「プリントを印刷して配布」がなくなった――教育のICT化で変わること、変わらないこと

黒板・ノート・ペンで育った大人からすると、「生徒が学校でタブレットを使った授業を受ける」という光景には未来を感じる。しかし、これが実現する日は、そう遠くない。

文部科学省が2011年に発表した「教育の情報化ビジョン」では、2020年までに義務教育のすべての学校で4人1台のタブレット端末を導入したICT授業を実現するとしている。では、教育の場にICT【※】が導入されると、学校教育はどのように変わるのだろうか。
※ Information and Communication Technology(情報通信技術)の略。IT(情報技術)とほぼ同義で、国際的にICTのほうが定着しているため、日本でも近年、ITに代わる言葉として広まりつつある。

総務省実証実験にも選ばれた教育サービスの1つ「schoolTakt」の設計・開発を手がけるcodeTaktの代表後藤正樹さんと、その実証実験の対象となった福島県新地町教育委員会の指導主事兼社会教育主事である伊藤寛さんに、それぞれ話を聞いた。

時代に追いついていない公教育現場

──ICT化によって、教育現場にはどのようなメリットがありますか? 生徒の状況を把握したり、保護者への情報を共有したりしやすくなるのは、想像できるのですが。

「schoolTakt」はタブレットやノートPCなどブラウザだけで利用できる授業支援システム。教材・写真をアップロードするだけで、生徒の学習状況をリアルタイムで把握したり生徒同士の回答を共有したりすることで「みんなで学び合う」学習環境が構築できる。これまでの授業スタイルを変えることなく、スムーズなICT化が可能

後藤 もちろん、ICT化には先生の業務の負担を軽減する側面もありますが、メリットどうこうというよりは、「やらなければならない」というのが正しいと思います。

デジタルツールが普及した時代に、公教育の現場が追いついていない。時代に合っていない教育が、本当に将来、社会をたくましく生き抜こうとする生徒の役に立つだろうか。

さらに言うと、タブレットの利用を通じて「学びの主体」を先生から生徒に返す必要があると、考えています。

株式会社コードタクト 代表取締役 後藤正樹さん
東京大学大学院総合文化研究科を卒業。大手予備校にて物理科講師、高校にて数学講師、教育系企業でのコンサルティング、CTO職などを経験。現在は、株式会社コードタクト代表取締役、総務省プロジェクトマネージャー、日本デジタル教科書学会委員などを務める。

──「学びの主体を先生から生徒に返す」とは?

僕たちが受けてきた教育は「先生が教える、生徒がそれを受ける」という一方通行の形式でした。しかし、タブレットを使えば、生徒が自ら調べ、自ら動けるようになります。

学習方法や学習すべき内容は、環境や時代によって変わります。昔はたくさんの知識を覚えていればよかったけれど、今はインターネットや辞書ツールで検索すれば、ちょっとしたことは簡単に調べられる。知識を覚えることよりも、その運用が大切です。

これからは、タブレットやITサービス、デジタルツールを使って、思考する力をつける必要があります。現代社会では、学習の本質が知識を蓄積することから、知識を活用することに変わってきている最中なのです。

重要なのは「何を使うか」ではない

──ちょっと気になったのですが、タブレットで授業をするようになると、紙とペンは不要になりますか?

後藤 紙とペンはなくなりません。大人だって、パソコンだけでなく、ボールペンも使いますよね。紙やペンがタブレットに置き換わるわけではなく、あくまでも道具の1つです。

僕たちの事業についても、「ICT化で授業にタブレットを採用」という点ばかり注目されがちですが、これは単純に「パソコンより操作が簡単なのではないか」くらいの理由です。時代に合ったツールを使おうとした結果、それがタブレットだっただけのことです。

──紙とペンを使った授業とタブレットでの授業で、子どもへの影響に違いは?

