ITで「先生」は「コーチ」になる 学習塾発のベンチャーが教育アプリを「完全無料」で配布するワケ

国内外で30万ユーザーが利用している日本の教育アプリがある。そのタイトルとは『Think!Think!』。5~10歳の子どもを対象に、迷路や一筆書きなど、思考力を鍛えるパズルが収録されたものだ。

世界最大のオンライン算数大会「世界算数」の問題作成を担当する東大卒チームが開発に携わっており、総問題数は40種類・8000問以上。アプリ本体の価格は無料で、広告や追加課金もなく、完全に無料で利用できる。

ブロックが壁に空いた穴を通り抜けられるかを○×で回答する「とおる?」。制限時間3分で何問解けるか、などの問題が40種類以上あり、プレイを続けるとチャレンジできる問題が増えていく。

『Think!Think!』の開発元である花まるラボは、2014年設立のベンチャー企業。学習塾「花まる学習会」を運営するこうゆうのグループ会社だ。

生徒を集めて授業を展開する学習塾と、無料で配布する教育アプリでは、一見“商売敵”になっているように感じる。教育分野へのIT導入も進む中、『Think!Think!』はどのような経緯で生まれたのか、花まるラボ・代表取締役の川島慶さんに話を聞いた。

「これならあの子はわかりそう」子どもたちの顔を思い浮かべて問題作成

――『Think!Think!』は「学習塾発のベンチャーが作った教育アプリ」という触れ込みですが、漢字や計算といった「科目」ではなく、脳トレゲームのような「パズル」を中心にされているのが意外でした。

算数パズルがメインなのは、私自身が算数オタクだというのもあるのですが……(笑)。『Think!Think!』は「空間認識」「平面図形」「試行錯誤」といった思考センスを育むことを狙いとしています。花まる学習会自体が小学3年生くらいまでの幼児教育を得意としていることもあり、そのノウハウも盛り込みました。

『Think!Think!』で出題しているようなパズルによって、言葉を使わなくても「考えることの楽しさ」を身につけることができます。実は、言葉の壁というのはとても大きいんですよ。特に小学校低学年の子は文字を読むのがたどたどしくて、まず問題を理解するまでが大変。「うちの子は文章題が苦手」と嘆くお母さんも多いんです。

――確かに、うちの子も苦手でしたね……。

すっと読んでイメージできるのは、だいたい小学校高学年以上ですね。国によっては言葉の壁はもっと高くなる。たとえば、東ティモールには多くの現地語があるんですが、小学校1年生の算数の教科書はポルトガル語で書いてありますから。

「ひとふででんきゅう」は、全ての電球を一筆書きで電池につなげる問題。難易度が上がるとフィールドが広がり、大人でも考え込んでしまいそう

――問題の作成はどのようにして行われているんですか?

毎週必ず1つは新しいタイプの問題を作るようにしています。弊社スタッフやサポートしてくれている東大生が案を出したり、現場で感じた課題を解決できるような問題を考えたりして、まずは原形を作ります。これを週1回、花まる学習会で行われる研究教室で、実際に子どもたちに解いてもらうんです。子どもたちの反応をフィードバックして、また解いてもらって……と、何度もブラッシュアップして仕上げています。

――実際に塾の現場でテストをしているんですね!

はい。子どもは気を使わないので、ネガティブな反応もダイレクトに返ってきます 。どんな反応が返ってくるのか毎週ワクワクしますよ。スタッフはみんな授業に参加するので、「これだったら○○くんはわかるね」「こうすると○○ちゃんは喜びそう」と、子どもたちの顔を思い浮かべながら問題を調整しています。

大人が思う「こうしたほうがいいだろう」と、子どもが思う「これがいい」は、やはり違うというのが現場の実感です。たとえば、『Think!Think!』は1回の制限時間を3分にしていますが、「3分は長いのでは」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

でも、実際に子どもたちと何度も試した結果、「3分は長い」と止めてしまう子どもはいませんでした。子どもたちに解いてもらうことで多くの発見がありますし、「○○くんならこうだよね」とスタッフ同士でコミュニケーションできるのは大きな意味があると思っています。

――問題以外のゲームデザインなどにも、現場の経験が反映されている部分はありますか?

「1日3問」の制限ですね。3問×3分で、1日のプレイ時間をトータル10分程度にしています。腹八分目というか、「もっとやりたいな」と思うくらいで終わる。授業でも、生徒たちが「もうちょっとやりたい」と思ったあたりで次の教材に入ったりするんです。多くの子どもは、やりきると満足してしまい、続けなくなってしまいがちなので。

もちろん、やりきっても時間を忘れて夢中になってくれる子どももいます。でも、花まる学習会も『Think!Think!』も、一人残さず全員の力を伸ばそうという理念があります。始めてしまえば誰でも楽しんで続けられる、ということを大切にしていますね。

「塾に通えない子どもとの格差が広がる」月額1600円→完全無料の決断

――『Think!Think!』は無料でダウンロードでき、課金もありませんが、マネタイズはどうされてるんでしょうか?

