洋服との出会いを届ける「airCloset」 データサイエンティストの真の役割とは

「データサイエンティスト」という職業がある。ここ数年、書店へ行けば専門書だけでなくビジネス誌でも見かけるようになった言葉ではあるものの、いったいどのようなスキルを持った人が、何のために働いているのか。その実態は十分に知られていない。

スタイリストが選んでくれた洋服が家まで届く「airCloset(エアークローゼット)」は、貸衣装ではない普段使いの洋服をレンタルする国内初のサービスだ。同事業を運営するエアークローゼットでは、洋服の情報やお客さまからのフィードバックなど、膨大なデータを日々蓄積。データサイエンティストによる分析結果が、サービスの向上や経営判断に影響を与えているという。

ここではどんなデータサイエンティストが活躍しているのか、そしてキャリア形成に大切なことは何か。代表取締役社長 兼CEOの天沼聰(さとし)さんに話を聞いた。

天沼 聰(あまぬま さとし) 株式会社エアークローゼット 代表取締役社長 兼 CEO
ロンドン大学卒業後、帰国してアビームコンサルティング株式会社でIT・戦略コンサルタント、楽天株式会社でUI/UXに特化したWebのグローバルマネージャーを務める。2014年7月、株式会社エアークローゼットを創業。2015年2月、オンラインファッションレンタルサービス「airCloset」を立ち上げる。

 

感性が大切なサービスを支える膨大なデータ

――まず、「airCloset」のサービス内容について教えてください。

忙しい女性のファッションの悩みに革命を起こしたい。そう考えて始めたサービスです。お客さまがあらかじめ登録した好みや過去の感想などを参考にしながら、プロのスタイリストが洋服を選ぶのが特徴です。自分の固定観念に留まらないファッションを楽しむことができるため、単なる洋服のレンタルサービスではなく、「服との出会い」を届けるためのサービスを目指しています。また、月額制の借り放題で、洋服が家まで届く利便性も大きな特徴です。

――どのような方が利用していますか?

お客さまは、働く女性が9割を占めています。また、お子さんを持つママが4割、年齢層では30歳代後半が多いです。この方々に共通するのは、ゆっくりファッション誌を読む時間がない、服を選びに店まで行くのが難しい、ということ。子どもを抱っこしながらの試着が容易でないのはご想像いただけるかと思います。

――天沼さんはファッション業界の経験をもとに、レンタルサービスを始めたのでしょうか?

いえ、私の社会人スタートはITコンサルタントで、企業システムの構築に携わっていました。現在のエアークローゼットの事業ジャンルはアパレル・ファッション系ですが、インターネットサービス会社として、ITを使ってファッションを変えていきたいのです。

「airCloset」のシステムは自社で内製しており、社員の3分の1がエンジニアです。一緒に始めた役員もみなエンジニアのバックグラウンドを持っています。ファッションは感性が大切ですが、運営はあくまでエンジニア目線でITをベースにしています。

――そうでしたか。だからデータへの期待も高いのですね。

そうですね。さまざまなデータを集めていて、データが未来をつくると考えています。

――それにしても、なぜこれほどまでにデータ分析に注目が集まっているのでしょうか?

最近は取り扱える情報の幅が広がってきました。従来はインターネット上にあるコンテンツ周辺の情報だけを収集していましたが、現在はスマートフォンの登場で、位置情報や行動データも付随するようになっています。これらの個々のデータを分析することで、よりパーソナライズされたサービスの提供やビジネスへの活用ができるようになりました。

いまやスマホには加速度センサーも付いていますし、今後はIoTが浸透して収集データが飛躍的に増加します。もしかしたら体の動きと購買活動の関連性も見つかるかもしれません。このような“データの掛け算”は圧倒的な力を持っています。

――“データの掛け算”とは、どういうことでしょうか?