後藤 研究はありますが、一概には言えず、結局は子どもの認知特性に応じるところが大きいように思います。たとえば、音声を聞くほうが理解しやすい子もいれば、目で見るほうがわかる子もいる、というように。

その点では、タブレットを使った授業のほうが、子どもに応じた教育を施しやすい、と言えるでしょう。タブレットを使えば、子どもたちが各々、音声で説明を聞いたり、画面を自由に拡大・縮小したりできるからです。1クラス40人が同じ授業を受けても、生徒一人ひとりに最適な方法で学べるようになる。ここは教科書・ノートより優れている部分かもしれませんね。

同時に、これからの先生には、教科を教えるスキルより個性に合わせた授業を展開するスキル、つまりファシリテーション能力が求められるでしょうね。

教育にパラダイムシフトを起こす

──そもそも、「schoolTakt」は何を目指しているのですか?

後藤 テーマは「脱・暗記教育」。この障壁を乗り越えるのは、実は難しいのです。なぜなら、大人はみな暗記教育で育っているから。「子どもたちには違う教え方をしてください」と言われても、その方法を思いつかないことがあります。

現在、文科省は「主体的・協働的な学び」を重要視していますが、私も含め先生方も自分が受けた教育の価値観が抜けきれない。これまで知識理解が中心だった教育から、それを運用して0から1を生み出す人材を教育していく、という方向に変わってきています。だから今、パラダイムシフトを起こさないといけない。

加えて、公教育というのは北海道から沖縄まで平準化されています。国が定めたカリキュラムがあり、ある意味ではマニュアル化され、誰が教えても公正かつ平等でなければならない。

その教育の質を担保するためには、生徒の情報を見える化する、ドラゴンボールの「スカウター」のようなものが先生用に必要となります。その役割を果たすのが、「schoolTakt」のような授業支援システムです。

──独自のカリキュラムを組んでいる進学校や養護学校でも導入されていると聞きました。

後藤 はい。「schoolTakt」の理念は、一人ひとりの子どもに応じた教育を提供することなので、学校の特性によって、異なる使い方が可能です。

たとえば、進学校では大学受験を意識し、生徒同士が「schoolTakt」を使って、テストを添削し合っているそうです。また、受験を意識しない小学校などでは、みんなで調べものをするなど、共同学習で使われるケースが多くなっています。

養護学校では、学習そのもののサポートに使います。言葉を話すことができない生徒であれば、タブレットにタッチして意思表示をしたり、視力の低い生徒はタブレットで教科書を拡大して見たり、というように使われています。

公教育を変えて、日本を住みやすい国にしたい

──2020年までに全国の小学校・中学校で同様のソフトが導入されるとのことですが、正直なところ、かなり儲かっていらっしゃるのでは……?

後藤 正確に言うと、「これから」儲かりそうな市場ですね。現在は恐らくあまり儲かってないと思います。EdTech【※】の中でも学校教育の市場はまだ小さく、学校教育のEdTechで黒字化している会社は、弊社を含めて今のところ数社しかないはずです。厳しい業界ではありますが、今後この市場を大きくするという国の方針もあるので、希望を持って活動しています。
※ エドテック。EducationとTechnology を掛け合わせた造語で、ICT技術を取り入れた新しい教育方法やサービス

――国が音頭を取るとはいえ、あと数年で劇的に変わるものなのでしょうか。

後藤 テクノロジーによって考え方がひっくり返る、つまりパラダイムシフトが起こる例はいくらでもあります。たとえば、スマートフォンに地図アプリがあるから、僕たちは道順を覚えなくなりました。時刻表を読むこともありません。同じように、「schoolTakt」で、先生たちの意識と行動を変えたいと考えています。教育は、みんなが平等に受ける権利を持つもの。社会的インパクトという意味でもやりがいがありますし、日本の明るい未来のために仕事をしています。

後藤さんに共感して働いているメンバー。東京だけでなく、大阪、沖縄、ベルリン在住のメンバーもいる。

「子どもたちが思考を働かす町」を目指す、福島・新地町

「schoolTakt」のような教育サービスは、実際の教育現場で、どのよう活用されているのか。ICT化を先行導入している福島県新地町教育委員会の指導主事兼社会教育主事である伊藤寛さんに話を聞いた。

指導主事兼社会教育主事 伊藤寛さん
福島県・新地町の町内には小学校が3校、中学校が1校ある。新地町が属する「浜通り」地方は、2011年の東日本大震災での津波被害に加え、東京電力福島第一原発の事故の影響で、復興が難航している地域でもある。新地町では、ICT教育を軸に教育面での復興を進める考え。

──新地町では、教育クラウドプラットフォームに何を使っていますか?

