どうしてあの形なの? QRコードに秘められた技術を「生みの親」に聞いた

ディスプレイを一新し、大きな話題となったiPhoneX。そのiPhoneXと同時に発表されたiOS11で、新たに搭載された機能のひとつが「QRコードの読み取り」だった。

手軽に文字情報を読み込めるとして、カメラ付き携帯電話の普及と共に広がったQRコード。登場から20年あまり経った今も、LINEのID交換や電子チケットに活用されるなど身近なものとなっている。iPhoneへの機能追加も、QRコードが海外で決済などに利用されていることを受けてのものだ。

このQRコード、実は開発者が日本の会社員であることをご存じだろうか。

株式会社デンソーウェーブ AUTO-ID事業部 主席技師 原昌宏さん

その人物が、デンソーウェーブの原昌宏さん。QRコードはデンソーで開発され、現在はデンソーウェーブの登録商標となっている。今なお広がりをみせるQRコードは、いったいどのように開発されたのか。あの特徴的な白黒のドットにはどんな技術が秘められているのか。「QRコードの生みの親」に話を伺った。

 

バブル崩壊と同時に、バーコードにも限界がきた

――取材前に「QRコードを発明した人に会いに行く」と何人かに話したんですが、皆に「QRコードって日本で生まれたの!?」と驚かれまして……。

それはちょっとショックですね(笑)

――それだけ「世界中で使われているもの」という意識が強いのだと思います。QRコードが開発された経緯について、教えていただけますでしょうか?

もともと、デンソーはバーコードをはじめとした自動認識技術を得意としていました。1974年に、トヨタの生産管理方式である「かんばん方式」へバーコードを導入したのもデンソーなんです。必要なものを必要なだけ生産する「かんばん方式」では、毎日部品の納入が発生するため、手入力での伝票処理がパンク寸前になっていました。そこで、まずはバーコードを使って自動入力し効率化するようにしました。

ところが、バブルは崩壊し、大量生産から多品種少数生産へと時代が移り変わりました。製品の種類が増えるので、生産管理に必要な情報量も多くなります。とはいえ、バーコードの容量には限界がある。1つの製品にいくつもバーコードを並べるなどして対応するものの、何回も読み取るとどうしても時間がかかってしまいました。

また、バーコードは汚れに弱いんです。自動車工場なんて油汚れがすごいですから、しばしば誤った値を読み取ってしまう。これを防ごうと、ある会社では同じバーコードを10個並べて「10回すべて同じデータが読み取れたら合格」なんていう対策を取っていました。これはもうバーコードは限界だな、と。

――そこで新しいコードが必要になったんですね。開発はどういう体制で行われたのでしょうか。

私を含めた2人チームで、1992年に開発に着手しました。バブル崩壊後で予算も限られていましたし、ちょうど環境破壊や森林破壊も騒がれた頃だったので、「紙文化はなくなるのではないか?」「紙に印刷するコードは生き残れるのか?」という周囲からの冷ややかな反応もありましたね。また当時は、ICカードが広く普及するだろうといわれていたので、コードはもって10年くらいだろうと思われていました。

 

QRコードを成功させた魔法の比率「1:1:3:1:1」

――新しいコードの開発には、どんな課題があったのでしょうか。

まずは「切り出し」ですね。スキャンした際、印刷物の中に埋もれているコードを見つけ出さなければいけません。コードに何らかの特徴を持たせれば見つけやすいのですが、特徴が複雑すぎると処理に時間がかかります。そのため単純で、処理しやすいマークが必要でした。それが今のQRコードの隅にある、四角いマーク「切り出しシンボル」です。

QRコードの隅にある2重の四角が、切り出しシンボル。黒と白の比率が「1:1:3:1:1」になっている。四角にすることで、どの方向からスキャンしても「1:1:3:1:1」を検出できる仕組み。

――そういえばこの四角いマーク、QRコードには必ずありますよね。

この四角はドットの比率が「1:1:3:1:1」になっています。この比率を導き出すのに、半年かかりました。

――半年も!? いったいなぜこの比率なんですか?

