契約に押印や郵送は必要ないって本当? クラウドサインを運営する弁護士ドットコムに聞いてみた

何かと時間も手間もかかる日本の「契約」。契約書に署名・押印し、場合によっては収入印紙を貼って割印を押した上で、契約相手に郵送……といった、面倒なフローが一般的だ。電子契約という手もあるが、電子署名の発行に手間とお金がかかることから、他の先進国に比べて普及していない。

しかし、実は民法上、契約は必ずしも電子署名法に準拠していなくても成立し、証拠力が担保されれば問題はない。この発想に基づいて開発されたのが、弁護士ドットコムが開発したクラウド契約サービス「クラウドサイン」だ。電子署名法に準拠した電子契約サービスより簡単で安価というメリットがある。

2015年10月のサービスリリースから、急速に導入社数を伸ばしているクラウドサイン。契約締結にまつわる誤解や同サービスが支持される理由などを、同社のクラウドサイン事業部でプロダクトマネージャーを務める三科友理香さんに伺った。

 

「従来の契約の流れは、紙も時間もコストが膨大」

――弁護士ドットコムといえば、法律相談ポータルサイトや法律ニュースメディアでおなじみですが、なぜクラウドサインを開発したのでしょうか?

当社を創業した現会長の元榮太一郎が、弁護士時代から感じていた契約業務の無駄の多さがきっかけです。たとえば契約の際、印刷・製本した契約書に押印し、郵送でやり取りすることがありますが、契約締結までに数週間かかることも……。こういった作業が業務効率化を妨げ、ビジネスのスピードを緩めてしまっています。

クラウドサインの具体的な企画が立ち上がったのは、2014年8月頃。当時は日本でもクラウドサービスが普及し始めており、受け入れの環境ができつつあったことも、開発を後押ししました。

――IT企業ではなく、情報サービスをメインとする企業がクラウドサインを提供するのは、やや意外でした。

ポータルサイト「弁護士ドットコム」を10年近く運営してきたおかげで、法務や法律分野でかなり信頼されるようになりました。また2014年12月に東証マザーズに株式上場したことで、信頼感や知名度はさらに上がりました。

クラウドサインは、弊社が創業時からロードマップに描いていた事業ですが、上場後まで温めてきました。これまでにないまったく新しいサービスを提供するには、まず信頼感や知名度が必要だからです。

 

目指したのは、送受信が圧倒的に簡単なサービス

――開発で気をつけたことや心がけたことは何ですか?

UI(ユーザー・インターフェース)とUX(ユーザー・エクスペリエンス)の作り込みですね。一般ユーザーは、「契約締結」という言葉を聞いただけで心理的なハードルが高くなりがち。そのため、送信する側・受信する側にとって圧倒的に簡単であることを追求しました。

開発は「リーン・スタートアップ」の発想で、完全に作り込んだ状態ではなく、シンプルで必要最小限度の機能に絞って提供することにしたんです。まずはサービス提供を重視。機能強化はローンチ後に、ユーザーの反応や要望を確認しながら進めていこう、と。

――クラウドサインは、契約書を受信する側はサービスへの登録が不要ですが、これは利用するハードルを下げるためだったのですね。

そうです。受信者は画面上で送られてきた契約書に同意する。これだけで契約が完了するという驚きを大事にしています。

――使いやすいUIは、どのように実現したのでしょうか?

100社にヒアリングを行い、評価してもらいました。その中の1社が、「ぜひ使いたい」と申し出てくれたので、まずはその企業さまに喜んで使っていただけるものを目指しました。その企業さまをペルソナ(モデルユーザー)として明確に位置づけ、ペルソナを喜ばせることで他のユーザーも喜ぶプロダクトに仕上げていきました。

 

契約書の押印は絶対的なものではない

――驚いたのが、利用料金の安さです。企業向けのスタンダードプランは月1万円からで、個人事業主向けのプランに至っては無料。いくら何でも安すぎませんか?

月額数百万円もすると、大企業にしか利用してもらえず、中小企業やベンチャー企業は手が出ませんよね。日本国内の企業や個人事業主のすべてにクラウドサインを使ってもらえる「1億総クラウドサイン社会」を実現するために、料金をできるだけ安く設定することにしました。

――もう一つ驚いたのが、押印がなくてもいいことです。ハンコのない契約書は無効なのでは……?

