ドローンで医薬品を緊急輸送! 災害時の医薬品不足を解消するMSDの挑戦

ドローンの性能は近年飛躍的に進歩し、さまざまな分野のビジネスでの利用が進んでいる。すでに高所からの動画の撮影では当たり前のように使われ、テレビ番組やネット動画などで撮影された映像を目にする機会も多くなった。このドローンを使って現在、災害によって陸路が遮断されてしまった場所へ医薬品を運搬する取り組みが進められている。

125年の歴史を持ち、世界140カ国以上でグローバルに事業を展開する製薬会社MSDは、ドローンの開発を行うエアロセンス、医薬品流通を担うアルフレッサの2社と連携。災害時のドローンによる医薬品輸送プロジェクトを推進。テストを重ねている。

テスト現場を見学させていただきながら、プロジェクトの発案者であるMSDの藤井康史さんと、ドローンの開発を担当するエアロセンスの佐部浩太郎さんのお二人にお話を聞いてきた。

藤井さん(左)と佐部さん。手前は、この日テストを行うVTOL型のドローン

そもそも、ドローンによる医薬品の運搬自体前例がない。それだけでなく、発案者の藤井さんは情報システム部門に所属する社内SE。ドローンはもちろん、医薬品の流通や運搬に関しても専門外の分野だったという。まずは藤井さんに、アイデア着想からビジネス化までの動きなどについてお聞きした。

 

前例も専門知識もないが「まずはやってみよう」

――まずはプロジェクトが始まった経緯をお聞かせください。

藤井 2015年にMSDで「ビジネス・イノベーション・チャレンジ」という社内ファンドの募集が始まりました。「ビジネスにおける課題が解決できるアイデアを応募してください」と社員に呼びかけ、いい案が出てくれば予算をつける、というものです。

以前からIT部門内では、新しい技術を使って何かできないかと、いろいろなアイデアを集めていました。そのときからずっと「ドローンを活用できるのでは」という考えが、頭の片隅に残っていた。そこで、社内ファンドの募集が始まったときに、「災害時にドローンで卸(おろし)から薬局や病院へ医薬品を搬送できないか」と、当時の部門長に相談したんです。

私は、大阪生まれで阪神淡路大震災を経験し、米国留学中には9.11同時多発テロを経験しています。こういった個人的な体験からも、災害で輸送路が遮断されてしまった場合の医薬品運搬に課題を感じていました。医薬品は少量でも緊急性を要するもの。ヘリコプターを用意して運ぶよりも、ドローンでパッと届けられたらいいな、と。

――それで、社内ファンドに応募されたんですね。

はい。自分にとっては専門外の企画でしたが、「まずはやってみよう」という性格なので。本当に実現できるかは採用されてから考えればいいと思っていたら、実際にアイデアが採用されました。さっそく物理的・法的に実現可能かを調べました。そのほかにも、医薬品の輸送ということもあり、積み荷が外に出てしまわないか、盗まれないかといった、さまざまな面を考慮する必要があります。社内ファンドのプロジェクトチームの方々にサポートしてもらいながら、実際に動き出しました。

実際のプロジェクト運営は、弊社が発案・プロジェクトマネージメントを担い、技術的な部分は専門家であるエアロセンスさんにお任せしています。それぞれの得意分野で力を発揮できているのではないでしょうか。

垂直上昇するVTOL型のドローン。横風の影響を受ける離着陸時の制御が一番難しいという

 

長距離に適したVTOL型と、近距離に適したマルチコプター型で、選択肢を増やす

――エアロセンス社のVTOL型のドローンを採用した理由は何でしょうか?

マルチコプター型のドローン

藤井 エアロセンスさんはマルチコプター型(3つ以上の回転翼を持つ、現在最も一般的なドローン)とVTOL型(垂直離着陸が可能な固定翼式のドローン)いずれのドローンも開発されている。マシンの選択肢が多いのは、私たちのプロジェクトにとって非常に魅力的でしたね。こちらから協力をお願いして、快諾いただきました。

何かの記事でエアロセンスさんのVTOL型ドローンが紹介されていて、今まで見たことがないと思ったんです。マルチコプター型は、飛行がすごく安定しているのですが、バッテリーや速度、航続距離など不安要素もある。2~3km以内の短い距離ならマルチコプター型でも問題ありませんが、より長距離の輸送にも対応したかったのです。