さまざまな新聞や雑誌で「文字の白黒の比率」を調査したんです。紙面をスキャンして、画像を上から1ラインずつ確認したところ、1:1:3:1:1のパターンの出現率が極端に低いことがわかりました。

つまり、スキャンの段階で1:1:3:1:1を見つけたら、そこは文字ではなく、コードであると見分けられる。画像全体をスキャンしてから調べるより、素早くコードを見つけられます。この比率が見つかっていなかったら、QRコードは生まれていなかったでしょうね。

四角なのは、360度どの方向からも1:1:3:1:1が認識できるように。隅に置いてあるのは、コード全体の大きさを把握するため。四隅に置かず右下だけ空けてあるのは、天地を把握するためです。四隅全てに四角を置くと、どの向きが上なのかわからなくなってしまうので。

――QRコードは英数字だけでなく、ひらがなや漢字も読み取れますが、どのようにコードに文字列を含めているんですか?

なるべくコードに入れる情報量を減らせるように、文字コードを独自の手法で圧縮しています。情報量が減れば、コード全体のサイズが小さくなり、読み取り速度がアップするからです。

たとえば、数値は通常1文字1バイト(8ビット)で表現しますが、QRコードでは3文字10ビットに圧縮しています。1文字あたり約5ビットの節約ですね。1文字2バイト(16ビット)で表現する漢字は、1文字13ビットに圧縮します。中国語やハングルも同様に圧縮して、各国の規格に沿ってエンコードしています。

――「コード全体のサイズ」という話が出ましたが、QRコードはいろいろな大きさのものがありますよね。

QRコードのバージョン(大きさ)は40段階用意されています。段階が細かく分かれているのは、少しでもサイズが小さいQRコードを作れるようにして、読み取り速度を向上させるためです。

QRコードのバージョンによる大きさの違い。QRコードのドットは「セル」という単位で呼ぶ。バージョンが1つ上がるごとに、4セルずつ大きくなる(画像提供:デンソーウェーブ)

QRコードの開発を始めたとき、読み取り速度は当時のバーコードのものと同じ「30ミリ秒」を目標にしていました。バーコードより性能が劣ってしまっては、劇的な解決にはなりません。

1:1:3:1:1の比率も、1ビット単位の圧縮も、40段階の大きさも、全ては「速く読み取るため」に必要でした。

 

LINEのロゴが入ったQRコードが読み込めるワケ

――最初に伺ったバーコードの課題には「汚れに弱い」がありました。QRコードはこの課題を克服しているのでしょうか。

QRコードには「誤り訂正機能」を設けています。復元用のデータもコードに含まれており、一部が汚れたり破損したりしても、ある程度データを復元できるんです。誤り訂正能力の設定は4段階(7%、15%、25%、30%)あります。もちろん30%にすれば汚れに強いコードができあがりますが、復元用のデータもその分多く必要になるので、全体のサイズは大きくなります。

最近では、LINEのロゴが入った「マイQRコード」や、イラストが入った「デザインQRコード」など、コード以外のものが入ったQRコードがありますよね。ああいったQRコードを正しく読み取れるのも、誤り訂正機能のおかげです。

――なるほど、ロゴなどはQRコードから見れば「破損」になってしまうんですね。

LINEのマイQRコード。真ん中に「LINE」のロゴがあるが、問題なく読み取れる

そうです。言わば、最初から破損した状態。それ以上汚れると、読み込めなくなってしまうんですね。これでは誤り訂正機能の本来の意味をなさないので、「フレームQR」というものを開発しました。読み取るべき情報はすべてフレーム内に含まれているため、誤り訂正機能を使うことなく、ロゴやデザインが入ったものを読み取ることが可能です。

中央部分に自由に使えるキャンバス領域を持つ「フレームQR」。iPhone/Androidは、専用の読み取りアプリで読み込むことができる(画像提供:デンソーウェーブ)

――そういえば、QRコードって必ず白と黒のドットがほどよく散らばっていますよね。例えば「AAAAAA……」と同じデータが連続していたら、一定のパターンでドットが並んでもおかしくないですし、偏りができて真っ白な部分や真っ黒な部分もできそうな気もするのですが……。