企業が販売促進のためにキャンペーンなどの施策を打つ、その影響を受けた結果データが生まれる、キャンペーンはうまくいっただろうかと振り返る……。データ分析ではよくある活用方法ですが、このような範疇に留まってしまうのは残念なことです。本来、データ分析は人間の想像を超えた発見につながる可能性を秘めていて、ビッグデータの重要性が説かれ始めた頃は、これこそが価値だと認識していたはずです。

――なるほど。これまで「airCloset」のデータ分析で、思わぬ発見はありましたか?

割引キャンペーンを行ったときのことですが、割引率が高いと退会しやすいという事実が導き出されました。これは想像もしなかったことで、これこそがデータ分析の醍醐味だと思います。

――それは意外な結果ですね。どのぐらいの量のデータがもとになっているのですか?

レンタルされた洋服や利用者の趣味嗜好、そして利用後の感想のデータは、レンタルのたびに増えていきます。これまでパーソナルスタイリングを行った回数は累計20万回。この種類・量のデータを持っている会社は、日本では他にないはずです。

また、表参道にある実店舗「airCloset×ABLE(エアークローゼットエイブル)」でもデータは得られます。ここではスタイリストがその場で洋服を選ぶので、お客さまの反応を即座にダイレクトで受け取ることができる。これはインターネット上だけでは得られない貴重なデータですね。

――「airCloset」で得られるデータだけなく、他社のデータも合わせることで、さらなる発見がありそうですね。

そうですね、“データの掛け算”が格段に広がります。これからは企業の枠を超えてデータを共有する時代になるでしょう。これまでわからなかった事実がどんどん見つかって、経済に影響していくでしょうね。

すでに経済産業省が、今後はデータ活用が必須になるという認識で、データを活用しやすくするための施策を進めています。もちろんプライバシーやセキュリティに十分な配慮は必要ですが、適切なルールの下で活用しようという機運は高まっています。

表参道にある実店舗「airCloset×ABLE(エアークローゼットエイブル)」では、パーソナルスタイリングを体験できる。試着した洋服をレンタルして、そのまま出かけることも可能(画像提供:エアークローゼット)

 

理系・文系は関係ない、アクションを生み出せる人が活躍

――データサイエンティストと聞くと、統計学に詳しくて、ずっとモニターとにらめっこしながらレポートを作っているような先入観があるのですが、実際はどうですか?

企業によって求められる役割もスキルも異なるので、そのイメージ通りの場合もあるでしょうね。弊社の場合、データを解析する目的は、お客さまのためになるアクションを起こすこと。統計の勉強をしてきた人はもちろん、経済学などを学んできたビジネス寄りの人も活躍しています。

――理系の人だけに限られた世界だと思っていたので、意外です。

採用では、理系かどうかや統計学を専攻していたかよりも、分析結果をアクションにつなげられるかを重視しています。施策の結果を検証し、報告して終わりにするのではなく、次の施策を提案すること。それができる方なら、たとえばマーケター出身者も歓迎です。

――アクションを起こすところまで、データサイエンティストが担うのですか?

弊社の組織では、データサイエンティストのチームを社長室直下に位置づけています。社内をデータという視点から横串で見て、素早くビジネスに生かしたいという期待感があるからです。

だから、データサイエンティストには次のアクションまでを求めています。アクションを起こした結果がどうなるか仮説を立て、実行プランまで考えてもらいたい。さらに踏み込んで、実行してみて仮説通りにはいかなかったときに、施策を取りやめるか継続するかの判断をするための閾値(いきち)を決めるところまでが、彼らの仕事なのです。

 

スピードと価値観の共有が、データサイエンティストを成長させる

――膨大なデータを収集して分析するには高度なIT環境が不可欠なイメージがあります。スタートアップでも十分な設備を構築できていますか?

確かに以前なら、データの蓄積や分析には大規模なIT設備の投資が必要で、大企業でないと手が出しにくい状況でした。しかし現在は、各種クラウドサービスをはじめ、スタートアップでも高度なデータ分析を実現しやすいIT環境が整っています。分析からアクションまでのサイクルを高速で回し、どんどん経験を積みたいというデータサイエンティストには、スタートアップ企業をオススメしたいですね。

――データ解析から立てたプランを実行に移すまでには、それなりに時間がかかるのでは?