伊藤 新地町ではNTTコミュニケーションズの「まなびポケット」という教育クラウドプラットフォームを使っています。これは、シングルサインオンで学習に役立つ豊富なコンテンツが利用できるオープンプラットフォームです。さらにその中で、ドリル学習(教材)のサービスやコミュニケーションツールなどのサービス・学習コンテンツがつながっています。具体的には、「schoolTakt」「Eライブラリ」「eboard(イーボード)」です。

各教育サービスを連携するプラットフォームサービスもある

──私が子どもの頃も、学校でパソコンを触った記憶がありますが、コードタクトの後藤さんにお話を聞いた限り、「教育のICT化」は、それとは少し違うものなんですよね。

伊藤 従来の学習指導要領で定義された情報教育というのは、「将来パソコン使うようになるから、パソコンに慣れ親しみなさい」という主旨もありました。キーボードを使って文章を打ったり、グラフを描いてみたり。

一方で、現在進めている教育は、さまざまな教科の中でその指導の本質に沿って効果的にICTを使う教育です。つまり、これまでは「情報機器に慣れ親しむ教育」とされていたものが、「ICTをコンパスや定規のように学習課題を達成する道具として活用する教育」になるのです。

共同作業ができるのも、昔と今の大きな違いでしょう。今までのパソコン教育では、それぞれのパソコンでしか作業できませんでした。作業者の画面をのぞき込まないと、ほかの人は何をしているのかがわかりません。ICT化された授業では、データをクラウドに置き、お互いのドキュメントを共有しながら進めます。これは最新の教育プラットフォームの大きな強みです。

──共同作業というと、模造紙でまとめる作業を思い出します。

伊藤 確かに、あれも共同作業ですよね。しかし、思い返してみてください。模造紙にまとめるのだと、グループ全員が同時に手を動かすことはできなかったはずです。書いている人が一番大変で、他の子は遊んでいたり、ボーッとしていたり。でも「schoolTakt」なら、リアルタイムでグループ全員が書き込む学習活動の展開ができます。

教える側の効率化も進みました。たとえば、これまで先生がある生徒の意見をみんなに紹介したいときには、まず紙に書かせたものを集めて、1枚1枚に目を通し、その中からいいものをピックアップして印刷。それを次の日に配布する……というようないくつものプロセスが必要でした。

ICT化によってこの手間が省略できます。しかも、タブレットを操作するだけで、です。つまり、考える・発表する・フィードバックや意見交換までが、1回の授業の中で完結できるのです。子どもたちは、リアルタイムでさまざまな意見に触れ、それをもとに自分の考えを深める、密度の高い時間を過ごせるのです。

──タブレットを使って、授業中に子どもが勝手に遊んでしまったりは……?

伊藤 対策は2つあります。1つは子どもたちが操作しないようフリーズさせるシステムの利用です。もう1つは先生が課題の量をコントロールすることです。後者については、子どもたちが他のアプリで遊んだりおしゃべりしたり、ボーッとしたりする時間がないような、ちょうどいい課題の量にすればいいのです。

実際、今まで授業中にタブレットで遊んでいて困ったという話は聞きません。新地町ではタブレットの持ち帰りも許可しています。良くない使い方をすれば、閲覧履歴や使用料金といった何かしらのサインが現れるはずなので、教職員とICT支援員がチェックすれば活用法を知ることができます。子どもたちも無理にいたずらはしないのです。

従来の授業では、黒板に先生が書き、生徒はその内容をノートに取るスタイルでした。現在の学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」が推進されています。これはつまり、先生に対し「子どもたちに、学習課題について様々な側面から話し合いをさせ、学びの価値を見出させなさい」と指示しているわけです。

