか?

2つのパターンから選べるようにしています。一つは「フリー出社で成果主義の評価制度」。もう一つが従来の「勤務時間や場所は固定で、昇給も賞与もある程度決まっている評価制度」です。この形式にしたのは、「フリー出社を望まない場合もあるので、選べるようにしてほしい」という社員の声があったからです。とはいえ正式導入してみたら、全員フリー出社を選んだのですが。

ーーやはりフリー出社を望まれる方が多いのですね。

はい。ただフリー出社が選べる社員には条件をつけています。たとえば、まだ自分だけでは仕事を進めるのが難しい、ビギナーレベルの社員にはちゃんと出社してもらい、その後レベルが上がったと認められてから働き方を選べるようにしています。

ーー社員が会社にいないと、成果を出しているか見極めるのは難しいのでは?

確かに、デザイナーやエンジニアの仕事の評価は難しいですよね。まずCINRAで変えたのは、人事評価の回数と項目です。それまでは年1回、全員に一律の項目で通信簿的に評価していました。通信簿型だと、結局「ここが足りないから、ここを伸ばそう」みたいな、減点方式になるんですよね。これを抜本的に変え、個人に合わせてカスタマイズできるようにして、マネージャーがその進捗を1カ月ごとに対面でフィードバックしていく方法に変えました。

その評価項目はマネージャーと本人が相談して、それぞれの適性にあった内容に決めます。極端な話だと「チームを明るくしてください」や「確実に案件を回す」のような目標でもいいし、新規案件の獲得件数でもいい。それぞれの強みを生かし、育てていくようなシステムを心がけました。

このコミュニケーションの頻度を高くすることで、お互いに「この仕事に何の意味があるのか」を考え、毎日の仕事への向き合い方が変わっていくのを期待しています。ただ、マネージャーが大変になるんですけどね……(苦笑)。

成否の分け目は、「社員を信じること」と「その会社に所属する魅力づくり」


ーー多くの企業はなかなか「出社」という仕組みから解き放たれていませんが、どうすればCINRAのように自由な働き方にシフトできるのでしょうか?

僕らもまだ実験段階なので、これでちゃんとパフォーマンスが上がるか、下がらないかは正直わかりません。でも、どうしても決まった場所に集まらねばならないといった制約がある職種でなければ、基本的には導入できない企業はほとんどないはず。誤解を恐れずに言えば、社員を信じることができれば、フリー出社は導入可能じゃないでしょうか。ちなみにCINRAは、マネージャーの許可が必要ですが、本業と同じ仕事を副業とするのもOKです。

ーーということは、デザイナーさんがデザインの仕事を他社でしてもいいのですか?

はい。おまけにフリー出社なので、平日の日中に他社で副業の打ち合わせをしても構いません。ただ、CINRAで期待されている仕事は、量も質も片手間でこなせるものではないので、副業ができる余裕を持つこと自体、かなりハードルが高いと思います。もちろん、副業が盛り上がって集団退職なんかをされたらまずいのですが(笑)、そうなる会社はそもそも時間の問題だと思うんです。

僕らのように、ものを作る仕事はすごく属人性が高い。世の中で自由な働き方がこれだけ推奨されているのだから、個人の名前で仕事をするのではなく、その組織に所属することが1つの魅力にならなければ、会社で働くことを選んでもらえません。能力のある人たちは会社からいなくなってしまう。だから、経営陣はそういう価値や魅力をつくらないといけないんですよね。本当にこれ、他人事じゃなく、弊社も切実なんですけど……。

ーーいかに「この会社で働きたい!」と思ってもらえる魅力をつくり上げるのか。働き方にオーナーシップをもってもらう上で、大きな課題になりそうですね。

はい。魅力は、会社のビジョンやサービスのブランド、教育体制、メンバー等々、企業ごとに変わるはず。重要なのは、フリーランスでは得られないものを、その会社が持っているかどうかです。

CINRAにそれがあるかどうかは、これから試されるところですが、たとえば僕たちの場合、音楽などのカルチャーや旅の仕事を扱っているので、「好きなものが似ている仲間が多い」というのは、ここで働く上での魅力の一つになっているのかもしれません。

ーー今後、フリー出社制度の成功・失敗は、どういう基準で判断されますか?

社員のみんなの市場価値が上がったかどうか、つまり人件費で判断するつもりです。もしこの制度で社員みんなが高く評価されてお給料が上がり、人件費が“爆上がり”したら、それは成功ということ。逆に、成果が出せなかったり下がってしまったりして、お給料が減る人が増えてしまったら、失敗ってことですね。

今のところ1年間は続ける予定ですが、その途中でどうも結果がよくないと判断したら……社員のみんなに謝ってもっと早くやめてしまうかもしれません。ただ、それはそれでおもしろい気づきですよね。まずはこの1年間、みんなで楽しめたらいいなと思っています。