弊社の場合、退会者の分析〜施策決定〜実装のアクションは当日中に行います。分析後3時間で実装したこともありますよ。そのためには仕組みづくりが重要。社長室直下であるデータサイエンティストからの報告は、私やシステム担当者に最短で共有されるフローとなっています。また、システムを内製化することで、実装も迅速に行えるようにしています。

――そんなにスピーディーなんですね。「airCloset」は月額課金制サービスですが、退会者分析の場合で施策の結果はどのくらいの期間で確認できるのですか。

実装後は、データサイエンティストにPDCAや比較検証も担ってもらい、1カ月以内に改善傾向を確認できています。

大きな会社になると、分析結果を生かしたいと考えても、社内のいろいろなプロセスや判断の影響で、次のアクションの内容が制限されたり、時間がかかったりしがちです。もちろん、大企業で経験を積むのも立派な実績になります。しかし、キャリアを考える上で重要なのは、この職種で何を経験できるのか、先に描いている姿になるために必要な経験ができるのか。だから、エアークローゼットでは入社希望者に「夢は何ですか?」と聞くようにしています。そして、その夢を実現するために、会社として何を提供できるのかを説明します。

――業務経験を得られるのはもちろん、それが夢につながっていることでモチベーションを高め、成長スピードが上がる、と。

はい、そう思いますね。それには組織理念やビジョン、カルチャーがマッチするのも大切です。会社が許容するのであれば、バックグラウンドは関係ない。データサイエンティストではありませんが、弊社のiOSエンジニアには、ファッション業界で型紙を作るパタンナーから転身して活躍している事例もあります。本人の熱量が高ければ、圧倒的な速度で成長できます。

(画像提供:エアークローゼット)

 

データサイエンティストの役割は、ビジネスを加速させること

――データサイエンティストは企業の成長を推進する原動力として、今後さらに重要な役割を担っていきそうですね。

データサイエンティストが導き出した情報を活用することで、企業活動のスピードが速くなっていることは確かですね。ただ、特別な役割というわけではなく、あくまで全体の中の一つの役割です。エアークローゼットの場合は、洋服を手にしたお客さまが感じるワクワクが大きくなるように、一丸となって取り組む。そのメンバーの1人として活躍してもらっています。

――ビジネスの高速化の一つに、AI(人工知能)の活用があります。データ分析とも近い分野だと思うのですが、エアークローゼットでAIの導入は考えていますか?

AIはデータを学習することでPDCAの精度を上げるのに役立つので、密接な関係といえます。膨大なデータを用いる点も共通していますね。エアークローゼットでは、社内業務の効率化とサービス向上につながると考えて、いま人工知能チームを作ろうとしているところです。

――「airCloset」はスタイリストによる提案が特徴ですが、AIの成長によって人間のスタイリストがいらなくなる未来は想像できますか?

既存の業務やサービスフローを見渡して、AIに置き換えられるか、それが適切かどうか見極めることは重要ですね。人工知能の力は確かにすごいですが、「airCloset」の場合は、AIスタイリストを開発しても、最後は人間のスタイリストによる判断が絶対に必要だと考えています。AIに期待しているのは、人間のスタイリストが高速・高度に判断できるようにアシストする役割です。

数ある取扱いアイテムの中には、明らかにお客さまと相性がよくないものや、アイテム同士で組み合わせられないもの、季節や利用シーンにマッチしないものなどがあります。そこまで人間が目を通す必要性はなく、ビッグデータやお客さまの感想などをもとに、ある程度の絞り込みまではAIに任せればいいと思います。そうすることで、人間のスタイリストは効率が上がるだけでなく、お客さまと向き合う時間を多く割けるようになります。プロのスタイリストが感性を存分に発揮できる環境づくりの一環として、AIにかける期待は大きいですね。

AIの知能の源はデータ。AIスタイリストの開発においても、データサイエンティストは欠かせない存在になるでしょう。