VTOL型は、マルチコプター型と比べて圧倒的に速く、時速100㎞以上で飛行できるほか、水平飛行中は翼の揚力があるので、バッテリー消費が少ないという利点も。マルチコプター型が20分程度の飛行時間というのに対して、1時間近く航行できます。また、災害時はドローンの操縦士がいない場合が考えられるので、開発においては完全自律型航行の実現が不可欠。VTOL型はマルチコプター型と同様に垂直離着陸も可能で、滑走路がなしで狙ったところに静かに下りられる。これは、自律航行を実現する上で大きなメリットになります。

 

ボタン一つで目的地との間を往復する利便性を目指す

佐部さんは、ソニー在籍時代に犬型ロボット「AIBO」や「QRIO」といったロボット開発を手掛けていた

――ドローン開発担当である佐部さんから見て、このプロジェクトでの技術的な課題はありますか?

佐部 自律での飛行・運送を可能にするには、どんな風や環境下でも飛べる安定性が必要です。基本的に、ドローンの挙動は離着陸の時が一番不安定で、横風の影響を受けやすい。ただ、エアロセンスの機体は翼が寝ているタイプで、横風に対してのアドバンテージがあります。しかし、強い風の抵抗に対してこらえようとすると逆に翼が立ってしまうので、そのバランス制御が難しいですね。

ほかにも課題は複数あります。完全自律飛行といっても、故障や墜落など不測の事態に備えて状況を常にモニタリングしたい。そのためには通信が途切れない工夫が必要です。また、医薬品は軽くて一度にたくさん積める分、体積が大きくなりやすいので、積み荷のスペース確保にも苦労しています。誤った薬を届けてはいけないし、セキュリティをどうするかも大きな課題です。

できれば、カーボンモノコック製のかっこいい機体にしたいんですが、費用がかさんでしまうので……(笑)。カーボンの機体は、見た目がいいだけでなく、強度が上がったり中を空洞にできるので軽量化も見込めたりとメリットがたくさんあるんですよ。ちなみに現在は、テスト機としてメンテナンス性に優れたカーボンのフレームに、外は発泡スチロールを採用しています。

水平飛行中のVTOL型ドローン。十分かっこいい

――最終的な技術目標はどのようなものでしょうか?

佐部 今は地図でプランした経路どおりにドローンが飛びますが、ひょっとしたらそのルート上に送電線や鉄塔が立っているかもしれないし、地図上で山の高さを間違えているかもしれません。そんな想定外のことが起きても、ドローン自ら判断して自動的に障害物を避けて飛べなくてはいけない。自動で経路を作ったり障害物も避けたりできる技術の達成が、目指すべき方向性の一つです。

あとは運用面でしょうか。今はセッティングがかなり大変なんです。災害時は、セッティングや操縦ができる人が必ずしも近くにいるとは限りません。理想はすでに目的地を入力したドローンのスイッチを入れるだけで、自動的に飛んで行って荷物を下ろし、もう1回スイッチを入れたら返ってくる……みたいな形。そういった使い勝手の良さを低コストで実現できれば、誰でも簡単に使えるようになると思います。

 

実用化の課題はソフト面にあり――ドローンでの医薬品輸送に必要なこと

――藤井さんから見ていて、過去の実験で何か課題はありましたか?

藤井 2016年10月に、福岡県にある能古島(のこのしま)で、マルチコプター型にダミーの荷物を載せ、自律航行のテストをしました。2~3kmの地点の間を3往復する試験飛行では、まったく問題なかったので、ハードウェアはあまり心配していません。ソフト面はこれからの課題です。

福岡での飛行実験の様子(画像提供:MSD)

法的な制約に関しては、事前の連携や合意等の上で、災害時に限り、市区町村からの要請があればドローンを飛行させることは可能です。しかし、操作やメンテナンスなどの運用面にまだまだ課題があります。なので、いきなり被災地で実践したり一気に全国に導入したりするのではなく、まずはエリアを絞って試験運用を経て、徐々に広めていきたいと考えています。ドローンをきちんと扱える人を増やせるように、トレーニングや研修を提供するなど、運用面まで含めた1つのパッケージにして広げていけたらいいなと考えています。

すべては順序だと思うのです。まずは、実証実験を成功させたいというのが第一。次にビジネスとしてのパッケージの形を詰める。さらに、どうすればドローンでの医薬品輸送が災害時に役立てられるのか、市区町村も交えて話し合っていければと思います。