この「話し合い」「対話」とは、思考の広がりや人間関係形成力の向上を目指した人との情報共有や交流を示すだけではありません。歴史上の偉人をまとめた資料やインターネットの情報、構造物などとの「対話」も含まれます。なぜ偉人はそのような行動を取ったのか、なぜ構造物はそのような形状をしているのかということを推測し、自分ならばどうするかといった思考力や判断力を鍛える授業が展開されることを狙っています。その考えを他者にわかりやすく伝えることで、表現力の育成にもつながるのです。

たとえばある課題について、子どもたちが資料などから得られた知識や根拠を基にして、自分の考えを話し合う授業をしたり、物体や構造物がその形である理由について、社会的あるいは環境的、経済的な利点から考えたりする授業です。このように課題を自分のものとして捉えて取り組む自主性を育むには、過度な干渉は逆効果です。できるだけのびのびとした学びが行われ、そのためにICTを効果的に使ってほしいものですね。

先生に求められるのは「スキルチェンジ」

──従来の授業スタイルとだいぶ変わって、先生たちは混乱したのでは?

伊藤 導入当初は、先生たちも戸惑っていたようです。しかし「schoolTakt」をはじめ、各サービスの開発者の方々が直接学校を訪れて、「どのような意図でシステムを作ったか、どのように使ってほしいか」のレクチャーをしてくれました。また、私たちから開発者へ要望を伝え、実際に機能を追加してもらったこともあります。そのおかげで、今では先生たちは新しいツールとして使いこなしています。

ICT化といっても、機器に振り回されず、あくまで教科の指導を支えるツールとして活用することが大事です。新地町でも失敗を重ねてきました。たとえば、「ICT化」「タブレットを1人1台」と言われると、先生はつい、子どもたちが授業中に使っているノートをタブレットで代替してみたくなる。しかし実際にやってみると、生徒は復習をする時にはタブレットを見ないことがわかりました。

「なぜノートを取るのか」を改めて考えると、生徒が授業内容を振り返るためですよね。その目的が果たされないICT化は本末転倒です。そこで、いろいろな方法を試してみた結果、思考を整理する場面、つまり入力した文字などを消したり移動させたりする流動的な場面はタブレット上で。一方、授業のまとめなど固定的な場面ではノートに書くほうがいいとわかりました。

思考を整理する場面では、自分やグループの考えを整理するために、シンキングツールを活用しています。また授業の最後ではノートに記載した本時のまとめをタブレットのカメラで撮って共有するスタイルにたどり着きました。

シンキングツールの活用(スクールタクト)

──「従来の授業では、なぜそれを行ってきたか」を改めて考えねばならないのですね。となると、先生はこれまで以上に大変なのではないでしょうか。

伊藤 そうですね。新地町をはじめ、実証実験を行った自治体では苦労しました。これから導入する自治体は、我々の失敗や成功を参考にできるのでラッキーだと思います(笑)

従来の授業は「先生のレベルに子どもたちを引き上げる」ことを目標にしていました。これからは「先生を超えて思考する存在に押し上げる」ことが目標になります。

私も含め先生世代が経験した教育は、黒板に先生が書いて、我々がノートにとって1時間終わる授業でした。しかし、インターネットで調べれば答えが出てくる時代には、ある分野に限っては暗記の価値がなくなりました。調べて得た事実を統合し、何か新しいものを見出すことに価値が認められる世の中に変わったのです。時代がそういう人を求めているのですから、教育が変わらないわけにはいきません。

つまり、生徒の手を引いていた教師たちは、生徒の背中を押す存在に変わるよう求められています。ICT化によって、指導力の意味が変わるのです。スキルアップではなく、スキルチェンジという意識を持たなければ、対応できないでしょう。

──これからICT化を導入する自治体や保護者たちにメッセージをお願いします。

伊藤 ICT化したからといって、必ずしもすべての授業で使わなければいけないわけではありません。機器に振り回されないよう注意し、子どもたちの人間性を主体としながらあくまでツールとして活用することによって道が拓かれると、私は信じています。

先行導入した新地町では、良い授業スタイルにいたるまでに失敗もありました。これから導入する自治体の方々には、新地町の試行錯誤をぜひ参考にしてほしいと思います。

 

編集:ノオト