いいえ。民法では、双方が内容に合意していれば契約成立と見なします。つまり、口頭でも電子メールでも契約は成立するのです。実際に、電子メールが証拠として認められた判例もあります。

ただ、電子メールはエンジニアリングに精通した人に改ざんされる危険性がある。そこでクラウドサインでは、双方が契約書の内容に同意した時点で、契約書のPDFファイルに対して電子署名という処理を施します。電子署名は「誰が」「誰と」「いつ」契約を締結したのかを明示し、そして内容が改ざんされていないことを証明するものです。

画像提供:弁護士ドットコム

印鑑のメリットは、決裁者が物理的に保管しているため、決裁者が押印したと認定されやすい点です。判例上も、決裁者が押印したという推認が与えられています。しかし、認印の場合は第三者が購入して捺印も可能ですし、絶対というものでもありません。印鑑以外に法的証拠となる裏付けがあれば、押印なしで契約を担保できるのです。

クラウドサインでは、メールアドレス認証に加え、よりセキュリティ機能を強化できるアクセスコードを任意で設定可能です。より安全・明確に契約を行いたい場合にはご活用いただいています。

――ということは、押印にメリットはあれど、絶対に必要なものではない、と?

はい。契約時の押印はマストではありません。ただ、多くの企業さまが長らく商習慣で行っているため、クラウドサインにも機能として残してはいるんですよ。

 

将来的にはクラウド上での所有権移転も可能に?

――2016年に、クラウドサインはAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を公開しましたが、その狙いは何でしょうか?

お客さまに、より使いやすくカスタマイズしていただける意図で公開しました。具体的な例としては、特定の企業さまが社内用に構築した業務システムにおいて、承認された稟議のみを対象にクラウドサインで契約書を送る、といったフローを組むことが可能です。ただ、最近は自社システムに組み込むよりも「他社に販売しているプロダクトと連携させたい」というニーズが増えています。

――企業向けのクラウドストレージサービス「BOX」と連携した「クラウドサイン for BOX」を今年6月にリリースしたのも、この流れに沿ったものですね。

そうです。オープンイノベーションで機能向上を図っていくという考え方に基づき、外部パートナーとの連携を進めています。BOXの他には、CRM(顧客管理)ソリューションの「Salesforce」や業務アプリ構築クラウドサービス「kintone」、「RepotoneU」との連携も可能です。たとえばkintone内の情報を元にしてつくった帳票をシームレスにクラウドサインで送る、といったことが実現できます。

――そして同じく2016年に、ブロックチェーン技術を用いたシステムの開発検討を表明しましたが、現在の状況を教えてください。

デジタルガレージと共同で、所有権移転などの契約執行を可能にする、スマートコントラクトシステムの開発を検討中です。

たとえば、クラウドサインで契約して貸したお金を返してもらえない場合、銀行の勘定系システムのAPIを介して返してもらう。もし口座にお金がなければ、担保として設定していた自家用車の所有権コードを移管する、といった処置を実行します。登記情報や所有権情報をブロックチェーンで記載することは、すでにガーナやスウェーデンなどで始まっており、日本でもいち早く実用化させたいです。

 

あらゆる仕事は契約から始まる

――クラウドサインは2017年8月時点で、導入企業数1万社、累計契約締結数10万件に達しました。リリースから約2年でこの実績は、かなり順調では?

約2年でここまでの実績を上げられたのは、いい結果だと思っています。ただ、日本はまだ、他の先進国に比べて電子契約が進んでいません。これから、電子契約がメールやスマホと同じくらい一般的で、なくてはならないものになるように、普及に力を入れていきたいです。

クラウドサイン導入社数の推移と累計契約数の推移(画像提供:弁護士ドットコム)

――なぜ日本では電子契約が進んでいないのでしょうか?

電子契約が進んでいるアメリカは国土が広く、郵便事情も日本ほど安く正確ではないため、不動産契約での利用を皮切りに、電子契約が普及しました。

一方、日本では2001年に電子署名法が施行され、同法に準拠した電子契約サービスが登場しましたが、ほとんど普及しませんでした。その一因は、電子署名を発行するために、「送信者側と受信者側の双方」が「省庁により認証を受けた認証事業者」に対して「公的証明書類」を送付するという手続きが必要で、審査にも時間とお金がかかるため。これなら、従来のように押印した紙の契約書を郵送でやり取りしたほうが早いですよね。

――まだまだクラウドサイン普及の余地はあるわけですね。最後に、今後の展望をお聞かせください。

このサービスで、社会を変えていきたいですね。まず実現したいのが、無駄な仕事をなくして本来の仕事に集中できる環境をつくること。すべての仕事のスタートである契約締結の時間が短くなれば、日本で展開されるあらゆるビジネスがスピーディーに進むことにつながると考えています。

10月にリリースした新サービス「クラウドサインペイメント」で、契約と同時に決済も可能となりました。契約に付随してお金のやりとりが発生するケースは少なくありません。このサービスで確実に債権回収ができることで、請求関連の業務負荷を低減できるはずです。

クラウドサインはそもそも「契約には本当に紙の契約書と印鑑が必要なのか」という社会常識に疑問を持ったことから始まったサービス。常識を覆し、新しいルールを生み出すことを目指しています。遠い将来、社会常識への挑戦の幅を広げ、社会やビジネスをより良い形に変えていけたらと思います。