これには経緯がありまして……実はリリース当初は「月額1,600円」という課金モデルだったんです。内容も中学受験を念頭に置いたものでした。

――現在とコンセプトがまったく違いますね……。

まずはニーズがはっきりしている家庭に有料アプリとして届けようとしました。1,600円はアプリとしては強気な価格設定ですが、親御さんに価値を感じてもらえるようにと、中学受験に出そうな問題を出題したり、「受験のこういうところに効きます」と保護者向けの解説をつけたり、価格に見合うコンテンツに仕上げようとしていました。

一方で、周囲で子育て中のお母さんに「いくらなら利用するか」とヒアリングすると、「200円~300円でも高い」「そもそもアプリにお金を払おうと思わない」という声が大半なんですね。

このまま月額1,600円で学習意識の高い層へ地道に広げる道もある。でも仮に、この先ユーザー数を増やそうと単純に値下げしても、そもそも有料である限り、大幅にユーザー数を増やすのは厳しいだろう。

ならいっそ、完全無料にしてまずはユーザー数を増やす。マネタイズは後からでいい。そもそも「世界中の人にアプリを届けたい」という思いから花まるラボを立ち上げたので、「完全無料」のほうが理念にも沿っています。

――「世界中に届けたい」という理念について、詳しくお聞かせいただけますか?

私はもともと、花まる学習会には学生時代から問題作成のアルバイトで関わっていました。大学卒業後にこうゆうに入社し、教室で授業も持っていたんですが……こうした塾に通う子どもたちはお金を払って来ているわけで、経済的な理由で通えない子どもたちとの格差は、今後ますます拡がるだろうと考えるようになったんです。ギャップを埋めるには何ができるのか。その思いから、児童養護施設の学習支援も始めました。

株式会社花まるラボ 代表取締役 川島慶さん
『Think!Think!』は2017年3月の大幅リニューアル以降、AppStoreの「子ども向け(無料)」カテゴリで1位、5月には「Google Play Awards 2017」のKids部門ファイナリストにも選出された。

施設に定期的に訪れ、計算や漢字ドリルから始めたのですが、「勉強」自体への抵抗感が強かったのです。そこで、シンプルなパズルのプリントを作って出題したら、すごく楽しんでくれたんです。これが『Think!Think!』の原形になりました。東南アジアの孤児院や小学校でも同様のプリントで学習支援を行う機会があり、こうした思考力の教材は世界的に需要があるんだな、という手応えもありましたね。

花まる学習会の理念は「メシが食える大人を育てること」です。自立に欠かせない、自分で考えることの楽しさを子どもたちに知ってほしい。アプリを使えばこの理念を世界中に届けられるのでは、と、2011年から社内プロジェクトでアプリ制作に取り組み、2014年の花まるラボの立ち上げに至ります。

2016年3月に『Think!Think!』をリリースして、無料化したのは2017年3月。これに伴って“勉強っぽさ”を廃し、子どもにとっては「ゲーム」に見えるように大幅リニューアルしました。メダルやミッションなどのご褒美を設けたのもこのときです。今でも問題作成時に子どもが「勉強っぽい」と感じるものは不採用にしていますね。「楽しいと感じてもらうこと」「続けてもらうこと」が第一ですから。

教育×ITで、「先生」が「コーチ」に変わっていく 

――素朴な疑問なのですが、有料の学習塾と無料の教育アプリは、ビジネスモデルとしてバッティングしないのでしょうか?

花まる学習会は広告を打たず、紹介中心で地道に実績を積んで拡大を続けてきた塾です。『Think!Think!』は花まる学習会を認知してもらうツール、という意味もありますが……やはり教育において「人が介在する価値」というのは絶対に消えないと考えています。

――YouTubeの講義動画など、ネットには無料の教育コンテンツも多くありますね。

確かに、素晴らしい先生の素晴らしい講義があれば、その動画を見ることで授業は事足りるのかもしれません。だからといって、先生が不要になるわけではないでしょう。

教室に30人いるなら、30人それぞれの理解度を確かめたり、つまずいているところをサポートしたり、モチベーションを上げたりする役目が必要です。「先生」というより、「コーチ」としての役割へ変わっていくのだと思います。その子ごとに「がんばったね」と声をかけるのは、先生にしかできないことですから。

言い換えると、教材が充実すれば、先生も「コーチ」に集中できるようになります。最近は教育分野とITを絡める取り組みが増えてきましたが、教材そのものよりも、自動採点や成績集計といった業務支援のプロダクトがとても多く、IT教材はまだまだ未成熟なんです。

小学校の先生なんて一人で全科目教えるわけですから、準備も含めれば大変な負荷。ITで解決できるのなら、教材においてもどんどんITを活用する流れになればいいなと思います。

――では、花まるラボのミッションは「教材の充実」になるのでしょうか。

そうですね。デジタル教材には紙と違う大きな2つの利点があります。1つは動くこと。立体の裏側をアニメーションで見る、など、わかりやすい表現が可能なのは大きいですよね。もう1つは、子どものレベルに合わせられること。紙のプリントを一斉に配るのではなく、その子の理解度にフィットした問題を適切に出題できます。

素晴らしい先生が全ての国や環境にいることはもちろん理想ですが、世界的に見て、その実現にはまだ時間がかかります。だからこそ、私たちの教材は「これやってごらん」と先生や保護者が渡すだけで、子どもが夢中になって取り組めるようものを目指しています。

――最後に、今後の『Think!Think!』の展望を聞かせてください。

2020年までにアクティブユーザー1000万以上、が一つの目標です。今は90%のユーザーが日本国内なので、もっと海外にも拡大できれば。TwitterやFacebookといったSNSが大人の生活に浸透したように、『Think!Think!』も子どもたちにとって当たり前に存在するサービスになれたらと思います。

 

編集:ノオト