おっしゃる通り、文字列をそのままコードに変換すると、ドットが偏ったコードができあがります。実は、白と黒の比率が50%プラスマイナス5%になるように、意図的にドットを分散させているんです。ドットを分散させることにより、破損している部分がわかりやすくなって、誤りの訂正率が向上するというのが主な理由です。コード生成後、8種類のマスク(フィルター)をかけ、ベストな比率のものを採用するアルゴリズムにしています。

また、コードの中に偶然1:1:3:1:1のドットが現れるのを防ぐ意味もあります。せっかく切り出しシンボルをつけた意味がなくなってしまいますから(笑)

 

ライセンスフリーで市場を広げて「業務用」で棲み分けを図る

――QRコードはライセンスフリーで使用できますが、知的財産権をオープンにした理由ななんだったんでしょうか?

やはり「市場に広く普及させるため」ですね。デンソーは自動車や流通業界に強みがありましたが、それ以外の分野にQRコードの用途を広げるには、より多くの人に使ってもらうといいのではないか、という考えがありました。デンソーはものづくりの会社なので、QRコードを広めることで、読み取り速度(リーダー)や周辺のシステムなどで勝負をしよう、と。

QRコードが爆発的に広まったのは、カメラ付き携帯電話の普及がきっかけです。しかし、リーダーを作る立場の我々からすれば、携帯電話は「競合」なんですね。携帯電話以上の性能を持つリーダーを作らなければならない。

そのため、業務用リーダーはフォーカスを絞るなどして、読み取り速度や精度を向上させています。ベルトコンベアを流れる荷物に貼られたQRコードを瞬時に読み取る、といったことも可能です。トレーサビリティや在庫管理など、コード読み取りを含めた総合的なソリューションもデンソーウェーブの強みの1つです。

――「市場を広げる」という意味では、今では海外にまで広く普及していますね。

海外ではここ5年くらいでQRコード決済が広がりました。広まった要因として、「安い」ことが大きいのだと思います。印刷して貼り出すだけで使えるので、店側にリーダーやインフラといった設備投資がいらないんです。最近はQRコードを貼り替えるといった詐欺も出始めたので、タブレットなどの画面に表示させる動きに変わってきているようですが。

正直、ここまで広がるとは思っていませんでしたね……。ある意味、オープンイノベーションだったのかもしれません。よく「オープンにして正解だったか?」と聞かれるんですが、用途が広がり、競争原理が働いたからこそ良いものができたと思っているので、私はオープンにして良かったな、と。技術者冥利につきますね。


「QRコード」という名称になったのは『キューティーハニー』にも原因が!?

――これからのQRコードの展望について教えてください。

先ほど詐欺の話も出ましたが、やはりセキュリティの向上は課題です。その一環として「SQRC」というQRコードも作りました。

データ読み取り制限機能を持つ「SQRC」。見た目は普通のQRコードだが、SQRCに対応したスキャナで読み取ると非公開の情報を読み取ることができる(画像提供:デンソーウェーブ)

「SQRC」の見た目は一般的なQRコードと変わらず、携帯電話でも読み取れるのですが、SQRCに対応したスキャナで読み取ると非公開の情報を読み取ることができます。公開部分と非公開部分で、異なる管理レベルの情報を1つのコードに持たせることができるQRコードです。

また、「Q-revo」というQRコードを入口としたクラウドソリューションも手がけています。サーバーサイドでコード生成や暗号鍵生成などを行うことで、決済や入退管理、トレーサビリティなど、幅広いソリューションの提供を目指しています。

――最後に……大変今さらなのですが、「QRコード」という名前は、どのようにして決まったのでしょうか?

これはですね……多数決だったんです。“Quick Response”に由来する「QRコード」と、“Quick Tag”に由来する「QTコード」の二択でした。

開発時は当時の社名「日本電装」の頭文字を取って「NDコード」と呼んでいたのですが、正式発表の1週間前になって、ちゃんとした名前を考えようということになりました。そこで当時のメンバー15人で多数決を取り、「QRコード」に決まったんです。

実は当時、アニメ『キューティーハニー』のリバイバルが話題になっていました。そこで「QT(キューティー)」はデンソーのイメージではない、という意見も出たんです。 多数決の結果は7対8と僅差だったので、誰かが心変わりしたら「QTコード」になっていたかもしれませんね。ちなみに私は、「QT」派でした(笑)